樋口尚文
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樋口尚文(ひぐち なおふみ、1962年4月 - )は、映画評論家、クリエーティブ・ディレクター。
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[編集] 略歴
東京・芝学園中学・高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。芝中学時代から早大時代にかけて8ミリ映画を制作し、大島渚、大林宣彦をはじめ一線の映画監督たちからその作品を評価される。大学時代の1983年、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)に入選する。
その一方で映画論の執筆も開始し、ダゲレオ映像評論賞に入賞。1985年に初の書き下ろし映画評論集を出版し、映画評論家デビュー。
1987年には、株式会社電通に入社。以来、CMプランナーとして数多くのTVCMを企画。2009年現在、第2クリエーティブ局部長、クリエーティブ・ディレクター。
電通での業務のかたわら、映画評論家としても活動し、『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』などの著作がある。
また、草創期から現在に至るテレビドラマに関する評論も多く、1994年から「キネマ旬報」でテレビドラマ時評の連載を継続している。
これらの著作のほか、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本映画プロフェッショナル大賞、日本民間放送連盟賞などの審査委員も委嘱されている。「キネマ旬報」のほか、米国「バラエティ」誌の日本版「バラエティ・ジャパン(VARIETY JAPAN)」(WEB)の「REVIEW」にも映画評を寄稿。
日本文藝家協会会員。
(本項の参考文献=日外アソシエーツ映像メディア作家人名事典・同人物・文献情報、キネマ旬報世界映画記録全集/関連項目=映画評論家一覧)
[編集] 映画評論家としての著書
- 『ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ』(北宋社、1985年)
- 『映画の復讐』(フィルムアート社、1992年)
- 『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代(筑摩書房、1992年)
- 『女優と裸体』(読売新聞社、1994年)
- 『黒澤明の映画術』(筑摩書房、1999年)
- 『大島渚のすべて』(キネマ旬報社、2002年)
- 『「砂の器」と「日本沈没」 70年代日本の超大作映画』(筑摩書房、2004年)
- 『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』(平凡社新書、2009年)
早大在学中の84年、月刊イメージ・フォーラム主催のダゲレオ映像評論賞に「戦場のメリークリスマス」論で佳作入選。次いで85年に初の書き下ろし評論集『ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ』を北宋社より上梓して映画評論家デビュー、筑紫哲也から「新人類」映画評論家と称され「朝日ジャーナル」誌のグラビアを飾ったこともある。この処女評論集について、 芥川賞作家の池澤夏樹は読売新聞の書評欄で「ここにあるのは犀利な批判ではなく、時には暴論に近い過激な饒舌である。しかし、優れた映画評論に必要なのは、この映画愛が生む饒舌なのである。」と評している。
92年、TBS「調査情報」誌での連載や「キネマ旬報」、「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」などへの寄稿をまとめて、映画評論集『映画の復讐』をフィルムアート社から刊行。大島渚、大林宣彦、大森一樹、実相寺昭雄からベルナルド・ベルトルッチ、ヴィム・ヴェンダース、マイケル・チミノ、キン・フーに至る東西の作家たちを論じた。本書において樋口は「わたしは酒を訓練することをせず、この人々を10代の時のように模倣することをやめた。その時から、90年代初頭の今まで、わたしはむしろどんどんガキになり、ガキの時代の当事者しか持ち得ないコトバをさがしている」と告白している。なお、本書のあとがきで、樋口は「本書の文章は、筆者にもまして映画狂いの妻との深夜の饒舌を本籍地としています」と記している。
