桑名駅
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| 桑名駅 | |
|---|---|
東口(2006年7月7日)
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| くわな - Kuwana | |
| 三重県桑名市大字東方135(JR東海) 三重県桑名市大字東方97(近鉄・養老) |
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| 所属事業者 | ■東海旅客鉄道(JR東海) ■近畿日本鉄道(近鉄) ■養老鉄道 |
| 電報略号 | クワ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 4面7線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
(JR東海)4,270人/日(降車客含まず) |
| 乗降人員 -統計年度- |
(近鉄)21,441人/日 (養老)4,853人/日 |
| 開業年月日 | 1895年(明治28年)5月24日(JR) 1919年(大正8年)4月27日(養老) 1929年(昭和4年)1月30日(近鉄) |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | ■関西本線 |
| キロ程 | 23.8km(名古屋起点) |
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◄長島 (4.2km)
(4.7km) 朝日►
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| 所属路線 | ■名古屋線 |
| キロ程 | 23.7km(*近鉄名古屋起点) |
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◄近鉄長島 (4.2km)
(1.1km) 益生►
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| 所属路線 | ■養老線 |
| キロ程 | 0.0km(桑名起点) |
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(1.6km) 播磨►
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| 乗換 | 西桑名駅(三岐鉄道北勢線) |
| 備考 | 共同使用駅 みどりの窓口 有 * 正式な起点は伊勢中川駅 |
桑名駅(くわなえき)は、三重県桑名市大字東方にある、東海旅客鉄道(JR東海)・近畿日本鉄道(近鉄)・養老鉄道の駅である。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
この他、三岐鉄道北勢線の西桑名駅が近接しており、乗り換えが可能である。
[編集] 停車列車・その他特筆すべき列車等
JR東海と養老鉄道はすべての旅客列車が、近鉄線はノンストップ特急(甲特急)以外の全列車が停車する。
また、関西本線の亀山発着の区間快速列車は当駅 - 亀山間は各駅に停車する。快速は当駅を出ると四日市まで停車しない。
近鉄側では早朝に1本、当駅始発の大阪上本町行名阪乙特急がある(かつては夜間に近鉄難波発の名阪乙特急に当駅止まりの列車があった〈現在は近鉄名古屋まで延長〉)。 また、早朝に当駅始発の上り普通列車、深夜に当駅止まりの下り普通列車が各1本あるが、他に当駅始発・終着の定期列車は設定されていない。
名古屋方面行きの列車で土休日の昼間の一部は名伊甲特急、早朝と夜間は乙特急に抜かれる急行が存在する。乙特急とは相互接続している。また平日朝ラッシュの一部の準急、普通列車は急行、乙特急と相互接続している。下りに関しても夕ラッシュの一部列車が準急・普通→特急(その逆もあり)への連絡も行っている。
逆にJR側では朝晩ラッシュ時を中心にして名古屋方面からの当駅始終着の区間運転の普通列車が多数設定されている。また名古屋発の最終列車は当駅止まりの後、翌朝亀山方面への始発列車として運用される。
大学入試センター試験が行われる時期は、三重県内で試験を受ける受験生の便宜を図るため、試験開始時刻に合わせた当駅始発の臨時急行が運転される。運転区間は桑名 - 津新町間で、試験終了時刻に合わせた復路のものは津新町・江戸橋 - 桑名間で、「急行|桑名」の方向幕がないため簡易方向板が掲出される。
[編集] ICカードの扱い
当駅を含むJR関西本線(四日市以東)はTOICA使用可能エリアに、同じく近鉄名古屋線はPiTaPa使用エリアとなっている(相互利用可能ICカードについては其々の項を参照)。つまり、相互利用をしていないICカードの利用エリアが重なりかつ中間改札なしで繋がっているという珍しいパターンである。そのため、ICカードでの乗り換えの際には一度改札を出なければならない。
