榴散弾

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榴散弾
1:少量の炸薬、シェルケースから前方に弾丸を発射する。
2:破片弾(ボール)
3:時限信管
4:信管から炸薬を起爆するための道爆管
5:破片弾を保持するための樹脂、砲弾が爆発するときに煙りを出して燃える。
6:薄い鋼で出来た砲弾の外殻
7:薬莢
8:推進薬、コルダイトニトロセルロースなど。
初期の榴散弾
フランス・ヴェルダンの戦場跡にて発掘された榴散弾の散弾。

榴散弾(りゅうさんだん、Shrapnel Shell)とは、19世紀初頭から20世紀半ばごろまで使われた対人・対非装甲目標用の砲弾で、野砲榴弾砲から発射する。砲弾内部には球体の散弾が多数詰まっており、目標のやや手前上空で弾丸底部の炸薬を炸裂させ(曳火)、散弾をばら撒いて人や馬を殺傷し軟目標を破壊する。旧軍では榴霰弾と表記した。

[編集] 概要

榴散弾は18世紀末の1784年イギリス陸軍のヘンリー・シュラプネル砲兵中尉Henry Shrapnel、最終階級は少将)が遠距離砲撃戦において敵の歩兵騎兵を効果的に殺傷するための砲弾を開発したのが始まりである。

当時、榴弾は主に臼砲から発射されており、一般的な野砲は鉄か鉛の球形の実体弾(Round shot)か葡萄弾などの散弾を使用していた。しかし実体弾は射線軸上の敵しか殺傷できないため横列隊形をとる戦列歩兵や密な隊列を組まない散兵に対しては殺傷効率が低く(戦列を崩させるには十分であったが)、葡萄弾は近距離の敵には有効であったが遠距離の目標は攻撃できなかった。

当初は球形砲弾に散弾と炸薬を収めていたため四方八方に散弾を飛び散らせていたが、その後砲弾の形状が尖頭形となり砲身にライフリングが刻まれるようになると確実に散弾部分を進行方向に向けることが可能となったため、榴散弾はますます広く普及していく。

特に第一次世界大戦においては西部戦線塹壕戦において曳火砲撃で塹壕の頭上から散弾をばらまいて、塹壕から出てきて攻撃を仕掛ける敵兵や塹壕内に立てこもる兵員を殺傷するために重宝され、頭上の脅威から兵員の生命を守るために各国が鉄製ヘルメットを大量に装備する一因となった。

榴散弾はその性質上、要塞トーチカのように上面をコンクリートなどで強化された防御陣地や、厚い装甲に覆われた戦車などの頑丈な目標にはほとんど効果が無い。また、最適な高度で炸裂させるためには時限信管を目標までの距離に応じて調整する必要があるため、距離に応じた正確な時間を算出する弾道工学と設定した時間通りに正確に作動する時限信管が必要だった。このため、射撃準備に時間がかかり、構造上榴弾よりも製造に手間とコストがかかる。

以上の欠点から第二次世界大戦後に設計された火砲に榴散弾が用意されることは無くなり、曳火砲撃を行う際には榴弾に時限信管か近接信管を取り付けて行うようになっている。

[編集] 第一次世界大戦

Trajectory and pattern of US 3-インチ (76 mm) Shrapnel shell of WWI era
US, Russian, German, French & British WWI Shrapnel rounds

第一次世界大戦で使用された破片ボールの寸法は、60フィート重量ポンドから58フィート重量ポンドの発射エネルギーが敵兵を無力化できるという前提に基づいて設計されていた。 6,000ヤード(5,500m)を飛翔した後の第一次世界大戦の典型的な3インチ(76mm)野戦砲の砲弾の速さに破片炸薬の威力を加算して、約170グレーン(11g)の半インチの鉛球の最小限のエネルギーであった。 41から42個の鉛球が敵兵に襲いかかった、これは典型的な野戦砲破片弾サイズと同じであった。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月10日 (火) 05:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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