松戸新京成バス
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松戸新京成バス独自塗装車(大型) |
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| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 | 非上場
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| 略称 | 松戸新京成、松戸SKバス、松戸SK |
| 本社所在地 | 〒270-0021 千葉県松戸市紙敷96番36号 |
| 電話番号 | 047-387-0382 |
| 設立 | 2003年(平成15年)4月28日 |
| 業種 | 陸運業 |
| 事業内容 | 旅客自動車運送事業 |
| 代表者 | 代表取締役社長 大貫明 |
| 資本金 | 5,000万円(2007年3月31日現在) |
| 従業員数 | 178人 (2007年3月31日現在) |
| 主要株主 | 新京成電鉄 100.0% |
| 外部リンク | www.shinkeisei.co.jp/bus/ (新京成バス各社公式) |
| 特記事項:新京成電鉄自動車部松戸営業所管内の乗合バス事業を継承。 | |
松戸新京成バス(まつどしんけいせいバス)は、千葉県松戸市を中心に営業エリアをもつ、新京成電鉄(京成グループ)系列のバス事業者である
目次 |
[編集] 概要
従来新京成電鉄が行っていたバス事業を分社化、2003年4月28日に設立され、同年10月1日に営業開始した。分社化の形態は事業エリア毎に3つの事業者としたもので、旧松戸営業所がここで触れる松戸新京成バスとなり、旧鎌ヶ谷営業所は船橋新京成バス、旧習志野車庫は習志野新京成バスとなった。(後者2社については、それぞれの記事で触れることとする。)松戸新京成バスの営業エリアは分社化前の松戸営業所のエリアをほぼ踏襲し、主に、松戸駅、八柱駅、五香駅、馬橋駅、新松戸駅、北小金駅の6駅を主ターミナルとし、大部分が千葉県松戸市域である。
各路線については、新京成電鉄自動車部松戸営業所時代についても当項目で扱う。
[編集] 沿革
松戸新京成バスは、2003年(平成15年)4月28日に設立され、同年10月1日に新京成電鉄松戸営業所管内のバス路線を継承して営業を開始した。
[編集] 本社・営業所
同社の登記上の本社は当初、新京成電鉄、船橋新京成バス、習志野新京成バスとともに千葉県鎌ケ谷市くぬぎ山に位置し、新京成線くぬぎ山駅に隣接していたが、営業所および車庫がある松戸市紙敷に変更された。北総線およびJR武蔵野線の東松戸駅が最寄り駅である。
[編集] 現行路線
[編集] 松戸循環線
- 松9:松戸駅東口→工業団地→如来堂→松戸駅東口(循環)
- 松10:松戸駅東口→如来堂→工業団地→松戸駅東口(循環)
- 松7:松戸駅東口~工業団地~紙敷車庫
- 松8:松戸駅東口~如来堂~紙敷車庫
- 松14:松戸駅東口~工業団地~東松戸駅
- 紙敷1:紙敷車庫~東松戸駅
- 1960年3月31日:松戸駅東口~工業団地~日枝神社~市立病院~松戸駅東口
- 1965年8月23日:工業団地経由(現在とルートが異なる)となる。
- 1974年9月9日:松戸駅東口~和名ヶ谷中台~日枝神社が開通。
- 1980年3月:松戸駅東口~工業団地~紙敷車庫~五香駅が開通。
- 1982年12月15日:紙敷車庫~如来堂~松戸駅が開通。
- 1985年9月16日:松戸駅~工業団地~東部支所(現・東部スポーツパーク付近)が開通。
- 1993年6月16日:三矢小台系統の深夜バスが運行開始。
- 1995年頃:松戸駅~東部スポーツパーク便が東松戸駅までに短縮。
- 2000年3月16日:五香駅~紙敷車庫便が松飛台駅経由となる。
- 2000年8月16日:大循環(稔台、北松戸駅経由便)が廃止。日枝神社折返便が廃止。松戸駅~五香駅便が紙敷車庫で分割され、車庫以東は松飛台線として別線扱い(同時に、松飛台駅発着便を新設。)。
- 2007年2月10日:松戸駅~東松戸駅便が一部経路変更。新経路上に金楠台(かなくすだい)停留所を新設。
松戸循環線は、松戸駅東口を発着する路線のうち、工業団地または如来堂側に至るものの総称である。おおむね真東に至る路線と言うこともできる。
