検見川送信所
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検見川送信所(けみがわそうしんじょ)は現在の千葉市花見川区検見川町にあった逓信省、日本電信電話公社(電電公社)の無線電信所(送信所)である。
対外国通信を目的としていた。また日本で初めて短波による標準電波を送信した施設でもある。太平洋戦争(大東亜戦争)中は南方の占領地との通信拠点だった。表現主義の本館は東京中央郵便局を設計した逓信省技師の吉田鉄郎が設計した。1979年廃止。
現在、建物は本館のみが残っており、敷地も含めて千葉市が中学校用地として所有している。建物は取り壊される方針であったが、2007年8月に発足した「検見川送信所を知る会」が中心となって保存運動を展開した結果、市は当初の方針を見直し、その歴史的価値の再検証と今後の処置を検討中。2009年3月24日、重機によって侵入防止用の鉄板などが破壊されているのが見つかる。
廃墟マニアの間では有名な施設であるが跡地は立入禁止となっている。
[編集] 沿革
- 1926年 - 東京無線局検見川送信所として開局。
- 1930年 - 浜口雄幸首相の日英米に向けてロンドン軍縮条約締結記念放送を送信。日本初の国際放送(現在のNHKワールド・ラジオ日本の前身)。
- 1934年 - 国際放送を名崎送信所に移管。
- 1940年 - 短波JJY開設。
- 1952年 - 日本電信電話公社検見川無線送信所に移管。
- 1979年 - 業務の全てを名崎送信所に移管し、廃止。
- 2008年3月 - 敷地内の土地を学校用から宅地用に計画変更。
- 2008年6月 - DOCOMOMO選定126番となる。
- 2008年8月 - 「千葉市指定文化財」化を目指し宣言イベントを開催。
- 2009年3月 - 送信所の一部外壁や、仮設トイレが重機により破壊される。[1]
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年11月3日 (火) 09:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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