楊家将 (北方謙三)
楊家将 (北方謙三)の最新ニュースをまとめて検索!
| 文学 |
|---|
![]() |
| ポータル |
| 各国の文学 記事総覧 |
| 出版社・文芸雑誌 文学賞 |
| 作家 |
| 詩人・小説家 その他作家 |
『楊家将』(ようかしょう)は2000年(平成12年)1月1日から2001年(平成13年)までの1年3ヶ月に亘って『日本農業新聞(PHP研究所刊)』に連載された北方謙三の歴史小説である。第38回吉川英治文学賞受賞作品。
目次 |
[編集] 概要
『楊家将演義』を題材にしているが、ほぼ北方謙三のオリジナル小説となっている。なお、『楊家将演義』はネット上などではともかく、書物として和訳が出版されたのはこの北方版が始めて。
なお、北方謙三の執筆する『水滸伝』『楊令伝』とは同一の世界観をもっており、各作品に登場する楊姓の登場人物(楊志、楊令)はいずれも血縁、その他の方法で本作品の楊家軍と関わりがある。
[編集] あらすじ
宋建国から間もない頃、宋は北方の遊牧民族、遼と燕雲十六州を巡る領土争いを繰り広げていた。宋には楊業の率いる楊家将が、そして遼には白き狼と呼ばれる名将 耶律休哥と激闘を繰り広げる。また、楊家の人々は楊家を妬む宋内部の奸臣たちとも戦うのであった。
[編集] 登場人物
[編集] 楊家
- 楊業
- 楊家の家長で楊家軍を率いる。楊令公とも呼ばれる。
- 楊延平
- 楊業の長男。母親は呂氏で他の兄弟とは異母兄にあたる。
- 楊二郎延定
- 楊業の次男。
- 楊三郎延輝
- 楊業の三男。母親は呂氏で長男の延平とは同母弟にあたる。
- 楊四郎延朗
- 楊業の四男。
- 楊五郎延徳
- 楊業の五男。兄弟の中では剣術の腕が最も高い。『血涙』では陳家谷の戦いの後、片腕を失うほどの重傷を負ったが五台山の僧侶の一行に助けられそのまま入山し、出家するが・・・
- 楊六郎延昭
- 楊業の六男。母は佘賽花で二人の妹とは同母兄にあたる。『血涙』では楊業亡き後、生き残った七郎延嗣と共に壊滅した楊家軍を再興する。水滸伝に登場する楊志は楊延昭の子孫とされている。
- 楊七郎延嗣
- 楊業の七男。
- 八娘
- 楊業の上の娘で六郎延昭と母を同じとする妹。
- 九妹瑛花
- 楊業の下の娘で六郎延昭と母を同じとする妹。『血涙』では楊家軍の将校として加わる。
- 呂氏
- 楊業の最初の妻で楊延平、三郎延輝の母。
- 佘賽花
- 呂氏亡き後の楊業の妻で六郎延昭、八娘、九妹の母。
[編集] 楊家家臣
- 王貴
- 幼い頃から楊業と共に育った側近。機知にとんだ人物で楊業を支えた。『血涙』では楊業の死後、楊家を離れて山中で庵を構え隠棲していたが、のちに楊家軍に復帰する。
- 柴敢
- 楊家軍の将校で六郎延昭配下の将校。
- 袁良
- 楊家軍の将校で四郎延朗の副官。
- 田旭
- 四郎延朗率いる部隊の大隊長。
- 陳成清
- 四郎延朗率いる部隊の大隊長。
- 方礼
- 四郎延朗率いる部隊の大隊長。四郎の配下の中で唯一生き残るが、記憶を失った四郎によって斬り殺されてしまう。
[編集] 北漢
[編集] 宋
- 趙光義
- 宋の二代皇帝。太祖趙匡胤の弟。
- 八王
- 太祖趙匡胤の息子。
- 七王
- 曹彬
- 宋建国の功臣の一人で禁軍を率いる。
- 呼延賛
- 太行山を本拠地に独立勢力を保っていたが、宋に帰順した将軍。北漢に仕えていた頃の楊業とも戦ったことがある。同じ外様の将軍である楊業に共感し、親交を結ぶ。水滸伝に登場する呼延灼の先祖にあたる。
- 潘仁美
- 宋生え抜きの将軍。外様の将軍である楊業を快く思っておらず、また文官が軍事に口を出すことに対して不満を募らせている。
- 潘章
- 潘仁美の息子。都育ちのため、驕慢な性格で楊家の人々を田舎者と見下している。
- 高懐徳
- 潘仁美に次ぐ宋生え抜きの将軍。
- 高懐亮
- 高懐徳の弟で兄同様、宋生え抜きの将軍。
- 趙普
- 宋建国の功臣の一人。宰相。
- 寇準
- 若い文官だが、有能な官吏である。楊家の人々に好意的で何かと便宜をはかっていた。『血涙』では枢密院勤務を歴任し、宰相まで登りつめた。
- 黒山
- 黒山出身の間者の頭領。太宗の命令で諜報任務に従事する。
[編集] 遼
- 蕭太后
- 皇太后。聖宗の祖母にあたる。本名を蕭希姫と言い穆宗の皇后であった。夫穆宗の夢である「遼を強く豊かな国」の実現のため、何度も宋に戦をしかけ、河北、中原の奪取を目論んでいた。2歳で即位した幼い皇帝に代わって遼を治めた女傑である。
- 瓊峨姫
- 蕭太后の娘。幼い頃より武芸を好み実力も並みの兵士を打ち負かすほどである。
- 王欽招吉