TOICAとPiTaPaはどちらも西日本旅客鉄道(JR西日本)が発行するICOCAを相互利用対象としているが、ICOCAを利用して乗り継ぐ場合であっても、一度出場処理をしてから再入場しなければならない。というのも、JRで使用した場合はTOICAと同等、近鉄で使用した場合はPiTaPaと同等として入場記録がなされ、そのまま乗り換え先の路線で降車しようとすると相互利用対象外の駅からの入場と扱われるためと思われる。またICOCAでJRに乗車した場合西改札口から直接出場できず、東改札口で出場処理を行った後JRの係員から精算書を受け取る必要がある。
[編集] 駅構造
地上駅。JR東海は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の合計2面3線のホームを、近鉄と養老鉄道は島式ホーム2面4線を使用する。
構内東側から番線の番号が振られている。関西線は1番線が下り本線、2番線が上り本線、3番線が上り1番線となっている。
かつてはJR線と養老線の間に連絡線があり、貨車の入れ換え作業が行われていた。また、JR線2番ホームのコンクリートの下には煉瓦造りだった痕跡が残っている。
[編集] 駅舎・改札口
駅舎は構内東西にあり、各ホームへは跨線橋で連絡している。東西共改札は3社共共用であるが、養老鉄道線を利用する時には改札口を通った後にさらに4番のりば手前の中間改札を通る必要がある(JR線・近鉄線の相互乗り換えは、ICカードを連続使用しない場合は中間改札なしで可能)。
- 東口はJR東海管理で、橋上部にあり、JR東海と近鉄のそれぞれの窓口がある。
- 西口は近鉄管理で、地平部にあり、窓口は近鉄のみでJRは自動券売機で乗車券を発売している。
- なお、養老鉄道の自動券売機は単独で設置され、非磁気券を発券している。
- 東改札口は、JR東海仕様の自動改札機(2007年11月1日にICカード専用自動改札機1台)が設置されている(ICカード:TOICA・PiTaPa・ICOCA・Suica、出場時2枚一括投入対応)。自動改札機は2枚一括投入対応だが、近鉄線の乗車券類を2枚以上投入すると「枚数超過」となり、通過できない。この場合は、近鉄線・JR線の跨線橋途中にある近鉄線専用自動精算機で精算する事になる。
- 西改札口は、近鉄仕様の自動改札機(ICカード:TOICA・PiTaPa・ICOCA・Suica、出場時2枚一括投入対応)と自動精算機・TOICAチャージ機が設置されている。スルッとKANSAI及びJスルーカードはエリア外のため使用できない。
- トイレは改札内にあり、東口側コンコースに男女別の水洗式が、西口側コンコースに男女別の汲み取り式が、4・6番線ホーム上に男女共用の汲み取り式のものがそれぞれ設置されている。
なお、駅舎については今後橋上化が予定されている。これに伴いJRと近鉄の改札は分離される予定である。なお、汲み取り式便所が残されているのは、駅の高架化や西側の再開発計画が具体化しない事で下水道の設置もままならなかったためである。その後、高架化は事実上断念し、橋上化で駅の改良が行われる事になるが、再開発はなかなか進んでいない。
[編集] のりば
| 1 | ■JR関西本線 | (下り) | 四日市・亀山・津方面 |
|---|---|---|---|
| 2 | ■JR関西本線 | (上り) | 名古屋方面 |
| 3 | ■JR関西本線 | (上り) | 名古屋方面(待避列車) |
| (下り) | 四日市・亀山方面(待避列車) | ||
| 4 | ■養老鉄道養老線 | 多度・養老・大垣方面 | |
| 6 | ■近鉄名古屋線 | (下り) | 四日市・津・賢島・大阪・神戸方面 |
| 7 | ■近鉄名古屋線 | (上り) | 名古屋方面 |
| 8 | ■近鉄名古屋線 | (上り) | 名古屋方面(待避列車) |
[編集] 備考
- 近鉄名古屋線の下り(伊勢中川方面)は列車の待避ができない。そのため、次の益生駅で待避をする時がある。
- 5番線は欠番扱いとなっている。また、狭軌の養老線の車両を重要部・全般検査する際には、当駅近くにある桑名台車交換所で標準軌の台車に交換して、塩浜検修車庫に入場する。台車交換所はかつては東方駅と呼ばれる貨物駅であった。
- 近鉄養老線が養老鉄道となったため、4番乗り場と6番乗り場の間の一部に柵及び有人ラッチが1ヶ所設けられ、乗り換え客のために近鉄線及び養老鉄道線の自動券売機及びPiTaPaの簡易改札機が設置された。柵はホーム上の売店付近から名古屋側のトイレまで伸ばされ、養老線列車の停車位置は近鉄時代と比べ大垣寄りにずれた。
- 時々ではあるが3番線と4・6番線との間の跨線橋部分で、近鉄の駅員が臨時の改札口を設けて駅中改札(検札)を実施している場合がある。これは津駅や松阪駅でも同様である。
- JRも近鉄もホーム上のお互いに他社が見渡せる位置にPR看板がある。JRの場合は”増発と運賃の低廉さ”を、近鉄の場合は”桑名-名古屋往復割引切符とラッシュ時の急行頻発”を掲げている。
