梅田駅

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梅田駅
大阪駅・梅田駅付近航空写真。右上が阪急梅田駅、左上が梅田貨物駅。画面下は大阪駅。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。
大阪駅・梅田駅付近航空写真。右上が阪急梅田駅、左上が梅田貨物駅。画面下は大阪駅国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。
うめだ - Umeda
所在地 大阪市北区
所属事業者 阪神電気鉄道駅詳細
阪急電鉄駅詳細
大阪市交通局駅詳細
日本貨物鉄道駅詳細
乗換 大阪駅JR東海道本線環状線福知山線
北新地駅JR東西線
西梅田駅地下鉄四つ橋線
東梅田駅地下鉄谷町線

梅田駅(うめだえき)は、大阪府大阪市北区にある、阪神電気鉄道阪急電鉄大阪市営地下鉄日本貨物鉄道(JR貨物)のである。

目次

[編集] 概要

各鉄道事業者の梅田駅は、それぞれ離れた場所に別々の駅舎を持つそれぞれ独立した駅であるが、地下街などを介して相互に乗換え可能である。また、西日本旅客鉄道(JR西日本)の大阪駅北新地駅、大阪市営地下鉄の東梅田駅西梅田駅とは、事実上の同一駅としてキタターミナルとして機能している。

各梅田駅は、大阪駅を中心とすると、北東に阪急の梅田駅、東に地下鉄の梅田駅、南に阪神の梅田駅、そして北西にJR貨物の梅田駅が位置する。また、地下鉄梅田駅の東に東梅田駅、阪神梅田駅の西に西梅田駅、阪神梅田駅の南に北新地駅がある。

[編集] 利用可能な鉄道路線

その他、以下の駅とも乗り換えが可能。

[編集] 阪神電気鉄道

[編集] 駅構造

阪神 梅田駅
阪神梅田駅と阪神百貨店
阪神梅田駅と阪神百貨店
うめだ - Umeda
(1.1km) 福島
所在地 大阪市北区梅田三丁目
所属事業者 阪神電気鉄道
所属路線 阪神本線
キロ程 0.0km(*梅田起点)
駅構造 地下駅
ホーム 5面4線
乗降人員
-統計年度-
180,694人/日
-2005年-
開業年月日 1906年明治39年)12月21日
阪神電気鉄道梅田駅

5面4線の櫛形ホームを持つ地下駅で、阪神百貨店の直下に位置している。ホームは地下2階にある。改札口はホーム車止め側の東改札のほか、地下1階には西改札がある。

ホームは北側から1番線降車用(片面)、1・2番線乗車用、2・3番線降車用、3・4番線乗車用、4番線降車用(片面)の順となっている。なお、3・4番線乗車用ホームのうち、4番線側は有効長が5両分しかないため、通常は普通列車(4両編成)に使用されるが、甲子園球場での試合開催日に運転される6両編成の臨時列車が発着する場合もあり、この場合は元町方先頭車両はドアカットされる。

のりば
1 本線(下り) (※日中は使用せず)
直通特急・特急
尼崎甲子園西宮芦屋
神戸(三宮)・明石姫路方面
2 本線(下り) 直通特急・特急
3 本線(下り) 急行・区間急行
4 本線(下り) 各駅停車(普通)

ターミナル駅として高頻度で運行される列車の発着を円滑に行うことを考慮し、複雑な配線を採用していた。現在の配線は以前よりも簡略化されている。


阪神梅田駅配線図
阪神梅田駅配線図
本線 : 三宮・元町方面
凡例
出典:[1]。ただしホーム形状は梅田駅構内案内図[1]による。



[編集] 利用状況

梅田駅と大阪駅は事実上の同一駅であり、両駅を合わせた乗降者数は日本で3番目に多い。

2005年の1日平均乗車人員は90,546人、降車人員は90,148人、両者を合わせた乗降人員は180,694人である[2]。また、2005年度の1日平均乗車人員は91,696人である[3]。阪神電鉄の中で乗降客数が最も多い駅であるが、ここ数年は20万人を割り込み、1970年代前半の水準にまで落ち込む状況が続いている。また、甲子園駅とともにその年の阪神タイガースの順位にも大きく影響される。

[編集] 歴史

[編集] その他

  • シンセサイザーによる発車メロディが流れる。
  • 阪神梅田 - 阪神三宮間を含む通勤定期券を持っている場合、その定期券で阪急梅田、阪急三宮でも乗り降りできる。逆に、阪急梅田 - 阪急三宮を含む通勤定期券(IC定期含む)を持っていれば、阪神梅田、阪神三宮の両駅でも乗り降りできる(定期券の券面に含まれていない側の途中駅で降りる場合や今津駅での乗り継ぎの場合は別途料金が必要となる)。
  • 阪神本線(武庫川線を含む)- 阪神なんば線の新線区間(九条 - 大阪難波)の通勤定期券(大物 - 九条間を有効区間に含んでいる通勤定期券)を利用する場合、梅田駅でも乗降が可能である。
  • 甲子園球場で野球が開催されるときは、梅田 - 甲子園間の往復切符が発売される。また尼崎競艇開催時も梅田 - 尼崎センタープール間の往復切符が発売される。
  • 2009年3月20日に阪神なんば線開業に伴う阪神本線のダイヤ改正により、梅田発の列車種別は特急、直通特急、急行、区間急行、普通の5つに減少した。区間急行はダイヤ改正時梅田発の下りが新たに設定された。また、尼崎競艇の最寄り駅の尼崎センタープール前への急行の臨時停車も休止されている(「急行に乗車の上、尼崎で各駅停車に乗り換え」の張り紙がされている)

