桂文字助
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桂 文字助(かつら もじすけ)は落語の名跡。当代は4代目。
目次 |
[編集] 上方代々
- 2代目 桂 文字助 は3代目桂藤兵衛の門人に2代目文字助の名がある。
- 3代目 桂 文字助 は月亭文都の門で都作、2世曽呂利新左衛門の門で新作を経て3代目文字助となった。本名は梁瀬熊吉。
[編集] 江戸代々
[編集] 4代目
丸に左三蓋松は、立川流の定紋である。
4代目桂 文字助(1946年(昭和21年)2月13日 - )は落語家。東京都江東区出身。 落語立川流に所属。本名は松田 治彦。出囃子は『外記猿』。
7代目立川談志の総領弟子であるが、彼は師匠小勝死去による移籍のため、最初に談志に入門したのではない。
立川流きっての武闘派として知られる。
相撲噺を得意とするが、実質は相撲ネタの噺のみを行っている。これは本人の談によれば、かつて文字助が、師匠談志の相撲噺でおかしな部分があったため意見した際、談志から「それならオレは今後相撲の噺はしない。その代わりお前は明日から相撲の噺だけをしろ」と命じられたとのことである。
笑点の初代座布団運びである。笑点降板後には兄弟子三升家勝二(現8代目三升家小勝)が大喜利メンバーとして出演していた。
[編集] 略歴
- 噺家になる前はデン助劇団の役者を志し松竹演芸場の裏方をしていた。
- 1964年4月 - 6代目三升家小勝に入門し、三升家勝松を名乗る。
- 1966年5月15日 - 当日スタートの笑点の初代座布団運びとして1967年1月22日まで出演。これにより談志と繋がりができる。
- 1968年5月 - 二つ目昇進。
- 1971年 - 師匠小勝死去により、談志門下に移る。立川談平と改名。
- 1980年9月 - 真打昇進し、4代目桂文字助襲名。
- 1983年 - 師匠談志と共に落語協会を脱退し、立川流所属となる。
[編集] 弟子
- 桂文字ら - 前名快楽亭小ブラ。2005年に2代目快楽亭ブラック(同年に立川流から除名)門下から移籍。
[編集] 関連項目
- 倉庫の二階
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最終更新 2009年2月8日 (日) 09:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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