横須賀線

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横須賀線
横須賀線 E217系電車
横須賀線 E217系電車
路線総延長 大船 - 久里浜間 23.9 km
東京 - 久里浜間 73.3 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式 (直流)
最高速度 120 km/h

横須賀線(よこすかせん)は、神奈川県鎌倉市大船駅から神奈川県横須賀市久里浜駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線幹線)。

一般的には東海道本線とその貨物支線(通称品鶴線)に所属する区間を含めた東京都千代田区東京駅から久里浜駅を結ぶ運転系統の呼称として使われている。以下、特記のない限り運転系統としての横須賀線(東京駅 - 久里浜駅間)について説明する。

目次

[編集] 概要

東京地区の電車特定区間の路線・運転系統の一つであり、東京都心と、鎌倉逗子横須賀などの三浦半島内の各都市とを結ぶ。沿線には軍都横須賀や、多くの別荘地を擁していたため、早くから二等車(その後の1等車、現在のグリーン車にあたる)が連結されていた(歴史を参照)。

各駅に停車する普通列車を中心に運行し、東京駅では多くの列車が総武快速線と直通する。また、品川駅 - 逗子駅間では湘南新宿ラインが横須賀線と線路を共用する。全線を通じて線形はあまりよくないが、湘南新宿ラインと共用する西大井 - 大船の最高速度は120km/hとなっている。

全区間が電車特定区間に含まれるが、列車の体系上は中距離列車であり、案内上の種別も各駅停車ではなく普通列車である。ラインカラーは車体色の一部に近い色である)が使用されている。全区間でSuicaおよびこれと相互利用可能なカードが利用可能となっている。

東京 - 品川間は運転系統上の横須賀線であるが、新橋駅・品川駅の東京方面ホームの案内は「総武線(快速)」のみである。

[編集] 路線データ

[編集] 線路名称としての横須賀線

[編集] 運転系統としての横須賀線

  • 区間:東京駅 - 新川崎駅 - 大船駅 - 逗子駅 - 久里浜駅
  • 路線距離:73.3km(東京駅 - 大船駅49.4km/大船駅 - 久里浜駅23.9km)
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:18(起終点を含む)
  • 複線区間:東京駅 - 横須賀駅
  • 電化方式:直流電化 (1500V) - 全線
  • 運転指令所:東鉄指令
  • 最高速度:120km/h(東京 - 大船の一部区間)

東京 - 西大井間が東京支社、新川崎 - 久里浜間が横浜支社の管轄である。

[編集] 沿線概況

[編集] 東京 - 大船

東京駅 - 品川駅間は東海道本線の線増区間である東京トンネルの地下線を走行し、品川駅で地上に出る。品川駅から東海道本線の支線(通称品鶴線)を走行、武蔵小杉駅(2009年度開業予定)付近まで東海道新幹線と並走する。品川駅 - 西大井駅間の分岐点(旧目黒川信号場)では新宿駅方面への特急「成田エクスプレス」などが走行する山手貨物線が分岐。続いて通過する合流点(旧蛇窪信号場)では、湘南新宿ラインなどが走る山手貨物線大崎支線(通称蛇窪線)が合流する。東海道新幹線とともに多摩川を渡ると神奈川県。新幹線と別れると新川崎駅近くに新鶴見信号場があり、武蔵野線(貨物線)、東海道貨物線と接続する。

鶴見駅付近(横須賀線ホームはない)から横浜駅を経て大船駅までは東海道本線の本線上の専用の複線を走行し、東海道線列車と並走する。横須賀線列車は東海道線列車が停車しない保土ヶ谷駅東戸塚駅に停車する(両駅のホームは横須賀線線路にのみ存在)。戸塚駅では東海道線列車と横須賀線列車の対面乗り換えが可能な方向別ホームとなっており、東海道線平塚駅小田原駅方面へ直通する湘南新宿ラインの列車などが転線する。大船駅では根岸線からの連絡線が合流し、鎌倉車両センターへの引込線が分かれる。

