橿原神宮前駅
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| 橿原神宮前駅* | |
|---|---|
中央口
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| かしはらじんぐうまえ - KASHIHARAJINGŪ-MAE - |
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| 所在地 | 奈良県橿原市久米町618 |
| 所属事業者 | 近畿日本鉄道(近鉄) |
| 電報略号 | カシ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 計4面8線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
21,780人/日 -2005年- |
| 開業年月日 | 1923年(大正12年)3月21日 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | 南大阪線(橿原神宮西口方)** 吉野線(岡寺方)** |
| キロ程 | 39.8km(大阪阿部野橋起点) |
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◄橿原神宮西口 (1.2km)
(1.1km) 岡寺►
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| 所属路線 | 橿原線 |
| キロ程 | 23.8km(大和西大寺起点) |
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◄畝傍御陵前 (1.0km)
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| 備考 | ** 南大阪線と吉野線は直通運転実施 |
| 橿原神宮前駅 駅舎 | |
|---|---|
| 情報 | |
| 用途 | 駅舎 |
| 設計者 | 村野藤吾建築事務所 |
| 施工 | 大林組 |
| ■(Template:建築物全般) | |
橿原神宮前駅(かしはらじんぐうまええき)は、奈良県橿原市久米町にある、近畿日本鉄道(近鉄)の駅。
中央口駅舎は新歌舞伎座の設計で有名な建築家・村野藤吾の設計。奈良県中南部、飛鳥地方における主要駅である。
第1回近畿の駅百選選定駅。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
いずれも始終着駅であるが、運転系統上では事実上橿原線のみが始終着駅である。
[編集] 駅構造
地上駅で2面4線のホームが2つある。西側の4 - 7番のりばは狭軌の南大阪線・吉野線、東側の1 - 3番のりばは標準軌の橿原線である。1番のりばと同一ホームの向かい側にある8番のりばは狭軌となっており、天皇皇后や皇太子の行幸啓や、団体輸送での乗換を便利にするために、南大阪線・吉野線の貸切列車が入線することがある[1]。8番のりばの東側の51番線にはトラバーサなどの設備庫があり、南大阪・吉野線の車両が検査のため五位堂検修車庫へ回送する際に狭軌と標準軌の台車履替を行っている。
改札口は3ヶ所で、橿原線ホーム東側に東改札(自動改札機4台)、橿原線ホームと南大阪・吉野線ホームの間に中央改札(自動改札機3台)、南大阪・吉野線ホーム西側地下に西改札(自動改札機4台)がある。橿原線ホームと東改札および中央改札は構内踏切、南大阪・吉野線ホームと中央改札および西改札は地下道で連絡している。橿原線のりばと南大阪線のりばとは中央通路(コンコース)で
結ばれており、通路北側に中央改札が位置し、駅長室が隣接している。中央通路両側には、各種駅構内施設が入居している。中央通路西側(南大阪線線路手前)から地下通路への階段となり(エレベータあり)、南大阪線ホームへは、それぞれ階段とエレベータで結ばれている。地下通路の先に西改札が位置する。西改札が地下化される前は、中央通路から直接構内踏切で結ばれており、当時の改札には当駅唯一自動改札機が設置されていた。
東改札と橿原線ホーム、中央通路を結ぶ構内踏切は車止め側にあるために頻繁に遮断機が降りるわけではなく、昼間は概ね30分 - 1時間に一度、当駅止まりまたは始発の橿原線特急が入出庫する際が殆どである。普通や急行は到着後そのまま折り返し運転するため踏切を通過しない(昼間)。
なお、自動改札機はオムロン製が設置されている。赤い自動改札機(U-PG)は、出場時2枚一括処理、PiTaPa・ICOCAに対応する。
[編集] のりば
| 8 | (貸切列車などのみが使用し、通常は南大阪・吉野線系統の留置線として機能) | |
