梅小路蒸気機関車館

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座標: 北緯34度59分14秒 東経135度44分34秒 / 34.98722°N 135.74278°E / 34.98722; 135.74278

25x25px梅小路蒸気機関車館
施設情報
専門分野 交通
管理運営 西日本旅客鉄道
開館 昭和47年10月10日
所在地 〒600-8835
京都府京都市下京区観喜寺町
  

梅小路蒸気機関車館(うめこうじじょうききかんしゃかん)は、京都府京都市下京区観喜寺町にある西日本旅客鉄道(JR西日本)が所有し、財団法人交通文化振興財団が運営する蒸気機関車保存展示施設である。

目次

[編集] 経緯

1972年10月10日、日本国有鉄道により日本の鉄道開業100周年を記念して京都市下京区にある梅小路機関区の扇形庫を活用して開設され、1世紀にわたり、日本の鉄道輸送を支え続けた蒸気機関車を貴重な産業文化財と位置づけ、その動態保存を目的とした日本初の施設である。1987年の国鉄分割民営化にともなってJR西日本が引き継いだ。また、この施設自体が現役の車両基地梅小路運転区)であり、蒸気機関車や嵯峨野観光鉄道所有のDE10形ディーゼル機関車の検査・修繕も行なわれている。

この施設が開設されるきっかけとなったのは、1960年代後半から急速に姿を消していった蒸気機関車の動態保存を行うためであった。当初は首都圏に近いということで栃木県小山駅構内にあった小山機関区が保存機関区の最有力候補であったが、「日本の中央部」に立地していることと「周辺に名所旧跡がある」という観点から、1970年に梅小路機関区(当時)が保存機関区に正式に選定された。保存対象車両は原則として現存するもっとも若番の車両(できれば1号機)を選定するよう検討を重ねられていたが、C62 2のように当初は保存予定になかった車両もある。

[編集] 施設

旧二条駅舎
扇形庫と転車台

施設は、旧梅小路機関区の扇形庫及び転車台を活用した『蒸気機関車展示館』と、旧二条駅舎を移築・復元した『資料展示館』からなる。

扇形庫は、1914年に建設された鉄筋コンクリート製のもので、2004年12月10日に5t電動天井クレーン(1915年完成)、引き込み線とともに国の重要文化財に指定された。同じ2004年に、土木学会選奨土木遺産に選奨された。2006年にはJR西日本より旧二条駅舎(展示館)と扇形車庫・保存されている蒸気機関車一式・点検修理の工具一式などが、準鉄道記念物に指定された。

二条駅舎は、1904年京都鉄道が本社社屋を兼ねて建設した日本現存最古の木造2階建和風駅舎で、景観に配慮しながら平安神宮を模して造られた。京都鉄道は1907年に国有化され、以後国鉄、次いでJR西日本の駅舎として利用されたが、1996年山陰本線嵯峨野線)二条駅 - 花園駅間高架化にともなって駅舎としての役目を終え、1997年に本館敷地内に移築・復元して玄関口として使用、内部は昔の切符売り場などを残し、資料展示館として活用している。1996年4月に京都市の有形文化財に指定されている。

扇形庫には、大正から昭和にかけて製造された国産蒸気機関車16形式18両(開館当初は16形式17両)が収容・展示されている。開館当初は動態保存が原則であり、C53 45とC51 239の2両を除き15両に車籍があったが、その後保存対象車両の見直しが何度か行われ2008年現在、動態保存機は7形式7両となっている。うち、5形式5両は現在も車籍を有し、2両 (C57 1, C56 160) は、山口線の「SLやまぐち号」や北陸本線の「SL北びわこ号」など、本線上での列車牽引に供されている。この2両以外の動態保存機は車籍こそあるものの、全般検査を受けていないため、本線上での走行はできない。また、館内展示用の動態保存機の牽引による「SLスチーム号」を館内の線路で運転している。

この展示運転線は、かつては車庫から北、現在大型車駐車場になっている敷地(かつて館内の休憩施設と公園があった)の北端に掛け延びていたが、旧二条駅駅舎の移築に併せ、現在の梅小路公園南端を嵯峨野線を潜り併走する形に変更された。

現在も車両基地としての機能を有しており、営業線とも接続されている。さらに鷹取工場閉鎖後は蒸気機関車の検査・整備も受け持っている。開館当初は検査担当工場として長野工場が指定されていたが、営業用蒸気機関車が全廃されたことによって保存機の保守継続が問題となったため、1979年になって動態保存機の両数を削減するとともに検査担当工場を鷹取工場へと変更した。