もともと松戸駅東口から和名ヶ谷、稔台、北松戸駅を経由して戻ってくる循環線(のち大循環と呼ばれるようになる)として開通した。その後、日枝神社に至る折返線、和名ヶ谷付近のみを循環する小循環線、三矢小台や野菊野団地に至る路線等の支線が続々と新設されて、これらをまとめて松戸循環線と呼ぶようになった。(現在、三矢小台および野菊野団地に至る線は三矢小台線として別の線名で呼ばれるようになった。)
大循環線が稔台から新京成線に沿って松戸駅に行かずに、わざわざ北松戸駅を経由したのは、松戸駅~松戸新田~稔台間にすでに京成バスが路線(松戸駅~八柱霊園、白井、平塚、等)を走らせていたからである。この循環ルートは全般的に利用客の多そうなところを走るが、中間部の稔台付近は新京成線があるため、バスを需要があまりなく、南側は小循環や折返線、北側は松高線にその役目を委ねることとなった。結局、数年間の一日一本運行を経た後に、廃止となっている。
現在、本当の循環線となっているのはかつて小循環と呼ばれていた工業団地循環だけである。しかし、路線の主力となっているのは、松戸駅東口と東松戸駅を往復するものである。東松戸駅開業前は日枝神社、五香駅西口、紙敷車庫、東部スポーツパークの4つを終点としており、特に日枝神社行きと五香駅西口が多かった。しかし、日枝神社停留所の利用客が少ないことや、紙敷車庫以東と松戸駅間をまたぐ乗客も少なくなったこともあり、のちに、東松戸駅を実質的な終点ターミナルとすることとなった。
2007年2月10日に、松戸~東松戸便の経路がショートカットされる形で一部変更され、新経路上に金楠台(かなくすだい)停留所が設置された。なお、従来の経路にある京成分譲地入口は、松戸~紙敷車庫便のみの停車となっている。
本数が多いのは工業団地経由・東松戸発着の松14系統で、日中はおおむね3本/時である。松戸新京成バスの中では走行区間が最も短い紙敷車庫~東松戸駅の入出庫便は、松14系統の他、八柱7系統の入出庫にも使用されており、本数が多い。松戸駅~紙敷車庫の入出庫便は、如来堂前経由の松8系統と工業団地経由の松7系統があり、本数は半々程度である。路線名となっている本来の循環便が最も少なく、休日は運休となる。そのため、休日は松8系統によって本数を確保している。
[編集] 三矢小台線
- 松1:松戸駅東口~富士見台~野菊野団地~三矢小台
- 松2:松戸駅東口~富士見台~野菊野団地
- 1969年5月8日:三矢小台循環(松戸駅東口→総合市場前→三井住宅前→三矢小台→上矢切→総合市場前→松戸駅東口)が開通。当初は松戸循環線の一部の扱い。
- 1975年7月7日:松戸駅東口~野菊野団地が開通。当初は松戸循環線の一部の扱い。
- 1979年7月:三矢小台循環と野菊野団地便が統合され、松戸駅東口~野菊野団地~二十世紀が丘~三矢小台となる。松戸循環線の一部扱いだったが、のちに三矢小台線と独自の名称が付く(独自名称となったのは平成からだが、詳細な時期不明)。
- 1993年6月16日:深夜バスが運行開始。
- 2008年9月16日:京成バス高塚梨香台線の移管に伴い陣ヶ前停留所に停車、また乗降方式が変更。
三矢小台線は住宅地の間をぬうように走り、松戸駅東口発着線の主力となっている。三矢小台線の開通当初は、今とは全く別のルートを通っており、野菊野線とは別扱いだった。1979年7月に2線は統合され、より住宅の多い地域を通るように変更された。途中で京成バス国分線他と同じ道路を走行する部分があり、京成の陣ヶ前停留所の前も通っていた。しかし当初ここには新京成の停留所がなく、2008年9月16日に京成の高塚梨香台線が移管された際に停車するようになった。また、三矢小台停留所は京成市川線の上矢切停留所のすぐそばにある。
野菊野団地折返便は団地内から発車するため、ポールの場所が三矢小台始発のものと異なっている。平成初頭は野菊野団地折返便が三矢小台便の半分程度あったが、減便が進み、少なくとも1996年以降は、専ら平日土曜のラッシュ時に特化した運行となっている。三矢小台便も2000年8月改正でそれまでの約12分間隔から約15分間隔に減便させられている。
野菊野団地折返便(松2)の一部は、松高線の入出庫運用になっている。これは、松戸駅東口~紙敷車庫を回送する松高線運用車が、一旦野菊野団地停に寄ることで、松戸駅東口~野菊野団地を松2系統として営業運行するためである。(但し、直接回送されたり、松7・松8系統で入出庫することもある。)
