枯葉剤

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ベトナム戦争時のランチハンド作戦による枯葉剤散布の様子

枯葉剤(かれはざい)はベトナムで散布された除草剤の一種で、ダイオキシン類の一種2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン(TCDD)を含んでいる。

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[編集] ベトナム戦争における枯葉剤

ベトナム戦争中に米軍南ベトナム軍によって撒かれた枯葉剤は軍の委託によりダイヤモンドシャムロックダウ、ハーキュリーズ、モンサント社などにより製造され、オレンジ剤(Agent Orange)、ホワイト剤、ブルー剤の三種類があった。ベトナムで使用された枯葉剤は、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)と2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)の混合剤であり、ジベンゾ-パラ-ダイオキシン類が含まれ、副産物として一般の2,4,5-T剤よりさらに多い2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン(TCDD)を生成する。このTCDDは非常に毒性が強く、マウスでの実験で催奇形性が確認されている。ベトナム戦争退役軍人の枯葉剤暴露とその子供の二分脊椎の増加についてはこのTCDDとの関連が示唆された。なお、2,4,5-Tはアメリカ合衆国や日本では散布使用が許可されていない。ダイオキシン類が作用する分子生物学的標的は内分泌攪乱化学物質と同一のものであり、マウス実験で催奇性が確認されているが、ヒトに対する影響は不明であるとする否定意見があるが、これは人間に対しては動物のように実験を行うことが出来ず不明となっているのである。

ベトナム戦争で行われた枯葉剤の散布は、名目上はマラリアを媒介する蚊や蛭を退治するためとされたが、実際はベトコンが隠れ場に使っている森林の枯死、およびゲリラ支配地域の農業基盤としての耕作地域の破壊が目的であったともいわれる。

1984年、アメリカのベトナム帰還兵らが集団訴訟で枯葉剤製造会社を訴えた裁判では、審理入りする直前に原告代表者が会社側との和解を発表した。製造会社側は枯葉剤の被害を認めずに原告に補償金を支払うことで同意したが、裁判で帰還兵らの枯葉剤被害がつまびらかにされる事がないまま、帰還兵らの証言はお蔵入りとなったのである。この突然の和解を不服とした帰還兵や遺族らが1989年に再び集団訴訟をおこしているが、却下されている。

革命ゲリラの根拠地であったカイクュオイ、ニンタンロイ、バクリエウ省のホンダンなどが深刻である。

[編集] アフリカ諸国の独立戦争における枯葉剤

1961年から1975年にわたるアンゴラ独立戦争の際には、ポルトガル軍はアンゴラ解放人民運動に対して枯葉剤を使用した[1]。また、ギニアビサウ独立戦争の際にも、ポルトガル軍は人民革命軍(FARP)に対して枯葉剤を使用している。

[編集] 麻薬作物と除草剤散布

麻薬作物の除去を名目としてコロンビアアフガニスタンなどでラウンドアップなどの除草剤を空中散布する作戦が行われ、対象地区の農業や環境に甚大な被害を与えている。ただし、これらの地域で散布された除草剤はベトナムで使用された枯葉剤とはまた異なる。

[編集] 枯葉剤をテーマとした作品

  • 『花はどこへいった』 - ドキュメンタリー。坂田雅子監督

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 芝生瑞和 『アンゴラ解放戦争』 岩波書店〈岩波新書〉、1976年、158頁、181頁。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月26日 (月) 06:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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