同じく92年、東宝映画「ゴジラ」の監督として世界的に知られる本多猪四郎監督へのインタビューを盛り込んだ評伝的評論『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』を筑摩書房より刊行。平成「ゴジラ」映画の担い手である大森一樹監督は、本書を「実際にゴジラ映画に携わった経験がないのに、ゴジラ映画の作り手に深い説得力を感じさせる」(キネマ旬報)、大林宣彦監督は「作家への礼節に支えられ感動的なまでのスケールで映画の再生を祈る書物」(月刊ちくま)、映画評論家の上島春彦は「本書の方法意識で日本映画歴史の最初の50年が読み解ける」(月刊イメージ・フォーラム)と評している。
94年、読売新聞社より書き下ろし映画論集『女優と裸体』を刊行。70年代以降の邦画各社のプログラム・ピクチャーを彩った新進女優たち(秋吉久美子、桃井かおり、原田美枝子 森下愛子、多岐川裕美、樋口可南子、風祭ゆき、泉じゅんほか多数)が映画内の演技や映画外のグラビアを横断して「裸体のエロス」を武器にどのようなイメージを生成してきたかを探るという特異な論集であり、「女優のエロス」を通じて70年代のプログラム・ピクチャー群を論じている。女優たちのなかでは、特に秋吉久美子に紙数が割かれている。
99年、『黒澤明の映画術』を筑摩書房から刊行。前著『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』でも、本多猪四郎とともに名匠・山本嘉次郎監督に師事した黒澤明への言及は多く、最盛期の撮影所システムが生んだ「七人の侍」と「ゴジラ」は血をわけた兄弟のようだと語られていたが、この延長上で黒澤明を通り一遍の「作家」と措定せずに「作家的職人」と位置づけている。
2002年、『大島渚のすべて』をキネマ旬報社より刊行。元大島組のチーフ助監督であった崔洋一監督は、「本書は大河小説のごとき骨格と奇異な面白ささえ持つ評論で、それは樋口の極私的なイタセクスアリスにも似るが、大島=政治的言説という俗説を見事に排除して大島映画の幻惑の美を語っている」と評し、映画評論家の山根貞男も「大島渚デビュー以後に生まれた新世代からの本格徹底評論であり、先行世代を挑発する」と語っている。
2004年、『「砂の器」と「日本沈没」 70年代日本の超大作映画』を筑摩書房より刊行。「砂の器」「日本沈没」「犬神家の一族」「人間の証明」「戦争と人間」「華麗なる一族」「人間革命」「太陽を盗んだ男」などの70年代大作映画群を再検証している。映画評論家の的田也寸志(増當竜也)は、本書について「樋口氏は70年代大作群をまず不出来とみなした上で本著執筆のため各作品を観直してみたところ、作り手たちの模索など発見も多く、結果として意外に楽しい作業であったと後書きに告白しているが、それでも、『太陽を盗んだ男』以外の大作群は揃いも揃って不出来という持論を崩すまいと無理にバランスをとっている感がある。各作品の長短双方を解き明かす一見冷静な姿勢も、それゆえに混乱をきたす一因になっているような気もしてならず、総体的にチグハグな印象が残るのだ。樋口氏ほど優れた論理性を持って作品を語る資質の持ち主をして、こうした混乱を生じさせるものとは何か。文中には幾度も「大作の病」という言葉が登場するのだが、実は樋口氏自身もその病に侵されていることに気づかぬまま、勢いに任せて作業していたのではないか」と評している(「キネマ旬報2004年6月上旬号・1406号)。
