欧州委員会

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ベルレモン・ビル(ブリュッセル)
欧州委員会の多くの機能がこのビルに入っている

欧州委員会(おうしゅういいんかい)とは、欧州連合の政策執行機関。基本条約上の正式な名称は欧州諸共同体委員会。欧州委員会は法案の提出、決定事項の実施、基本条約の支持、日常の連合の運営を担っている[1]

委員会は27人の委員による合議制で運営されている。1つの加盟国から1人の委員が出されているが、委員は自らの出身国よりも欧州連合全体の利益を代表することが求められている。27人の委員の中の1人は欧州理事会が任命し、欧州議会の承認を受けた委員長である。委員会の任期は5年であり、2004年末からはジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾを委員長とするバローゾ委員会が2009年10月31日までの任期を務めることになっている[1]

「委員会」という表現は上述した「委員の合議体」という意味のほか、広くは機関の意味も持つ。すなわち、約25,000人の職員を擁し、「総局」と呼ばれる部署を持つ政策執行を行う機構を指す表現でもある。機構としての欧州委員会はおもにブリュッセルにあるベルレモン・ビルを拠点としており、委員会内では英語フランス語ドイツ語が作業言語となっている[1]

目次

[編集] 沿革

詳細は「欧州連合の歴史」を参照

欧州委員会は、フランス外相ロベール・シューマンの1950年5月9日の提唱によって設立された超国家機関であるヨーロッパの共同体システムのもとで設けられた、5つの主要な機関の1つに由来するものである。欧州委員会は1951年の欧州石炭鉄鋼共同体の最高機関に遡ることができ、その後3つの共同体でさまざまな委員長のもとで、いくどかにわたって権限や構成に変更がなされてきた[2]

[編集] 設置

最初の委員会は1951年の欧州石炭鉄鋼共同体の「最高機関」であり、このとき委員長に就いたのはジャン・モネである。最高機関は新設されたばかりの欧州石炭鉄鋼共同体において超国家的に運営にあたる機関で、その業務は1952年8月10日にルクセンブルクで開始された。1958年にローマ条約が発効し、欧州石炭鉄鋼共同体に加えて新たに欧州経済共同体欧州原子力共同体という2つの共同体が新設された。ところがこの2つの共同体の執行機関は「最高機関」ではなく「委員会」とされた[2]。このような名称の変更の理由は執行機関と理事会との新たな関係によるものである。フランスなど一部の加盟国は最高機関の権限に制限を設けるべきであるとし、新設される2つの共同体の執行機関よりも理事会により大きな権限を与えるべきであると主張した[3]ルイ・アルマンが欧州原子力共同体の、ヴァルター・ハルシュタインが欧州経済共同体のそれぞれの委員長に就任し、欧州経済共同体の委員会は1958年1月16日にヴァル・ドゥシェス城で初の会議を開いた。欧州経済共同体委員会は以前から争われていた穀物価格に関する協定で合意に達し、また関税および貿易に関する一般協定ケネディ・ラウンドで国際的な場面に初登場したさいには第3国に前向きな印象を与えた[4]。ハルシュタインは共同体の法の強化にとりかかり、また加盟国内での立法に大きな影響を与えた。初期のハルシュタインによる運営にはとくに関心が集まっていなかったが、欧州司法裁判所の助けを受けながらもハルシュタイン委員会は将来の委員会の言動がより真剣に受け止められるよう、委員会の権限を強烈に印象付けた[5]。ところが1965年にフランスシャルル・ド・ゴール政権は、表向きは共通農業政策に対するものとしていたものの、ほかの加盟国との間でイギリスの加盟問題や欧州議会の直接選挙実施、フーシェ・プラン、予算などでも意見が食い違い、その結果として理事会に欠席することで拒否権を行使する「空席危機」を引き起こした。翌年にこの危機は解決されたものの、欧州原子力共同体委員会の委員長エティエンヌ・ヒルシュと欧州経済共同体の委員長ヴァルター・ハルシュタインはこの問題の対処に任期を費やすこととなり、このことがなければヒルシュとハルシュタインはジャック・ドロールと同じく、もっともダイナミックな指導者と考えられていた可能性がある[4]