多摩川を渡り神奈川県に入るE217系電車(2007年11月、横須賀線多摩川橋梁にて)

[編集] 大船 - 久里浜

大船駅から先は本来の横須賀線区間となり、おおむね南東方向へと路線が延びる。鎌倉駅付近は盆地となっており、前後をトンネルで抜ける。運行拠点のひとつ逗子駅を経て相模湾側から東京湾側へ移ると、横須賀駅付近までは海岸近くまで山が迫る地形のためトンネルが連続する。横須賀駅 - 久里浜駅までは単線区間である。横須賀線最長のトンネルである横須賀トンネル (2089m) によって衣笠駅へ抜け、平作川沿いに平地を走行し終点久里浜駅へと至る。

[編集] 運行形態

[編集] 普通列車

原則としてE217系電車を使用し、各駅に停車する。ただし東京駅 - 品川駅鶴見駅 - 横浜駅では京浜東北線も併走して運行されており、横須賀線はホームを設置する駅を限定して運行している。逆に、横浜駅 - 大船駅戸塚駅)間では並走する東海道線に対し各駅停車としての役割も果たしている。東京駅・総武快速線方面 - 逗子駅久里浜駅の運行が中心だが、日中は逗子駅 - 久里浜駅間の区間列車も多い。また一部の列車は品川駅・大船駅・横須賀駅で折り返しを行う。

車両は基本編成11両と付属編成4両で構成され、基本編成の4・5号車にグリーン車を連結している。前述のように逗子駅を境にホーム長が異なるため、逗子駅以北が15両編成で横須賀駅・久里浜駅へ直通する列車は、逗子駅で付属編成(一部は基本編成)を増解結する。このため逗子駅では4 - 15分停車するが、増解結を行わない列車でも大多数が時間調整の名目で1 - 15分間停車する。逗子駅以南には付属編成のみで運行する列車も設定されている。大船駅 - 逗子駅間の区間列車にはE231系電車(小山車両センター)10・15両編成の列車もあるが、これは後述の湘南新宿ラインの(出入庫)区間運転という意味合いが強い。

湘南新宿ラインが運行されるようになって以降、線路容量と旅客流動の関係から、湘南新宿ラインがダイヤ改正ごとに増発されていき、その分だけ横須賀線から東京駅方面へ向かう従来の系統の列車本数が削減される傾向にある(東京駅・新橋駅のホームが地下深くにあり敬遠され、従来の系統は東海道線に比べて利用率が低いため)。なお、これにより一部の横須賀線用E217系車両が余剰となり、東海道線に転用されている。

東京駅では多くの列車が総武快速線と直通運転を行い、総武本線成東駅成田線成田空港駅鹿島線鹿島神宮駅内房線君津駅外房線上総一ノ宮駅まで直通する列車が設定されている(過去には外房線大原駅および勝浦駅まで直通していた)。快速「エアポート成田」と通勤快速を除き、先頭に「須賀線-武線」と表示する。

[編集] 湘南新宿ライン

詳細は「湘南新宿ライン」を参照

横須賀線内から新宿駅を経由して宇都宮線東北本線)へ直通する系統である。全列車E231系電車で運行され、4・5号車にグリーン車を連結している。

宇都宮線直通の列車は横須賀線内が終点となり、大宮駅 - 小山駅間で快速運転を行う列車も含め、西大井駅 - 逗子駅は横須賀線電車と同様の駅に停車する。2004年10月改正までは新宿駅 - 横須賀駅・久里浜駅間で運転される列車もあったが、現在は全列車が大船駅か逗子駅で折り返している。また、高崎線と東海道線(平塚方面)を直通する列車も戸塚駅以北で横須賀線電車と線路を共用するが、こちらは西大井駅 - 戸塚駅間のうち横浜駅と戸塚駅のみに停車しており、ホームを通過する駅が生じる関係上「快速」として運転されている。

