橋本文雄 (録音技師)

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はしもと ふみお
橋本 文雄
本名
生年月日 1928年
出生地 日本 京都府京都市
職業 録音技師
ジャンル 映画
活動期間 1946年 -
活動内容 1946年 大映京都撮影所入社
1954年 日活撮影所移籍
1955年 技師昇進

橋本 文雄(はしもと ふみお、1928年 - )は、日本録音技師である。日本映画・テレビ録音協会顧問[1]

目次

[編集] 人物・来歴

1928年(昭和3年)、京都府京都市に生まれる[2]

旧制・大阪専門学校(現在の近畿大学)を中途退学し[2]、18歳になる1946年(昭和21年)、母方の叔父が製作主任として在籍していた大映京都撮影所録音部に入社した[2]。当時同撮影所に在籍していた伊藤大輔衣笠貞之助溝口健二森一生らの作品の録音助手を務め、薫陶を受ける[2]

1954年(昭和29年)、同じ録音部の後輩の紅谷愃一とともに東京へ移住、調布市日活撮影所に移籍した[2]。録音助手を1本だけ務めて、翌1955年(昭和30年)、27歳で技師に昇進、西河克己監督の『生きとし生けるもの』がデビュー作となった[2]

マキノ雅弘川島雄三井上梅次中平康今村昌平舛田利雄蔵原惟繕らの作品を次々に手がけ、「日活の音」の礎をつくったとされる[2]

1996年(平成8年)、映画批評家の上野昂志との共著『ええ音やないか - 橋本文雄・録音技師一代』をリトル・モアから上梓した。

現在、紅谷が代表理事を務める録音技師の職能団体「日本映画・テレビ録音協会」の顧問を務めている[1]

[編集] おもなフィルモグラフィ

  • 『霧笛が俺を呼んでいる』 : 監督山崎徳次郎、1960年
  • 豚と軍艦』 : 監督今村昌平、1961年
  • 『憎いあンちくしょう』 : 監督蔵原惟繕、1962年
  • 『月曜日のユカ』 : 監督中平康、1964年
  • 城取り』 : 監督舛田利雄、1965年

[編集] ビブリオグラフィ

  • 『ええ音やないか - 橋本文雄・録音技師一代』、共著上野昂志、リトル・モア、1996年 ISBN 4947648325

[編集]

  1. ^ #外部リンク、日本映画・テレビ録音協会、2009年11月3日閲覧。
  2. ^ スタッフインタビューvol.6 録音 橋本文雄さん日活、2009年11月3日閲覧。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月3日 (火) 09:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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