- 線路の軌間は近鉄が標準軌(1,435mm)、JR東海と養老鉄道が狭軌(1,067mm)であり、三岐鉄道(西桑名駅)のナローゲージ(762mm)と併せて、3種類の軌間を一度に見ることのできる踏切が駅南方にある。
[編集] 利用状況
JR東海
| 年 度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 |
特 記 事 項 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合 計 | 調査日 | 調査結果 | ||
| 1990年(平成2年) | 276,126 | ←←←← | 456,165 | 732,291 | |||
| 1991年(平成3年) | 352,132 | ←←←← | 354,491 | 706,623 | |||
| 1992年(平成4年) | 433,335 | ←←←← | 404,325 | 837,660 | |||
| 1993年(平成5年) | 449,094 | ←←←← | 395,242 | 844,336 | |||
| 1994年(平成6年) | 447,740 | ←←←← | 391,582 | 839,322 | |||
| 1995年(平成7年) | 506,649 | ←←←← | 459,449 | 966,098 | |||
| 1996年(平成8年) | 649,308 | ←←←← | 515,020 | 1,164,328 | |||
| 1997年(平成9年) | 699,111 | ←←←← | 515,325 | 1,214,436 | |||
| 1998年(平成10年) | 748,730 | ←←←← | 534,985 | 1,283,715 | |||
| 1999年(平成11年) | 780,784 | ←←←← | 546,610 | 1,327,394 | |||
| 2000年(平成12年) | 818,711 | ←←←← | 562,359 | 1,381,070 | |||
| 2001年(平成13年) | 810,254 | ←←←← | 567,289 | 1,377,543 | |||
| 2002年(平成14年) | 801,333 | ←←←← | 573,377 | 1,374,710 | |||
| 2003年(平成15年) | 855,833 | ←←←← | 584,638 | 1,440,471 | |||
| 2004年(平成16年) | 881,897 | ←←←← | 583,649 | 1,465,546 | |||
| 2005年(平成17年) | 909,191 | ←←←← | 608,081 | 1,517,272 | |||
| 2006年(平成18年) | 912,151 | ←←←← | 599,619 | 1,511,770 | |||
| 2007年(平成19年) | 951,586 | ←←←← | 611,145 | 1,562,731 | |||
| 2008年(平成20年) | ←←←← | ||||||
| 2009年(平成21年) | ←←←← | ||||||
近鉄
- 主として通学・通勤用に利用される。
- 当駅の利用状況の変遷を下表に示す。
- 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
- 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
- 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
| 年 度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 |
特 記 事 項 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合 計 | 調査日 | 調査結果 | ||
| 1950年(昭和25年) | 1,483,770 | ←←←← | 1,169,108 | 2,652,878 | |||
| 1951年(昭和26年) | 1,642,680 | ←←←← | 1,266,908 | 2,909,588 | |||
| 1952年(昭和27年) | 1,543,170 | ←←←← | 1,306,167 | 2,849,337 | |||
| 1953年(昭和28年) | 1,578,660 | ←←←← | 1,338,837 | 2,917,497 | |||
| 1954年(昭和29年) | 1,647,960 | ←←←← | 1,311,971 | 2,959,931 | |||
| 1955年(昭和30年) | 1,739,130 | ←←←← | 1,232,418 | 2,971,548 | |||
| 1956年(昭和31年) | 1,917,750 | ←←←← | 1,391,729 | 3,309,479 | |||
