| 楚輪 博 |
| 名前 |
| カタカナ |
ソワ ヒロシ |
| ラテン文字 |
SOWA Hiroshi |
| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1956年5月1日(53歳) |
| 出身地 |
広島県 |
| 身長 |
174cm |
| 体重 |
70kg |
| 血液型 |
B型 |
| 選手情報 |
| ポジション |
MF |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
楚輪博(そわ ひろし、1956年5月1日 - )は、日本の元サッカー選手、サッカー指導者。広島県広島市生まれ、広島県・大阪府育ち。広島県立広島工業高等学校・法政大学卒業。
[編集] 来歴
県立広島工業時代は金田喜稔、木村和司、石崎信弘、猿沢茂らとスペクタクルなサッカーを展開し高校選手権などで活躍した。大学時代はユース代表の主将も務めた。
卒業後、ヤンマーディーゼルサッカー部に入部。得意のプレスキックで中心選手として活躍。現役晩年の釜本邦茂のパートナーでもあった。1981年アシスト王、ベストイレブン5回、日本サッカーリーグ(JSL)191試合出場は歴代17位。日本代表経験もある。
1990年に現役引退後、1994年にセレッソ大阪のサテライト監督に就任。1995年にはトップチームヘッドコーチ、1996年のシーズン途中からは監督に昇格し、シーズン終了まで監督を務めた。
1997年、鳥栖フューチャーズの経営破綻に伴い新たに結成されたサガン鳥栖の初代監督に就任。J2初年度の1999年まで務めたが、楚輪監督時代の鳥栖は比較的成績・経営状況とも良好であった。
鳥栖監督辞任後は桃山学院大学サッカー部監督を経て、2004年JFLのYKK APサッカー部の監督。2005年はJ2昇格を目指す愛媛FCに次いで準優勝に輝いた。2008年、アローズ北陸とチーム統合して誕生したクラブチームカターレ富山の初代監督となり、1年目で3位の成績を残しチームをJリーグへ導いた。
左手利きである。(サインなどペンは左手で書く)
[編集] 所属クラブ
[編集] 代表歴
[編集] 指導経歴
- 1994年 セレッソ大阪:サテライト監督
- 1995年 セレッソ大阪:ヘッドコーチ
- 1996年 セレッソ大阪:監督
- 1997年 - 1999年 サガン鳥栖:監督
- 2000年 - 2001年 桃山学院大学:コーチ
- 2002年 - 2003年 桃山学院大学:監督
- 2004年 - 2007年 YKK AP:監督
- 2008年 - カターレ富山:監督
[編集] 関連項目
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セレッソ大阪及びその前身チーム歴代監督 |
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古川能章 1957-1966 | 鬼武健二 1967-1977 | 釜本邦茂 1978-1985 | 三田僥 1985-1990 | 吉村大志郎 1990-1993
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カターレ富山 - 2009 |
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| スタッフ |
監督 楚輪博 | ヘッドコーチ 副島博志 | コーチ 宇野秀徳 | コーチ・主務 平地由享 | GKコーチ 山口直哉
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| 選手 |
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| 関連項目 |
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