なお、前述の高塚梨香台線移管の際、一部で路線が重複する事から、高塚梨香台線と同じ乗降方式に変更された(高塚梨香台線の項を参照)。しかし、松戸駅~富士見台で並行する松戸循環線は従来通りのままである。
[編集] 松高線
- 松12:松戸駅東口~北松戸駅~市立病院~県立松高前
- 北松1:北松戸駅~市立病院~県立松高前
- 1967年9月25日:市立病院線(松戸駅~北松戸駅~市立病院)が開通。少数ながら和名ヶ谷経由もあった(現在は廃止)。
- 1972年6月26日:松戸駅~県立松戸高校前(=県立松高前)に延長。
その名の通り、千葉県立松戸高等学校へ行く路線であるが、その周辺に住宅もあり、必ずしも高校の利用者だけではない。北松戸駅・松高前間には、松戸市立病院や看護専門学校、運動公園もあって、さまざまな利用目的のある。松戸市市勢要覧によれば、県立松高前より先、馬橋駅まで行く計画もあったことも記されているが、現在、その話は無くなっている。
この路線は、終点の手前の区間、千駄堀口~県立松高前間で、中央線のない狭い道を通る。また、県立松高前で転回場のスペースがないため、停留所名となっている県立松戸高校の敷地内ロータリーを利用している事も特筆される。北松戸駅を超え松戸駅方面への利用客は買い物や市役所利用などが目的であり、早朝深夜は全便北松戸駅折返しとなる。ただし、平成になってからの動向について言えば、松戸駅まで走る時間帯は広がってきている。また、市立病院がある事から、ノンステップバスが定期的に充当される路線の一つでもある。
[編集] 高塚梨香台線
- 松21:松戸駅東口~分実~五中入口~市立東松戸病院
- 松22:松戸駅東口~分実~秋山駅~梨香台団地
- 松23:松戸駅東口~分実~秋山駅~梨香台団地~市立東松戸病院
- 1929年2月7日:[伊原栄太郎]松戸駅~松戸園芸学校を開通。
- 1932年2月24日:[伊原栄太郎]松戸駅~秋山に延長。
- 1943年5月12日:[京成]京成となる。当時は松戸営業所担当。
- 1950年頃:[京成]大町線(松戸駅~高塚療養所~迎米~大町(現・大町公民館))を開通。
- 1953年12月25日:[京成]松戸駅~高塚療養所(現・市立東松戸病院入口)を開通。上記の大町に至る線の折り返し。
- 1970年頃:[京成]松戸駅~高塚療養所(現・市立東松戸病院)に短縮。
- 1975年9月1日:[京成]松戸駅~梨香台団地を開通。
- 198X年:[京成]高塚療養所バス停が国立松戸病院と改称
- 1985年頃:[京成]市川営業所となる。
- 1994年頃:[京成]国立松戸病院の松戸市への移管、市立東松戸病院への改称とともに病院バス停の改称・病院前へのバス停移動が行われ、旧国立松戸病院バス停は市立東松戸病院入口と改称。
- 2005年10月16日:[京成]昼間の便が松戸駅~梨香台団地~市立東松戸病院として統合される。
- 2008年9月16日:松戸新京成バスへ移譲し、松戸駅の発着場所を東口に変更。梨香台団地乗り入れ路線を秋山駅経由に経路変更。
当初は京成バスにて運行していた路線だが、2008年9月16日に松戸新京成バスに移管された。この際、松戸駅の発着を東口バスターミナルへ変更、松戸駅への到達時間を大幅に短縮した。また、区画整理事業により完成した北総線秋山駅のロータリーにも乗り入れが始まった(ただし松21は非経由)。初乗り運賃は160円とそのまま据え置かれたが、それ以降は最大でも250円と、運賃は区間によっては京成時代より20~80円の値下げとなっている。
さらに、乗降方式が習志野新京成バスや船橋新京成バスと同様のものに変更となり、松戸駅発が中乗り前降り後払い、松戸駅行きが前乗り中降り前払いとなった。これは、三矢小台線(松1, 松2)にも採用されている。
使用車両は全て中型である。運行本数は移管前より微減し、梨香台団地経由病院行き(松23)の運行時間帯が拡大している。
[編集] 八柱線
- 八柱7:八柱駅~八柱霊園~東松戸駅
- 八柱4:八柱駅~八柱霊園~紙敷車庫
- 八柱5:八柱駅(直行)八柱霊園(季節運行)
- 1955年7月10日:鎌ヶ谷大仏~五香駅~八柱駅、八柱駅~高塚~大町(現・京成の大町公民館)~鎌ヶ谷大仏、八柱駅~高塚~八柱駅が開通。
- 1958年8月:北松戸線(北松戸駅~八柱駅~金ヶ作~五香駅)が開通。
- 1985年7月29日:北松戸駅~八柱駅~東部支所(現・東部スポーツパーク付近)が開通。ほとんどが八柱駅以東の折返便。(北松戸駅~八柱駅間の廃止日不明。)