[編集] 初期

1967年7月1日以前は3つの共同体の執行機関が並存していたが、ブリュッセル条約によりこの3者はジャン・レイを委員長とする単一の機関に統合された[2]。この統合によりレイ委員会は一時的に14人にまで委員が増えたが、その後は規模が小さい国からは1人ずつ、規模が大きい国からは2人ずつの計9人の体制に戻された[6]。レイ委員会は1968年に共同体における関税同盟を完成させ、また市民の直接選挙によって欧州議会の権限を強化させようと尽力した[7]。レイは3共同体の委員会・最高機関が統合されたもとでは最初の委員長であるが、一般的にはハルシュタインが現在の形での委員会の初代委員長と考えられている[2]

マルファッティマンスホルト委員会は通貨の強調について取り組み、また1973年に実施された北方への初となる共同体の拡大にもあたった[8][9]。共同体の拡大により、イギリスは2人、デンマークアイルランドが1人ずつ委員を出すこととなり、オルトリ委員会のもとで委員の数は13人となった。オルトリ委員会は経済や国際情勢が不安定だったその時期において拡大した共同体を運営することとなった[6][10]。また委員会は共同体の対外的な代表として行動するようになり、ロイ・ジェンキンスが委員長になると共同体の代表としてG7に出席するようになった[11]ジェンキンス委員会に続く、ガストン・トルンを委員長とするトルン委員会では共同体の南方への拡大が行われ、また単一欧州議定書に関する作業が着手された[12]

[編集] ドロール委員会、サンテール委員会

歴代委員会の中でも最も成功を収めたとされるのはジャック・ドロールを長とするドロール委員会であり、ドロール以降の委員長ではドロールと同程度の評価を受けていない。ドロールは欧州委員会に方向性と行動力を与えたとされている[13]。ドロールとその委員会はまた「ユーロの父」とも考えられている[14]インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は1992年末の2期目の任期満了時にドロールの業績について次のように評している。

Mr. Delors rescued the European Community from the doldrums. He arrived when Europessimism was at its worst. Although he was a little-known former French finance minister, he breathed life and hope into the EC and into the dispirited Brussels Commission. In his first term, from 1985 to 1988, he rallied Europe to the call of the single market, and when appointed to a second term he began urging Europeans toward the far more ambitious goals of economic, monetary and political union.[15]
(日本語訳)ドロール委員長は欧州共同体を停滞状態から救いあげたのである。委員長はヨーロッパに対する悲観論が最高潮にあったときにその任に就いた。ドロール氏はもともとフランスの財務相として知られていたが、欧州共同体と力を失っていたブリュッセルに活気と希望を吹き込んだのである。1985年から1988年までの1期目でドロール氏は単一市場の創設を呼びかけることでヨーロッパに活気を取り戻させ、2期目を任されてからはヨーロッパ人を経済、通貨、政治での統合という、さらに壮大な目標に向かわせたのである。

ドロールの後任にはジャック・サンテールが任命された。ところが1999年にサンテール委員会は欧州議会により汚職の追究を受けて総辞職を余儀なくされた。欧州委員会が総辞職に至ったのはこのときが初めてであり、この出来事は欧州議会の権限が強化されたことを示すものでもあった[16]。しかしながらサンテール委員会はアムステルダム条約とユーロ創設についての成果を挙げてきたといえる[17]

[編集] 近年

サンテールのあとにはロマーノ・プローディが委員長に就任した。アムステルダム条約では欧州委員会の権限が強化され、プローディは新聞などで「首相」と同等の役職のように表現された[18][19]。2001年にはニース条約でさらに権限が強化され、委員長は欧州委員会の構成についてより強力な権限を得た[2]

2004年、ジョゼ・マヌエル・バローゾが委員長に就任する。しかしこのとき、バローゾ委員会の人事案に対して欧州議会が反対を唱えた。この反対を受けてバローゾは就任直前に人事案を練り直さざるを得なくなった[20]プローディ委員会は2004年5月に拡大したことで30人体制で構成されていたが、バローゾ委員会では25人体制に移行した。これは加盟国が増加したことを受けてアムステルダム条約において、従来の規模の大きい国からは2人ずつ委員を出す制度を廃し、各国から1名ずつ委員を出す制度に改めたことによるものである[6]