[編集] 隣の駅

阪神電気鉄道
本線
直通特急特急
梅田駅 - 尼崎駅
区間特急(上り到着列車のみ)
梅田駅甲子園駅
急行
梅田駅 - 野田駅
区間急行・普通
梅田駅 - 福島駅

[編集] ギャラリー

[編集] 阪急電鉄

阪急 梅田駅
1971年(昭和46年)まで阪急梅田駅があった、梅田阪急ビル(阪急百貨店)(建替え前)
1971年(昭和46年)まで阪急梅田駅があった、梅田阪急ビル(阪急百貨店)(建替え前)
うめだ * - UMEDA *
所在地 大阪市北区芝田一丁目1-2
所属事業者 阪急電鉄
駅構造 高架駅
ホーム 10面9線
乗降人員
-統計年度-
563,779人/日
-2005年-
開業年月日 1910年明治43年)3月10日
乗入路線
所属路線 神戸本線
宝塚本線
キロ程 0.0km(梅田起点)
(0.9km) 中津
所属路線 京都本線(宝塚本線から乗り入れ)
キロ程 2.4km(十三起点)
(2.4km) 十三
備考 * 駅名標には「阪急 うめだ
HANKYU UMEDA」と記載
* 京都本線ホームは宝塚本線所属

阪急梅田駅配線図
1 2 3 4 5 6 7 8 9


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KRWl
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KRWl
KRWr
ÜWol + ÜWc1
ÜWol + ÜWc1
ÜWol
ÜWolrKRZ + ÜWc3
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STR + ÜWc3
STR + ÜWc3
STR
ÜWol + ÜWc1
ÜWol + ÜWc1
ÜWol
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STR + ÜWc3
STR
ÜWol + ÜWc1
ÜWol + ÜWc1
ÜWol
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STR + ÜWc3
STR + ÜWc3
STR
ÜWc1
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ÜWgo+r
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ÜWgo+r
ÜWgo+r
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↓1〜3 十三駅/4〜9 中津駅

京都本線宝塚本線神戸本線それぞれが乗り入れ、終着駅となっている。なお、当駅は正式には宝塚本線と神戸本線の駅(管轄は宝塚本線)で、京都本線は宝塚本線の複々線に乗り入れる形となっている。第1回近畿の駅百選選定駅。

梅田行きの電車はこの駅の事を「大阪梅田」行きと言う。時刻表にも大阪梅田行とかかれている。

[編集] 駅構造

10面9線の頭端式ホームを持つ高架駅。京都本線(河原町・北千里方面)は1-3号線、宝塚本線(宝塚方面)は4-6号線、神戸本線(三宮方面)は7-9号線をそれぞれ使用する。1フロアの駅としては、床面積および10面9線のホーム・線路数がJRを除く日本の鉄道駅では最大である。

ホームは阪急ターミナルビル(駅ビル)の3階にある。改札口は車止め側の3階改札口のほか、2階南寄りの2階中央改札口、2階北寄りの茶屋町口改札口がある。

ホームは東から1号線乗車用(片面)、1・2号線降車用、2・3号線乗車用、3・4号線降車用、4・5号線乗車用、5・6号線降車用、6・7号線乗車用、7・8号線降車用、8・9号線乗車用、9号線降車用(片面)の順になっている。

エレベーターは、コンコース外に1階⇔3階直通が、コンコース内に2階コンコース⇔1号線乗車用が設けられている。また、エスカレータは、コンコース内では降車用も含め全てのホームに1基ずつ設置されている。

のりば
京都本線のりば(上り) 京都(河原町)・烏丸北千里嵐山方面
1 特急(昼間時間帯)・通勤特急(平日朝夕)
快速急行(早朝のみ)・普通(北千里行き、平日ラッシュ時のみ)
2 快速急行(昼間時間帯以外)・準急
3 普通
宝塚本線のりば(下り) 宝塚川西能勢口石橋箕面日生中央方面
4 急行・通勤準急
5 普通・通勤急行(平日朝のみ)
6 (※平日ラッシュ時のみ使用)
特急「日生エクスプレス」・通勤準急
普通(箕面行きを含む)
神戸本線のりば(下り) 神戸(三宮)・西宮北口新開地高速神戸山陽電鉄線方面
7 普通
8 特急(昼間時間帯)
急行(平日早朝)・通勤急行(平日夜間)
普通(早朝・夜間)
9 特急・通勤特急
快速急行・普通(早朝・深夜)