2009年、『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』を平凡社新書より刊行。深作欣二・神代辰巳・藤田敏八・曾根中生・田中登・長谷部安春・中島貞夫・西村潔・関本郁夫・牧口雄二・石井輝男・鈴木則文・加藤彰・福田純・野村芳太郎・斎藤耕一・小沼勝・山本迪夫・蔵原惟繕・山根成之・河崎義祐・伊藤俊也・佐藤純彌・野田幸男ほかの監督が手がけた、1970年代の邦画各社のプログラム・ピクチャーを110本にわたって論じている。中小規模の二本立て、三本立て用の作品のみをとりあげた本書は、70年代の大作映画ばかりを論じた『「砂の器」と「日本沈没」 70年代日本の超大作映画』の姉妹篇であると「あとがき」に記されている。「週刊文春」の連載コラムで宮崎哲弥は「樋口尚文『ロマンポルノと実録やくざ映画』(平凡社新書)を大阪までの新幹線で読了。泣いた。これは素晴らしい邦画ガイドだ。一九七〇年代のプログラム・ピクチャーのラディカルさ、自由奔放な魅力を余すところなく伝える。これは単なる批評ではない。日本映画に、それもプログラム・ピクチャーにまだ牙があった時代のレジェンドに他ならない。」と評している。「日経ビジネスオンライン」では栗原裕一郎が、「異様な早熟ぶりをうかがわせる記述にかぎらず、リアルタイムで観てきたのだという自負が行間から滲み、一見クール目なレビューの裏から独特の熱気がたぎるのである。」「現在は電通のクリエイティブ・ディレクターと二足わらじながら、50歳手前にして早くもキャリア25年に届こうというベテランの映画評論家である。「新人類」というとある世代以上の人はどうしても色眼鏡で見てしまうと思うが、本書を読むかぎりでは妙な韜晦やひけらかしもなく……ひけらかしはちょっとあるか(笑)、ともあれ、押さえるべきところは手堅く押さえていくタイプのようで安心して読める。「日本映画名作劇場」のおかげで、評者も取り上げられている映画の何分の一かは観ていたが、どれも納得のいくレビューだった。」と評した。
(本項の参考文献=日外アソシエーツ映像メディア作家人名事典・同人物・文献情報、キネマ旬報、月刊イメージ・フォーラム、日本経済新聞、朝日ジャーナル)
[編集] テレビドラマ評論家としての著書
93年、前年刊の『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』(筑摩書房)の姉妹篇的な『テレビヒーローの創造』(筑摩書房)を刊行。月光仮面 、快傑ハリマオ、 隠密剣士から ウルトラマンに至る東洋型ヒーローから欧米型ヒーローへの変遷史や「ウルトラマン」シリーズと「金曜日の妻たちへ」シリーズが同じ作り手によって発想されていた事実にふれながら、テレビドラマの草創期から高度成長期を疾走した実相寺昭雄・飯島敏宏・橋本洋二・小林利雄・西村俊一ら、プロデューサー、監督への豊富なインタビューをまじえて、映画とは異なるテレビドラマならではの表現メソッドを浮き彫りにしようと試みている。ちなみに、『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』の「あとがき」によれば同書の誕生のきっかけを作ったのは実相寺昭雄であり、06年11月の実相寺逝去の際は、樋口が「キネマ旬報」誌に追悼文を書いている。
2008年、『「月光仮面」を創った男たち』(平凡社新書)を刊行。93年の『テレビヒーローの創造』でもとりあげられていた「月光仮面」から「快傑ハリマオ」、「隠密剣士」に至る宣弘社ヒーローに焦点を合わせ、特に誕生50周年にあたる「月光仮面」の主役であった祝十郎こと大瀬康一にロングインタビューを試み、そのほか故・船床定男監督の未亡人や製作進行を努めた野木小四郎(現・大映テレビ取締役)ら当時の現場を知る人々にも取材、この日本初のテレビヒーローの誕生秘話を「映画からテレビへの映像革命期」の象徴として検証している。
テーマをテレビドラマに絞ったこれらの著作のほか、94年から「キネマ旬報」でテレビドラマ時評「テレビ・トラベラー」を連載継続中(09年現在)。
(本項の参考文献=日外アソシエーツ映像メディア作家人名事典・同人物・文献情報、キネマ旬報、月刊ちくま)
[編集] クリエーティブ・ディレクターとしての仕事
1987年に株式会社電通に入社、以後クリエーティブ局のCMプランナーを経て、2009年現在は第2クリエーティブ局の部長・クリエーティブ・ディレクター。木村拓哉の起用で評判となったニコン「D80」「COOLPIX」、田中麗奈・石原さとみ・阿部寛・滝沢秀明を起用した第一生命「堂堂人生」などを含む膨大な数のTVCMを企画。田中麗奈が「リボンの騎士」のようなスタイルで活躍するキャラクター・「第一でナイト」は樋口の考案になる。
