武藤嘉文
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むとう かぶん
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| 生年月日 | 1926年11月18日 |
| 出生地 | 岐阜県各務原市 |
| 没年月日 | 2009年11月4日(満82歳没) |
| 死没地 | 東京都 |
| 出身校 | 京都大学法学部卒業 |
| 前職 | 菊川株式会社社長 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 称号 | 勲一等旭日大綬章 |
| 世襲の有無 | 3世 |
| 親族 | 武藤嘉門(祖父) 武藤嘉一(父) 武藤容治(二男) |
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| 内閣 | 第2次橋本内閣 |
| 任期 | 1996年11月7日 - 1997年9月11日 |
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| 内閣 | 宮澤内閣改造内閣 |
| 任期 | 1993年4月7日 - 1993年8月9日 |
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| 内閣 | 第2次海部内閣 |
| 任期 | 1990年2月28日 - 1990年12月29日 |
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| 内閣 | 第2次大平内閣 |
| 任期 | 1979年11月9日 - 1980年7月17日 |
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| 選挙区 | (旧岐阜1区→) 岐阜県第3区 |
| 当選回数 | 13回 |
| 任期 | 1967年 - 2005年 |
武藤 嘉文(むとう かぶん、1926年11月18日 - 2009年11月4日)は、日本の政治家、元自由民主党衆議院議員。農林水産大臣(3代)、通商産業大臣(53代)、外務大臣(119代)、総務庁長官(19代)を歴任した。
[編集] 来歴・人物
岐阜県各務原市出身。岐阜中学、富山高校卒業。東亜同文書院大学に入学するも1946年、同大学閉学のため中退。1951年に京都大学法学部を卒業し、ファミリー企業の武藤醸造(現菊川株式会社)に入社する。同社副社長を経て、1959年に武藤本店社長に就任。
1967年、第31回衆議院議員総選挙に旧岐阜1区から自民党公認で立候補し7万3733票を獲得し2位当選。以後13回連続当選を果たした。渡辺美智雄の側近として知られ、1979年の四十日抗争では渡辺とともに非主流派に与した中曽根康弘から離反し、中曽根派を離脱。大平正芳首相支持に回った。11月9日に成立した第2次大平内閣では渡辺の推薦で農林水産大臣として初入閣を果たす。
その後も渡辺の主宰する派閥横断の政策集団「温知会」に所属し中曽根別働隊として動くが、しばらくして結局は渡辺とともに中曽根派に復帰した。1990年、第2次海部内閣の通産大臣に就任。ただ上記のように一度渡辺美智雄とともに中曽根派を出戻りした経緯から中曽根とは微妙な距離があったとされ、当選回数が多い政策通ながらも再入閣まで11年も要したと当時言われた。1993年、病気辞任した渡辺美智雄の後任として、宮沢改造内閣の外務大臣として入閣する。1995年、自民党総務会長に就任。翌1996年、第2次橋本内閣の総務庁長官に就任し、橋本龍太郎首相の唱えた六大改革のうち、行政改革、省庁再編を政府側の責任者として推進した。
2000年に勲一等旭日大綬章を受章。自民党では中曽根派、渡辺派、旧渡辺派、村上・亀井派、江藤・亀井派を経て亀井派に所属するが、2004年に亀井派を離脱し、無派閥となる。2005年8月13日、岐阜市内のホテルで引退を表明し、二男容治を後継者に指名した。
通産相を経験後、通商政策を中心とした著作物がある。反面、政治家一家の三代目ということで坊ちゃん気質が抜けず、第40回衆議院議員総選挙では、大平正芳首相の急死で圧勝した歴史を念頭に、「あの時は大平さんがお亡くなりになって自民党は大勝した。宮澤さんもお亡くなりになれば自民党は勝てるかもしれないが、今の宮澤さんの健康状態ではあまり期待できそうもない」などと見事なタイミングでブラックジョークを繰り出すセンスが迸ることで知られた。
2009年11月4日、すい臓がんのため東京都内の病院で逝去[1]。享年84(満82歳没)。
[編集] 脚註
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 中西績介 |
第19代:1996年 - 1997年 |
次代: 佐藤孝行 |
| 先代: 渡辺美智雄 |
第119代:1993年 |
次代: 羽田孜 |
| 先代: 松永光 |
第53代:1990年 |
次代: 中尾栄一 |
| 先代: 渡辺美智雄 |
第3代:1979年 - 1980年 |
次代: 亀岡高夫 |
| 党職 | ||
| 先代: 木部佳昭 |
自由民主党総務会長 第36代 : 1995年 |
次代: 塩川正十郎 |
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最終更新 2009年12月7日 (月) 21:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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