[編集] 利用状況

2005年の利用状況(1日平均 単位:人 出典:大阪府統計年鑑

路線 乗車人員 降車人員 乗降人員
京都線 78,232 74,906 153,138
神戸線 98,954 100,943 199,897
宝塚線 104,843 105,901 210,744
282,029 281,750 563,779

また、2005年度の乗車人員は1日平均314,872人である(出典:大阪市統計書)。


2007年(平成19年度)の利用状況[4]

路線 乗車人員 降車人員 乗降人員
京都線 75,222 70,820 146,042
神戸線 99,974 100,207 200,181
宝塚線 105,417 104,019 209,436
280,613 275,046 555,659

2008年の平均年間乗降人員(平日)は556,971人[5]

これは阪急電鉄全線、および各路線(京都本線・宝塚本線・神戸本線)の単体数においても第1位。(第2位は三宮駅 - 110,419人)

[編集] 歴史

阪急梅田駅は、1910年(明治43年)に阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道によって開業した。このときは東海道本線南側、現在の阪急百貨店の場所にある地上駅であった。その後、十三駅までの高架化の際に梅田駅も高架駅となったが、この際に国鉄大阪駅の高架化計画が既に立てられていたため、高架駅は鉄骨の仮建築として造られた。そして、大阪駅の高架化工事が部分完成するとともに、予定通り1934年(昭和9年)に再び地上駅化された。

以上の経緯については阪神急行電鉄#梅田駅付近の変遷も参照。

なお、1944年(昭和19年)からは京都本線(元京阪電気鉄道の路線で、京阪が戦時中に阪急に統合され、戦後分離する際に阪急に残存した。)の梅田駅乗り入れが宝塚本線の線路を用いて開始されるが、京阪では戦前に独自で新京阪線と京阪本線の梅田駅乗り入れも計画していた(京阪梅田線を参照)。京阪による梅田の駅設置予定地は阪急・京阪の戦時合併を経て戦後京阪を分離する際には阪急側に残し、今では「HEPファイブ」というビルが建っている。

その後、宝塚本線への京都本線電車の乗り入れ本数が増加し、線路を共用していては捌けなくなったため、宝塚本線の複々線化名目(急行線扱いであるために、中津駅のホームを設置しない形)で新たに複線を増設した。この増設にあたっては、十三 - 梅田間高架・複々線化(ここで述べている宝塚本線の複々線化以前に、宝塚本線の複線に加えて神戸本線の複線を新設した工事)の際に残った地上線の一部を用いて営業していた北野線の用地(1949年(昭和24年)に休止)を利用している。梅田駅改良以前は、梅田駅構内で京都線の複線から宝塚線ホームに入線できる構造だったため、宝塚線の急行も京都線用の複線を走行することがあり、開業時の広告にもその旨が記載されていたほか、『鉄道ピクトリアル』にも写真が掲載されたことがある。

1959年(昭和34年)に十三 - 梅田間が3複線化され、天神橋駅(現在の天神橋筋六丁目駅)発着となっていた京都本線の優等列車が、梅田駅に乗り入れるようになった(各駅停車は、千里山線直通を除き、天神橋駅または十三駅発着のまま残った)。また、丁度この時期より乗客増加が顕著となり、電車の連結両数の増加に対応する為、ホームを北側に延長して対応していたが、国鉄の高架線が障害となって拡張が限界に達した。そこで1966年(昭和41年)から1973年(昭和48年)にかけて、現在地である東海道本線北側への移転高架化・拡張工事が行われた。阪急創始者の小林一三は欧州のターミナル駅を理想としており、阪急梅田駅は「ターミナル」の意味通り全ての路線の基点として位置づけられている。なお、この時に十三方に約400m移転したが、距離や運賃計算など事後処理が煩雑になるため営業キロはそのままで据え置かれている。

  • 1910年(明治43年)3月10日 - 箕面有馬電気軌道が梅田 - 宝塚間で開通した際に設置開業。
  • 1918年大正7年)2月4日 - 社名変更により阪神急行電鉄の駅となる。
  • 1920年(大正9年)7月16日 - この日開業した神戸本線の列車が乗り入れるようになる。
  • 1926年(大正15年)7月5日 - 梅田 - 十三間複々線高架完成により、高架駅に移転。この時、梅田 - 北野間の地上線は北野線として残存。
  • 1934年(昭和9年)6月1日 - 国鉄大阪駅高架化により、地上駅に移転。
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 阪神急行電鉄と(旧)京阪電気鉄道の合併により京阪神急行電鉄の駅となる。
  • 1949年(昭和24年)1月1日 - 北野線の営業を休止。
  • 1959年(昭和34年) - ホーム北側に地下通路及び改札口を設置。
  • 1959年(昭和34年)2月18日 - 梅田 - 十三間に京都本線用の線路が増設される(正式には宝塚本線の線増)。
  • 1966年(昭和41年)2月1日 - 現在地への移転高架化拡張工事起工。
  • 1967年(昭和42年)8月27日 - 神戸線ホーム移転。
    • この時使用開始した神戸線ホームは、現在の宝塚線ホームである。またホーム先端部については、工事の関係で一部露天のままであった。
    • この時点では、1-2号線を京都線ホーム、3-5号線を宝塚線ホーム、7-9号線を神戸線ホームとした。(6号線欠)
  • 1969年(昭和44年)- 現在の位置に神戸線ホームが完成し、発着ホームを変更。それまで仮に使用していたホームは、宝塚線用に改装工事を開始。
  • 1969年(昭和44年)11月30日 - 改装工事終了し、宝塚線ホームを移転。
    • この時点で、1-3号線を京都線ホーム、4-6号線を宝塚線ホーム、7-9号線を神戸線ホームとした。
  • 1970年(昭和45年)- 大阪万博の終了により、3号線を閉鎖。
  • 1971年(昭和46年)11月28日 - 京都線ホーム移転。
    • この時点で、2-3号線を京都線ホーム、4-6号線を宝塚線ホーム、7-9号線を神戸線ホームとした。(1号線欠)
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 社名変更により阪急電鉄の駅となる。
  • 1973年(昭和48年)11月23日 - 京都線ホームが1線増設され、移転高架化拡張工事が完成。


