横浜市立横浜商業高等学校

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横浜市立横浜商業高等学校
正門から
過去の名称 横浜商法学校
横浜商業学校
横浜市立商業学校
国公私立の別 公立学校(市立)
設置者 横浜市
学区 商業科・県内全域
国際学科・横浜市内全域
(学区外入学限度30%)
別科・県内全域
設立年月日 1882年3月20日
開校記念日 6月2日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 商業科
国際学科
別科 理容科
美容科
学期 3学期制
高校コード 14212D
所在地 232-0006
神奈川県横浜市南区南太田2-30-1
電話番号 045-713-2323
FAX番号 045-713-3969
外部リンク 公式サイト
別科公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
  

横浜市立横浜商業高等学校(よこはましりつよこはましょうぎょうこうとうがっこう)は神奈川県横浜市南区にある、全日制商業科および国際学科と別科(理容科・美容科)を持つ市立高等学校

目次

[編集] 概要

校章及び学生帽、および野球部のユニフォームのマークからY校(ワイこう)という愛称で親しまれている。

現存する神奈川県内の公立高校としては、最も古い歴史を持つ。校歌は、森鴎外(森林太郎)によって作詞された。

同窓会は進交会(しんこうかい)。同会は、Y校と横浜市立大学(市大)、および市大の前身である横浜市立横浜商業専門学校(Y専)の3校の卒業生を会員とする。

なお、定時制横浜市立港高等学校横浜市立横浜工業高等学校と発展的に統合される形で横浜市立横浜総合高等学校に移行、2005年3月をもって閉課程となった。

[編集] 沿革

[編集] 部活動

全国高等学校野球選手権神奈川県大会・校歌斉唱の様子(2007年7月21日)
2007年全国高等学校野球選手権神奈川県大会 地区予選・柏木学園との3回戦勝利後の横浜スタジアム・スコアボード

[編集] 野球部

野球部は1896年明治29年)に創部された。創部のきっかけとなったのは同年5月23日6月5日に行われた、旧制一高(現在の東京大学)野球部とYC&ACとの対戦試合である。この試合で旧制一高野球部はそれぞれ29対4、32対9で大勝するが、Y校関係者はこの試合の応援に駆けつけ、勝利した一高野球部員と懇意になり、応援のお礼として一高側はボールとバットを贈り、その後の野球部創立となった。創部時のコーチは一高投手の青井鉞男であった。

Y校野球部は創部以来、関東における高等中学校野球 - 高校野球の牽引役となった。1923年大正12年)夏、神奈川県の学校として初めて甲子園(全国中等学校優勝野球大会。現全国高等学校野球選手権大会)に出場した。以後、春(選抜高等学校野球大会)9回、夏7回、甲子園に出場している。昭和58年の春と夏には、準優勝した。

横浜高等学校との試合は「YY決戦」と呼ばれ親しまれている(横浜スタジアムでの横浜高校との試合の時には、横浜商のスコアボードのチーム名表記は「Y」となる)。ただしY校が公立高校であるのに対して横浜高校は私立高校という違いがある。また、TVKテレビの高校野球中継でのチーム名表記も、90年代後半まで一貫して「Y」であった。

野球部の部員数は県下最大ではあるが、近年は初戦で敗退したり、復活したと思えば慶應に大敗を喫するなど、かつての強さに陰りが見え始めている。2008年現在、夏の甲子園には1990年の第72回大会が最後の出場となっており、これが県下の公立高校硬式野球部にとっても最後となっている(県立高校にいたっては、1951年出場の神奈川県立希望ヶ丘高等学校が最後となっている)。

[編集] 交通

[編集] 著名な関係者

[編集] 出身者

OB間の結束が強い。実業系の高校であるが4年制大学を始めとした進学者の割合が比較的高い。

[編集] 教職員

[編集] 脚注

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  1. ^ 神奈川県立横浜第一中学校(希望ヶ丘高校)との体育対抗戦。1969年まで行われ、通算成績は本校の18勝24敗1分であった。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年11月7日 (土) 13:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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