[編集] 権限・機能

現職委員長・ジョゼ・マヌエル・バローゾ

欧州委員会は加盟国政府からは独立した立場で超国家的な権限を持つ機関として行動する。そのため欧州委員会は「ヨーロッパ人を考える唯一の機関」と表現されたこともある[21]。委員となる人物はそれぞれの出身国の政府が1名ずつ提案するが、委員は自らを指名した出身国政府など、外部からの影響を受けないという中立性が求められる。このことは加盟国政府を代表する欧州連合理事会、市民が直接選出する欧州議会、あるいは条約において「組織化された市民社会」を代表すると歌われている経済社会評議会とは対照的なものである[1]

[編集] 政策の執行

欧州連合の執行権限は欧州連合理事会が有している。欧州連合理事会は欧州委員会にその実行のための権限を与えているのである。しかしながら欧州連合理事会はこの権限を委員会から引き戻すことができ、政策を直接実行したり、あるいは欧州委員会に対してその実行についての条件を加えることができたりする[22][23]。これらの権限はローマ条約の第211条から第219条に規定されており、多くの国内における執行機関よりもその権限には制約が課されている。たとえば共通外交・安全保障政策に関する分野では欧州委員会に権限が与えられておらず、これはもっぱら欧州連合理事会が管轄している。このことは一部の研究者から「もうひとつの執行機関」と表現される[24]

リスボン条約が発行すれば欧州理事会が正式に条約上の機関として規定されることになっている。欧州理事会は欧州委員会を任命する権限を有しているが、同時に欧州理事会は各加盟国内での執行権限を有していることもあり、欧州連合としては執行権限を持つ機関が2つ存在すると言えることになる。しかしながら現行の体制では、欧州共同体の分野では欧州委員会が執行権限を有している[24][25]。このような欧州委員会の執行権限について、元ベルギー首相ヒー・フェルホフスタットは「欧州委員会」という名称は「ばかげている」とし、「欧州政府」に変更するべきだと発言したことがある[26]

[編集] 法案の提出

欧州委員会は欧州連合の3つの柱のうち、欧州共同体の柱が対象とする分野について、欧州連合の機関のなかで唯一法案の提出権を有している。これらの法案は法令上、立法機関が作成することはできないとされている。残りの柱のうち、共通外交・安全保障政策の柱の分野では欧州連合理事会と法案提出権を共有しており、警察・刑事司法協力の柱の分野では欧州委員会は法案提出権をいっさい有していない。しかしながら欧州共同体の柱に関する法案については欧州連合理事会と欧州議会が法案作成を要求することができる。通常は委員会が欧州共同体分野の法案の基礎を構成しており、この権限を独占するのは法律案が調整的に、また整然と起草されることを目的とするものである[27][28]。この権限の独占に対してはいくつかの点でほとんどの加盟国内の議会が権限を有していることを引き合いにして、欧州議会も法案作成権を有するべきであると言う一部の主張がある[29]。なおリスボン条約が発効すれば、欧州連合の市民は欧州委員会に対して100万人分の署名がなされた請願書を提出することで法案の作成を要求することができるようになるが、この請願には法的拘束力はない[30]

欧州委員会による法案提出権は通常、経済分野での規制に集中しており、その多くのものが予防原則に基づくものである。つまり環境や人間の健康に対する危険の可能性が高い場合にあらかじめ規制を設けておくことが原則となっており、例示すると気候変動への取り組みや遺伝子組み換え作物の規制などがある。予防原則は経済に対して影響を与えるものであり、欧州委員会はほかの国々よりも厳しい規制を設けている。ヨーロッパ市場の規模もあって、厳しい規制が存在することにより欧州委員会は実質的に世界市場の規制者となっている[31]

近年、欧州委員会は欧州刑法の創設に動いている。2006年、ヨーロッパの商社がチャーターした貨物船が有害廃棄物をコートジボワールの会社に処理を依頼したが、この会社が適切に処理せずに捨てたところ周辺住民が死傷するという事件が起こり、これを契機に欧州委員会は有害廃棄物に関する法令作成の調査を開始した。当時、一部の加盟国は有害廃棄物を国外に送り出すことについての刑罰が規定されておらず、欧州委員会委員フランコ・フラッティーニ(司法・自由・安全担当)とスタブロス・ディマス(環境担当)は「環境犯罪」導入案を推進した。両委員が刑事法を提案することについては欧州司法裁判所で審理されたが、裁判所は刑事法を欧州委員会が提案することを支持した。2007年までに、このほかに作成が進められている刑事法の案には知的財産権に関する刑事取締[32]、2002年のテロリズム対策の枠組み決定の修正案、テロ関連の煽動活動の非合法化、人材採用(とくにインターネットを活用した活動)や職業訓練などがある[33]