- 1994年頃:北松戸駅~八柱駅間が廃止され、八柱駅以東のみとなる。
- 1995年3月31日:東部スポーツパーク便が市立東松戸病院発着に変更。
- 2000年8月16日:大町経由便が廃止。八柱駅~市立東松戸病院となる。
- 2004年3月16日:八柱駅~東松戸駅に短縮。
八柱線は八柱駅から八柱霊園の参道を経由し、東松戸駅または紙敷車庫へ至る路線である。以前は市立東松戸病院等、東松戸駅より南へ行く便もあったが、京成バスが松戸駅西口からの路線を運行していたため利用者が少なく、今の区間までに短縮された。
東松戸駅発着便は、通常、ほとんどの便が中型車により運行されるが、お彼岸・お盆などの霊園利用者で混雑する時期は大型車が投入される。なお、紙敷車庫発着便は小金原団地線(八柱8)などの入出庫車による運行で、ほとんどが大型車である。一部はノンステップ車で運行される。
近年、京成バスによって運行されていた松戸駅~八柱霊園間の臨時直通バスの運行が停止された関係で、霊園坂下~田中新田をショートカットする形で開通した都市計画道路を利用し、片道ながらも八柱発の霊園直行バスをお彼岸・お盆などの時期に運行している。この便の系統番号は、廃止により空き番号となった八柱5が割り当てられている。
[編集] 牧の原線
- 八柱1:八柱駅~牧の原小学校~牧の原団地
- 常2:常盤平駅~牧の原小学校~牧の原団地
- 1975年7月:常盤平駅~牧の原団地が開通。
- 1980年3月:八柱駅~牧の原団地および常盤平駅~八柱駅が開通。
- 2000年8月16日:常盤平駅~八柱駅便が廃止。
八柱駅・常盤平駅と牧の原団地を結ぶ路線である。どちらの便も短区間だが、団地や住宅街の中を走る事や、終点の牧の原団地停の最寄りに松戸国際高校がある事から、終日利用者の多い路線である。特に、八柱駅発着便に於ける朝ラッシュ時の運行頻度は、三矢小台線(松1, 松2)や新松戸線(新1)に匹敵する。開通当初は常盤平駅発着便だけであったが、武蔵野線の延長により八柱駅発着便が開通した。現在、八柱発着が日中12分間隔なのに対し、常盤平発着は25分間隔と、交通の便がよい八柱への運行本数が多い。車両の運用面でも、常盤平発着の運用には八柱発着の車両が間合いで入る事も多い。また、終点の牧の原団地停の近くに、市の福祉施設「ふれあい22」があるため、八柱発着便はノンステップバスが定期的に充当される路線の一つとなっている。
[編集] 松飛台線
- 五1:紙敷車庫~松飛台駅~五香駅西口
- 五6:五香駅西口~串崎入口~松飛台駅
- 1966年4月頃:松飛台循環線(五香駅西口→(松飛台工業団地)→五香駅西口)が開通。
- 1976年5月21日:松飛台循環線の一部の便が市立松戸高校入口(現松飛台駅入口)経由となる。
- (この間は松戸循環線の項を参照)
- 2000年8月16日:松戸循環線の松戸駅~五香駅便が紙敷車庫で分割され、車庫以東が松飛台線として別線扱いとなる。
- 2004年3月16日:松飛台循環線が廃止。
松飛台線は、もともと松戸循環線の便として松戸駅東口・紙敷車庫・松飛台駅~五香駅西口間を運行していたものが、2000年8月16日の改正で松飛台駅・紙敷車庫発着便のみとなり、これに伴って別の線名が与えられたものである。なお、紙敷車庫ができる前の1966年より松飛台工業団地を循環する松飛台循環線が開通しており、当初はこの循環線が多くの本数を運行していた。
全体的なバス需要の低下に加え、北総線松飛台駅の開業により、沿線のバス利用者は漸減している。2005年10月現在、紙敷車庫発着便と松飛台駅発着便を併せて、ほぼ20分間隔で運行している。
[編集] 小新山線
- 五4:五香駅~金ヶ作入口~小新山町入口~柏陵高校
- 五5:五香駅~金ヶ作入口~小新山町入口
- 1967年6月1日:五香駅~小新山町入口(旧停留所)が開通。
- 1991年6月24日:小新山町入口停留所が移設され、五香駅~柏陵高校に延長。ツーマン運行からワンマンに変更。
小新山線は五香駅東口の五香駅バス停から北東方面に向かう路線である。かつては北小金駅まで至る五香北線があり、その支線のようであったが、同線が無くなり、この線だけとなった。半数程度の停留所が柏市にあるのも特徴である。当初は小新山町入口まで運行していたが、1991年からは約半数の便が柏陵高校まで延長となっている。なお、柏陵高校停留所という名前であるが高校からは相当の距離がある。
