樽谷明
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| 樽谷 明 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| カタカナ | タルヤ アキラ | |
| ラテン文字 | TARUYA Akira | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1930年 | |
| 出身地 | 広島県 | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | FW | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
樽谷明(たるや あきら、1930年 - )は、広島県出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード(FW)。
[編集] 来歴
広島高等師範附属中学(現広島大学附属高校)では、長沼健・木村現との超強力スリートップで全国中等学校選手権(現・全国高等学校サッカー選手権大会)の戦後初優勝に貢献。三人のスピードは、当時の中学生レベルでは止められなかったと言われ、4試合で計21得点をたたき出した。決勝戦7-1のスコアは、戦後最多得点、及び大会最多得点差記録として現在も残っている。翌年国体も制覇。
この三人を含む広島高師附属中のメンバー8人が卒業後関西学院大学入りし、このメンバーと鴇田正憲らOBを加え全関学として1950年、全日本選手権大会(天皇杯の前身)で慶應義塾大学を6-1で降して優勝。
1953年、東洋工業(現マツダ)へ。東洋工業蹴球部(のちのマツダSC、現サンフレッチェ広島)に所属し、下村幸男・銭村健次・重松良典らと活躍し、1955年には全日本実業団でも初の決勝進出。田辺製薬に0-2と敗れ準優勝に終わったが翌1956年には田辺製薬の7連覇を阻み初優勝、チームに初の全国タイトルをもたらした。
選手引退後は社員として東洋工業/マツダに勤めた。
[編集] 所属クラブ
- 1946年 - 1949年 : 広島高等師範附属中学
- 1949年 - 1953年 : 関西学院大学
- 1953年 - ?年 : 東洋工業蹴球部
[編集] 関連項目
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