[編集] 通勤ライナー

横須賀線を走る通勤ライナーとして、上り「おはようライナー逗子」、下り「ホームライナー逗子」が1本ずつ設定されている。車両は特急形のE257系500番台電車を使用する。停車駅は駅一覧を参照。このほか、東海道貨物線を経由する「湘南ライナー」が新鶴見信号場 - 品川駅・東京駅、「おはようライナー新宿」「ホームライナー小田原」が新鶴見信号場 - 旧蛇窪信号場間を走行する。

  • 上りで乗車できる駅
    • 逗子駅 - 鎌倉駅 - 大船駅
  • 下りで乗車できる駅
    • 東京駅 - 新橋駅 - 品川駅

[編集] 特急成田エクスプレス

成田エクスプレス」を参照

東京駅 - 大船駅間は横須賀線電車の線路を走行している。

[編集] その他

沿線に観光地鎌倉を抱えるため、急行「ぶらり鎌倉号」など、休日や年始には団体列車や臨時列車が多数設定されている。また上記の通り多くの貨物線と接続しており、定期列車が設定されていないような経路をとる臨時列車が運行されることがある。

逗子駅から専用線及び京急逗子線を介して東急車輛製造横浜製作所へ線路が通じており、車両新製の際には日本貨物鉄道(JR貨物)による甲種車両輸送が行われる。以前は田浦駅付近にある在日米軍基地への燃料輸送も行われていたが、2006年に廃止された。

線路名称としての横須賀線区間(大船 - 久里浜)において、平日日中に保線作業(リフレッシュ工事)を行う場合がある。品川や川崎、横浜、逗子、久里浜などを連絡駅に京急本線久里浜線、逗子線で振替輸送が行われる。

[編集] 使用車両

現在の主力車E217系電車(戸塚-東戸塚)

[編集] 現行使用車両

[編集] かつて使用された車両

かつての横須賀線の主力車両113系1000番台。「スカ色」(北鎌倉駅にて)


[編集] 車両の色

この項目ではを扱っています。
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初期のスカ色
初期のスカ色
 
初期のスカ色
1962年以降のスカ色
左側が帯色変更車

E217系電車が登場するまで、この区間を走る旅客車両の塗装は「横須賀色スカ色)」と呼ばれるクリーム色クリーム1号)と青色青15号)のツートンカラーであった。

スカ色の始まりは、かつてこの区間を走っていた国鉄32系電車にまでさかのぼる。当初はクリーム2号青2号の2色塗りであったが、1962年の外部塗色の一部統合標準化に伴い、クリーム1号と青15号の組み合わせに変更された。由来は「1940年に開催される予定であったものの戦争により中止された東京五輪のイメージカラーを転用した」との説が有力で、「海に近い地域を走るので砂浜のクリーム色と海の青」という解説をしたという当時の国鉄副技師長のコメントが残されている[1]

この塗装は横須賀線内においてはE217系電車の帯の色にその名残を留めるのみだが、2009年現在でも房総各線(総武本線・成田線・内房線・外房線など)の113系電車や中央東線の115系の中距離電車(立川 - 小淵沢間)などで見ることが出来る(ただし、115系電車のスカ色は前面の塗り別けが多少異なっており、一部の鉄道ファンからは「山スカ色」などと呼ばれて差別化されることがある)。なお、この中央東線で使用される115系電車は鎌倉の観光シーズンにあわせて運行される臨時快速「ホリデー快速鎌倉」号でも使用されており、横須賀線内において往年の113系伝統のスカ色をうかがうことが出来る。

かつてはこのスカ色も湘南色とともに近郊形電車使用線区で多く見られた標準的なカラーリングであったが、車両の老朽化に伴い、更新修繕による塗色変更や、廃車により、かなり数を減らしている。