小新山線は柏陵高校まで延長する前までツーマンによって運行されていた。ツーマン運行を長く続けていたのは、当時の金ヶ作入口~小新山町入口の道路が極めて狭く、旧折返場も狭かったため、中型車であってもワンマン運行が困難であったためである。柏陵高校への延長に際してワンマン化を実施するために、小新山町入口停留所の移転(折返し方法の改善)、中型車の使用、運行本数の増発という対応がなされた。さらに、狭隘区間の拡幅工事が行われ、大型車での運行に移行した。その後排ガス規制による車両の置き換えが進み、現在は再び中型車により運行されている。
[編集] 馬橋線
- 馬12:馬橋駅入口~常盤平駅北口
- 1957年6~8月頃:馬橋駅(東口前)~上野台~八坂神社~小作台(八坂神社停留所東側)~五香駅(東口)間を開業。常盤平駅非経由。上野台~三区入口も現ルートと異なる。馬橋駅~八坂神社の区間便あり。
- 1961年4月1日:六和支線(馬橋駅~三村新田~主水稲荷~六和)を開通。
- 昭和:馬橋駅~小作台~常盤平駅(南側)~(さくら通り)~五香駅西口に変更。
- 昭和40年代後半:小金線(現・武蔵野線の当時の仮称)工事に伴う区画整理により、上野台~三区入口が都市計画道路経由に変更。水砂停留所を新設。旧経路にあった上野台、八ヶ崎は新経路上に移設。栗ヶ沢入口、一区入口は廃止。
- 昭和:馬橋駅~常盤平駅北口に短縮。八坂神社~常盤平駅北口間はショートカットのルートに変更。
- 1972年6月5日:六和支線を馬橋駅西口発着に変更。
- 1979年3月20日:新松戸線開通に伴い、六和支線を廃止。
- 1992年:馬橋駅入口~常盤平駅北口間に短縮。馬橋駅東口発着便は廃止。
新京成バスの中では比較的古くからある路線である。住宅地を経由する事の他、鉄道線と並行しないことから全区間乗り通し客も多く、現在でも日中は毎時3本と安定した運行を行っている。大型車のみで運行されていた期間が長かったが、大型車の置き換えが進み、中型車での運行が多くなっている。2006年3月16日のダイヤ改正で両端駅に発着していた小金原団地線の系統が廃止になり、途中の八原台以外では他路線と接続しない路線となった。
この路線はもともと馬橋駅の東口まで乗り入れていたが、駅前の通りが狭隘であり、ワンマンでは折り返しができなかった。このため、ワンマン化にあたり、一つ東側の馬橋駅入口を起点とする便が設けられることとなった。なお、馬橋駅の前で乗り入れるツーマン車は1992年まで運行されていた。なお、馬橋駅入口には折返場がないため、馬橋駅入口行きについては八ヶ崎入口から国道6号を経由してループ状に運行することで折り返している。
幕式の行先表示器搭載車は、字が複雑なためか「馬12 ときわ平駅」と表示していた(「北口」は省略していた)。なお、LED式表示器では「馬12 常盤平駅北口」と表示している。
[編集] 幸田線
- 小金31 北小金駅→幸田貝塚→幸田→北小金駅
- 1986年8月16日:西新田→北小金駅北口→幸田→北小金駅北口→西新田(小金30系統)が開通。北小金駅北口折返便(小金31系統)もあり。
- 1993年4月16日:北小金駅北口折返便が北小金駅→北小金駅北口→幸田→北小金駅北口→北小金駅に延長し、全便がこの系統となる。西新田発着便は廃止。
幸田(こうで)線は、松戸市の最北部を走るローカル系統である。開通は新京成バスの中では比較的新しく1986年である。開通当初は西新田から北小金駅北口に経由して幸田に向かう循環線だった。これは北小金駅前(南口)に大型バスが入れず、折返しもできなかったためである。しかし、北小金駅北口停留所の場所が駅から非常に離れたところにあって、非常に使いにくかった。また、北小金駅から西新田側に向かうのも、五香北線と幸田線で乗り場が全然違うというのも非効率的であった。その後、北小金駅前が整備されて全便がバスターミナルに乗り入れたことにより利便性が高まったが、乗客の少ない西新田側については五香北線だけとなってしまい、結果的に減便となった。なお、バスターミナル乗り入れのときに幸田地区内の循環経路が一部変更になっている。
この路線は、北小金駅発着便では唯一紙敷車庫の車両で運行される路線である。回送距離が長いため、前述の小金23系統で出入庫し、日中は小金原操車場を拠点としている。
[編集] 小金原団地線(小金23を除く)
- 小金1:北小金駅~小金原団地循環(右回り)