[編集] その他

特徴的な券面
阪急梅田駅の自動券売機で発売されている乗車券や回数券・定期券、およびスルッとKANSAIのプリペイドカードの裏面に印字されている梅田の「田」の字は「口」に「メ」の字あるいは「口」に×印の表記となっている。これは阪急には漢字2文字で「田」で終わる駅が6つ(他の駅は園田駅池田駅富田駅吹田駅山田駅)あることや、阪神・地下鉄にも同名の駅があり、自動改札機がなかった頃に最も乗降客数の多い当駅の改札で「阪急梅田」だと素早く判別するための目印とした名残である。
案内設備
発車メロディ
発車メロディは、神戸線・宝塚線・京都線それぞれの路線をイメージしたものが、回送列車も含めて全列車とも発車約30秒くらい前から流れる。なお、終電用のもの(行先別終電を含む)だけはメロディの最後の音が通常より長く伸ばされている。ちなみに、発車メロディを採用した1996年2月27日以前は各線で異なる音階の和音が使用されていた。
深夜23時40分頃から終電の発車まで、駅全体に終電間際であることを知らせる音楽「第三の男」が流れる。ちなみに、1996年以前は「蛍の光」であった。
大型発車案内板
3階(ホーム階)では、改札口を入ってすぐのところに、各線別のLED大型発車案内板が設置されている。
なお、駅ホームが現在の場所に移転してからは、幕式による大型発車案内板が設置されていたが、号線別に分かれて表示されていたため乗客から「どのホームの列車が先発か分かりにくい」と指摘を受けていたことや設備の老朽化のため、光ファイバー式カラービジョンを使用した案内板「ラガールビジョン」に更新され、1993年から2006年まで使用されていた。この案内板では、画面右半分(停車駅の表示部)を使って沿線情報を流すこともできた。なお、日本国内で光ファイバー式の発車案内板を使用していたのは当駅と京浜急行電鉄上大岡駅神奈川県横浜市港南区)のみであったが、ともに現在では使用されていない(ラガールビジョン以外の発車案内板は、近畿大手私鉄には珍しく京三製作所製である)。
電球式の乗車位置表示
プラットホーム床面の下には乗車位置案内表示板が取り付けられているが、そこに多数の電球(現在は使われていない)が並んでいるのが見える。昭和50年代初期までは、800系・920系のような2扉の17m中型車を始めとした旧型車の本線運用は珍しいものではなく、車種・編成によってドアの位置が異なっていたため、次の列車の乗車位置を知らせる目的で取り付けられた設備(乗車位置の電球が点灯する)の名残である。
同時発車
1959年(昭和34年)に梅田 - 十三間の三複線が完成してからは、京都線・宝塚線・神戸線の各路線の列車の同時発車と十三駅までの並走が見られるようになった。特に優等列車の同時発車シーンは古くから、阪急電鉄の出版・広報資料などに使われ、同社を代表するシーンの一つとなっている。2000年頃までは、各路線のダイヤパターンの相違から同時発車の頻度は多くはなかったが、2001年3月以降は、昼間は10分に1回の割合で優等列車[6]の3線同時発車と十三までの並走が見られるようになっている。
「ビッグマン前」
2階改札口への通路となる1階コンコースには比較的大きなスペースが設けられており、2階への階段壁面には大型カラービジョンが、東西に1台ずつ設置されている。先に設置された東側のものが「ビッグマン」(BIGMAN)で、後から西側に設置されたものが「コ・ビッグマン」(Co-(=揃いの)BIGMAN)と呼ばれている。沿線情報やコマーシャルのほか、通常時は正午に、また大事件の発生時などでも突発的にNHKニュースを流すほか、有馬記念など一部の中央競馬GI中継(但しレース直前〜直後のみ)といったテレビ番組も放映している[7]
このスペースは待ち合わせ場所のほか、官公庁や企業などのイベントにも利用されている[8]
また、スペースの脇(ビッグマンの下に店舗入口がある)には、開店当時は関西最大規模だった紀伊國屋書店梅田本店がテナントとして入居している。
  • 阪急北野線が営業していた時代には、現在の茶屋町口辺りに同線の茶屋町駅が存在した。
  • 阪神との通勤定期券の相互利用については阪神梅田駅の「その他」項を参照。