[編集] 法律の執行

法案が欧州連合理事会と欧州議会で採択されると、その執行の確保は欧州委員会が担う。欧州委員会は加盟国政府や欧州連合の機関を通じて政策を執行する。政策の実施にあたって必要な措置を導入するにあたり、欧州委員会はいわゆるコミトロジー・プロセスと呼ばれる、加盟国の代表からなる委員会の補佐を受ける[34]。さらに欧州委員会は欧州連合の予算の執行を担い、欧州会計監査院の監視を受けながら欧州連合の資金を適切に支出している。

欧州委員会は基本条約や各種法令が遵守されることを確保するという義務を負い、状況により加盟国やほかの欧州連合の機関を相手として欧州司法裁判所に訴訟を提起することができる。このような欧州委員会の役割は「基本条約の守護者」と表現されている[1]。また欧州委員会は加盟国や共通外交・安全保障政策と並行して一部の分野で欧州連合の外交を担い、世界貿易機関などで欧州連合を代表する。また委員長は主要国首脳会議に出席している[1]

[編集] 委員会の構成

欧州委員会は計27人の「欧州委員」による合議体であり、そのなかには1名の委員長と複数名の副委員長が含まれる。各委員は加盟国政府により1国あたり1名ずつが指名されているが、委員は委員会においてはそれぞれの出身国を代表するものではない[35](ただし実際には出身国の利益を代表する行動が見られる[36])。委員の人選が提示されると委員長はそれぞれの委員に担当政策を割り当てていくことになる。委員の権限はその担当政策によってその大きさが決まり、また時代ごとに変化している。例えば教育担当委員はその重要性が増してきており、これはヨーロッパ規模での政策決定過程において教育と文化の重要性が上がってきていることによるものである[37]。また競争担当委員は世界的に影響力を持つ役職である[35]。委員会が正式に発足するにあたっては、委員会全体について欧州議会の承認を受けなければならない[1]。委員は政策面での助言を与える官房の補佐を受け、他方で総局などの官僚機構は政策の専門的な準備にあたっている[38]

[編集] 任命

ベルレモン・ビル13階にある委員会の会議室

最初に欧州理事会により委員長が指名される。その後委員長候補は欧州議会によって委員長に任命される。欧州理事会が選ぶ委員長候補は、要件ではないものの、政府首脳経験者であることが多い。欧州憲法条約案では委員長候補の選出にあたり、直前の欧州議会議員選挙の結果を考慮に入れなければならないという規定が含まれていた。2004年の委員長候補の選出時には欧州憲法条約は発効していなかったが、直前の選挙結果から中道右派の政党から委員長候補を選出する圧力が高まっていた。結局、中道右派の欧州人民党に属しているジョゼ・マヌエル・バローゾが委員長候補に選ばれた[39]

欧州理事会が委員長候補を選ぶにあたって、欧州議会議員選挙以外にも別の要素がある。それは委員長候補がヨーロッパのどの地域の出身であるかということであり、2004年の候補選出にあたっては南ヨーロッパ出身者が望まれた。また候補の政治的影響力も考慮に入れられ、信頼できるがほかの委員を圧倒しないということも求められる。さらにフランスは、委員長はフランス語に堪能である人物出なければならないとしている。さらに委員長候補の出身国の統合への進展度も考慮に入れられ、とくにユーロ圏入りしていることとシェンゲン協定に参加していることは重視されている[40][41][42]

上記のような要件を定めたことによって複数の候補者が挙げられることになり[43]、このようなことは一部の欧州議会議員から批判された。すなわち人選が長期にわたることになり、欧州自由民主同盟代表のグラハム・ワトソンはこの人選の経過を「ユストゥス・リプシウスでのカーペット市」と評し、「最低公分母」しか生み出さないとした[44]。また欧州緑の党・欧州自由同盟共同代表のダニエル・コーン=ベンディットはバローゾの公聴会での演説の後にバローゾに対して「あなたが最高の候補者であるならば、どうしてあなたは最初に候補者として名乗りを挙げなかったのか」と質問している[45]