- 小金2:北小金駅~表門~殿内~若芝~小金原バス案内所(入庫のみ。出庫時は小金3系統。)
- 小金3:北小金駅~小金原団地循環(左回り)
- 小金4:北小金駅~向原~若芝~殿内~小金原バス案内所(入庫のみ。出庫時は小金1系統。)
- 小金5:北小金駅~食品センター~貝の花小学校~貝の花~食品センター~北小金駅
- 小金6:北小金駅~食品センター~貝の花小学校~貝の花(入庫のみ)
- 小金7:北小金駅~交通公園~行政センター~八柱駅(日中のみ運行)
- 小金13:小金原バス案内所~表門~北小金駅(平日朝のみ)
- 小金15:殿内~小金原バス案内所~向原~北小金駅(平日朝のみ)
- 八柱8:八柱駅~小金原団地循環(左回り、出庫便は東若芝発バス案内所経由八柱駅行き)
- 八柱9:八柱駅~東若芝~殿内~小金原バス案内所(入庫のみ。1日1本)
- 1969年5月15日:北小金循環、馬橋循環、常盤平循環が開通。北小金循環は北小金駅入口付近のループ運行。常盤平循環は常盤平駅~星形住宅~幼稚園前~八原台~団地。(のち、常盤平駅北口発着に変更。)
- 1991年8月12日:深夜バスを運行開始。
- 1994年3月16日:北小金駅バスターミナルの整備により、北小金循環が北小金駅~小金原団地内に延長。
- 1993年6月16日:八柱駅循環が開通。
- 2000年8月16日:常盤平循環が休止。馬橋循環と八柱駅循環の乗り継ぎが開始。
- 2000年10月16日:常盤平循環が再度運行開始(平日のみ)。馬橋線と八柱駅循環の乗り継ぎは継続。
- 2006年3月16日:馬橋循環を廃止し、代替として北小金駅~貝の花小循環を新設。北小金~行政センター~八柱便運行開始(日中のみ)。常盤平循環が廃止。五香北線がバス案内所まで延長のうえ小金原団地線に統合(後述)。
小金原団地線は、八柱・北小金駅の2駅と小金原団地を結ぶ路線であり、多くの便が小金原団地内で循環運転をしている。かつては、馬橋駅、常盤平駅を発着する便もあり、4駅から小金原団地に循環運転をしていた路線であったが、2006年3月16日に大規模な改正があり、馬橋・常盤平駅を発着する便は廃止された。なお、同改正で五香北線として運行していた小金23系統が、小金原バス案内所まで路線延長の上、本路線に統合されているが、これについては次節で述べる。
一番便数が多いのは北小金駅~小金原団地便(小金1~4)で、右回りと左回りの双方があり、平日の朝ラッシュ時には、バス案内所・殿内始発で一部区間をショートカットする便(小金13・15)も運行されている。以前は、北小金駅前や周辺の道路が狭く、バスの乗り入れができなかったために、北小金駅入口を始発としていた。北小金駅~久保平賀間でループ運行になっているのはこの名残である。その後、1994年に北小金駅前再開発事業が完了し、あわせてバスターミナルが整備されたのを機に、駅前まで乗り入れるようになった。次段落で触れる馬橋駅よりも駅周辺の施設が充実していることや、混雑しやすい国道6号を走行する距離が短い事から、それ以前から運行便数の多い路線であった。なお、開通当初は、この便に限り「小金線」という別称が用いられた事もあるが、現在は全く見かけない。2006年3月16日のダイヤ改正では、停留所名の変更等が実施された。
北小金駅~貝の花小循環便(小金5・6)は、廃止された馬橋駅入口発着便の代替として2006年3月16日のダイヤ改正で登場した。馬橋発着時のように団地を大きく回らず、一戸建て住宅地が立ち並ぶ小金原5・8丁目付近を循環するルートとなっている。この線は、北小金駅周辺において往復とも小金小学校・小金下町を通り、両停留所の貝の花方向は1999年12月の五香北線ルート変更以来、約6年ぶりの復活となった。馬橋発着時代に比べ本数は全体的に少ない。
八柱駅~小金原団地便(八柱8・9)は、1993年に新規に開業したもので、八柱駅前の発展とJRの乗入れの影響、八柱方面と国道6号を結ぶ都市計画道路の開通等が開通の背景にある。左回りのみの設定であるが、小金原操車場担当の運用に東若芝始発とバス案内所止まり(八柱9)がそれぞれ一本存在する。それ以外の運用は紙敷車庫の担当で、ノンステップバス充当路線の一つでもある。開通当初は30分おきだったが、その後20分おきに増便され、常盤平駅北口発着便の代替の役割を果たすようになった。なお、2006年3月16日のダイヤ改正では停留所が新設された。