[編集] 隣の駅

阪急電鉄
神戸本線
特急・通勤特急・快速急行・急行・通勤急行・準急(準急は上り到着列車のみ)
梅田駅 - 十三駅
普通
梅田駅 - 中津駅
宝塚本線
特急日生エクスプレス・通勤急行・急行・通勤準急
梅田駅 - 十三駅
準急(上り到着列車のみ)・普通
梅田駅 - 中津駅
京都本線
通勤特急・特急・快速急行・準急・普通
梅田駅 - 十三駅

[編集] かつて存在した路線

京阪神急行電鉄(阪急)
北野線
梅田駅 - 茶屋町駅

[編集] ギャラリー

[編集] 大阪市営地下鉄

[編集] 駅構造

地下鉄 梅田駅
なかもず方面ホーム
なかもず方面ホーム
うめだ - Umeda
◄M15 中津 (1.0km)
(1.3km) 淀屋橋 M17►
所在地 大阪市北区角田町8-6
駅番号  M16 
所属事業者 大阪市交通局大阪市営地下鉄
所属路線 御堂筋線
キロ程 6.4km(江坂起点)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗降人員
-統計年度-
460,859人/日
-2007年-
開業年月日 1933年昭和8年)5月20日
備考 同一駅扱
- 東梅田駅谷町線
- 西梅田駅四つ橋線

島式1面2線のホームを持つ地下駅。ホームは西側(新大阪・千里中央方面行き)と東側(天王寺・なかもず方面行き)が壁で仕切られている(壁に開いた出入口によって往来が可能)。改札口はホーム新大阪寄りの北改札、ホーム中程付近の改札(3か所)、ホーム難波寄りの南改札がある。

のりば
1 御堂筋線 なんば天王寺なかもず方面
2 御堂筋線 新大阪千里中央方面
  • 駅北側中津方には上下線を繋ぐ片渡り線が設置されている。


地下鉄梅田駅配線略図

江坂方面
0 0 0 0D12-1
sensd voie bifbg sensd
sensg bifhd voie sensg
0 0 0

中百舌鳥方面
凡例
出典:[9]



[編集] 利用状況

1998年11月10日に実施された交通量調査の結果によると、乗車人員は226,674人、降車人員は223,516人で、両者を合わせた乗降人員は450,190人である[10]

2002年(平成14年)の1日平均乗降人員は398,786人で、これは地下鉄単一路線の駅としては日本一多い[11]

また、2007年11月13日の調査では、乗車人員は230,750人、降車人員は230,109人で、両者を合わせた乗降人員は460,859人である[12]

[編集] 歴史

1933年(昭和8年)に仮駅で開業、1935年(昭和10年)に本駅が完成した。当時は1両での運行だったが、将来の輸送量増加を見込み、当初から(当時の車両の大きさで)12両編成対応で造られた。

もともと千里中央方面行きとなかもず方面行きは同じトンネル内にあったが、ラッシュ時には改札制限まで行っていた混雑を解消するため、太平洋戦争前から2号線(谷町線)用に準備されていたものの同線の建設ルート変更に伴い放置されていたトンネルを転用してなかもず方面行き新ホームが造られ、1989年(平成元年)に完成した。千里中央方面行き・なかもず方面行きの間に壁があるのはこのためである。千里中央方面行きのホームに立つと旧なかもず方面行きの位置が現在でも分かる構造になっており、千里中央方面行き列車の梅田到着直前に右側の窓を眺めると僅か乍ら蛍光灯に照らされた旧なかもず方面行きの跡を確認することができる。

[編集] その他

  • 西梅田駅、東梅田駅との乗り継ぎに関して、以下のような乗り継ぎ制度がある
    • 乗車券は西梅田駅、東梅田駅とも相互に使用でき、定期券はいずれの方向に乗車しても区間外となる場合を含めて3駅とも入出場することができる。ただし、乗車する駅以外で普通乗車券を購入した場合は自動改札を通過することが出来ないので、係員に提示して乗車する必要がある。たとえば、御堂筋線に乗車するのに誤って西梅田駅で乗車券を購入してしまった場合は、その乗車券を梅田駅の改札の係員に提示して乗車する必要がある。
    • 乗り換えが30分以内ならば乗り継ぎ運賃で乗車可能である。30分を越えると適用外となり、改めて初乗り運賃からの計算となる。
    • 梅田駅までの料金と同一の普通乗車券で乗り継ぎをする場合は、淀屋橋寄りの改札口にある緑色の自動改札機に限り通過することができる。それ以外の機械を通過する場合はあらかじめ精算機で『乗継乗車券』に引き換えなければならない。また、梅田駅までの料金よりも少ない普通乗車券の場合は精算機で梅田駅までの乗車料金を一旦精算することで『乗継乗車券』に引き換えなければならない。ただし、この乗継乗車券は最終降車駅では差額精算することができる。
    • 阪急との連絡切符(天神橋筋六丁目駅経由指定)を利用する場合は、梅田駅での乗り継ぎはできない。
  • 夜間に列車を留置する都合上、終電およびその前の電車は当駅止まりである。終電の前の電車は、中津駅まで回送されて留置され、翌朝の始発電車となる。終電は、新大阪駅まで回送夜間留置され、翌朝の始発電車となる。かつては当駅発の江坂方面行きへの始発列車の設定がされていた(現在は天王寺駅発に変更)。
  • 第4回近畿の駅百選に選定。