なお現在、E217系電車の更新車において帯色の変更が進んでおり、クリーム、青共に明るい色調となり、青は主に房総地区の車両で用いられているものと同様となっている。

[編集] 普通列車の編成

国鉄時代末期に投入された東海道線211系電車では、基本編成10両(1 - 10号車)+付属編成5両(11 - 15号車)という構成になり、付属編成が基本編成の北方に連結されるという形態になっている。この形態はJR発足後に製造されたE231系電車にも踏襲され、また湘南新宿ライン宇都宮線高崎線常磐線でもグリーン車の導入以降、東海道線と同様の車両構成となった。ところが横須賀線・総武快速線では、JR化後に製造されたE217系電車でも、113系電車と同様に付属編成4両(増1 - 増4号車)+基本編成11両(1 - 11号車)の構成となり、付属編成は基本編成の南方(久里浜寄り)に連結される。このため横須賀線の線路上を走る湘南新宿ラインの列車と横須賀線列車とではグリーン車の位置が異なるという現象が起きている。これは以下の理由によるものである。

横須賀線内のホームの長さは、20m級の車両にして逗子駅以北は15両分なのに対し、以南では11両分となっている。このことにより逗子以南では15両編成での運用ができず、逗子駅での増解結作業が必須になっている。しかし、同駅では付属編成用の留置線が駅の久里浜寄りにあるため上り列車の北方に増結するのが困難であり[2]、しかも留置線1線あたりの容量が12両分であるため、付属編成を5両とすると収容できる本数が減少してしまう(すぐ先に京急逗子線の線路があり延長もできない)。このような理由で、やむなく以前使われていた113系電車と同じ、4両+11両の編成となったという経緯がある。前後をトンネルに挟まれた田浦駅では10両分に満たないホーム長しか確保できないため、11両編成の場合はドアカットで対処している。

湘南新宿ラインの編成
←小田原・逗子 高崎・宇都宮→
基本編成 付属編成
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15
横須賀線・総武快速線の編成
←久里浜 千葉→
付属編成 基本編成
増1 増2 増3 増4
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
  • 数字は号車番号を表す。4・5号車はグリーン車

[編集] 歴史

もともと横須賀線は旧日本海軍軍港都市として知られた横須賀への連絡を目的として建設された路線であり、現在の北鎌倉駅付近では円覚寺境内を横切り、また鎌倉駅付近では鶴岡八幡宮段葛を寸断して線路が敷設されるなど、用地買収も比較的強引に行われた。

また1925年に全線が電化され、1931年には東京 - 横須賀間62.4km で電車運転を開始した。当時、私鉄では東武鉄道大阪電気軌道・参宮急行電鉄(現、近畿日本鉄道)で電車によって100km 以上の長距離運転が始められ、速達列車を運行する例も見られたが、国鉄(当時の運営組織は鉄道省)では省電・便電(びんでん)・ゲタ電などとあだ名され、近距離路線のみ電車化されていた。かつて京浜線(現、京浜東北線)電車を運行開始した際、準備が不十分であったため運転中に立ち往生するトラブルを多発させたので、電化そのものについて懐疑的になったためではないかといわれている。

しかし、横須賀線では投入した32系電車に固定クロスシートを採用するなど画期的な施策をとり、優等旅客向けの二等車(現、グリーン車)も当初より連結された。この電車運転が、後の湘南電車こと国鉄80系電車の開発に影響を与えたとも言われている。

戦前の二等車には、海軍高官のほか、逗子、鎌倉などの比較的裕福な家庭の子女が東京の学校に通うために女中などの付添い人とともに乗車する姿が多くみられた。しかも着席位置はそれぞれ決まっており、乗降口からの位置関係による序列も存在したという。

