栃木県立宇都宮工業高等学校

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栃木県立宇都宮工業高等学校
過去の名称

栃木県立宇都宮工業学校

栃木県立宇都宮第二工業学校
国公私立の別 公立学校
設置者 栃木県
校訓 一人は一校を代表す
設立年月日 1923年
共学・別学 男女共学
課程 全日制定時制
単位制・学年制 学年制
設置学科 工業科
所在地 320-8558
栃木県宇都宮市京町9番25号
北緯36度33分12.9秒東経139度52分16秒
電話番号 028-633-0451
FAX番号 028-637-4527
外部リンク 栃木県立宇都宮工業高等学校
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栃木県立宇都宮工業高等学校(とちぎけんりつうつのみやこうぎょうこうとうがっこう)は、栃木県宇都宮市に所在する県立工業高等学校宇工(うこう)の通称で呼ばれている[1]

目次

[編集] 設置学科

  • 全日制課程
    • 土木
    • 建築
    • インテリア
    • インテリア設備
    • 電気(電気電子として募集し2年進級時に希望進路へ分かれる)
    • 電子
    • 機械
    • 電子機械
  • 定時制課程
    • 工業技術

[編集] 沿革

1923年4月20日 - 創立。栃木県立宇都宮工業学校と称する。土木科・建築科・木工科の3科を置く。
1951年4月1日 - 栃木県立宇都宮工業高等学校と改称する。
1973年4月20日 - 創立50周年記念式典を挙行する。
2002年2月19日 - 全国の公立高等学校で初のISO14001認証(JAB)を取得する。同26日、UKAS認証を取得する。

[編集] 移転計画

現在、「科学技術高校整備基本計画」[2]により宇都宮市南部の雀宮地区への移転が計画されているが、正確な移転時期や新名称などの情報は公開されていない。

2008年創立記念式典にて学校長より、平成20年度の入学生が最後の宇都宮工業高校生徒となる。跡地については移転後の計画はさまざまあるが、同窓会より創立記念式典で記念モニュメントを残すことも検討している。

[編集] 校歌

校歌の作曲者は、宇都宮短期大学創設者の須賀友正。須賀が作曲するに至った経緯は不明だが、初代校長であり、旧宇都宮商工会議所などの名建築を残した安美賀と何らかの交流があったのかもしれない。制定は大正12年の学校創立から間もない時期と思われる。現在の校歌の原曲となるもので、3/4拍子の楽曲であった。当初は3番まで歌詞があったが、第二次大戦終了後、2番の内容が反民主主義的であるというGHQの指摘を受け、削除された。従って当時の3番が現在の2番となっている。

宇工音楽部の創設者でもある渡辺貞夫が在学中、昭和25年の夏の甲子園でベスト4に進出した野球部の、凱旋パレード演奏を行った。当時わずか3名(サクソフォン・トランペット・打楽器)の部員により「錨をあげて」などの行進曲と共に校歌も演奏されたが、3拍子のため歩きにくく、野球部監督から「すまないが、もう少し離れて演奏してくれ」と物言いがついた。そのため渡辺らは隊列が近づくと走って100メートル先で演奏し、また近づいてくると走って移動ということを繰り返したと伝えられる。

最近まで宇工音楽部の部室に、渡辺貞夫が授業をさぼって弾いていたとされる「伝説のオルガン」が存在した。

このワルツ校歌は、昭和40年頃に当時の音楽科教諭によって4/4拍子に改編されると共に、若干メロディの改訂がなされて、現在歌われる校歌となったが、改訂に対しては卒業生から不満の声が多く上がったという。昭和61年、宇工野球部が昭和34年から27年ぶりに夏の甲子園に出場、初戦を突破した際の校歌斉唱の後、NHKアナウンサーが隣席のOBに「校歌は27年前と変わりませんか」と問うた。その返答は「メロディが変わっているようですね」というものであった。

改訂前の校歌はその後、公式の場で聴かれることは無かったが、昭和57年2月に宇都宮市文化会館大ホールで行われた予餞会(卒業生の壮行会)において、宇工OBでもある当時の教頭が、幻の2番を含め、無伴奏でこれを独唱したことがある。ちなみに同年9月1日、作曲者の須賀が世を去っている。


[編集] 著名な卒業生

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 宇都宮高校の通称は「宇高」と書いて「うたか」と呼ばれている
  2. ^ 科学技術高校整備基本計画(PDF)


[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月10日 (火) 12:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【栃木県立宇都宮工業高等学校】変更履歴

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