[編集] 隣の駅

大阪市営地下鉄
御堂筋線
中津駅 (M15) - 梅田駅 (M16) - 淀屋橋駅 (M17)
  • ()内は駅番号を示す。

[編集] JR貨物

JR貨物 梅田駅
梅田駅駅舎(2007年12月)
梅田駅駅舎(2007年12月)
うめだ - Umeda
新大阪 (3.8km)
(0.9km) 福島
所在地 大阪市北区大深町2-25
所属事業者 日本貨物鉄道(JR貨物)
所属路線 東海道本線支線(梅田貨物線
キロ程 7.6km(吹田起点)
電報略号 ウタ
駅構造 地上駅
ホーム なし
開業年月日 1928年昭和3年)12月1日
備考 貨物駅のため旅客扱いなし。
阪急中津駅付近から梅田貨物駅を眺める
駅構内にあるJR貨物大阪営業支店
北海道から輸送されている生乳専用コンテナ

JR貨物の梅田駅は、吹田駅(実質的には吹田信号場)より新大阪駅を経由し、大阪環状線福島駅(実質的には西九条駅)に至る東海道本線の支線(通称:梅田貨物線)上に位置する貨物駅である。所在地は大阪府大阪市北区大深町2丁目25。

「梅田駅」が正式名称だが、阪急・阪神・御堂筋線の梅田駅、および事実上一体化しているJR西日本の大阪駅(現状、こちらもJR梅田駅と呼ばれることもある→#各社の梅田駅の扱い参照)と区別するため、「梅田貨物駅」あるいは「JR梅田貨物駅」、「梅田北ヤード」とも呼ばれる。一部のコンテナ車の常備駅に指定されており、常備貨車には梅田駅を意味する「西ウタ」と表記されている。当駅に発着する貨物列車のほか、特急「はるか」などが通過する。

将来、梅田駅の機能は関西本線百済駅と東海道本線吹田操車場跡地に設置する貨物新駅に移転する予定で、機能移転完了後には梅田駅は廃止される計画。発生した土地は大阪駅北地区再開発計画や北梅田駅の建設用地として供出される見込み。大阪の最も中心、地価も相応に高額の場所に巨大な用地があるため、再開発計画は三菱地所を中心とした9社が行う。なお移転に伴う問題については大阪駅北地区#貨物機能移転問題を参照のこと。

[編集] 駅構造

地上駅着発線8本、コンテナホーム4面6線、有蓋車用紙ホーム2面2線、留置線、仕分線などを有する。荷役線を含む側線は合計で71本、敷地面積は24haである。

施設は西側から順に着発線、コンテナホーム(単式)1面1線、紙ホーム2面2線(相対式)、コンテナホーム1面1線(単式)、コンテナホーム2面4線(島式)となっている。なお、福島駅方面からも進入できる着発線は1本のみとなっている。

1968年(昭和43年)9月に建設された駅舎は老朽化が進んでいるが、移転が決まっていたので改修はなされなかった。そのため、所々傷みが出てきており、特に9月前後は台風などにより被害を受けている。駅舎のほか、駅構内にはJR貨物の大阪営業支店が設けられている。

かつてはさらに規模が大きく、道路を踏切で横断して大阪駅高架下を抜けた場所にも5面7線のコンテナホームが1982年まで存在した。またここから分岐して大阪中央郵便局への引き込み線も延びていた。この場所を指して通称梅田南貨物駅と呼んでいた[13]大阪貨物ターミナル駅に機能を移行して梅田南貨物駅は廃止となり、跡地はオオサカガーデンシティとなっている。

[編集] 取扱う貨物の種類

当駅はコンテナ貨物および車扱貨物の取扱駅である。

コンテナ貨物は、JR規格の12フィート・20フィート・30フィートのコンテナと、ISO規格の20フィート(20トン・24トン)海上コンテナを取り扱う。主な取扱品目は、宅配便などの混載貨物、化学工業品、食料工業品、清涼飲料水など。近くに新聞社がある関係から主な取扱品の一つが新聞用紙であり、100年以上前から扱われている。北海道からの牛乳産業廃棄物が入っている貨物も到着している。また、産業廃棄物・特別管理産業廃棄物の取扱許可を得ており、それらが入っている貨物の取り扱いも増加している。

