横浜大空襲

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横浜大空襲(よこはまだいくうしゅう)は、1945年5月29日の昼間に米軍によって横浜市中心地域に対して行われた空襲である。B-29爆撃機517機・P-51戦闘機101機による焼夷弾攻撃で約8千~1万名の死者を出した。

[編集] 概要

工業地、商業地、住宅地及びこれらの混在地が、焼夷弾攻撃でどのように燃えていくかのデータを、当時の米空軍は得ておらず、当空襲は、そのデータ収集のための実験的攻撃であった。

米軍は、攻撃目標を東神奈川駅平沼橋横浜市役所、日枝神社、大鳥国民学校の5ヶ所を定めて襲撃し、特に被害が甚大だったのは、現在の神奈川区反町、保土ケ谷区星川町、南区真金町地区一帯とされている。

これらのうち星川町が攻撃を受けたのは被服廠があったからである。また横浜市立大鳥小学校は焼け残り、戦後、自殺を図った東條英機元首相を収容した病院となった。

京浜急行電鉄黄金町駅周辺一帯は、東急湘南線の上下線に停車中の電車から空襲警報発令と共に退避中の利用客も被害に遭遇し、多数の焼死体が累々と折り重なった所である。また同線の平沼駅は前年に廃駅となっていたが、焼夷弾によって壊滅的被害を受け、その鉄骨が1999年まで架線柱代わりに残されていた。

白昼の空襲であったことから、厚木航空隊の零戦雷電や、第十飛行師団(天翔)の屠龍鐘馗などの戦闘機、高射第一師団(晴兵団)の八八式7.5cm野戦高射砲の活躍でB-29を7機撃墜、175機に損害を与えた。

[編集] 関連項目

  • 小林尽による漫画夏のあらし! 」の作中に、当該空襲が作中の重要ポイントとして描かれ当該空襲前夜の横浜川崎の空襲や町の情景が描かれている。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年7月24日 (金) 18:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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