林家染団治・小川雅子

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林家染団治・小川雅子(はやしやそめだんじ・おがわまさこ)は、戦前から戦後にかけて東京で活躍した漫才コンビ。

雅子の三味線に合わせてゴリラが顔の染団治が踊るたわいない珍芸ゴリラ踊りが売りであった。

染団治は元々吉本興業部の端席の落語家だったが上方落語の衰亡の危機に早々と漫才に転向、後に雅子と共に東京で吉本興業部(東京吉本)所属となる。1934年新橋演舞場で行なわれた「漫才大会」に中堅として出演。1938年に帝都漫才組合(現在の漫才協会)を設立し会長に就任。

弟子に林正二郎らがいた。

[編集] メンバー

林家染団治1894年9月 - 没年不詳)

二代目林家染丸の門下。
関東大震災にあって、五代目古今亭志ん生の家で世話になり、一人で鍋のほとんどを平らげてしまい、志ん生夫妻は困ったという。

小川雅子生没年不詳

最終更新 2009年9月19日 (土) 08:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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