[編集] 配置車両の車体に記される略号

」…梅小路を意味する「梅」に由来する。

[編集] 配置車両

[編集] 保存蒸気機関車

1976年に指定されていたC62 1、2009年に譲渡された1080を除く全車が、2006年、その車歴簿、保守用工具とともに準鉄道記念物に指定されている。特記事項のないものは1972年に前所属機関区から転入の手続きがとられている。◎は梅小路での保存当初から車籍なし。

保存機 状態 車歴
8630 動態 1914年汽車製造製。弘前運転区より転入。1979年車籍抹消(有火保存)。
9633 1914年川崎造船所製。小樽築港機関区より転入。1979年車籍抹消(有火保存)。1987年静態保存。
1080 1926年大宮工場にて改造。1979年日鉄鉱業羽鶴専用線で廃車。2009年日鉄鉱業から西日本旅客鉄道JR西日本)へ譲渡。
B20 10 動態 1946年立山重工業製。鹿児島機関区より転入。1979年車籍抹消。2002年に開館30周年を記念し、動態復元。
C11 64 1940年川崎車輌製。会津若松機関区より転入。1987年車籍抹消。
C51 239 1927年汽車製造製。1962年新潟機関区で廃車。新潟鉄道学園に教材として切開状態で保管されていたものを梅小路移設に際し長野工場で復元。
C53 45 1928年汽車製造製。1950年梅小路機関区で廃車。国鉄吹田教習所保管を経て1961年から交通科学館に保存されていたもの。
C55 1 1935年川崎車輌製。旭川機関区より転入。1979年車籍抹消。
C56 160 動態
(車籍あり、本線運転可能)
1939年川崎車輌製。上諏訪機関区より転入。
C57 1 動態
(車籍あり、本線運転可能)
1937年川崎車輌製。佐倉機関区より転入。
C58 1 1938年汽車製造製。北見機関区より転入。1987年車籍抹消。
C59 164 1946年日立製作所製。奈良運転所より転入。1979年車籍抹消。
C61 2 動態(車籍あり) 1948年三菱重工業製。宮崎機関区より転入。1979年車籍抹消(有火保存)。1987年車籍復活。
C62 1 1948年日立製作所製。1967年広島第二機関区で廃車。1986年準鉄道記念物指定、広島鉄道学園に保管。1994年梅小路に移設。
C62 2 動態(車籍あり) 1948年日立製作所製。小樽築港機関区より転入。1979年車籍抹消(有火保存)。1987年車籍復活。
D50 140 1925年日立製作所製。直方機関区より転入。1979年車籍抹消。
D51 1 1936年川崎車輌製。浜田機関区より転入。1987年車籍抹消。
D51 200 動態(車籍あり) 1938年鉄道省浜松工場製。中津川機関区より転入。1979年車籍抹消(有火保存)。1987年車籍復活。
D52 468 1946年三菱重工業製。五稜郭機関区より転入。1979年車籍抹消。

2009年7月、日鉄鉱業で保管されていた1080 (1070形) の保存展示が発表された。同機の受け入れは、2009年9月中旬以降となる予定[1]

[編集] ディーゼル機関車

DE10形
車籍あり、2両所属。

[編集] その他の車両

オハフ50 68
休憩室として利用。一見原形を留めているが裏側に家庭用クーラーの配管がされており室外機が並んでいる。またトイレは使用不可。

[編集] 拡張計画

2009年2月23 - 24日の複数の報道[2]によれば、交通科学博物館の老朽や手狭の為、本蒸気機関車館を拡張して新しい博物館を建設し、車両などの展示品の一部を弁天町から新博物館へ移し、規模を縮小すると報じられた。現役の車両基地・車両工場に隣接する、いわば西日本版「鉄道博物館」となる可能性がある。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

関崇博「梅小路蒸気機関車館」
1994年に梅小路公園の整備とC62 1号機入館を記念、保存各機の車歴。
  • 高山禮蔵「梅小路も・の・が・た・り」1・2
交友社『鉄道ファン』1998年1月号 - 2月号 No.441 - 442

[編集] 脚注

ウィキメディア・コモンズ
  1. ^ 蒸気機関車1080の受け入れについて(プレスリリース)
  2. ^ JR西が京都に新鉄道博物館 2014年度にも共同通信社、2009年2月23日付)

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月12日 (土) 14:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【梅小路蒸気機関車館】変更履歴

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