横内正明

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日本の政治家
横内正明
よこうち しょうめい
生年月日 1942年3月2日(67歳)
出生地 山梨県韮崎市
出身校 東京大学法学部卒業
前職 法学士
所属政党 無所属
親族 父:横内要(元韮崎市長)弟:横内公明(現韮崎市長)
公式サイト 横内正明WebSite ~旅と私のページ~

日本の旗 山梨県知事
当選回数 1回
任期 2007年(平成19年)2月17日 -

日本の旗 衆議院議員
任期 1993年 - 2002年
退任理由 知事選挙出馬のため
  

横内 正明(よこうち しょうめい、1942年3月2日 - )は、日本政治家。現山梨県知事。元衆議院議員(3期)。

尚、現韮崎市長である横内公明は実弟である。

目次

[編集] 経歴

山梨県議会議長と韮崎市長を歴任した横内要の長男として山梨県韮崎市本町にて産まれる。山梨県立韮崎高等学校東京大学法学部を経て昭和39年(1964年)4月に建設省(現在の国土交通省)へ入省。平成2年(1990年)7月には建設大臣官房審議官に就任していた。

[編集] 衆議院議員時代

平成5年(1993年)に建設省を辞め、第40回衆議院議員総選挙自民党より出馬。汚職により衆議院議員を辞職していた金丸信の地盤を引き継ぎ、見事初当選する。平成9年(1997年)1月には第2次橋本内閣において法務政務次官、平成13年(2001年)には党国会対策委員会副委員長、同年5月には第1次小泉内閣において法務副大臣を務める。

[編集] 2003年山梨県知事選挙

平成14年(2002年)12月、翌年に行なわれる山梨県知事選挙に出馬するため衆議院議員を辞職。天野建知事が引退を表明したことから事実上12年ぶりに選挙戦に突入した。当初は横内が優勢な状況であったものの、前甲府市長山本栄彦民主党自由党の推薦を受け猛追撃する。横内は自民党の公認を受けようとしたが、当時党総務会長を務めていた堀内光雄鈴木宗男絡みの汚職に絡み横内を公然と批判[1]し山本側につき、自民党県連会長であった中島真人参議院議員も堀内に追随したため、公認をもらうことができなかった。それでも衆議院議員時代地盤にしていた地元山梨3区では圧倒的に選挙戦を展開し開票85%の段階まではリードしていたものの、かつて地元から公選知事を輩出したことがない甲府の有権者が山本に票を集中させたため最後に逆転され8,969票の僅差で敗れ去った。

当落 得票数 候補者 党派(推薦) 知事歴

 
 
  
167,196
158,227
121,115
19,718
山本栄彦
横内正明
井上幸彦
福田剛司
無所属(民主自由
無所属
無所属
共産
新人
新人
新人
新人

[編集] 参議院議員選挙

県知事選挙に落選した横内であったがすぐに翌年の第20回参議院議員通常選挙にて自民党からの出馬を表明したが、堀内や中島が再び反発したため山梨選挙区からの出馬を断念。次回の山梨県知事選挙には出馬しないことを条件に比例区からの出馬となったが、この選挙で自民党は比例区で苦戦を強いられ、横内は当選に届かなかった。

[編集] 2007年山梨県知事選挙

県知事選に続き参議院選も落選し政界からの引退すら囁かれていた横内であるが、県政の混乱により山本知事に対する信頼が失墜し、更に堀内や中島も郵政解散関連で自民党本部と対立したことからかつての権威を喪失していた。その状況に前の県知事選挙で争った井上幸彦が横内に県知事選挙出馬を促し、また小野次郎赤池誠章といった小泉チルドレン郵政国会で反対票を投じた地元山梨3区選出の保坂武衆議院議員も横内を支援したため横内は不出馬の公約を破棄し再び出馬を表明する。前回同様堀内や中島、更に輿石らの県内有力国会議員の支援を受けながらもその他の支援がまとまらず後手に回っていた山本知事に対し、横内は「ほっとけない運動」を展開し当初より有利に選挙戦を展開する。結果、47,428票もの大差をつけて4年前の雪辱を果たすことに成功する。

当落 得票数 候補者 党派(推薦) 知事歴

 
 
  
235,383
187,955
24,203
13,315
横内正明
山本栄彦
石原秀文
金子望
無所属
無所属
共産
無所属
新人
現職
新人
新人

[編集] 知事就任後の活動

当選後の会見で任期満了後の退職金を受け取らないことを表明、苦しい財政の中自分の退職金をカットすることにより率先して財政再建を図ろうとすることをアピールしている。

知事就任早々山本県政にて行なった政策を大幅に見直している。まず山梨県立図書館多目的ホールカフェテリアなどをつけた新学習拠点施設の建設を白紙にし、建設費230億円といわれた事業費をカット。中部横断自動車道新直轄方式についても国土交通省に陳情を行なった結果、200億円といわれた県民負担を30億円まで軽減させた。さらに地方財源として導入を検討していたミネラルウォーター税についても任期中は導入しないことを表明している。

独自色を打ち出すため新たに知事特別顧問(非常勤)の職を新設、2003年以来山梨県北巨摩郡長坂町(現・北杜市長坂町)に在住し地域振興活動に関わっていた元衆議院議員柿澤弘治(元外務大臣)を招聘した。同年4月、柿澤は知事特別顧問に就任。就任に当たり横内は「県とかかわりが深く、多方面にわたる見識と国内外の豊富なネットワークを生かし、県に提言してほしい」と期待を述べた。しかし柿澤は健康上の理由から1年で退職し、翌年逝去している。

衰退が止まらない甲府市中心部の活性化に着手、紅梅地区再開発事業において山梨県立宝石美術専門学校を同地区に移転させることを発表したり、中心部にとって脅威な存在である昭和町に建設予定のイオンショッピングセンターの進出について見直しを求めたりしている。但しイオン進出については地権者の補償や見直し理由が曖昧などの問題も発生している。

2007年4月1日、山梨県立大学の学生がエイプリルフールに絡み24時間施設開放という嘘ニュースを掲載したところ、それを知った横内知事は午後10時に閉鎖される大学の施設を午前0時まで延長することを取り決めた。4月1日 (2007年)#嘘が実現へを参照。

2007年7月に読売新聞が発表した支持率では57.1%(全国23位、石原慎太郎東京都知事と同率)と可もなく不可もない支持率である[2]

[編集] 脚注

  1. ^ 法務副大臣時代に通称「ムネオマネー」が渡っていたことが2002年3月10日付のしんぶん赤旗などで指摘されている。
  2. ^ 2007年7月19日付の読売新聞記事より。

[編集] 外部リンク


58代:
山本栄彦
山梨県知事
59代:2007.2.17 - 現職
 代:
 

最終更新 2009年10月26日 (月) 11:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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