極東放送 (沖縄)

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極東放送(きょくとうほうそう)は、1958年2月から1984年8月まで沖縄県に存在した中波(AM)放送を行う放送事業者。浦添市に本社、スタジオを設けていた。現在のエフエム沖縄の前身である。

目次

[編集] 概要

アメリカ統治時代の1958年2月、アメリカのキリスト教法人組織「極東放送」(“Far East Broadcasting Company”、略称はFEBC)によって開設された。当初はKSABの1波だけで、英語日本語による2カ国語放送を行っていた。1960年2月、KSDXが日本語専門局として放送を開始し、KSABは英語専門局となった。また、1961年1月、KSBUが中国語専門局として放送を開始した。当時アメリカと国交がなく、布教活動が困難であった中国への伝道のため、中国語放送には100kW大出力送信機が使用された。

1972年5月の沖縄の日本復帰に際し、日本放送法では宗教放送局が認められていないため、FEBCは韓国に「財団法人亜細亜放送局」(現・済州極東放送)を設立し、済州島に送信施設を新設した(日本語番組は東京のFEBC日本支社で制作)。また、「沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律」により、日本語局には放送事業を継承する日本法人の設立まで1年間の放送継続が認められ(呼出符号はJOTFに変更)、1972年12月に「財団法人極東放送」が設立された。一方、英語局には米国法人のままで5年間の放送継続が認められた(呼出符号はJOFFに変更、1977年1月に廃止)が、中国語局の存続は認められず、復帰と同時に廃止された。1972年12月、「財団法人極東放送」が設立され、1973年2月に日本民間放送連盟に加盟した。1978年4月、極東放送は財団法人から株式会社に改組された。日本の民間放送としての極東放送は、FM東京とラジオ関東(現:RFラジオ日本)と提携関係を結び、番組提供を受けていた。なお特殊事情とはいえ、この時期沖縄県には民放AMラジオ局が3局も存在していたことになる。