| 1957年(昭和32年) | 2,295,820 | ←←←← | 1,409,944 | 3,705,764 | |||
| 1958年(昭和33年) | 2,143,440 | ←←←← | 1,497,967 | 3,641,407 | |||
| 1959年(昭和34年) | 2,297,700 | ←←←← | 1,678,138 | 3,975,838 | |||
| 1960年(昭和35年) | 2,742,780 | ←←←← | 1,637,400 | 4,380,180 | |||
| 1961年(昭和36年) | 3,090,570 | ←←←← | 1,655,429 | 4,745,999 | |||
| 1962年(昭和37年) | 3,375,120 | ←←←← | 1,886,820 | 5,261,940 | |||
| 1963年(昭和38年) | 3,775,140 | ←←←← | 1,951,025 | 5,726,165 | |||
| 1964年(昭和39年) | 4,134,780 | ←←←← | 1,960,740 | 6,095,520 | |||
| 1965年(昭和40年) | 3,936,510 | ←←←← | 1,929,364 | 5,865,874 | |||
| 1966年(昭和41年) | 4,251,750 | ←←←← | 1,948,178 | 6,199,928 | |||
| 1967年(昭和42年) | 4,055,940 | ←←←← | 1,992,785 | 6,048,725 | |||
| 1968年(昭和43年) | 4,130,670 | ←←←← | 2,040,900 | 6,171,570 | |||
| 1969年(昭和44年) | 4,030,140 | ←←←← | 2,110,059 | 6,140,199 | |||
| 1970年(昭和45年) | 3,954,030 | ←←←← | 2,137,854 | 6,091,884 | |||
| 1971年(昭和46年) | 3,830,100 | ←←←← | 2,099,605 | 5,929,705 | |||
| 1972年(昭和47年) | 3,774,960 | ←←←← | 2,243,758 | 6,018,718 | |||
| 1973年(昭和48年) | 3,741,000 | ←←←← | 2,307,107 | 6,048,107 | |||
| 1974年(昭和49年) | 3,750,420 | ←←←← | 2,320,965 | 6,071,385 | |||
| 1975年(昭和50年) | 3,774,660 | ←←←← | 2,289,727 | 6,064,387 | |||
| 1976年(昭和51年) | 3,832,710 | ←←←← | 2,379,458 | 6,212,168 | |||
| 1977年(昭和52年) | 3,450,600 | ←←←← | 2,236,992 | 5,687,592 | |||
| 1978年(昭和53年) | 3,425,820 | ←←←← | 2,266,301 | 5,692,121 | |||
| 1979年(昭和54年) | 3,438,512 | ←←←← | 2,205,552 | 5,644,064 | |||
| 1980年(昭和55年) | 3,491,070 | ←←←← | 2,305,344 | 5,796,414 | |||
| 1981年(昭和56年) | 3,632,760 | ←←←← | 2,300,826 | 5,933,586 | |||
| 1982年(昭和57年) | 3,687,900 | ←←←← | 2,363,178 | 6,051,078 | 11月16日 | 33,449 | |
| 1983年(昭和58年) | 3,770,880 | ←←←← | 2,338,523 | 6,109,403 | 11月8日 | 33,971 | |
| 1984年(昭和59年) | 3,769,560 | ←←←← | 2,329,707 | 6,099,267 | 11月6日 | 35,097 | |
| 1985年(昭和60年) | 3,777,570 | ←←←← | 2,365,017 | 6,142,587 | 11月12日 | 33,612 | |
| 1986年(昭和61年) | 3,778,290 | ←←←← | 2,369,018 | 6,147,308 | 11月11日 | 33,656 | |
| 1987年(昭和62年) | 3,722,460 | ←←←← | 2,238,010 | 5,690,470 | 11月10日 | 35,400 | |
| 1988年(昭和63年) | 3,626,400 | ←←←← | 2,207,103 | 5,833,503 | 11月8日 | 32,140 | |
| 1989年(平成元年) | 3,593,850 | ←←←← | 2,186,096 | 5,779,946 | 11月14日 | 32,215 | |
