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(し)とは、命がなくなること[1]、なくなった状態。生命活動が止まること、あるいは止まった状態のことである。あるいは滅ぶことや滅んだ状態。

対義語(せい)、(いのち)または誕生

目次

[編集] 概説

死とは命がなくなること、もしくはなくなった状態である。

一時的に命が無い状態になったが再び生の状態に戻った場合、途中の死の状態を「仮死」や「仮死状態」という。

人間の死の定義は文化圏、時代、分野などにより様々である。最近では「不可逆的」という概念を加える人もいる。(→#人間の死#死亡の判定・定義

死の後ろに様々な言葉をつなげ、様々なニュアンスを表現している。例えば「死亡」「死去」「死没」などがある。

組織の滅亡や、そのものがもつ本来の機能が失われることも「死」と表現することもある。(→#比喩としての死 )

伝統的には宗教哲学神学が死を扱ってきた。

近年では、死生学法学法医学生物学 等々も死に関係している。

[編集] 人間の死

[編集] 死の原因

人間が死に至る原因は、外傷疾患老衰自殺他殺などさまざまである。


[編集] 死亡の判定・定義

については、呼吸と鼓動の停止をもって死んだものとする見方が一般的である。しかし死にはさまざまな定義がある。

以前はいずれか1つのみの機能停止であっても速やかに他2者の機能停止に至るため、「死亡」は心停止を基準とする心臓死が同じ意味だった。

しかし、現在では人工心肺をはじめとした救命技術の進歩によって、心肺停止状態でも恒常的に脳を生かして意識を保って置ける、あるいはそれを回復する可能性を残すようになったため、心肺停止と心臓死は同じ意味では説明が難しくなり、心肺停止による心肺脳全ての停止を「心臓死」と呼ぶようになった。一方、機能のみが廃絶しても心肺機能を保って置ける様になり、この状態を脳死と言うようになった。脳死を人の死と認めるべきか議論は決着しておらず、死の定義はより困難になってきている。

現在の定義のひとつに、「生命活動が不可逆的に止まる事」[2]というものもある。「不可逆的」の意味を理解するには人間の例で考えると分かりやすい。人間の髪の毛心臓が全て停止していても、数日間は伸び続ける。この間は毛根細胞は生きているが、心肺脳が全て停止している場合、やがては毛根の活動も停止してゆくことは免れない。この考え方では、このように個体の状態の不可逆的な活動停止への変化を死と言う。この考え方では、逆に事故などで心肺停止状態に陥っても心肺蘇生によって息を吹き返した時には、この間の心肺停止は可逆的なので、死とは言わない[2]

法医学では、人間の死は、心臓、それら全ての不可逆的な機能停止によって規定される[要出典]という。

法律上、何をもって人の死とするかという問題については、「人の終期」の項も参照可。

[編集] 脳死

死の正確な瞬間を判定する試みは、歴史的に問題を含んできた。

死はかつて鼓動と呼吸の停止と定義された[要出典]。しかし心肺蘇生術と迅速な細動除去の発達によって、以前の定義は不十分なものとなった。この以前の定義は現在「臨床死」と呼ばれている。臨床死が起こった後でも、場合によっては鼓動と呼吸を再開することがある。かつては死の原因となった出来事も、医療技術の発達によって直接は死に結びつかなくなった。心肺機能に代わる生命維持装置ペースメーカー、さらには臓器移植によっても死を避けることができる。

今日では死の瞬間の定義が求められたとき、医師は通常「脳死」または「生物学的死」という概念を用いる。脳の電気的活性の停止が意識の終わりを示すと考えられるため、脳の電気的活性が止んだとき、人間は死んだことになる。しかし、意識の停止は睡眠中や昏睡中にも起こりえるため、停止は一時的なものではなく、永続的で回復不能なものでなくてはならない。意識の停止がたんなる睡眠であった場合、脳波計で簡単に確認できる。臓器移植を行う際には、死後早急に臓器を摘出し、移植手術を行わなければならないため、正確な脳死判定が重要となる。