- 蕭太后の側近。学識の才覚をもって穆宗に仕え、穆宗亡き後、蕭太后の側近となった。軍監の任務についていたが、のちに志願して宋に潜入。王欽の名で七王に取り入り宋の情報を遼へ流し間者として行動していたが露見し、捕らえられて五郎延徳の手で首を打たれた。
- 聖宗
- 遼皇帝。本名を耶律隆緒。
- 耶律奚低
- 遼全軍を率いる大将。
- 耶律休哥
- 遼の将軍。生まれつき全身の毛が白いので白き狼と呼ばれる。若い頃は禁軍の将校だったが、蕭太后の勘気を被り、懲罰的に辺境の軍営に追放され、調練の指揮をとっていた。耶律奚低に二千の軽騎兵を率いる将校として外征軍に加わって欲しいと頼まれ参戦し、遂城の戦いにて楊業率いる楊家軍と交戦。以後、部隊の装束を赤一色で統一した赤騎兵と名づけた騎兵隊を率い、激闘を繰り広げる。
- 麻哩阿吉
- 耶律休哥の副官。
- 耶律沙
- 耶律奚低の副官。
- 耶律斜軫
- 耶律沙に次ぐ将軍。若い頃は禁軍で耶律休哥と競い合っていた。『血涙』では耶律奚低の戦死後、禁軍総帥の地位を継ぎ、禁軍を率いた。
- 耶律学古
- 耶律高
- 耶律尚
- 遼皇族に近い血筋の将軍。
- 郭興
- 禁軍の中で最古参の将軍。
- 韓匡嗣
- 燕王。蕭太后の命で十万の兵をもって遂城攻撃の総大将に任じられるが、空城の計があると耶律奚低が止めるのを聞かずに攻撃を強行し大敗。蕭太后の怒りを買い死刑宣告されたが、周囲の諌めによって死刑を減じられたものの燕王の地位を剥奪されて庶民に落とされてしまった。
[編集] 原典との相違点
ほぼ別物と捉えたほうが適切なので、細かな変更点を数え上げればキリがない。以下、大きな変更点を述べる。
- 原典では宋(北宋)の建国から物語が始まるところだが、北方謙三楊家将では楊業が北漢に将軍として仕えているところから始まり、陳家谷(原典では金沙灘)で楊業が戦死するところまでで終わる。続編の『血涙・新楊家将』では宋と遼との戦いが終結し、講和条約(澶淵の盟)が締結されるまでを描いており、それ以降の西夏、新羅との戦い、南蛮征伐までは描かれてない。これは北方謙三が妖術が入り乱れる後半を書きたくなかったからとあくまでも宋と遼との戦いの物語にまとめたからと言われている。
- 原典では楊業の7人の息子のうち、楊四郎延朗(石幻果)、楊五郎延徳、楊六郎延昭の三人しか生き残らなかったが、楊家将では楊七郎延嗣も生き残ったことになっている。
- 原典ではあまり焦点の当てられない敵方である遼の描写が非常に充実している。そのため、物語に民族対立の図式が深く描かれており、遼は単なる悪役ではなくなっている。また、原作ではほとんど活躍しない耶律休哥は重要人物になっており、ほとんど主人公に次ぐ役割が与えられる。なお、遼の将軍となった石幻果こと楊四郎延朗の子孫が楊令伝に登場しているなど僅かに物語に繋がりがある。
- ハードボイルド色が強くなっており、とにかく男臭い内容にアレンジされている。逆を言えば、楊家将演義といえば男よりはるかに強い女将軍が活躍する物語であるのに、女性陣の活躍は大幅に削られてしまっている。例えば楊業の妻で夫亡き後も戦場で大活躍する令婆こと佘賽花は戦場に立つことはなく、病弱な女性となっている。さらに楊家将を代表する女将軍・穆桂英などは活躍する以前に、そもそも登場すらしない。
[編集] 血涙 新楊家将
詳細は「血涙」を参照
前作から2年。陳家谷の戦いで楊業は戦死し楊家軍は壊滅状態だった。生き残った楊六郎延昭、七郎延嗣は父楊業を見殺しにした宋に不信感を抱きつつ、妹たちと共に楊家軍の再編成をはかる。そして、六郎延昭は母佘賽花から父の遺品吹毛剣(のちに楊志、楊令が所有。楊家のシンボルとなる)を譲り受け戦場に立つのであった。
一方、記憶を失った楊四郎延朗は石幻果という名を得て遼で耶律休哥のもと、軍人として新たな生活を送っていた。やがて、四郎延朗は、かつて自分たちを冷遇した祖国と遼、また血を分けた兄弟と今では父と同等に尊敬する耶律休哥、どちらを選択するべきかの選択を迫られるのだった・・・
[編集] 書籍情報
- 楊家将(上) PHP研究所 2003年 ISBN 978-4-569-63290-2
- 楊家将(下) PHP研究所 2003年 ISBN 978-4-569-63291-9
- 血涙(上)-新楊家将 PHP研究所 2006年 ISBN 978-4569658131
- 血涙(下)-新楊家将 PHP研究所 2006年 ISBN 978-4569658148
最終更新 2009年10月8日 (木) 06:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【楊家将 (北方謙三)】変更履歴