戦時中には日本の多くの鉄道路線が不要不急路線として休止・廃止となり、後に金属供出にも応ずる一方、横須賀線は横須賀から久里浜までを延伸、この際、物資不足の中レールを調達するために、すでに東海道本線の本線ルートから外れていた御殿場線を単線化し、その分のレールを転用したとされる。このように戦前の横須賀線は軍事上の重要路線として、比較的短距離の盲腸線にもかかわらず、格別の扱いを受けてきた。

戦後三浦半島の生活路線として再スタートを切った横須賀線は、かつてのような軍事路線としての需要は無くなった。

車両の世代交代により、1968年新性能化を果たし、その後も運転の高頻度化や編成の15両化などで、増加する通勤需要に対応する。

沿線のベッドタウン化につれ、ラッシュ時の混雑は激化の一途をたどる。東海道線と線路を共用する大船以北では輸送力が限界に達し、東海道貨物線を利用して旅客線を複々線化、両線の列車が分離された(SM分離)。品川以北では東京トンネルを掘削し、品川 - 鶴見間は品鶴線を走行、鶴見 - 戸塚間では貨物線を郊外に新設して旧線を流用し、横須賀線は総武本線快速列車総武快速線)と直通運転を行うようになった。

また21世紀に入ってからは湘南新宿ラインの開設によって、渋谷新宿池袋を経由して東北本線宇都宮線)とも直通運転を行うようになっている。

2009年6月16日には開通120周年を迎えた。これに先立ち、5日より鎌倉市のカトレヤギャラリーで写真展が、13日より「YYスカ線フェスタ」が開催され、横須賀駅で同年秋より「成田エクスプレス」に使用される新型車両E259系電車の展示などが行われた。このほかにも沿線では多彩なイベントが予定されているほか、向こう1年間、217系電車には記念のヘッドマークが掲げられる。

