椎葉村

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椎葉村
しいばそん
日本
地方 九州地方
都道府県 宮崎県
東臼杵郡
団体コード 45430-3
面積 536.20km²
※境界未定部分あり
総人口 3,137
推計人口、2009年8月1日)
人口密度 5.85人/km²
隣接自治体 美郷町諸塚村
西米良村西都市五ヶ瀬町
八代市水上村山都町
村の木 山椒
村の花 シャクナゲ
村の鳥 ヤマドリ
椎葉村役場
所在地 〒883-1601 宮崎県
東臼杵郡椎葉村大字下福良1747-20
椎葉村役場
電話番号 0982-67-3111
外部リンク 椎葉村

椎葉村位置図(宮崎県)

:市 / :町・村
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椎葉村(しいばそん)は、宮崎県の北西部にあるである。東臼杵郡に属する。

目次

[編集] 地理

宮崎県内陸部の九州山地に位置しており、全体が山地で、村内には多くの山が存在する。このため南九州でありながら冬期はが積もることがある。村域の多くが九州中央山地国定公園に指定されている。

[編集] 隣接市町村

[編集] 行政

[編集] 歴史

戦国時代には椎葉三人衆(向山城の那須氏、小崎城の那須氏、大川内城の那須氏)と呼ばれる豪族が支配していた。元和年間、那須氏の間で対立が激化。1619年(元和5年)、幕府は阿部正之、大久保忠成を派遣して事態の収拾を図らせた。徳川実紀によると住民1000人が捕らえられ140名が殺害されたという(椎葉山騒動)。1656年明暦2年)以降、天領となり、隣接する人吉藩相良氏の預かり地となった。

伝承としては、壇ノ浦の戦いで滅んだ平氏の残党が隠れ住んだ地の1つとされ、平美宗や平知盛の遺児らが落ち延びてきたという話も伝わっている。那須氏はその出自ではないかとも云われる(那須大八郎と鶴富姫伝説)。

日本民俗学の先駆けである柳田国男は椎葉村でフィールドワークを行い、その経験をもとに『後狩詞記(のちのかりのことばのき)』(明治42年、1909年)を記した。これには当時の椎葉村長中瀬淳の協力も大きかったという。

[編集] 近現代

[編集] 経済

[編集] 産業

  • 主な産業:農業、林業。日本で唯一、焼畑農業を継承している地域がある。

[編集] 姉妹都市

[編集] 国内

[編集] 地域

[編集] 人口

椎葉村と全国の年齢別人口分布図(比較) 椎葉村の年齢・男女別人口分布図
紫色は椎葉村
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 5,478人
1985年 5,131人
1990年 4,611人
1995年 4,160人
2000年 3,769人
2005年 3,478人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 教育

[編集] 中学校

松尾中学校
村立

[編集] 小学校

大河内小学校
村立
  • 椎葉小学校
  • 鹿野遊(かなすび)小学校
  • 尾向小学校
  • 不土野小学校
  • 小崎小学校
  • 大河内小学校
  • 松尾小学校

[編集] 交通

[編集] バス路線

[編集] 一般路線バス

  • 椎葉村営バス
    • 仲塔線(大杉号、上椎葉 - 仲塔)
    • 尾向線(みいけ号、上椎葉 - 尾手納)
    • 川の口線(やんぼし号、上椎葉 - 川の口)
    • 間柏原線(つちのこ号、上椎葉 - 辻)
    • 不土野線(奥椎葉号、上椎葉 - 不土野)
    • 本郷線(上椎葉 - 大河内・本郷)
    • 大河内線(大河内・本郷 - 下の原・大藪橋)

[編集] 道路

高速道路の最寄りインターチェンジは九州自動車道御船インターチェンジ

[編集] 一般国道

[編集] 一般県道

[編集] 村道

  • 村道椎葉矢部線
  • 村道椎葉五家荘線
  • 村道松尾線

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

椎葉平家まつり(宮崎神宮大祭「宮崎まつり百景」)

[編集] 脚注

  1. ^ 耳川沿いの県道(現在の国道327号)開通により日向方面との交流が深くなったため。

[編集] 参考文献

  • 椎葉村・編 『椎葉村史』 1994年。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年8月21日 (金) 02:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【椎葉村】変更履歴

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