|---|---|---|
| 1 - 3 | ■橿原線 | 大和八木・天理・大和西大寺・奈良・京都・ 大阪上本町・大阪難波・尼崎・三宮・伊勢志摩・名古屋(大和八木乗り換え)方面 |
| 4・5 | ■吉野線 | 飛鳥・壺阪山・下市口・大和上市・吉野方面 |
| 6・7 | ■南大阪線 | 古市・大阪阿部野橋・御所・河内長野方面 |
橿原線については、特急は主に1番のりば、急行は主に2・3番のりばに発着する。
南大阪線ホームは4・7番のりばが待避線、5・6番のりばが本線である。一部の大阪阿部野橋方面行き折返し列車は、6番のりばに大阪阿部野橋方より入線する。そのため、6番のりばに折返し列車が停車している間は、吉野方面からの大阪阿部野橋方面行き列車は、待避線である7番のりばを通る。
[編集] 利用状況
- 主として通学・通勤用に利用される。
- 橿原神宮前駅の利用状況の変遷を下表に示す。
- 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
- 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
- 2008年11月18日の調査結果によると、1日の利用客は20,615人(前回2005年11月8日の調査では21,780人)。この数字は…
- 近鉄の全調査対象駅(287駅)中、33位。
- 南大阪線・吉野線の駅(43駅、他線接続駅含む)の中では、5位。
- 橿原線の駅(16駅、他線接続駅含む)の中では、3位。
- 奈良県内の近鉄の駅(90駅)の中では、11位。
- 2008年11月18日の調査結果によると、1日の利用客は20,615人(前回2005年11月8日の調査では21,780人)。この数字は…
- 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
| 年 度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 |
特 記 事 項 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合 計 | 調査日 | 調査結果 | ||
| 1982年(昭和57年) | ←←←← | 11月16日 | 24,528 | ||||
| 1983年(昭和58年) | ←←←← | 11月8日 | 26,537 | ||||
| 1984年(昭和59年) | ←←←← | 11月6日 | 28,137 | ||||
| 1985年(昭和60年) | ←←←← | 11月12日 | 26,363 | ||||
| 1986年(昭和61年) | ←←←← | 11月11日 | 27,961 | ||||
| 1987年(昭和62年) | ←←←← | 11月10日 | 27,000 | ||||
| 1988年(昭和63年) | ←←←← | 11月8日 | 29,023 | ||||
| 1989年(平成元年) | ←←←← | 11月14日 | 27,569 | ||||
| 1990年(平成2年) | ←←←← | 11月6日 | 28,206 | ||||
| 1991年(平成3年) | ←←←← | ||||||
| 1992年(平成4年) | ←←←← | 11月10日 | 27,662 | ||||
| 1993年(平成5年) | ←←←← | ||||||
| 1994年(平成6年) | ←←←← | ||||||
| 1995年(平成7年) | ←←←← | 12月5日 | 26,245 | ||||
| 1996年(平成8年) | ←←←← | ||||||
| 1997年(平成9年) | ←←←← | ||||||
| 1998年(平成10年) | ←←←← | ||||||
| 1999年(平成11年) | ←←←← | ||||||
| 2000年(平成12年) | ←←←← | ||||||
| 2001年(平成13年) | 2,961,480 | ←←←← | 1,831,188 | 4,792,668 | |||
| 2002年(平成14年) | 2,835,270 | ←←←← | 1,787,011 | 4,622,281 | |||
| 2003年(平成15年) | 2,726,640 | ←←←← | 1,752,647 | 4,479,287 | |||
| 2004年(平成16年) | 2,639,640 | ←←←← | 1,648,107 | 4,287,747 | |||
| 2005年(平成17年) | 2,546,520 | ←←←← | 1,620,179 | 4,166,699 | 11月8日 | 21,780 | |
| 2006年(平成18年) | ←←←← | ||||||
[編集] 特徴