[編集] 年表

  • 1889年明治22年)6月16日 - 大船 - 横須賀間(10M3C≒16.15km)開業。鎌倉駅、逗子駅、横須賀駅開業。
  • 1895年(明治29年)4月1日 - 線路名称制定により、東海道線の一部となる。
  • 1902年(明治35年)11月21日 - MC表示からマイル表示に簡略化(10M3C→10.0M)。
  • 1904年(明治37年)5月1日 - 田浦駅開業。
  • 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称設定により、横須賀線となる。
  • 1914年大正3年)8月12日 - 逗子 - 沼間信号所間複線化。逗子 - 田浦間に沼間信号所を開設。
  • 1916年(大正5年)9月13日 - 大船 - 鎌倉間複線化。
  • 1917年(大正6年)3月 - 鎌倉 - 逗子間複線化。
  • 1920年(大正9年)10月19日 - 沼間信号所 - 田浦間複線化。
  • 1922年(大正11年)4月1日 - 沼間信号所を沼間信号場に変更。
  • 1923年(大正12年)1月31日 - 大船 - 鎌倉間に扇ヶ谷仮信号場を開設(廃止日不詳)。
    • 5月9日 - 田浦 - 横須賀間に吉倉仮信号場を開設(廃止日不詳)。
    • 7月19日 - 鎌倉 - 逗子間に名越仮信号場を開設(廃止日不詳)
  • 1924年(大正13年)12月25日 - 田浦 - 横須賀間複線化。
  • 1925年(大正14年)12月13日 - (横浜 - )大船 - 横須賀間電化。東京 - 横須賀間で電気機関車運転開始。
  • 1926年(大正15年)3月31日 - 沼間信号場廃止。
  • 1927年昭和2年)5月20日 - 北鎌倉仮停車場開業。
  • 1930年(昭和5年)3月15日 - 電車運転開始。
    • 4月1日 - マイル表示からメートル表示に変更(10.0M→15.9km)。
    • 10月1日 - 北鎌倉仮停車場を駅に格上げ。
  • 1931年(昭和6年)3月15日 - 32系電車を投入し、電車運転開始。
  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 横須賀 - 久里浜間 (8.0km) 延伸開業。衣笠駅、久里浜駅開業。
  • 1945年(昭和20年)4月 - 横須賀 - 衣笠間に軍事停車場の相模金谷仮乗降場を開設。
    • 8月 - 終戦に伴い相模金谷仮乗降場廃止。
  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 東逗子駅開業。
  • 1968年(昭和43年)6月16日 - 横須賀線電車爆破事件が発生。乗客の中から即死者1名、重軽傷者14名を出す惨事になった。
  • 1974年(昭和49年)10月1日 - 横須賀 - 久里浜間の貨物営業廃止。
  • 1976年(昭和51年)10月1日 - 東京 - 品川間の別線(地下線)開業。総武快速線が品川まで乗り入れ。
  • 1980年(昭和55年)10月1日 - 東京 - 大船間で東海道線との分離運転開始。新川崎駅、東戸塚駅開業。保土ヶ谷駅が横須賀線のみの駅になる。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 逗子 - 横須賀間貨物営業廃止。
  • 1986年(昭和61年)4月2日 - 西大井駅開業。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道が継承。日本貨物鉄道が大船 - 田浦間の第二種鉄道事業者となる(逗子 - 田浦間の貨物営業再開)。
  • 1998年(平成10年)5月2日 - 土曜・休日に横浜線・根岸線から逗子までの直通列車運行開始。
  • 2000年(平成12年)9月30日 - 東京 - 大船間でATOS使用開始。
  • 2001年(平成13年)3月28日 - 天皇夫妻およびノルウェー国王夫妻の神奈川訪問に伴い、1号御料車編成によるお召し列車を東京から東海道本線経由で北鎌倉へ運転(片道のみ)。EF58 61牽引。
    • 2007年(平成19年)7月に1号御料車編成に代わる皇室用車両を含めたE655系電車が導入され、2008年(平成20年)11月12日にE655系電車による初めてのお召し列車が常磐線内で運転されたことから、EF58 61が牽引する1号御料車編成のお召し列車は事実上これが最後となった。
  • 2001年(平成13年)12月1日 - 湘南新宿ライン運行開始。
  • 2004年(平成16年)10月16日 - 湘南新宿ライン大幅に増発。新宿折り返し列車廃止
  • 2006年(平成18年)5月1日 - 逗子 - 田浦間の日本貨物鉄道第二種鉄道事業廃止。
  • 2008年(平成20年)3月15日 - 湘南新宿ラインの増発で、横浜線・根岸線からの直通列車を廃止。品川駅の横須賀線ホームを増設、同駅始発終着の「成田エクスプレス」を新設
  • 2009年(平成21年)6月16日 - 開通120周年を迎える。
  • 2009年(平成21年)中 - 大船 - 久里浜間でのATOS使用開始予定。
  • 2010年(平成22年)春 - 武蔵小杉駅開業予定。

[編集] 輸送障害

運転系統が複雑な横須賀線は事故などによる運転見合わせ・遅延が発生しやすい。湘南新宿ラインが運転を開始したことでこの傾向が一層顕著になっている。2005年には車両トラブル・信号トラブルによる5時間以上の運転休止が3回発生した(7月の地震による長時間運休を除く)。横須賀線や直通先の総武快速線で輸送障害が発生した場合は直通運転を中止し、東京駅での折返し運転が行われる。また、湘南新宿ラインでは全区間運休や途中で運転を打ち切って新宿・大崎・大船などでの折り返し運転や品川へ乗り入れる場合もある。また、高崎線 - 東海道線系統の列車が横須賀線内の各駅に臨時停車することもある。

