武帝 (北周)

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武帝 宇文邕
北周
3代皇帝
王朝 北周
在位期間 560年 - 578年
姓・諱 宇文邕
爾羅突
諡号 武皇帝
廟号 高祖
生年 543年
没年 578年
宇文泰(第4子)
叱奴太后
皇后 阿史那皇后
陵墓 孝陵
年号 保定 : 561年 - 565年
天和 : 566年 - 572年
建徳 : 572年 - 578年
宣政 : 578年

宇文邕(うぶんよう、ピン音:Yŭwén Yōng)は北朝北周の第3代皇帝

目次

[編集] 略歴

北周の初代皇帝・宇文覚(孝閔帝)は、補佐役で従兄でもある一族の有力者宇文護の専横を排除しようと図ったため廃位され、殺害された。そのあとを継いだのは邕の庶長兄・宇文毓(明帝)である。毓もまた、名君の資質を恐れた従兄・護によって暗殺され、毓の遺言によって邕が即位した。

武帝の性格は、冷静沈着で深謀遠慮であり、即位当初は政治に積極的に参与することを避け、自分が裁決する場合は、他の者の意見を聞いてその言葉の通りにしていた。外交の基本方針は、南朝とは友好関係を結び、東の北斉を攻撃するというものだった。そのために突厥と同盟して北斉を攻撃することもあった。また、儒教仏教道教に関する討論会を数次にわたって開き、儒者僧侶道士の指導者たちに行わせ、その優劣を競わせていた(三教談論)。

572年、地方から首都長安に戻った宇文護が武帝によって誅殺され、武帝による親政が開始される。

574年道教仏教をともに廃止したが、仏教・道教の研究機関として通道観を設置し、120名の通道観学士を選任した。寺院の破壊と財産の没収、僧侶還俗をおこなって、財産を没収し、税賦を逃れる目的で僧籍に入る者を還俗させて税を取ることで財政改善を狙った(三武一宗の廃仏)。一方、573年、陳の名君宣帝が名将呉明徹を遣わして北斉を討ち破って、寿陽など江北の九郡を奪った。陳の攻撃で弱った北斉に、これらの富裕な土地を奪還する能力が欠如していると判断した武帝は、575年に北斉への本格的な攻撃を開始し、576年には現山西省の平陽と晋陽を奪い、翌577年、首都のを包囲するに至った。北斉軍は戦意乏しく、後主や皇族たちは逃亡を企てたが、間もなく青州で捕まった。こうして北斉を滅ぼした。

こうして北魏の東西分裂以来四十数年ぶりに華北が統一された。武帝は、北斉の皇族である高氏一族や北斉の臣下たちに寛大な処置で臨み(ただし、高氏一族は後に族滅させられている)、最後まで北斉に忠実だった者は厚遇した。そのうち李徳林は、法律制度を整備するために重用された。また宗教政策では旧北斉領内においても、仏道二教の廃毀を断行した。

578年彭城(現江蘇省徐州)で陳軍を破って呉明徹を捕らえた。武帝は呉明徹を懐徳公に封じるなど厚遇する。同年、突厥に親征を企てたが、出発後に罹病し、まもなく病死した。

遺骸は長安の郊外に葬られた。墓は1990年代に盗掘された。その際、政府当局によって金印など盗品の一部が回収された。その後、墓は緊急発掘された。墳丘はなく方形に近い墓室から南に墓道がのびる形状である。墓道の脇に多数の副葬品を納めた4つの部屋が設けられており、副葬品の水準は北斉の皇帝より質素なものであった。

[編集] 没後の仏教説話

武帝の崩御後に、数種の説話伝承が流布していたことが知られている。いずれも、廃仏皇帝の因果応報としての末路を示す宗教性の強い伝説である。冥界説話や応報説話の形をとり、まだ寿命のある人が、誤って閻魔王のもとに送られ、審判の結果、その誤りが判明して蘇生し、見聞したさまを語ったという構成をとっている。

現世においては廃仏を断行した皇帝であっても、地獄においては一亡者に過ぎず、その責め苦が辛酸を極めていること、武帝は自らの過ちを深く後悔しており、生前の誤った廃仏政策を撤廃し、現皇帝である文帝に修功徳事業を推進することを勧める内容である。

同時に、往々にして説かれる武帝の話説によれば、彼を煽動した衛元嵩は、閻魔王の管轄外にあって、武帝の受けているような地獄での仏罰を受けていない。三界をくまなく捜索しても、その姿を発見し得ないのである、と説かれる。よって、そのような元嵩を閻魔王庁に連行することも、やはり功徳になる、ということが説かれている。

また文帝が仁寿舎利塔の造立に見られるような功徳を積めば、その福田の余慶が武帝にも及び、その責め苦が軽減されるのだ、ということも述べられる。  

[編集] 宗室

[編集] 后妃

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  • 宣帝 宇文贇
  • 宇文贊(漢王)
  • 宇文贄(秦王)
  • 宇文允(魯王)
  • 宇文充(趙王)
  • 宇文兌(蔡王)
  • 宇文元(荊王)
先代:
明帝
北周皇帝
第3代:560年 - 578年
次代:
宣帝

最終更新 2009年9月1日 (火) 20:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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