楠田枝里子

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くすた えりこ
楠田 枝里子
プロフィール
出身地 日本 三重県伊勢市
生年月日 1952年1月12日(57歳)
最終学歴 東京理科大学理学部第一部応用化学科
職歴 日本テレビアナウンサー
活動期間 1974年 -
ジャンル 音楽・バラエティ
公式サイト 公式サイト
出演番組・活動
現在 楠田枝里子のいいものプレミアム
過去 おしゃれ
なるほど!ザ・ワールド
FNS歌謡祭
24時間テレビ 「愛は地球を救う」
世界まる見え!テレビ特捜部』など
  

楠田 枝里子くすた えりこ1952年1月12日 - )は、三重県伊勢市出身のフリーアナウンサータレント司会者エッセイスト翻訳家、サイエンスライター。身長170cm。

目次

[編集] 略歴・人物

伊勢市立厚生小学校、伊勢市立厚生中学校三重県立伊勢高等学校東京理科大学理学部第一部応用化学科を卒業し、1974年日本テレビアナウンサーとして入社。1981年秋に退社し、フリーアナウンサー、エッセイストに転身。科学エッセイなど、彼女ならではの持ち味を発揮している。また、ドゥーガル・ディクソン著の『新恐竜』(旧版)などの翻訳を手がける等、幅広いメディアで活躍している。

日本テレビ退社後は、フジテレビなるほど!ザ・ワールド』や日本テレビ『世界まる見え!テレビ特捜部』など、海外情報系番組に多く出演しているのが特徴。

女性司会者の代表格の一人である芳村真理と、ファッショナブルな雰囲気や男性司会を立てつつ進行し、番組を格上の存在へと成長させる「調整型」の司会術で類似するところから、「第2の芳村真理」との呼び声も高い。日本テレビ『金曜娯楽館』とフジテレビの年末の大型イベントである『FNS歌謡祭』においては、芳村の後任として彼女が抜擢された。1988年にフジテレビ『夜のヒットスタジオ』の司会を芳村が勇退した際、当時のスタッフから真っ先に後継候補として名前が出たのも楠田であった(最終的には「男性中心の路線で」という当時の上層部の意向で実現しなかった)。

長身で声のトーンが常に一定なこと、『世界まる見え』では爆発などを伴うドッキリにもまるっきり動揺しないことから「実はロボットでは」などとネタにされることがある。番組でイラストクイズが行われた際、答えが楠田枝里子だったとき、ゲストがロボットの絵を描き、所が正答したというエピソードもある。また、アナウンサーデビュー時、テレビで初めて楠田がレポートをした際、長身のため頭が終始カメラ(固定されていた)からフレームアウトしてしまい、『世界まる見え』で時折その映像が流されてはネタにされた。

無類のチョコレート好きで知られ、カカオ分を多く含んだチョコレートを常にストック・携帯している。2004年に著書『チョコレート・ダイエット』(幻冬舎刊)を発表、時折テレビ番組でも持論を展開している。その縁で2006年3月から2007年10月頃まで明治製菓「チョコレート効果」のCMに出演していた。

消しゴムコレクターである。旧ソビエト連邦時代のモスクワで、現地の人が普通に使う消しゴムを6時間並んで手に入れた。また、文房具メーカーのイワコーを訪問した際に、楠田枝里子フィギュア消しゴムを作ってもらった[1]

ナスカの地上絵の保護運動に熱心であることでも知られ、マリア・ライヒェを現地に何度か尋ね、日本マリア・ライヒェ基金の代表をつとめる。

1988年、ドイツのバレエダンサーで振付師のピナ・バウシュの舞台を初めて観て以来、その熱烈な「追っかけファン」となり、本人と親交も持った。2003年には『ピナ・バウシュ中毒』(河出書房新社刊)という著書も上梓している。 

この他、清水ミチコが楠田のものまねをすることで有名。

デビュー当初から1999年頃までは、おかっぱ頭の髪型がトレードマークであったが、最近ではあまり見られない。なお、このおかっぱの髪はカツラであり、地毛はパーマの掛かったかなり短めのショートヘアーである。

2009年、長年司会をつとめた『世界まる見え!テレビ特捜部』を降板。「プロデューサーに『若返りを図りたい』と言われた」ことが降板理由であることを自身のブログで明かした。

[編集] 主な出演番組

[編集] 司会

[編集] 司会以外での出演

[編集] 脚注

  1. ^ 『理由ある太郎』(フジテレビ、2008年9月5日放送分)この時、このフィギュア消しゴムを視聴者プレゼントに提供し、自分が探している百科辞典型消しゴムの情報を募集した。

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年11月10日 (火) 00:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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