2009年5月7日に発生した車両故障は大規模な運行トラブルを引き起こした。この日の朝6時50分頃、横浜 - 新川崎間を走行中の久里浜発津田沼行普通列車(総武快速線直通)で非常ブレーキ回路が断線してブレーキがかかったままになる車両故障が発生し、鶴見駅付近で立ち往生した。この列車の他、3本の列車が高架上に2時間30分にわたり駅間停車するなど、対応が後手に回った[3]。このトラブルの影響で横須賀線・湘南新宿ライン・東海道線・京浜東北線・根岸線が一時運転を見合わせるなど、朝ラッシュ時間帯を中心に合計110本の電車が運休した。さらには湘南新宿ラインを介して高崎線や宇都宮線、湘南新宿ラインと線路を共用する埼京線や直通先のりんかい線、さらには振替先の京急線や直通先の都営浅草線、東急東横線にも遅れが生じるなど、約36万人の通勤通学客に影響が出る事態となった[4]。トラブルの影響が東京・神奈川のみならず、埼玉・群馬・栃木にも及ぶことが改めて実証された[5]

[編集] 駅一覧

  • ライナー=おはようライナー逗子・ホームライナー逗子
  • 普通列車(湘南新宿ライン含む)は下表の全駅に停車。なお湘南新宿ラインの大船以北については湘南新宿ライン駅一覧を、特急「成田エクスプレス」の停車駅については列車記事を参照。
  • 接続路線欄の東日本旅客鉄道の路線名は、旅客列車の運転系統上の名称。
  • 品川駅 - 鶴見駅(横須賀線列車は停車しないが、路線の分岐点)は経路特定区間に指定されており、乗車する場合は大井町駅川崎駅経由の営業キロで運賃を計算する。
  • 横須賀 - 久里浜間は単線区間。横須賀では久里浜発着列車同士の列車交換不可。衣笠・久里浜では列車交換可能。
  • 貨物関連は正式路線名称上の横須賀線内(大船駅以南)についてのみ記載する。大船駅以北の貨物線・貨物施設については品鶴線東海道貨物線を参照。
凡例
駅 … ◇:貨物取扱駅(定期貨物列車の発着なし)
特定都区市内[区]:東京都区内、[山]東京山手線内[浜]:横浜市内
停車駅 … ●:停車、◆:東海道線ホームに停車、|:通過
接続路線 … ※:連絡運輸なし
正式路線名 走行線路 駅名 駅間営業キロ 累計
営業キロ
ライナ丨 接続路線 所在地
直通運転区間
総武快速線千葉駅経由)
外房線上総一ノ宮駅まで
内房線君津駅まで
成田線成田駅経由成田空港駅鹿島線鹿島神宮駅まで
総武本線成東駅まで
東海道本線 地下線 [区][山] 東京駅 - 0.0   東日本旅客鉄道総武線(快速)(直通運転・上記参照)東北新幹線山形新幹線秋田新幹線上越新幹線北陸新幹線長野新幹線)・中央線山手線京浜東北線東海道線京葉線
東海旅客鉄道東海道新幹線
東京地下鉄丸ノ内線丸ノ内線 (M-17)、東西線東西線大手町駅:T-09)、千代田線千代田線二重橋前駅:C-10)
東京都 千代田区
[区][山] 新橋駅 1.9 1.9   東日本旅客鉄道:山手線・京浜東北線・東海道線
東京地下鉄:銀座線銀座線 (G-08)
都営地下鉄浅草線浅草線 (A-10)
ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線 (U-01)
港区
[区][山] 品川駅 4.9 6.8   東日本旅客鉄道:山手線・京浜東北線・東海道線
東海旅客鉄道:東海道新幹線
京浜急行電鉄本線
品鶴線
[区] 西大井駅 3.6 10.4   東日本旅客鉄道:湘南新宿ライン大崎方面) 品川区
武蔵小杉駅 [* 1] - -   - 東日本旅客鉄道:南武線
東京急行電鉄東横線目黒線
神奈川県 川崎市
中原区
新川崎駅 9.1 19.5   東日本旅客鉄道:南武線鹿島田駅)※ 川崎市幸区
横須賀線専用線路 [浜] 横浜駅 12.2 新川崎
経由

