棟田康幸

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獲得メダル
日本
男子 柔道
世界柔道選手権
2003 大阪 100kg超級
2005 カイロ 100kg超級
2007 リオデジャネイロ 無差別級
アジア大会
2002 釜山 100kg超級
2006 ドーハ 100kg超級
アジア柔道選手権
2000 東京 100kg超級

棟田 康幸(むねた やすゆき、1981年2月10日 - )は、日本柔道家講道館柔道五段。

目次

[編集] 来歴

愛媛県松山市出身。松山市立石井北小学校に入学。幼少時に父の手ほどきを受けて柔道を始め、小学校卒業後に上京、柔道私塾講道学舎へ入寮し、世田谷区立弦巻中学校を経て世田谷学園高等学校へと進学する。1998年、世田谷学園3年時、金鷲旗の決勝・国士舘高校戦において史上初となる4人抜きを成し遂げ、世田谷学園を優勝に導く。個人戦においても全国高等学校柔道選手権大会インターハイを制覇し、史上最年少で嘉納治五郎杯優勝を飾るなど、名実ともに高校柔道界最強の選手と呼ばれた。

世田谷学園卒業後は明治大学に進学。大学時代は講道館杯を制し(1999年2001年)、全日本柔道選手権大会世界柔道選手権大会など世界トップレベルの大会へ多数出場し続け、また4年連続で全日本学生柔道優勝大会の優秀選手に選出されている(4回選出は山下泰裕正木嘉美など、棟田を含め史上5名しかいない)。大学卒業後は警視庁へ入庁、2003年の世界選手権ではタメルラン・トメノフロシア)ら強豪を破り、22歳の若さで最重量クラスの世界チャンピオンとなった。2007年世界柔道選手権大会においても無差別級で優勝を果たした。

2008年はドイツ国際を優勝したが、北京オリンピック最終選考の全日本選抜柔道体重別選手権大会全日本柔道選手権大会をともに優勝できず北京オリンピックでの代表はならなかった。

[編集] 人物

最重量級の選手としては珍しく、身長が170cmしかない。しかし、身長が低い故に重心が低く腰も重いため、安定感においては右に出るものはいないと言われている。得意技は体落裏投支釣込足など。試合においては手数が少なく指導や注意を受けることが多いが、勝敗にかかわらず試合後の礼で深々と頭を下げる礼儀正しさは、内外で高い評価を受けている。

鈴木桂治とは、階級の近いライバル関係であると同時に、同学年の親友同士としても知られている。2004年のアテネオリンピック直前の強化合宿において棟田は、本来は100kg級でありながら100kg超級代表に選出された鈴木に対し、100kg超級の強豪選手の特徴を連日付きっ切りで教え込んだ。その後鈴木はアテネ五輪で金メダルを獲得、大会後には「棟田の言う通りだった」「二人で取った金メダル」と棟田に対し感謝の言葉を贈っている。

父・利幸も柔道家で、四国代表として10年連続で全日本選手権に出場した実力者である。梶原一騎原作の漫画空手バカ一代』には、芦原英幸のライバルの一人として、氏をモデルにした雲井代悟という柔道家が登場している(また現実の氏も、芦原とは親交が深かった)。現在は愛媛県柔道協会理事長。

カラオケではコブクロを唄い、服装は地味。好物は蕎麦である。

[編集] 主な成績

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月29日 (木) 20:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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