委員会の任命ののち、委員長は委員の中から複数名の副委員長を任命する。バローゾ委員会では5人が副委員長となっており、その中でもマルゴット・ヴァルストレムが筆頭副委員長となっている。筆頭副委員長の権限は、委員長の不在時にその職務を代行する以外にはほかの副委員長とあまり変わらないものである[35]

[編集] 政治形態

2004年末に発足したバローゾ委員会は欧州議会の承認が1度否決され、人事案の再検討を余儀なくされたことにより本来の予定よりも遅れて発足した。2007年にはルーマニアブルガリアが欧州連合に加盟したことにより、両国からの委員をそれぞれ1名ずつ加えたことにより、委員会は25人体制から27人体制となった。欧州委員会の規模が大きくなったことにより、バローゾは委員会における委員長の職務を大統領制に近い形態で執り行うようになり、このことは一部からの批判を受けている[46]

しかしながらバローゾが歴代の委員長よりも大統領制に近い形で行動しているにもかかわらず、欧州委員会の役割がフランスやイギリス、ドイツといった規模の大きい加盟国の影に隠れるようになってきている。このような状況からリスボン条約では常任の欧州理事会議長を創設することになっている[47]。さらに委員会の政治的活動が多く見られるようになっているが、ヴァルストレムはヨーロッパ規模でのできごとに対する市民の参加の拡大につながるとしてこのような状況を歓迎している[48]

[編集] 組織

欧州委員会はおもにブリュッセルに拠点を置き、委員長執務室や委員会の会議室がベルレモン・ビルの13階に設けられている。欧州委員会はベルレモンのほかにもブリュッセル市内やルクセンブルクの複数のビルで業務を行っている[1][49]。欧州議会がストラスブールで会議を開いているときには、欧州委員会も欧州議会での議論に出席するためにストラスブールにあるウィンストン・チャーチル・ビルにおいて会議を開いている[50] 。欧州委員会は総局と呼ばれる、国内政府の省庁に相当する部局に分かれている。それぞれの総局は特定の政策分野や業務を担当しており、例えば対外関係総局や翻訳総局はそれぞれの政策・業務を担当する欧州委員のもとに置かれている。欧州委員の担当政策分野について各総局が委員を補佐し、総局は担当分野に関する法案の準備を行い、また委員の過半数の承認を受けた法案は欧州議会と欧州連合理事会に諮られる[1][51]。このような欧州委員会の総局機構に対しては、乱立している総局や欧州委員が互いに競合するような縄張り争いをして時間を無駄にしているという批判が多くなされている。さらに欧州委員が職員を監督できるようになる時間が足りないために、総局が欧州委員を操っているという批判もある[52][53]

欧州委員会の発表によると、2007年4月の時点で正規職員・臨時職員として欧州委員会に雇用されているのは23,043人であった。これに加えて9,019人が契約職員、加盟国からの出向職員などとして勤務していた。総局ごとに見てもっとも多くの職員を抱えていたのは翻訳総局の2,186人で、国籍別ではベルギーが最多の21.6%となっており、また16,626人の職員がベルギー国内に居住していると見られている[54]。欧州委員会の官僚機構の長は事務総長で、2005年からはキャサリン・デイが務めている[21]

[編集] 広報

報道機関に対応するのはコミュニケーション総局である。2004年以降、正午の記者会見を行う欧州委員会の首席報道官はヨハネス・ライテンベルガーが務めている。正午の記者会見は平日に、ベルレモン・ビルにある委員会のプレスルームで行われ、会見では記者が委員会の当局者にさまざまな話題についての質問をすることができ、また公式の回答をテレビ中継することができる。このようなやり取りをテレビ中継するということは世界でも類を見ないものである[55]。ブリュッセル市内にはワシントンD.C.よりも多くの報道機関が集まっており、欧州連合の加盟国のメディアはブリュッセルに記者を派遣している[56]

ある研究者によると、欧州委員会のプレスリリースは独特の策略性があるとしている。プレスリリースは欧州委員会の役割を強調するような複数の下書きの段階のものが出され、欧州連合と欧州委員会の正当性を明確にするために使われている。1件のプレスリリースに複数の部局がかかわるような状況は委員会内部や委員の担当分野の間での競合の原因となっている。このためプレスリリースが2006年の1年間で1,907件ときわめて多く出されており、欧州連合の政治的なやり取りの状況を特徴的に示している[53]