31.7
川崎
経由

28.8
東日本旅客鉄道:京浜東北線・横浜線根岸線・東海道線
東京急行電鉄:東横線
京浜急行電鉄:本線
相模鉄道本線
横浜市営地下鉄ブルーライン(3号線) (B20)
横浜高速鉄道みなとみらい線
横浜市
西区
[浜] 保土ヶ谷駅 3.0 34.7 31.8   横浜市
保土ケ谷区
[浜] 東戸塚駅 4.9 39.6 36.7   横浜市
戸塚区
[浜] 戸塚駅 4.2 43.8 40.9 東日本旅客鉄道:東海道線
横浜市営地下鉄:ブルーライン(1号線)(B06)
大船駅 5.6 49.4 46.5 東日本旅客鉄道:東海道線・根岸線
湘南モノレール江の島線
横浜市栄区
横須賀線   大船
から

0.0
鎌倉市
北鎌倉駅 2.3 51.7 2.3  
鎌倉駅 2.2 53.9 4.5 江ノ島電鉄江ノ島電鉄線
逗子駅 3.9 57.8 8.4 京浜急行電鉄:逗子線新逗子駅)※ 逗子市
東逗子駅 2.0 59.8 10.4    
田浦駅 3.4 63.2 13.8     横須賀市
横須賀駅 2.1 65.3 15.9   京浜急行電鉄:本線逸見駅汐入駅)※
衣笠駅 3.4 68.7 19.3    
久里浜駅 4.6 73.3 23.9   京浜急行電鉄:久里浜線京急久里浜駅)定期乗車券のみ連絡あり。
  1. ^ 南武線との交点付近に武蔵小杉駅を建設することが2005年4月4日にJR東日本と川崎市との間で合意された。交点と現在の武蔵小杉駅は300m ほど離れているため連絡用通路も建設される。2006年度着工、2009年度開業予定。所在地は川崎市中原区新丸子東、ホーム部分は同区上丸子となる。

[編集] 廃駅・廃止信号場

東京駅 - 大船駅間については東海道本線を参照。

  • 扇ヶ谷仮信号場 : 廃止日不詳、北鎌倉 - 鎌倉間、大船から約3.2km
  • 名越仮信号場 : 廃止日不詳、鎌倉 - 逗子間、鎌倉から約1.4km
  • 沼間信号場 : 1926年3月31日廃止、東逗子 - 田浦間、逗子から約3.5km
  • 吉倉仮信号場 : 廃止日不詳、田浦 - 横須賀間、田浦から約1.1km
  • 相模金谷仮乗降場 : 1945年8月廃止、横須賀 - 衣笠間

[編集] 脚注

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  1. ^ 鉄道ジャーナル通巻217号 p30
  2. ^ 113系投入開始時点では、7両の基本編成の東京寄り(北方)に5両の付属編成を連結していた。しかし、先行列車が発車した後に、留置線から付属編成を東京寄り引上線まで回送する作業が必須であり、それも後続列車の到着までに完了させる必要があった。ラッシュ時の増発に際しては同作業がネックとなり、また地上設備の改良で対応する案も検討されたが、久里浜寄り(南方)増結案との比較で多額の費用と相当の期間を要するとされ採用されなかった。そのため、15両運転実施に合わせて増結位置を改めることになり、逗子駅改良工事の完成を待って南方への増結に改められた。また、留置線の収容能力の問題もあり、同時期に11両+4両の編成となった。(RF199(1977-11)、RP756(2005-1))
  3. ^ 2時間半閉じ込め、あふれる乗客「疲れた、もう帰る」 JR横須賀線車両故障(2009年5月7日 産経新聞)
  4. ^ 横須賀線の車両故障について(2009年5月7日 JR東日本)
  5. ^ 横須賀線立ち往生は35万人に影響 110本が運休(2009年5月7日 産経新聞)

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月9日 (月) 19:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【横須賀線】変更履歴

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