極東放送の中波放送は1984年8月31日の放送を最後に廃止され、翌9月1日、「株式会社エフエム沖縄」に改組・社名変更して超短波(FM)放送を開始した。

[編集] 沿革

  • 1945年12月20日 - アメリカの宗教系法人「極東放送(FEBC)」、アメリカのロサンゼルスで設立。
  • 1957年2月 - FEBC内に沖縄放送局設置準備委員会設置。
  • 1957年5月 - FEBC沖縄放送局、施設工事開始。
  • 1957年9月20日 - 米国民政府、書簡によりFEBC沖縄放送局を認可(呼出符号KSAB、周波数1020kc出力5kW)。
  • 1958年2月23日 - FEBC沖縄、英語と日本語の2カ国語により放送開始(午前6時から8時までと午後9時から11時までは日本語番組)。
  • 1958年4月3日 - FEBC沖縄、KSAB局の奉献式を挙行。
  • 1959年3月 - 米国民政府、FEBC沖縄に第2波を認可(呼出符号KSDX、周波数1250kc、出力5kW)。
  • 1960年2月 - KSDX局、日本語専門局として放送開始。KSAB局は英語専門局に。
  • 1960年6月8日 - FEBC沖縄、社屋で火災発生(原因は電気回線のショート)。
  • 1960年前半 - 米国民政府、FEBC沖縄に第3波を認可(呼出符号KSBU、周波数1360kc、出力100kW)。
  • 1961年1月 - KSBU局、中国語専門局として放送開始。
  • 1961年5月1日 - FEBC沖縄、KSBU局の奉献式を挙行。
  • 1960年代 - FEBC沖縄、PM(“Portable Missionary”)計画実施。ラジオを持たない家庭にKSDX局だけが受信できる携帯ラジオを貸し出し。
  • 1970年11月12日 - FEBC沖縄、琉球政府に「財団法人極東放送」設立許可申請。
  • 1970年11月28日 - FEBC沖縄、琉球政府に放送局(日本語・英語の2局)の免許申請。
    • 1971年3月29日 - (韓国)電波管理局、「亜細亜放送局」に無線局許可(呼出符号HLDA、周波数1570kHz、出力250kW)。
  • 1971年6月17日 - 「復帰後の沖縄における外国人及び外国企業の取扱いに関する愛知外務大臣発マイヤー駐日アメリカ合衆国大使あて書簡」により、FEBC沖縄(極東放送会社)に対する無線局免許について必要な措置をとることを保証。
  • 1971年9月27日 - FEBC沖縄、英語局の免許申請取り下げ。
    • 1971年12月8日 - (韓国)文化弘報部、「財団法人亜細亜放送局」設立許可。
  • 1972年5月15日 - 沖縄の日本復帰に伴う特別措置(「沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律」(昭和46年法律第129号)第132条第1項および第2項による)として、日本語局は放送事業を継承する日本法人の設立まで1年間の放送継続が認められ(呼出符号はKSDXからJOTFに変更)、英語局は5年間の放送継続が認められた(呼出符号はKSABからJOFFに変更)。中国語局は廃止。
  • 1972年6月20日 - (財)極東放送(日本語放送、設立申請中)に予備免許(呼出符号JOTF、周波数1250kHz、出力5kW)。
  • 1972年12月15日 - 「財団法人極東放送」設立許可(略称はKHR)。(財)極東放送に本免許、放送開始。
  • 1973年2月23日 - (財)極東放送、日本民間放送連盟に加盟。
    • 1973年6月27日 - (韓国)電波管理局、亜細亜放送局に放送局許可。
    • 1973年6月30日 - (韓国)亜細亜放送局、奉献式及び開局式を挙行、放送開始。
  • 1973年10月 - (財)極東放送、FM東京(FMT)とネットワーク覚書協定書締結。
  • 1977年1月15日 - FEBC沖縄放送局(英語放送)廃局。FEBC沖縄、活動停止。
  • 1978年3月31日 - (財)極東放送、郵政省に廃局届を提出。(株)極東放送、開局申請。
  • 1978年3月27日 - 「株式会社極東放送」設立登記(略称はKHR)。
  • 1978年4月21日 - (財)極東放送に解散許可。(株)極東放送に予備免許(呼出符号JOTF、周波数1250kHz、出力5kW)。
  • 1978年4月24日 - (財)極東放送廃局。同財団所有の施設・資産・負債・従業員等事業の一切を(株)極東放送に継承。
  • 1978年4月25日 - 極東放送、財団法人から株式会社に改組。(株)極東放送に本免許、放送開始。
  • 1978年8月26日 - (株)極東放送、超短波(FM)放送局免許申請。
  • 1983年9月19日 - 郵政省、(株)極東放送に中波局の廃止を条件にFM局の予備免許。
  • 1984年8月31日 - (株)極東放送の中波放送廃止。
  • 1984年9月1日 - (株)極東放送、「株式会社エフエム沖縄」に改組・社名変更。(株)エフエム沖縄に本免許(呼出符号JOIU-FM、周波数87.3MHz、出力1kW)、放送開始。

[編集] 主な番組

  • ハイサイウキミソーチ 今日も沖縄の民謡で
  • お早うさわやかさん
  • おはよう!!琉球列島
  • KHRミュージックプレゼント
  • ハミング歌謡曲→ハミングプラザ
  • 明るいミセス
  • ナツメロ広場〜電リク大作戦
  • ミュージックメニュー「あなたと私のランチタイム」
  • テンミカチ・ドンミカチ・ハヤミカチ
  • 4時です。もう一息
  • KHRチャレンジナイター
  • Feel so good
  • ナツメロ夜行列車
  • 民謡千一夜
  • メロディー・フェア
  • KHR歌のこだま

[編集] エフエム沖縄で継続された番組

  • スクリーンへの招待

[編集] キャッチフレーズ

海の見える放送局 極東放送

[編集] アナウンサー

  • 垣花勝也(現在専務取締役)
  • 長堂英吉(現・作家)
  • 岸本邦彦
  • 山川始
  • 森沢信夫
  • 安谷屋真理子(旧姓・山口、現在もエフエム沖縄アナウンサーとして在籍)
  • 多喜ひろみ(旧姓・佐久本、現在もエフエム沖縄アナウンサーとして在籍)
  • 山田五十鈴(同姓同名の女優とは無関係)
  • 玉城米子
  • 高嶺初子

[編集] 関連項目

最終更新 2009年9月21日 (月) 22:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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