[編集] 深刻な問題

[編集] 民主的正当性

欧州委員会の任命方法に民主的関与が欠如しているという批判が一部でなされている[57][58]。欧州委員会が執行機関であるにもかかわらず、その候補はおもに27の加盟国政府が選出しており、これはつまり有権者が直接欧州委員会の人事を拒否することができないということである。欧州委員会の民主的正当性は欧州議会の承認の採決によるところのものであり、また欧州議会が欧州委員会に対して不信任を決議することができるということも欧州委員会の民主的正当性の根拠となっている。ところが欧州議会議員選挙は1999年以降、その投票率が50%を下回っている。この数値はアメリカ合衆国議会など一部の国における国政選挙よりも高い数値ではあるが、アメリカ合衆国大統領とは違い、欧州委員会委員長に対する直接選挙は行われず、このことは世論からすれば欧州委員会委員長職が民主的に正当性を持つものか懐疑的に捉えられる要因となっている[57] 。さらには選挙民が明確ではないと言うことも問題であり、たとえ民主的構造や手法が発達していても、ヨーロッパ規模での市民社会の創造にあたってその民意を反映するものがないのである[59]。リスボン条約では民主性の欠如という問題を解決するために欧州委員会に対する民主的統制が強化され、欧州委員会委員長の選出にあたって直前の欧州議会議員選挙と関連付けるという手続きが正式に盛り込まれた。副委員長ヴァルシュトレムの構想では、欧州規模の政党はより存在感が増し、欧州委員会委員長が欧州議会議員選挙を通じて選出されることになるとしている[60]

欧州委員会に対する別の見方では、欧州委員会が法案作成を主導する政策分野は有権者の圧力に対して説明義務がある機関には適していないというものがある。この点において欧州委員会は、選挙において際立って争点となることが少ない製作分野に特化し、独立した立場におかれる中央銀行と対比される。ただこのような議論は、多くの欧州連合の政策分野が加盟国に住む一般人の生活に影響を及ぼすものであり、投票権を持つ市民が選挙を通じて政府の政策に意見を表明する権利を持つということは民主主義の原則であることから、決して広く受け入れられているものではない。さらに欧州委員会を擁護する立場の一部からは、欧州委員会が提出するすべての分野についての法案は加盟国の閣僚で構成される欧州連合理事会が、一部の分野についての法案は欧州議会がそれぞれ承認しなければならないため、どの加盟国においてもその政府の承認を受けずに採択される法令は限定されているということが指摘されている[61]

[編集] 暴走の開始

欧州委員会では年々、欧州連合加盟諸国の特定の国家に対する警告、訴訟、制裁といった案件が急激に増加しているが、この件数は欧州委員会の各委員の出身国の政治力にみごとに相反する関係があり、委員の輩出国どうしのパワーゲームの様相を呈している[1]。またこういった案件の総数も増加しており、欧州委員会の委員だけでなくそのスタッフも含めた公務員が自ら仕事を増やし、自己増殖していることがあきらかになっている[2]。これは官僚主義国家主義が行き過ぎたためにおきた本末転倒の非常に危険な事態といえる。

[編集] 研究活動

欧州委員会はさまざまな研究プログラムや措置を用いて、欧州連合域内の多くの研究活動の資金を拠出していたり、あるいは後援したりしている[62]。例えば第7次研究・技術開発枠組み計画は2007年から2013年にかけての研究資金に関する欧州連合の中心的措置である。

[編集] 将来

ニース条約のもとでは、加盟国数が27に達したあとに発足する欧州委員会はその委員の数を「加盟国の数より少なくする」ということが規定されている。このとき委員の数は欧州理事会の全会一致によって決定されることになっており、委員については加盟国間で平等になるような輪番制とすることが定められている。2007年1月にルーマニアとブルガリアが加盟したことによりこの規定がバローゾ委員会の任期満了後、2009年欧州議会議員選挙のあとに予定されている新委員会人事において適用されることになっている[63]

