柳田殖生
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| 中日ドラゴンズ #53 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 兵庫県西脇市 |
| 生年月日 | 1982年3月31日(27歳) |
| 身長 体重 |
178cm 77kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 遊撃手、三塁手、二塁手、一塁手 |
| プロ入り | 2005年 ドラフト5巡目 |
| 初出場 | 2007年6月23日 |
| 年俸 | 750万円(2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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柳田 殖生(やなぎだ しげお、1982年3月31日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(内野手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
1999年に福知山商高が甲子園に出場したときの一員。その時は2回戦まで進出した。
2003年にNOMO Baseball Clubに入団し、2005年のクラブ選手権に出場し、優勝した。都市対抗は1回戦で敗退した。
2005年の大学・社会人ドラフトで、中日ドラゴンズから5巡目で指名され、入団。本クラブ出身選手としては初めてのプロ野球選手になった。
[編集] プロ入り後
ルーキーイヤーの2006年は一軍出場なしに終わったが、二軍では遊撃手としてチームトップの57試合に起用され、将来のレギュラー候補と期待された。翌2007年6月23日の対ソフトバンク戦で、8番・三塁手のスタメンとしてプロ初出場し、第1打席でプロ初安打を、第2打席ではプロ初本塁打をそれぞれ杉内俊哉より放った。
2008年は内野のレギュラーが固定されていたため一軍出場なしに終わったが、二軍では内野の全ポジションで起用された。2009年は過去3年間2割台前半だった打撃が成長し、二軍でリーグ2位(チームトップ)の打率.325、リーグ3位の出塁率.403を記録した。また3年連続で内野の全ポジションを守った。
[編集] 人物
クラブチーム時代は堺市にある㈱コアー建築工房でAM8:00から建築現場でアルバイト、PM7:00からNOMO Baseball Clubで毎日野球をしていた。
入団会見には婚約者同伴で臨んだ。
遊撃手を中心に内野ならどこでも守れる器用さから、ファンからは後年の懸念問題とされる「ポスト渡邉博幸(現育成コーチ)」の筆頭と期待され、本人の目指すところも同じと語っている。
プロ入り2年目の2007年のシーズンで人に指摘されるまで、デッドボールのことを「ゼットボール」と勘違いしていた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 中日 | 9 | 12 | 12 | 1 | 2 | 0 | 0 | 1 | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 0 | .167 | .167 | .417 | .583 |
| 2009 | 3 | 5 | 5 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .200 | .200 | .200 | .400 | |
| 通算:2年 | 12 | 17 | 17 | 2 | 3 | 0 | 0 | 1 | 6 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 8 | 0 | .176 | .176 | .353 | .529 | |
- 2009年度シーズン終了時
[編集] 背番号
- 53 (2006年 - )
[編集] 個人記録
- 初出場:2007年6月23日、福岡ソフトバンクホークス戦(ナゴヤドーム) - 8番三塁手で先発出場
- 初打席・初安打/初本塁打:同上、2回杉内俊哉から左前安打/4回杉内から左越えソロ
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年12月1日 (火) 08:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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