このほか、2006年3月の改正より、北小金駅~八柱駅便(小金7)の運行が日中のみで開始された。この便は、交通公園~行政センター間で新規ルートを走行する。新京成のホームページではJR線と森のホール21を直結する路線としてPRされているが、本数は少なく日中のみの運行。2009年4月のダイヤ改正で終便の繰り上げを行い、若干運行本数が減少した。
[編集] 廃止された馬橋・常盤平駅発着系統
既述の通り、2006年3月に実施された大規模な改正により、馬橋駅入口と常盤平駅北口を発着する系統が廃止された。
馬橋駅入口発着系統は、右回り(馬5)および左回り(馬7)の循環便と、馬橋駅入口~貝の花~笹塚~バス案内所間を往復運行する折返便があった。他駅発着便との関係により団地の南側に比重を置いており、主にバス案内所折返便が運行され、ラッシュ時は輸送密度の少ない方向を短絡運行するために循環線が運行されていた(午前:右回り、夕方等:左回り)。もともと馬橋駅が北小金駅より2駅東京寄りであることから、通勤に有利ということでラッシュ時の本数が特に多かった。廃止の背景として、駅前ロータリーまで乗り入れられない状態が続いていたこと、国道6号の渋滞により駅への到達時間が長くかかっていたことが挙げられる。なお、開通当初この便に限り「小金中央線」という別称が用いられたこともある。
常盤平駅北口発着系統は、循環線が片回りのみの設定で、開通当初は「常盤平線」という別称もあった。JR常磐線の駅に至るには特段のメリットがないが、五香・鎌ヶ谷・津田沼方面に行くときにはこの線が一番適していたと言える。入庫便は常11系統を名乗り、小金原団地内をぐるっと回って栗ヶ沢中学校で客扱いを打ち切り、小金原バス案内所へ回送、出庫便はバス案内所から若芝へ回送、若芝から客扱いを始め、小金原団地内をぐるっと回って常盤平駅北口へ至るという運用をしていた。小金原団地線の中で最も本数が少なく、休日は運休であった。1991年頃常盤平駅の一つ手前に千葉西病院が開業し停留所も設置されたが、八柱駅発着系統の開通以降乗客が激減し、2000年8月改正で休止された(休止に伴い、馬橋線と八柱駅系統との八原台で乗り換える乗継乗車券制度が設けられた。)。その後、千葉西病院利用者など、地元からの強い要望によりわずか2ヶ月後に復活したものの、乗客は少ないままで、路線の維持には至らなかった。
[編集] 小金原団地線(旧五香北線)
- 小金23:北小金駅~西新田~小金原バス案内所
- 1957年2月1日:五香駅~酒井根中央~北小金駅を開通。鎌ヶ谷大仏~北小金駅の出入りや、北小金駅~光ヶ丘の折返便もあった。
- 昭和:柏線(五香駅~逆井入口~柏駅東口)を開通。のち、五香駅~逆井入口~北小金駅に変更されるが期日不明。
- 1999年12月16日:逆井入口経由便を廃止し、北小金駅入口~根木内間をショートカットする経路に変更。
- 2000年8月16日:西新田~北小金駅に短縮。
- 2006年3月16日:北小金駅~西新田~小金原バス案内所に延長、小金原団地線に統合。
北小金駅から西新田経由で小金原団地に入る路線である。2006年3月の改正でバス案内所まで延長される前は五香北線の線名で呼ばれていた。もともとは五香駅と北小金駅を結ぶ路線であり、年表に示したように酒井根中央経由便と逆井入口経由便とあった。いずれも中間部は柏市であり、そこには南柏駅または柏駅から東武バスが相当本数走っていたため、新京成の方は運行本数拡大には至らなかった。結局、平成初期時点で、五香駅~北小金駅を直通するものは、酒井根中央経由便が4往復、逆井入口経由便が1往復だけであった。五香駅近傍は別項の小新山線が主力となり、北小金駅側は西新田~北小金駅の折返便を多く運行していた。1980年代前半までは車掌乗務のツーマン運行で、中扉のみ乗降に使用されていた。
2000年8月改正により、西新田折返便だけが残る形となったが、これも以前のように20~30分おきで走るような勢いもなく、1時間に1本程度となった。西新田は独自の折返場を有し、入庫便を除きそこで折り返していたが、路線網見直しに伴い、入庫便の回送ルートを営業化する形でバス案内所まで延長された。延長に当たり、停留所は既設の表門を通るほか、根木内小学校入口・殿内(他線とは違う位置)が新設されている。本数にはあまり変化がなく、全日30~60分間隔での運行である。
[編集] 新松戸線
新松戸駅から走る2系統である。馬橋駅西口停留所と馬橋線の馬橋駅入口停留所をそのまま別停留所と捉えると、他線との接続がない。