車扱貨物は、有蓋車ワム80000形)で輸送される紙を取り扱っている。有蓋車は、富士駅日本製紙富士工場)や比奈駅日本大昭和板紙吉永工場)から発送されている。

なお、2008年現在、1日に30本前後の貨物列車が発着し、貨物の扱い量は日本有数(近畿では一番多い)の年150万トンに上る。

[編集] 歴史

もともと大阪駅では旅客・貨物の両方を取り扱い、かつ車両基地としての機能も併設しており、大正時代には各種の機能を持った設備が駅に混然と存在していて駅のこれ以上の容量拡張が困難になってきていた。このため大阪駅の改良計画が立てられ、旅客・貨物分離が行われることになった。これにより旅客の大阪駅は高架化され、貨物についてはその北側に移転することになった。吹田操車場からの連絡線と一緒に工事が行われ、1928年12月1日に開業している。その後、まだ大阪市内の河川を通じた水運が盛んであったので、大阪駅高架下をくぐって南側へ線路を延ばし河川との連絡を図る工事と、逆に掘割を北側まで延ばして船が入れるようにする工事が行われ、1934年に従来の大阪駅での貨物扱いが終了して梅田駅に集約された[14]

戦後、1959年に汐留駅との間でコンテナ輸送専用列車「たから号」の運転が開始され、これに合わせて南地区に日本で初めてのコンテナホーム、コンテナ検修設備などが設置された。さらに北地区に新3号プラットホームが建設された。このホームは、線路の片側を地面の高さのホーム、もう片側を高いホームにしており、貨車の両側から荷役を行うことができるようにされたものであった。また巨大な貨物上屋で全体が覆われており、これは2008年現在でも使用されている[14]

国鉄分割民営化に伴い、都心に位置する梅田駅は日本国有鉄道清算事業団(後の鉄道建設・運輸施設整備支援機構)の所有とされ、土地を売却して国鉄長期債務の返済に充てられることになった。これに伴い梅田駅の機能は吹田操車場跡地に移転する計画となっていたが、移転先の反対運動などを受けて遅延しており、2008年現在でも移転は行われていない。移転は、吹田操車場跡地と百済駅に半分ずつ移転させる計画に変わっている[14]

[編集] 年表

  • 1874年明治7年)12月1日 - 大阪駅において貨物の取扱いを開始。
  • 1928年昭和3年)12月1日 - 大阪駅の貨物設備が独立し、梅田駅として開業。ただしこのときは大阪駅と同一駅扱い。
    • この頃、住民の訴えにより全長約200mの梅田駅地下トンネルが竣工。
  • 1934年(昭和9年) - 梅田南駅関連の工事が完成して大阪駅の貨物扱い廃止。
  • 1942年(昭和17年)4月1日 - 小荷物の取扱を開始。
  • 1954年(昭和29年)9月1日 - 小荷物の取扱を廃止。
  • 1959年(昭和34年)11月5日 - 汐留駅 - 梅田駅間に日本初のコンテナ輸送専用列車「たから号」が運転開始。
  • 1960年(昭和35年)10月 - 新3号ホーム使用開始。
  • 1961年(昭和36年)4月6日 - 大阪駅と別の営業キロを設定。
  • 1965年(昭和40年)10月1日 - 小荷物の取扱を再開。
  • 1965年(昭和40年) - 掘割を埋め立ててコンテナホームを増強。
  • 1969年(昭和44年) - 水陸連絡プラットホームと残っていた掘割を撤去して新4号車扱プラットホームを新設。
  • 1972年(昭和47年)3月 - 小口混載ホームおよび荷物ホームを整理してコンテナホームを増設。
  • 1982年(昭和57年)11月 - 南コンテナホーム使用停止。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 小荷物の取扱を廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により日本貨物鉄道が継承。同年、移転・売却が決定した。
  • 1994年平成6年)9月4日 - 梅田貨物線に関空特急「はるか」が運行開始。

[編集] その他

  • 構内に貨車の点検を行う梅田貨車区があった。最盛期の国鉄時代には1日に約40~45両を点検していたが2000年には約9両にまで減った。それに伴い人員も半減し、現在では吹田機関区に統合された。
  • 梅田駅の構内で毎年JR貨物恒例のバザールが開かれており、客の多くは元国鉄職員とその家族達で、入場者数は2万人にも上っていた時期もある。主な商品は鉄道部品である。
  • 昔、墓地だった関係から毎年8月下旬に地蔵盆があり、地元の人も参加して無縁仏の供養を行っている。
  • かつては瀬戸内海からの荷を受けるため、安治川に通じる堀割水路があったが、1967年までに埋め立てられている。国土地理院 空中写真(標準画像)を参照。
  • ねんきん特別便」45000通を含む郵便物を乗せたコンテナが、輸送会社間の連絡ミスで当駅に2008年9月24日から11月27日までの間放置されていたことが判明。郵便事業と輸送会社2社は、2008年12月26日国土交通省から貨物利用運送事業法に基づく行政処分を受けた[15]

[編集] 隣の駅

西日本旅客鉄道
東海道本線支線(梅田貨物線、旅客列車は全列車通過)
新大阪駅 - 梅田駅 - 福島駅

[編集] JR西日本

現在、大阪駅付近をノンストップ梅田貨物線を通過する特急「はるか」・「スーパーくろしお」に梅田界隈から乗降できるようにするため、現在の梅田貨物線を地下線にした上で、より大阪駅に近接した位置に「北梅田駅」(仮称)を開設する計画がある。地下線にする理由は、現在梅田貨物線となにわ筋の交点に設置された踏切などで渋滞が発生しやすいため、それを解消する目的も兼ねている。