一部の人は、人間の意識に必要なのは脳の新皮質だけである、と主張している人々は、新皮質の電気的活性だけを基準に死の判定をすべきである、と論じている。"大脳皮質の死によってもたらされる認識機能の永続的で回復不能な消失が、死を判定する基準となる[2]"と述べる人もいる。"大脳皮質が失われれば、人の思考と人格を回復する望みはないから"と考えるのである。

しかし現時点では、より保守的な、大脳全体の電気的活性の停止をもって人の死とする論が大勢を占めている。

2005年の植物状態におちいったテリー・スキアボの尊厳死を巡る事例は、アメリカの政治を脳死と人為的な生命維持の問題に直面させた。 一般的に、そのように死の判定を巡って争われた事例での、脳の死因は無酸素状態によって起こる。 大脳皮質はおよそ7分間の酸欠で死に至る。

酸欠によって大脳皮質の機能が失われた場合でも、死の判定は難しい。 脳の電気的活性が脳波計が感知するにはあまりに低かった場合、何も存在しなくても、脳波計はノイズ(見かけの電気信号)を感知することがあるためである。 このため、病院では、脳波計を使って死を判定をするときは、病院内で広く空間を隔てるなどの精巧な実施要綱がある[要出典]という。

[編集] 救急現場での死の判定

原則として医師と歯科医師以外の者が患者の死亡を宣言する権限はない。 消防機関の救急業務規程の中では、「明らかに死亡している場合」や「医師が死亡していると診断した場合」には、救急隊は患者を搬送しないと定められている。すなわち、それ以外の場合では、患者が生存している可能性があるものとして取り扱うことが求められている。「明らかに死亡」とは、断頭、体幹部の離断、死体硬直、死斑、腐敗、炭化、ミイラ化その他の明らかに生存状態とは矛盾する身体への損害(いわゆる社会死状態)をいう。 社会死要件を満たさない場合、救急隊員は救命措置を開始し、医師の診断を受けるまでそれをやめてはならない。病院到着時の診察で死亡が確認されることを、DOA(Dead on arrival = 病院到着時すでに死亡)という。

[編集] 早すぎた埋葬

医師に死亡を宣告された後、生き返った人々の逸話が多くある[3]

イギリスのビクトリア時代のそのような逸話では、あるものは防腐処理を始めた時に、あるものは死の数日後に棺の中で意識を回復するなどして動き回ったりする。当時のイギリスでは、このような早すぎた埋葬を、強迫観念的に恐れるようになる人がいた。同時代以前には、ペストなどの伝染病流行時に、感染を恐れて検死がずさんだったりするケースもしばしばあったとされ、これが死者復活(→吸血鬼ゾンビグールなど)の伝承となったと考える者もいる。

これらは、その当時の検死技術が完全ではなく、ショック状態における体温の急激な低下や、呼吸量の著しい減少、あるいは血圧低下による脈の微弱な状態を死亡と誤って判定したケースや、一時的な心肺停止後に偶発的に心臓の鼓動が正常に戻るなどして「生き返った」とみなされたのだろう。このため近代的な検死では、最初のチェックから一定時間後に生命の兆候がないかを再チェックするようになっている。

検死技術の発達以前における土葬では、このように生きているにもかかわらず埋葬され、生き埋めとなる可能性は誰にでもあり、またそれらの可能性は大変な恐怖を伴った。そのため発明家たちは被埋葬者の状態を棺外に伝える方法を発明した。地表にはベルと旗があり、それが棺内にひもでつながっていた。棺の蓋には金槌や滑車装置で壊せるガラスの仕切りがあった。しかし多くの人は、この滑車装置が棺にかけられた土のため機能し得ないことや、割れたガラスと土が被埋葬者の顔を覆うことに気付かなかった。

[編集] 宗教等における死の理解、死後の世界について

宗教では、いわゆる「死」とは、あくまで、現世における肉体の滅びにすぎず、霊魂)は永遠に行き続ける、としていることが多い。

古代エジプトでは、人は死によってが一旦肉体を離れるものの、再び同一の肉体に戻ってくるとされていた。再び戻ってくるための肉体を残しておくためにミイラを作成した。

古代インドのヴェーダ聖典においては、人間の肉体は死とともに滅するが、その霊魂は不滅だと信じられていた。ウパニシャッドでは、肉体の死の後、魂の前には二つの道があり、一方はブラフマンに至る道であり、他方は地上において再びひとつの肉体を得て再生する道である、とされた(輪廻転生 )。 仏教の教えでは、死は人間の四つの苦しみ・死)のひとつであるとされている。