| 1990年(平成2年) | 3,529,050 | ←←←← | 2,159,926 | 5,688,976 | 11月6日 | 32,482 | |
| 1991年(平成3年) | 3,519,990 | ←←←← | 2,188,534 | 5,708,524 | |||
| 1992年(平成4年) | 3,481,560 | ←←←← | 2,122,539 | 5,604,099 | 11月10日 | 31,219 | |
| 1993年(平成5年) | 3,452,490 | ←←←← | 2,125,541 | 5,578,031 | |||
| 1994年(平成6年) | 3,451,110 | ←←←← | 2,087,164 | 5,538,274 | |||
| 1995年(平成7年) | 3,422,310 | ←←←← | 2,084,429 | 5,506,739 | 12月5日 | 30,738 | |
| 1996年(平成8年) | 3,255,270 | ←←←← | 1,984,316 | 5,239,586 | |||
| 1997年(平成9年) | 2,979,120 | ←←←← | 1,808,949 | 4,788,069 | |||
| 1998年(平成10年) | 2,858,760 | ←←←← | 1,730,159 | 4,588,919 | |||
| 1999年(平成11年) | 2,793,540 | ←←←← | 1,718,997 | 4,512,537 | |||
| 2000年(平成12年) | 2,714,280 | ←←←← | 1,704,395 | 4,418,675 | |||
| 2001年(平成13年) | 2,638,680 | ←←←← | 1,683,738 | 4,322,418 | |||
| 2002年(平成14年) | 2,584,920 | ←←←← | 1,635,549 | 4,220,469 | |||
| 2003年(平成15年) | 2,990,730 | ←←←← | 1,653,997 | 4,644,727 | |||
| 2004年(平成16年) | 2,916,450 | ←←←← | 1,604,077 | 4,520,527 | |||
| 2005年(平成17年) | 2,821,740 | ←←←← | 1,630,276 | 4,452,016 | 11月8日 | 21,753 | |
| 2006年(平成18年) | 2,745,960 | ←←←← | 1,627,453 | 4,373,413 | |||
| 2007年(平成19年) | 2,937,960 | ←←←← | 1,644,058 | 4,582,018 | |||
| 2008年(平成20年) | ←←←← | 11月18日 | 21,441 | ||||
| 2009年(平成21年) | ←←←← | ||||||
養老鉄道
| 年 度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 |
特 記 事 項 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合 計 | 調査日 | 調査結果 | ||
| 2007年(平成19年) | ←←←← | ||||||
| 2008年(平成20年) | ←←←← | 11月18日 | 4,853 | ||||
| 2009年(平成21年) | ←←←← | ||||||
[編集] 駅周辺
- 大福田寺(桑名聖天)
- 六華苑
- 東海道七里の渡し
- 東海道桑名宿
- 桑名城址(九華公園)
- 桑名市役所
- 国道1号
- ナガシマスパーランド・ジャズドリーム長島(バス連絡だが、長島駅より近い)
- サンファーレ
- 桑栄メイト
- アピタ桑名店
- くわなメディアライヴ・桑名市立中央図書館
なお、1927年から1944年まで駅前より路面電車の桑名電軌が出ていた。
また、駅南方には軌間762mmの三岐鉄道北勢線、1067mmの関西本線、1435mmの近鉄名古屋線と、3種の軌間の異なる路線が並ぶ姿を眺められる踏切がある。
[編集] 路線バス
- 0番のりば
- 高速中部国際空港
- 1番のりば
- 01系統 市内A循環
- 02系統 市内B循環
- 2番のりば
- 3番のりば
- 03系統 陽だまりの丘
- 03-1系統 陽だまりの丘(市民病院経由)
- 4番のりば
- 06系統 日の出橋
- 06-1系統 ヨナハ総合病院前
- 5番のりば
- 6番のりば
- 41系統 大山田団地
- 41-1系統 大山田団地(マイカル桑名経由)
- 43系統 大山田団地循環(野田一丁目→筒尾九丁目)
- 43-1系統 大山田団地循環(マイカル桑名経由、野田一丁目→筒尾九丁目)
- 44系統 津田学園
- 45系統 大山田団地循環(筒尾九丁目→公団住宅前)
- 48系統 大山田団地循環(星見ヶ丘→希望ヶ丘)