なにわ筋線も参照。

[編集] 各社の梅田駅の扱い

1970年ごろの宝塚線電車。「豊中⇔大阪」と表示されている

阪神や阪急では大阪側のターミナル駅であることを強調するため、「大阪」と並列して呼称することがある。阪神の車内アナウンスは「次は、大阪、大阪梅田、(終点・阪神百貨店前)です」となっており、阪急では行き先表示板を使用していた1980年代までは電車の行き先案内は「大阪⇔京都」のように記載され、かつては「大阪梅田駅」と呼んでいたこともあった。これは他社のターミナル駅である天満橋駅などでも見られ、中には大阪阿部野橋駅大阪上本町駅のように正式駅名に「大阪」を含んだ例も存在する。

会社ごと、あるいは位置ごとに分ける意味で「阪神梅田駅」「阪急梅田駅」と呼ぶこともある。同様にして阪神と阪急に同一の駅名がある三宮駅春日野道駅御影駅も「阪神○○」「阪急○○」と案内されることが多い。これに関連して、山陽電鉄5000系車両の行先表示では「梅田」ではなく「阪神梅田」と表示される(山陽5000系には「阪神梅田」しかないため、夜間に見られる山陽5000系の阪神特急でも行先表示は「阪神梅田」である)。また、阪神電車の直通特急対応車両には「梅田」「阪神梅田」両方の行先表示が入っている(ローマ字表記は、山陽5000系が「HANSHIN-UMEDA」なのに対して、阪神車は「阪神梅田」でも「UMEDA」のみ)。ちなみに、山陽電車の車内アナウンスは「阪神、大阪梅田行…」である(駅構内アナウンスでは「大阪」をつけず単に「阪神梅田」と呼ぶ)。

阪神なんば線から近鉄奈良線に直通する電車の尼崎駅到着時のアナウンスでは、大阪難波駅があるにもかかわらず、「大阪方面へお越しの方は・・・」と梅田を省略する場合がある。

また、新大阪駅の在来線コンコースには「大阪駅(梅田)へは15・16番のりば…」という掲示がある。

[編集] 駅名の由来

『梅田』という地名は、かつて鉄道が開通するまで周辺一帯が沼地(湿地帯)であり、開発するにあたり、この田園地帯を埋め立てたことにちなんでいる。元々沼地であったため特に地名はなく、埋め立てた当初は『埋田』(うめた)と呼ばれていたが、地名として馴染まないので、近くの大阪天満宮の梅花殿にあやかって『梅田』(うめだ)となり、現在に至っている。

[編集] 駅周辺

梅田」も参照

[編集] バス

詳細は「大阪駅・梅田駅周辺バスのりば」を参照

[編集] 脚注

  1. ^ 『東海道ライン 全線・全駅・全配線 第7巻 大阪エリア-神戸駅』 川島令三 編著、講談社〈図説 日本の鉄道〉、2009年。ISBN 978-4-06-270017-716-17頁
  2. ^ 大阪府統計年鑑
  3. ^ 大阪市統計書
  4. ^ 大阪府統計年鑑 http://www.pref.osaka.jp/attach/3355/00008103/tn08n092.pdf 掲載データによる
  5. ^ 阪急電鉄 駅別乗降人員(上位50位) 掲載データに基づく。http://rail.hankyu.co.jp/station/passenger.html
  6. ^ 京都線特急/宝塚線特急・急行→快速急行→急行(時期により異なる)/神戸線特急。
  7. ^ NHKニュースやテレビ番組放映は東側のみ。
  8. ^ ビッグマン前広場でのイベント使用例:梅田ビッグマン前にて裁判員制度広報イベントを開催しました! - 裁判所、エコアイディアワールドin大阪 - パナソニック
  9. ^ 酒井 得二 「特集:大阪市交通局 輸送と運転 近年の動向」『鉄道ピクトリアル』2004年3月臨時増刊 27頁
  10. ^ 大阪府統計書 大阪市営高速鉄道(地下鉄・ニュートラム)駅別乗降人員 1998年11月10日
  11. ^ 「首都圏・京阪神大都市圏駅別乗降者数総覧'06年版」(エンタテイメントビジネス総研)
  12. ^ 平成19年度 地下鉄・ニュートラム 交通調査の結果について 2007年11月13日
  13. ^ 佐藤 繁昌「大阪・兵庫地区の貨物駅・貨物線見て歩き」『鉄道ピクトリアル』No.808(2008年9月) pp.41 - 42 電気車研究会
  14. ^ 相田 圭介「東京・大阪・名古屋の貨物線」『鉄道ピクトリアル』No.808(2008年9月) pp.16 - 17 電気車研究会
  15. ^ コンテナ貨物の滞留事案に係る行政処分等について 国土交通省、平成20年12月26日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年10月15日 (木) 16:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【梅田駅】変更履歴

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