「コマーシャル・フォト」「広告批評」によれば、このほか97年には奥田民生作の「サーキットの娘」にのってパフィーがスクーターで街に繰り出すヤマハ「Vino」(コピーは「うちから5kmの大冒険」)のTVCMを企画し、商品はその年のヒット商品番付にのった。同時期にはヤリリン・クリリンという2人組のアニメキャラクターが活躍する「プロミス」のTVCMなどの異色作も企画(このヤリリンとクリリンの声はバカルディ(現・さまぁ〜ず)で、彼らが♪ヤリヤリクリクリ〜と唄うコマソンも樋口の作詞。「ヤリクリCD」というタイトルで東芝EMIよりCDも発売された)。
「デザインの現場」誌によれば、映画関連のCMで樋口が企画したものは、黒澤明が自作の映画「夢」の一挿話「飛ぶ夢」のために描いたコンテ(SFXに制作費がかかり過ぎるため映画としては実現せず)をアニメ化した90年の「共同石油」企業CMがある。監督は大林宣彦、音楽はソフトロックの若き天才・ピコこと樋口康雄、ナレーターは電通での樋口の上司であり映画評論家の先輩でもある石上三登志という異色の布陣で、クリオ賞、IBA賞、ニューヨーク・フェスティバルなどの国際広告賞にノミネートされた。
このほか「ブレーン」誌によれば、樋口は脳出血で倒れた大島渚が久々に放った99年の新作「御法度」公開時のTVスポットも企画しているが、奇抜なナレーションと低予算を逆手にとったタイトルワークだけのゲリラ的なCMがネットを中心に騒然と評判を呼んだ(複数バージョンが存在するこのCMは、松竹よりリリースされている「御法度」DVDに特典として収められている)。
現在、東京コピーライターズクラブ会員。
[編集] その他
[編集] 対談・インタビュー
- 95年の岩井俊二との前後篇にわたる長い対談をはじめ、主に「キネマ旬報」誌で小泉今日子、相米慎二、森田芳光、金子修介、松田美由紀ら映画人との対談・インタビューを行う。07年には、同誌にビートたけしへのロングインタビューが掲載。
(以上、参考文献=キネマ旬報、朝日ジャーナル)
[編集] 出演番組・出演作品
- NHK BS2の番組「週刊お宝TV」に「番組アナリスト」として出演、「月光仮面」から「ウルトラマン」「仮面ライダー」に至る戦後テレビヒーロー史を解説。
- 同 BS2「お宝TVデラックス」ではゲストとして「鉄腕アトム」「未来少年コナン」について語る。
- フジテレビ「世にも奇妙な物語」の一篇「黒魔術」(「リング」の一瀬隆重監督)に、会社員の高嶋政伸をおとしいれる同僚役で出演。
- 映画「はるか、ノスタルジィ」(大林宣彦監督)の小樽の喫茶店の客役で出演。
[編集] 自主映画監督としての作品
- 『ゲリラになろうとした男』(1978年、8ミリカラー/55分)… 日本映像フェスティバル特別賞、ぴあ自主制作映画展佳作
- 『ファントム』(1982年、8ミリカラー/150分) … ぴあフィルムフェスティバル‘83入選、神奈川映像コンクール特別賞
- 『愛・賭け・遊び』(1985年、8ミリカラー/65分) … 神奈川映像コンクール最高賞
これらの樋口の自主映画作品には、若き日の室井滋、利重剛といった名アクターや、現在は現代美術のギャラリー主宰で知られる小山登美夫らが俳優として登場している。
また、神奈川映像コンクールとは大島渚、山根貞男、桐島洋子、秋山邦晴らが審査する20年の歴史を持つ映像コンペであったが、97年以降、樋口は審査員を委嘱される(朝日新聞によると県の財政難をうけて05年以降コンクールは休止中)。
(以上、参考文献=日本映画データベース、テレビドラマデータベース)
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月21日 (土) 16:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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