- 大和八木駅と共に橿原から大阪、京都方面へ向かう列車が出ている。橿原線の列車は全て始発列車で、西大寺行き普通(各駅停車)、京都行き急行(一部の急行は西大寺行き)、京都行き特急(一本だけ西大寺行きがある)が出ている。京都行きの列車は西大寺から先京都線に入る。南大阪・吉野線は特急・急行が直通運転で普通と準急の大半は橿原神宮前が始発となっている。
- 京都行き急行の一部は京都市営地下鉄烏丸線乗入れ対応の編成(3200系、3220系)で、奈良・京都のペイント列車も見られる。
- 南大阪線で吉野方面からの列車はラッシュ時を中心に増解結作業を行う。またこの駅止まりの準急(または普通)が種別を替えて吉野線に直通する列車もある。(逆のケースもある)。
- 南大阪線系統狭軌車両の全般検査・重要部検査時に五位堂検修車庫を使用するので、この駅東側に台車振替場(標準軌・狭軌台車取り替え施設)があり、その台車振替場の前後は4線区間になっている。この台車振替場では、車両をジャッキで支えて台車部分の床面を下降・移動させることで仮台車に載せ替え、前後を事業用車両で挟んで五位堂まで牽引する。この時、狭軌の台車は事業用車両(電動貨車)に積載して運ばれる。
- 大阪輸送統括部が上本町営業局と天王寺営業局に分かれていた頃は、当駅が両局の境界駅となっており、駅構内は天王寺局側の管轄となっていた。そのため、元々上本町局管轄であった橿原線のホームの自動放送も、南大阪線主要駅と同じ様式のものとなっている。
- 駅名が長いため、電車の行き先表示では「橿原神宮前」と、「神宮前」を小さく表記する(特急形車両・シリーズ21は除く)。
- 橿原神宮前駅長は、奈良南管区支配人も兼務している。その為、同駅には副駅長が配置されている。
[編集] 駅構内施設
ファイル:Kashiharajingumae-st-kounai.jpg
- 2、3番のりば
- 売店(→※現在は撤去され、付近は自販機コーナーとなっている)
- 橿原線乗り場⇔南大阪線、吉野線乗り場連絡通路
- リトルマーメイド(パン屋)
- KCNテレビモニタ
- 和食店
- am/pm近鉄橿原神宮前駅店
- マツモトキヨシ橿原神宮前店
- 若草書店
- ドトールコーヒーショップ近鉄橿原神宮前駅店
- 土産物屋
- 弁当屋
- 和菓子屋
- 柿の葉寿司屋
- 和食店
- 南都銀行ATM
- 6,7番のりば
- 売店
[編集] 駅周辺施設
- 西口
- 中央口
- 東口
- タクシー乗り場(橿原タクシー・中川タクシーの2社用)
- 近鉄フラワーレンタサイクル
- 明日香レンタサイクル
- 大紀レンタカー
- 橿原市営駐輪場
- 橿原ロイヤルホテル
- 橿原商工経済会館(橿原商工会議所)
- 商工経済会館1F
- (株)BMSコーポレーション
- 橿原観光物産センター
- 南都銀行神宮前支店神宮駅東口出張所
- 商工経済会館2F
- 商工経済会館3・4F
- 橿原商工会議所
- 商工経済会館5F
- 橿原市まほろば大学校
- 橿原市青少年センター
- 奈良県中南和少年サポートセンター
- 商工経済会館6F
- 奈良県生コン卸協同組合
- パソコン教室アーク
- 野辺恵バレエスタジオ
- (株)システム吉野
- (社)橿原市経済倶楽部
- 橿原市観光協会
- 商工経済会館7F
- 大・中・小ホール
- 商工経済会館1F
- 橿原市営駐車場(商工経済会館横)
- 大和信用金庫橿原支店
- 第三銀行ATM
- 内藤証券橿原支店
- NTTDoCoMoショップ橿原神宮店
- 平井病院
- デイリーカナートイズミヤ
[編集] バス
乗り場は、西口、東口、中央口の3箇所に分かれる。すべて、奈良交通により運行されている。詳細は奈良交通葛城営業所などを参照にされたい。 ファイル:Kashiharajinngumae-st-west-exit-busstop.jpg ファイル:Kashiharajingumest-busstop.jpg ファイル:Kashiharajinguekihigasibusstop.jpg
- 西口乗り場
- 中央口乗り場
- [28]:南白橿(南妙法寺町)行
- [28][30]:八木駅行
- [30][31]:近鉄御所駅行
- [71]:リハビリセンター行
- 東口1番乗り場
- 東口2番乗り場
- [2]:岡寺前行
- [5]:岡寺前行
- [7]:菖蒲町四丁目南行(18時以降運転)
- [8][9]:菖蒲町四丁目行
- [15]明日香周遊バス(赤かめ):檜前行
- [16]明日香周遊バス(赤かめ):飛鳥駅行
- [17]明日香周遊バス(赤かめ):岡寺前行
- [18][19]:循環橿原神宮駅東口行
- [23]明日香周遊バス(赤かめ):飛鳥駅行
- [文]:健康福祉センター行(学校休校日運休)
[編集] 歴史
