松本輝
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| 東北楽天ゴールデンイーグルス #65 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 熊本県熊本市 |
| 生年月日 | 1977年8月30日(32歳) |
| 身長 体重 |
180cm 80kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 1995年 ドラフト2位 |
| 初出場 | 2000年4月9日 |
| 年俸 | 1,300万円(2009年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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松本 輝(まつもと あきら、1977年8月30日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(投手)。熊本県出身。
2001年の登録名は「アキラ」、2002年から2003年の登録名は「輝」。
目次 |
[編集] 経歴
父親が小学校野球部の監督をしていた影響で、幼稚園の頃から野球に触れる。本格的に野球の練習を始めたのは、帯山西小学校4年の時から。中学では野球チーム「熊本北シニア」でプレー。
その後、九州の強豪として知られる熊本工業高校に進学し、3年時はエースを任された。同野球部のチームメートには荒木雅博、田中雅興、競輪選手の合志正臣がいた。1994年から2年連続で春の甲子園に出場。3年夏は、県大会の準決勝で九州学院と対戦し敗れた。夏の甲子園への出場経験はない。3年時にAAAアジア選手権代表に選出された。
1995年、ドラフト会議で2位指名を受け福岡ダイエーホークスに入団。本格派投手として、同期でドラフト1位の斉藤和巳に勝るとも劣らない期待を受けていた。最速150km/hを記録する速球を持つものの、制球力の悪さや調子の波の激しさからたまに一軍に顔を出す程度と伸び悩んだ。初登板は2000年4月9日の日本ハム戦(福岡ドーム)で、3回に救援登板した。しかし投手層の厚いホークス時代は10年間で一軍登板40試合にとどまり、1勝もできなかった。
2006年5月2日、斉藤秀光との交換トレードで東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍。投手層の薄い楽天への移籍でチャンスをつかもうとしたが、ファームでも5点台半ばの防御率で、7年ぶりに一軍登板なしに終わり、年々期待は下がっていった。
2007年、セットアッパーとして開幕一軍登録を勝ち取る。4月12日、対西武戦(宮城)で、先発・田中将大の後を受け二番手として登板し、8回表を無失点に抑える。その裏、チームは勝ち越しに成功し、プロ入り12年目にして初勝利を救援勝利で上げた。なお、初勝利を上げるまでの年数が12年というのは西清孝の13年に次ぐ歴代2位の長さである。4月24日、対オリックス戦(スカイマーク)で初セーブを上げた。5月12日、対オリックス戦で3番手として登板し、2勝目を上げた。このように前半戦は勝利のセットアッパーとして活躍し、ホールドを積み重ねていった。しかしけがもあって交流戦前には失速。本拠地開催となった2007年のオールスターのパ・リーグ中継部門でファン投票1位となったが、7月6日に故障による欠場が発表された。6月12日に一軍登録抹消を受けると、けがから復帰した8月4日から3週間もたたない8月22日には再び2軍に降格し、閉幕まで一軍に戻れなかった。
2008年3月22日、開幕第2戦の対ソフトバンク戦で、延長11回裏にドミンゴ・グスマンから代わってリリーフ登板。しかし、2アウト満塁のピンチに立たされると、代打の本間満にサヨナラヒットを打たれ、ソフトバンクの2試合連続サヨナラ勝ちを許してしまう。
[編集] 人物・雑記
- サイド気味のスリークォーターから放る直球は現在も140km/h後半を記録するが、140km/hを切ることもしばしばであり、波の激しさは残している。スライダーとシュートを駆使した横の揺さぶりが持ち味である。球種は他にチェンジアップやフォークなど。
- 実父は男子アマチュアゴルフ界の雄として知られる人物で、2度アマチュアゴルフの九州チャンピオンに輝いたことがある。松本自身もゴルフの腕前は中々あり、プロ入り1年目の入寮の際にはゴルフバッグを持参した。実家ではゴルフショップを経営していた時期がある。
- ホークス時代は同い年の的場直樹・斉藤和巳と仲が良かった。結婚披露宴などに招かれると的場と一緒に宴会芸を披露したりした。
- 楽天移籍後、最初に仲良しになった選手は戸叶尚。独身で栃木に実家のある戸叶が精巣癌手術を受けた際、松本が付添い人をつとめた。松本は、2000年にチームメイトであった藤井将雄を癌で失った経験がある。
- 楽天移籍後も自分の仕事は敗戦処理しか出番がないだろうと半ば自暴自棄になっていた時期があるが、2007年2月の春季キャンプで野村監督の「限界が見えてからが勝負」という言葉を聞き、意識を改めた。投球の組み立てを考え、持ち球を磨いた結果、オープン戦から一軍に帯同し続けた。そしてこの年、プロ12年目で初勝利を挙げた松本の元には、斉藤和巳を含む70件以上の祝福の電話や電子メールが届いたという。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | ダイエー ソフトバンク |
11 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | -- | .000 | 132 | 29.2 | 33 | 1 | 13 | 1 | 1 | 17 | 2 | 0 | 23 | 22 | 6.67 | 1.55 |
| 2001 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 24 | 4.2 | 10 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 5 | 5 | 9.64 | 2.14 | |
| 2002 | 11 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | -- | .000 | 63 | 14.0 | 15 | 2 | 5 | 1 | 2 | 8 | 1 | 1 | 5 | 5 | 3.21 | 1.43 | |
| 2003 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 13 | 2.0 | 2 | 0 | 4 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 4.50 | 3.00 | |
| 2004 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 34 | 7.1 | 9 | 0 | 3 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 3 | 3 | 3.68 | 1.64 | |
| 2005 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 49 | 11.2 | 15 | 0 | 3 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 5 | 5 | 3.86 | 1.54 | |
| 2007 | 楽天 | 33 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 1 | 4 | .667 | 154 | 32.1 | 36 | 3 | 16 | 0 | 8 | 20 | 1 | 0 | 24 | 22 | 6.12 | 1.61 |
| 2008 | 21 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ---- | 131 | 27.1 | 41 | 5 | 11 | 1 | 1 | 16 | 3 | 0 | 19 | 18 | 5.93 | 1.90 | |
| 2009 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 36 | 8.0 | 8 | 0 | 4 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 3.38 | 1.50 | |
| 通算:9年 | 101 | 4 | 0 | 0 | 0 | 2 | 6 | 1 | 5 | .250 | 636 | 137.0 | 169 | 12 | 59 | 3 | 14 | 79 | 7 | 1 | 88 | 84 | 5.52 | 1.66 | |
- 2009年度シーズン終了時
- ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更
[編集] 背番号
- 67(1996年 - 2005年)
- 65(2006年 - )
[編集] 個人記録
- 初登板:2000年4月9日、対日本ハムファイターズ3回戦(福岡ドーム)、3回表に救援登板
- 初奪三振:2000年4月13日、対西武ライオンズ3回戦(西武ドーム)、7回裏にレジー・ジェファーソンから
- 初先発:2000年5月6日、対大阪近鉄バファローズ7回戦(大阪ドーム)
- 初ホールド:2007年4月3日、対北海道日本ハムファイターズ1回戦(フルキャストスタジアム宮城)
- 初勝利:2007年4月12日、対西武ライオンズ5回戦(フルキャストスタジアム宮城)、8回表に救援登板
- 初セーブ:2007年4月24日、対オリックス・バファローズ3回戦(スカイマークスタジアム)
[編集] 登場曲
- 「金色のライオン」長渕剛
[編集] 関連項目
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