歴史哲学

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歴史哲学(れきしてつがく Philosophy of history)は歴史学のあり方、目的などについて考察を加える哲学の一分野である。

目次

[編集] 概説

歴史哲学において、歴史には過去事実と過去の叙述という二重の意味がある。しかしながら、認知されない、また誤って認知される過去の事実も存在しうる限り、事実と叙述の乖離が認められる。 歴史は事実はそれ自体は一回性の事実の連続であるために、歴史の叙述において史料類の学術的な解釈と抽出、及び選択と総合化を通じて重要性や影響などが意味づけられることが必要であり、これが行われて初めて十分な歴史性を持つこととなる。しかし、この過程において何を価値基準と設定するのかによって叙述された歴史は同じ史料を基礎としても全く異なる叙述となり得る。 そのために、どのような価値基準を拠り所にするべきか、またその基準は果たして普遍的な妥当性を持つのか、という二つの大きな哲学的な課題が出現する。これについての考察に関わる哲学領域が歴史哲学である。

[編集] 歴史の客観性

自然科学の影響を受けて、19世紀においては歴史学は事実のみに基づいて構築されるべきものとされた。しかし20世紀哲学が客観性の虚構性を明らかにしてからは、歴史には主観しかない、とする意見も生まれることになった。

そのように考えると、最終的には個人個人が勝手に自分の歴史「物語」を紡いでしまい、コミュニケーションが成り立たない状態に陥ってしまう。また合理的に考えると実際に起きた出来事まで「所詮は主観だから」と勝手に修正してしまえば、歴史修正主義という独我論に陥ってしまう。

そのため、現在の歴史学では限定的な客観性(間主観性)が保たれるものとして研究を進めることが一般的である。その客観性とは合理性に基づくものである。例えば徳川家康が存在したと我々が決めることができるのは、様々な文献や遺物遺跡から、家康という人物が存在したと仮定するほうが、しないよりも合理的にこれらの証拠を辻褄つけられるからである。

[編集] 主な歴史哲学

  • 政体循環史観

古代ギリシャ歴史家ポリュビオスが唱えたもので、共同体統治する政治体制には『王政貴族政民主政』の3つがあると述べ、それぞれは長期に渡ると必ず堕落し、次の政体へ変化するという史観。王政は、を僭称する“僭主政”へ、貴族政は少数の貴族が独裁する“寡頭政”へ、民主政は市民が詭弁家に扇動される“衆愚政”へと堕落して崩壊する。

  • キリスト教的歴史観

アウグスティヌスなどによってまとまられた歴史観であり、天地創造から神の国への到達によって終わる目的論的歴史観。失楽園から、キリスト再臨によってとの人間の関係が回復されるという進歩史観である。

  • ライプニッツ的歴史観

ライプニッツの主張した楽観主義であり、すべては神の予定調和であり、不幸や不合理なことがあっても、それには理由があり、最終的には最善となるように企画されているという歴史観。

  • ヘーゲル的歴史哲学

ドイツの哲学者ヘーゲルによって唱えられた歴史哲学。歴史とは弁証法的に発展する自己意識の発展の過程であり、自由を獲得する過程であるという観念論的歴史観。ヘーゲルは当時のプロイセン国家の成立を歴史の終わりと見た。

主にマルクスが唱えた、ヘーゲルの観念論歴史哲学に対して、生産構造や技術革新などの経済的・物質的要素を重視する唯物論的歴史観。歴史上のすべての闘争は階級闘争だと主張し、階級格差のない共産主義社会の実現を歴史の先史の終わりと見た。

ドイツの哲学者ニーチェによって唱えられた歴史観。歴史に始まりも終わりもなくすべては繰り返すという歴史観。

  • シュペングラー的歴史観

ドイツの歴史学者シュペングラーは、文明論的な比較形態学を試み、文明が栄枯盛衰することを主張して、西洋の没落を説いた。

コジェーブ解釈によるヘーゲル的な歴史哲学を援用し、歴史とはリベラル民主主義が自己の正当性を証明する過程であるという歴史観。ソビエト共産主義の崩壊による冷戦の終結を、リベラルな民主主義の最終的な勝利であり、歴史の終わりであると主張した。

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月11日 (水) 11:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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