新松戸七丁目方面は、全線通して新松戸の住宅街を走る団地内路線である。終点付近を除きJR武蔵野線に垂直にまっすぐ進む。終点・新松戸七丁目停留所付近は道が狭く、流山市との境界が近く、西側には田畑が広がる。本数が多い。ただし、最近は減便傾向で、全日とも日中はJR常磐線の各駅停車の列車本数に合わせ、5本/時である。
分岐する馬橋駅西口方面は、駅から離れた郊外部を通り、ほとんどが一戸建ての住宅街である。もともと、この地域は新京成により馬橋駅(東側)~三村新田~主水稲荷間に路線(馬橋線六和支線)があったが、当路線に置き換えられた。日中の本数は、運行間隔がほぼ統一されている新1系統に比べると少ない。なお、馬橋駅西口~蓮田橋間で、京成バス流山線の松72系統(馬橋駅~馬橋高校~古ヶ崎~松戸駅西口)が並走するが、重複する区間が短くどちらも便数が少ない。
この路線は数少ない紙敷・小金原の共管路線で、休憩所がある新松戸七丁目を拠点にしている。
[編集] 車両
松戸新京成バスでは、主にいすゞ自動車によって製造または販売された車両を使用している。大型車と中型車の2種類を導入しており、新京成電鉄松戸営業所時代の1990年代末までは、大型はいすゞ、中型は日産ディーゼルとしていた。しかし、KL・KK代以降は大型・中型ともいすゞの新車が導入されるようになり、旧式車の置き換えが進んだ結果、日産ディーゼル車は既に全廃となり、大型車の一部は関東鉄道に譲渡されている。また、2006年以降は松戸独自色の車両が導入され、旧塗装車は順次廃車となっている。
貸切用のバスも3台あり、2台はいすゞ、1台は三菱ふそうの車両である。
新京成バス3社のうち、いすゞ車を新車として購入して使用しているのは松戸のみであり、他は日産ディーゼルが主流である(船橋新京成バスは船橋バスから引き継いだいすゞ車を使用)。ただし、1990年代までに導入された車両のほとんどは、シャーシメーカにかかわらず富士重工業によって製造されたボディを架装していたため、各営業所の車両に外観上の差異はほとんどなかった。
1998年に千葉県下(及び新京成グループ)で初めて大型ノンステップ車が導入され、翌年に1台。2000年からは、エルガボディーのノンステップバスが導入され、2006年には松戸独自色初のノンステップバスを導入した。現在松戸新京成バスのノンステップ車は大型が7台、中型が24台となっている(このうち大型4台、中型17台は分社後導入車)。中型車でも需要を満たす路線が多い為か、分社後は中型ノンステップ車の増備が続いていたが、2005年4月から2006年初頭まで、分社後初の大型ワンステップ車が導入され、幕式行き先表示器搭載の引戸車は、中型のN-M22の廃車を以って松戸からは姿を消した。
車両の塗色は、1989年導入車より分社直前まで、白・赤・灰の3色(赤バスカラー)を用い、赤線が前面と側面前方で新京成のローマ字書き(Shin-Keisei)のSをかたどったデザインであった。分社後はデザインを一新し、パープルに赤・黄のアクセントがついたものになった。また、京成バスから高塚梨香台線の松戸新京成バス移譲により譲渡されたKK-LR233J1改(2223→3501、2248→3505・ノンステップ)とKK-LR233J1(2228→3502、2229→3503、2230→3504・ワンステップ)は旧旧塗装(青バスカラー)である(ただし、肩部と下部の青の色調と後部の肩帯の終端部の処理は京成式のまま。)。
方向幕については、分社後の三社の中では最も早くLED幕化改造が始まった。大型・中型ともI-771を除く全車がLED幕化改造済みである。ただ、I-771とI-M36は、聖徳学園の専用貸切バスで、一般の運用に入らない関係上、先に貸切用となったI-771には、LED幕化改造は行われていない。また、排ガス規制により既に廃車となった車両にも、LED幕化改造は行われなかった。
[編集] PASMO導入
2008年10月25日には、新京成バスグループでは最後となるPASMOが導入された。[1]
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年5月19日 (火) 04:15 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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