柱谷幸一

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柱谷 幸一
名前
カタカナ ハシラタニ コウイチ
ラテン文字 HASHIRATANI Koichi
基本情報
国籍 日本
生年月日 1961年3月1日(48歳)
出身地 京都府京都市
身長 178cm
体重 75kg
選手情報
ポジション MF/FW
利き足 右足
代表歴
1981-1986 日本 29 (3)
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

柱谷 幸一(はしらたに こういち、1961年3月1日 - )は、日本の元サッカー選手、サッカー指導者。 京都府京都市出身。JFL栃木SC前監督。日産自動車、ヴェルディ川崎で活躍した柱谷哲二は実弟。

目次

[編集] 来歴

[編集] 選手として

国士舘大学在学中より日本代表に選ばれ、ロサンゼルス五輪予選やワールドカップ・メキシコ大会予選にフォワードとして出場。当時国内三冠を達成し最強と言われた日産自動車の主力として木村和司水沼貴史らと共に活躍、ヘディングでのゴールが多かったことから「ヘッドの(柱谷)兄」と当時のサッカーファンから称された。浦和レッドダイヤモンズに移籍した後はFW、94年には中盤にポジションを移すが、同年には柏レイソルに移籍し、Jリーグ昇格に貢献。晩年は再びフォワードとしてプレーし、エジウソンとのツートップで柏の躍進を支えた。

[編集] 監督として

  • 1999年 日本サッカー協会公認S級ライセンス取得。
  • 2001年 前任植木繁晴の辞任に伴ない、J2モンテディオ山形監督に就任。チームを昇格目前の3位に引き上げ選手育成能力と大胆な戦術が評価される。
  • 2002年 主力選手の移籍(柱谷は特にJ1からオファーが来た選手は引き止めなかった。もちろん社団法人が運営していて予算面に制限のある山形のチーム事情もある)や、対戦相手に研究されたことなどから低迷。得失点差で最下位を免れ11位。
  • 2003年 7月に古瀬絵里アナウンサーとの不倫疑惑が浮上して謹慎処分を受ける。契約非更新が発表され事実上の解任となる。解任後「資金不足で良い選手を獲得できなかったことが敗因」とコメント。8位でシーズン終了。
  • 2004年 6月よりJ2京都パープルサンガ監督。
  • 2005年 豊富な資金に支えられモンテディオ山形からは星大輔アビスパ福岡から米田兼一郎湘南ベルマーレから加藤大志とライバルチームを狙った積極的な補強を敢行。補強とは対照的に堅実な戦術で首位を独走。10月22日J1復帰を決める。そして、11月6日には、堂々のJ2優勝を決めた。
  • 2006年 自身初のJ1チームの監督として臨んだが、下位を低迷。シーズン途中の補強選手もうまく結果を残せず10月3日に解任された。
  • 2007年6月よりJFL栃木SCの監督に就任。2008年シーズンで2位の結果を残し、Jリーグ2部(J2)への加盟が承認されたが、選手獲得方針と自身の年俸条件面が折り合わず辞任した。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 JSL杯/ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1983 日産 JSL1部 18 7
1984 日産 JSL1部 17 8
1985 日産 JSL1部 22 8
1986-87 日産 JSL1部 22 11
1987-88 日産 JSL1部 13 3
1988-89 日産 JSL1部 22 9
1989-90 日産 JSL1部 11 2
1990-91 日産 JSL1部 5 0
1991-92 日産 JSL1部 10 4
1992 浦和 - J - 8 6 4 4 12 10
1993 浦和 - J 18 2 3 0 1 0 22 2
1994 浦和 - J 7 0 0 0 - 0 0
1994 45 旧JFL 16 1 1 0 0 0 17 1
1995 - J 31 4 - 2 1 33 5
1996 - J 25 2 13 1 1 0 39 3
通算 日本 J 81 8
日本 JSL1部 140 52
日本 旧JFL 16 1
総通算 237 61

[編集] 代表歴

[編集] 出場大会など

[編集] 試合数

  • 国際Aマッチ 29試合 3得点(1981-1986)


日本代表 国際Aマッチ その他 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点
1981 9 0 16 6 25 6
1982 3 0 8 2 11 2
1983 1 0 5 0 6 0
1984 5 1 5 3 10 4
1985 9 2 7 0 16 2
1986 2 0 4 2 6 2
1987 0 0 2 1 2 1
通算 29 3 47 14 76 17

[編集] 得点数

# 年月日 開催地 対戦国 スコア 結果 試合概要
1 1984年4月15日 シンガポール タイ 2-5 敗戦 ロサンゼルス五輪予選
2 1985年2月23日 シンガポール シンガポール 3-1 勝利 1986 FIFAワールドカップ予選
3 1985年6月4日 日本名古屋市 マレーシア 3-0 勝利 ジャパンカップ

[編集] 監督成績

年度 クラブ リーグ 試合数 勝利 引分 敗戦 勝点 順位 ナビスコ杯 天皇杯
2001年 モンテディオ山形 J2 44 21 6 11 69 3位 1回戦敗退 3回戦敗退
2002年 J2 44 6 17 21 35 11位 - 1回戦敗退
2003年 J2 44 15 10 19 55 8位 - 3回戦敗退
2004年途 京都パープルサンガ J2 44 19 13 12 70 5位 - 4回戦敗退
2005年 J2 44 30 7 7 97 優勝 - 4回戦敗退
2006年 J1 25 4 6 15 18 16位 予選リーグ敗退 -
2007年途 栃木SC JFL 34 14 10 10 52 8位 - 3回戦敗退
2008年 JFL 34 18 9 7 63 2位 -
  • 2004年京都パープルサンガ監督は、前任の西村昭宏が成績不振で解任されたため、6月より就任。
  • 2006年は25節終了後に解任(順位は解任当時のもの)

[編集] 外部リンク

[編集] 関連項目


先代:
高橋高
栃木SC監督
2007途中-2008
次代:
松田浩

最終更新 2009年11月25日 (水) 07:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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