現駅北西の橿原神宮の前に大阪電気軌道畝傍線(広軌、現在の橿原線)の(旧)橿原神宮前駅(終点)があった。狭軌の吉野鉄道は吉野口から北進して(旧)橿原神宮前駅に乗り入れた。やがて、吉野鉄道は省線畝傍駅までさらに北東進し、吉野口・畝傍の双駅で省線と連絡するようになった。
一方、久米寺(寺院)の前の大阪鉄道(現在の南大阪線)線上には橿原神宮駅があり、そこから南東進して、吉野鉄道久米寺駅に乗り入れていた(現4 - 7番のりば)。その後、大阪電気軌道が吉野鉄道を吸収し、(旧)橿原神宮前 - 久米寺間を広狭軌の三線軌条に改造して、久米寺駅に乗り入れるようになった。
1940年の皇紀2600年祭を控え、橿原神宮の神域を拡張するため、前年に畝傍線を移設して新たに駅(現在の駅本屋と1~3・8番のりば、なお、現台車振替作業所の位置にも狭軌用ホームがあった)を新設した上で久米寺駅から改称し、(旧)橿原神宮前駅、橿原神宮駅は廃止された。この際に、橿原神宮駅駅と改称し、駅名に「駅」が含まれる珍しいケースになった[2]。1970年には(新)橿原神宮前駅に改称され、列車内・駅構内でも「橿原神宮前」と呼ぶようになった。いまでも奈良交通バスのバス停は「橿原神宮駅」を使用している。ちなみにこれとは別に、駅名と同じの「橿原神宮前」バス停が存在するが、駅からは離れた場所にある。
- 1923年(大正12年)
- 1924年(大正13年)11月1日 - 吉野鉄道、省線桜井線畝傍駅への連絡線(のちの小房線。省線畝傍 - (旧)橿原神宮前間)を開業。
- 1929年(昭和4年)
- 1930年(昭和5年)7月10日 - 吉野線の(旧)橿原神宮前 - 久米寺間を三線軌条化し、大阪電気軌道畝傍線の電車が久米寺駅に乗り入れて吉野線に接続をはかるようになる。
- 1939年(昭和14年)
- 1939年(昭和14年)8月15日 - 大阪鉄道の橿原神宮駅を廃止。
- 1940年(昭和15年)4月1日 - 大阪鉄道の久米寺駅を橿原神宮駅駅に改称。
- 1941年(昭和16年)
- 3月15日 - 大阪電気軌道が参宮急行電鉄と合併。橿原線と吉野線は新発足した関西急行電鉄の路線となり、同社と大阪鉄道の駅となる。
- 6月 - 吉野線の畝傍 - 橿原神宮駅(現在の橿原神宮前)間を小房線と改称。
- 1943年(昭和18年)2月1日 - 関西急行鉄道が大阪鉄道を合併し、関急単独駅となる。旧大阪鉄道線は天王寺線に改称。
- 1944年(昭和19年)6月1日 - 戦時統合により関西急行鉄道が近畿日本鉄道に改組。天王寺線は南大阪線に改称。
- 1945年(昭和20年)6月1日 - 小房線の旅客営業休止。
- 1950年(昭和25年)7月1日 - 小房線休止(その後1952年(昭和27年)9月1日に正式廃止)。
- 1970年(昭和45年)3月1日 - 橿原神宮駅駅が(新)橿原神宮前駅に改称。
- 1995年(平成7年)11月 - 西出口と中央出口の連絡地下通路の設置。
- 2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。
[編集] 南大阪・吉野線 乗車・降車専用ホーム
かつて南大阪・吉野線ホームは、乗車専用ホームと降車専用ホームに別れていた時代があった。
当時は地下通路ではなく構内踏切で、多数の橿原神宮参拝旅客に備え構内踏切を挟んで阿部野橋方と吉野方それぞれにホームが設けられていた。吉野方面(現4・5番のりば)の場合、一度阿部野橋方ホームで停止し降車客を取り扱い、その後吉野方ホームへ移動し、そこで乗車客を取り扱っていた。阿部野橋方面(現6、7番のりば)の場合は逆に、吉野方が降車・阿部野橋方が乗車の取り扱いとなる。
その後、乗客増により列車編成増大が行われホーム別の乗降分離が出来なくなり、上記のホーム別による乗降分離の取り扱いは廃止された。構内踏切吉野方に設けられていたホームのうち、吉野方面行ホームは取り壊されたが、阿部野橋方面行ホームはその後も長く残されていた。しかしながらホーム入り口に柵だけでなく特急券券売機が設置され、ホームの半分以上の面積に花壇が作られるなど旅客の利用が困難な状態であった。
橿原神宮前駅改良工事の際、その残っていた阿部野橋方面行旧降車ホームも取り壊された。
[編集] 隣の駅
- 近畿日本鉄道
- ■南大阪線・吉野線
- ■橿原線
- ■急行・■普通
- 畝傍御陵前駅 - 橿原神宮前駅
- ■急行・■普通
[編集] 初代橿原神宮前駅
- 大阪電気軌道
- 畝傍線
- 神武御陵前駅 - 橿原神宮前駅(初代)
- 吉野線
- 小房駅 - 橿原神宮前駅(初代) - 久米寺駅(現・橿原神宮前駅)
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月19日 (木) 14:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【橿原神宮前駅】変更履歴







