榛沢郡
榛沢郡の最新ニュースをまとめて検索!
令制国一覧 > 東海道 > 武蔵国 > 榛沢郡 ファイル:Saitama hanzawa district.PNG
榛沢郡(はんざわぐん、はんざわのこおり)は、武蔵国、埼玉県にかつて存在した郡である。 現在の行政区画では概ね深谷市や寄居町付近に相当する。
1889年(明治22年)4月1日現在12村を数え、以下の2町12村から構成されていた。
- 深谷町(深谷市)
- 大寄村(深谷市)
- 藤沢村(深谷市)
- 新会村(深谷市)
- 中瀬村(深谷市)
- 手計村→八基村(深谷市)
- 岡部村(深谷市)
- 榛沢村(深谷市)
- 本郷村(深谷市)
- 武川村(深谷市)
- 花園村(深谷市)
- 寄居町(寄居町)
- 用土村(寄居町)
- 桜沢村(寄居町)
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 古代
荒川と利根川に挟まれた氾濫原で、有史以前から集落が発達し、桜ヶ丘組石遺跡は縄文時代後期のものと見られる。
古墳時代末には人口も増し、小規模ながら100基を越す古墳が分布する鹿島古墳群など、多数の古墳がある。 一方、延喜式神名帳には社名が載っておらず、平安時代には隣接する男衾郡や幡羅郡よりは小規模だったと見られる。
郡衙は深谷市岡部の中宿(または仲宿)遺跡で、正倉と見られる大規模建物の跡が発見されている。
- 1991年から発掘調査。武蔵国の郡衙跡として3ヶ所目、県内では初の発見例
[編集] 近代
- 1878年(明治11年)7月22日 - 郡区町村編制法制定に伴い、埼玉県に属する部分としての榛沢郡が誕生。郡役所は、大里・幡羅・男衾郡と共同で熊谷宿(現在の熊谷市)におかれた。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、2町12村が置かれる。
- 1890年(明治23年)3月28日 - 手計村が八基村に改称した。
- 1896年(明治29年)3月29日、幡羅郡・男衾郡と共に大里郡に編入され消滅した。
[編集] 関連項目
|
|||||
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.