- 7番のりば
- 28系統 ネオポリス(希望ヶ丘・穴太経由)
- 28-1系統 ネオポリス(穴太・サンシパーク経由)
- 30系統 ネオポリス(公団住宅前・城山二丁目経由)
- 30-1系統 ネオポリス(マイカル桑名・城山二丁目経由)
- 47系統 星見ヶ丘循環(希望ヶ丘→星見ヶ丘)
- 9番のりば
- なし
- 8番のりば
- 東ルート 新西方(寺町・六華苑・市民病院・マイカル桑名経由)
- 北ルート 桑名駅前循環(市民病院・北部老人福祉センター・看護学校前回り)
- 北ルート 桑名駅前循環(看護学校・北部老人福祉センター・市民病院回り)
- 南ルート 桑名駅前循環(寺町・ヨナハ総合病院前・金井・桑部東回り)
- 南ルート 桑名駅前循環(金井・桑部東・ヨナハ総合病院前・寺町回り)
高速バス
[編集] 歴史
[編集] JR
- 1894年(明治27年)7月5日 - 関西鉄道の四日市 - 桑名仮停車場間延伸時に、桑名仮停車場設置。
- 1895年(明治28年)5月24日 - 関西鉄道の桑名仮停車場 - 桑名間延伸により桑名駅開業。同時に桑名仮停車場廃止。
- 1895年(明治28年)11月7日 - 関西鉄道が弥富駅まで延伸し、名古屋駅までの既存線と繋がる。これにより途中駅となる。
- 1907年(明治40年)10月1日 - 関西鉄道が国有化。国有鉄道の駅となる。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。関西本線の所属となる。
- 1982年(昭和57年)5月10日 - 車扱貨物の取り扱いを廃止。
- 1985年(昭和60年)3月14日 - 荷物の取り扱いを廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東海旅客鉄道が継承。
- 2006年(平成18年)11月25日 - TOICA導入。
[編集] 近鉄・養老鉄道
- 1919年(大正8年)4月27日 - 養老鉄道線(後の近鉄養老線)桑名 - 養老間延伸時に、同線の桑名駅が開業。
- 1922年(大正11年)6月13日 - 会社合併により揖斐川電気(後のイビデン)に承継。
- 1928年(昭和3年)4月6日 - 揖斐川電気から鉄道事業が分社化。養老電気鉄道に承継。
- 1929年(昭和4年)1月30日 - 伊勢電気鉄道(現在の近鉄名古屋線)が桑名 - 四日市間延伸により当駅に乗り入れ。
- 1929年(昭和4年)10月1日 - 伊勢電気鉄道が養老電気鉄道を合併、同社の養老線となる(四日市方面は本線となる)。
- 1936年(昭和11年)9月15日 - 参宮急行電鉄が伊勢電気鉄道を合併。旧伊勢電の本線は伊勢線に改称。
- 1938年(昭和13年)6月26日 - 関西急行電鉄線(現在の近鉄名古屋線)が関急名古屋駅(現・近鉄名古屋駅)まで開通。
- 1938年(昭和13年)12月7日 - 参宮急行電鉄の線路名称改定により、伊勢線の当駅 - 江戸橋間が名古屋線の一部となる。
- 1940年(昭和15年)1月1日 - 参宮急行電鉄が関西急行電鉄を合併。旧関急線は名古屋線に編入される。
- 1941年(昭和16年)3月15日 - 大阪電気軌道と参宮急行電鉄の合併により、新発足した関西急行鉄道の駅となる。
- 1944年(昭和19年)6月1日 - 戦時統合により関西急行鉄道が近畿日本鉄道に改組され、同社の駅となる。
- 1961年(昭和36年)8月1日 - 近鉄名古屋線下り(現:上り)待避線竣工。
- 2007年(平成19年)4月1日 - 近鉄線でPiTaPa使用開始。
- 2007年(平成19年)10月1日 - 近鉄養老線が養老鉄道(2代目)に譲渡され、同社の養老線となる。
[編集] 登場する文学作品
[編集] 隣の駅
- 東海旅客鉄道
- 関西本線
- 特急「南紀」停車駅
- 養老鉄道
- 養老線
- 桑名駅 - 播磨駅
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 桑名の駅 中原中也
桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ鳴いてゐた
夜更の駅には駅長が
綺麗な砂利を敷き詰めた
プラットホームに只独り
ランプを持つて立つてゐた
桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ泣いてゐた
焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは
此処のことかと思つたから
駅長さんに訊ねたら
さうだと云つて笑つてた
桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ鳴いてゐた
大雨の、霽(あが)つたばかりのその夜は
風もなければ暗かつた
「此の夜、上京の途なりしが、京都大阪間不通のため、臨時関西線を運転す」
[編集] 外部リンク
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