2004年に調印された欧州憲法条約では、2014年以降に発足する欧州委員会はその委員の数を加盟国数の3分の2に削減することを規定しており、委員は平等となるような輪番制とし、また1か国が1名を超えて委員を出さないということが定められていた。また対外関係担当委員は共通外交・安全保障政策上級代表と一本化されて「連合外相」に改められることになっていた。連合外相は欧州委員会の副委員長を兼務し、欧州連合理事会の外交理事会において議長を務めることになっていた。さらに欧州憲法条約では欧州委員会の任命にあたって直近の欧州議会議員選挙の結果を考慮に入れるよううたわれていた。このとき欧州委員会委員長は欧州理事会が指名するということには変更がなかったが、一方でニース条約のもとで欧州議会は欧州委員会を「承認する」とされていたが、欧州憲法条約では「選出する」と改められている[64]

オランダとフランスでの欧州憲法条約批准の是非を問う国民投票で拒否されたことを受けて、「連合外相」職が「連合外交・安全保障政策上級代表」に改められた以外は、これらの規定は2007年に調印されたリスボン条約に組み入れられた[65]。ところが2008年6月のアイルランドにおけるリスボン条約批准にひつような憲法改正の是非を問う国民投票で、反対票が賛成票を上回るという結果となった。リスボン条約の発効には全加盟国の批准が必要であるため、これらの将来像は確定していない。そこで2009年前半の議長国であるチェコは外交・安全保障政策上級代表が副委員長となる規定を廃し、全加盟国から委員を出す現行制度の維持を提案している[66]

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ "Institutions of the EU: The European Commission" (English). Europa. 2009-01-25 閲覧。
  2. ^ "European Commission" (English). European NAvigator. 2009-01-25 閲覧。 要 Flash Player
  3. ^ "Coubcil of the European Union" (English). European NAvigator. 2009-01-25 閲覧。 要 Flash Player
  4. ^ Ludlow, N Piers [2006]. in Jean-Marie Palayret, Helen Wallace, Pascaline Winand: De-commissioning the empty chair crisis: The community institutions and the crisis of 1965-6, 1st, Cit"e" europeenne - European Policy (English), Peter Lang Publishing Inc.. ISBN 978-9052010311. 
  5. ^ Eppink, Derk-Jan [2007] Ian Connerty訳. Life of a European Mandarin: Inside the Commission, 1st (English), Lannoo, pp. 221-222. ISBN 978-9020970227. 
  6. ^ "Composition" (English). European NAvigator. 2009-01-25 閲覧。 要 Flash Player
  7. ^ "Discover the former Presidents: The Rey Commission" (English). Europa. 2009-01-25 閲覧。
  8. ^ "Discover the former Presidents: The Mansholt Commission" (English). Europa. 2009-01-25 閲覧。
  9. ^ "Discover the former Presidents: The Malfatti Commission" (English). Europa. 2009-01-25 閲覧。
  10. ^ "Discover the former Presidents: The Ortoli Commission" (English). Europa. 2009-01-25 閲覧。
  11. ^ "EUとG8サミット". 駐日欧州委員会代表部. 2009-01-25 閲覧。
  12. ^ "Discover the former Presidents: The Thorn Commission" (English). Europa. 2009-01-25 閲覧。
  13. ^ "The New Commission - some initial thoughts" (English). Burson-Marsteller. 2009-01-25 閲覧。
  14. ^ "Discover the former Presidents: The Delors Commission" (English). Europa. 2009-01-25 閲覧。
  15. ^ Merritt, Giles (1992-01-21). [Bit More Delors Could Revamp the Commission”] (English). The International Herald Tribune. http://www.iht.com/articles/1992/01/21/edgi_0.php 2009-01-25 閲覧。 
  16. ^ Toppan, Angelina (2002-09-30). "The resignation of Santer-Commission: the impact of 'trust' and 'reputation'PDF" (English). European Integration Online Papers. 2009-01-25 閲覧。
  17. ^ "Discover the former Presidents: The Santer Commission" (English). Europa. 2009-01-25 閲覧。
  18. ^ James, Barry (1999-04-26). [to Have Wide, New Powers as Head of the European Commission”] (English). The International Herald Tribune. http://www.iht.com/articles/1999/04/16/eu.2.t_0.php 2009-01-25 閲覧。 
  19. ^ Rossant, John (1999-09-27). [Romano Prodi: Europe's First Prime Minister? (int'l edition)”] (English). Business Week. http://www.businessweek.com/1999/99_39/b3648256.htm 2009-01-25 閲覧。 
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