西欧では、キリスト教においては、「死」とは天国にゆくこと、としていることが一般的である。人は死んで永遠の生命を得る、とされることがある。

また、死は死神悪魔によってもたらされると信じている例もある。

日本では、古代、黄泉の国・彼岸へ行くと考えられたりもした。

日本の仏教では、宗派により考え方は異なる。(ヴェーダ同様に)輪廻転生をしていて、悟りを得た者は輪廻から解放される(解脱する)としているものもあるが、輪廻転生するとはしていない宗派もある。[4] 

エリザベス・キューブラー=ロスの書籍に以下のような表現があるという[5]

死なんてものは、春になって重いオーヴァー・コートがもういらなくなったときに、それを脱ぎ捨てるようなもの......... 肉体は不滅の自己を閉じ込めている殻にすぎない。


[編集] 関連項目

[編集] 死の表現

多くの文化で、死に関して様々な表現を用いている。

さらに日本では、古代に言霊の思想などもあり、「死」という語を声に出したり書にしたためたりするのは不吉であるとし、これを禁忌(タブー)として扱ってきた。

日本でも「死」という表現に代わって様々な表現を用いる。親族の死には「不幸」などの表現が用いられる。場面に応じて、「臨終」、「物故」、「亡くなる」などとも言う。

また、「逝去」、「逝く」、「世を去る」、「不帰の客となる」、「帰らぬ人となる」「土に帰る」など、さまざまな表現が用いられてきた。現在でも日本では病院で入院患者が死亡すると、医師看護師は死亡患者と同室だった他の入院患者に対しては「〜さんはお帰りになりました」などといった表現をつかうことが多いとも言う。

他には、幼くして死ぬことを「夭折する[6]、若くして死ぬことを「早世する」という。旅先での死を「行き倒れる」とも言った。[7]

「死」は、信仰や世界観が異なると表現も大きく異なる。

日本では、神道的な世界観に基づいた表現である、「冥土へ旅立つ」、「黄泉に赴く」、「帰幽」(幽界へ帰る)などの表現を用いる人も多い。

キリスト教信者(クリスチャン)は、死とは天国に行くこと、としている教派が多く、そこでは「帰天」、「昇天」、「召天」と表現する。ただし正教では「永眠」と表現する。

仏教では、様々な考え方があり、一方で輪廻転生しているとする宗派もあるが、他方ではそうではないとする宗派もある。ただ、信者の死は輪廻転生思想に準じた「あの世へ行く」、「他界」、「往生」、「成仏」などと言うことが多い[8]。高僧の死は「入滅」、「入寂」、「遷化」などともいった。

また「鬼籍に入る」という、中国的な世界観に基づいた表現、あるいはそれと混交した仏教での表現、も用いられることがある。

また、高齢まで生きて死んだ時に用いる「天寿を全うする」、「大往生する」といった表現も、話者はあまり意識していないが、上記の世界観から生まれている。

政治的な身分の上下を重視した者たちは、死の表現まで身分ごとに異なった表現を用いた。 中国の古典の『礼記』曲礼篇によると「天子の死をと曰ひ、諸侯と曰ひ、大夫と曰ひ、不禄と曰ひ、庶人は死と曰ふ」とある。 これにならい日本でも古くから、王や女王および四位五位位階をもつ者の死は「卒去」と言い、皇族三位以上の公卿の死は「薨去」、天皇皇帝の死は「崩御」、「登霞」などとも表現してきたという。また、貴人の死は「身罷(みまか)」、「お隠れになる」とも表現されてきた。

[編集] 死の受容

[編集] 死の受容と哲学

プラトンは、哲学を「melete thanatou (死の練習)」と見なし、の永遠性を信じて平然と死ぬことができるように心の訓練をすることが哲学の使命だとした。[9]

哲学者の樫山欽四郎は、『哲学概説』において、人間の本質的な特性として「死を自覚する存在」であることを挙げ、「死を知ることがなければ、人間はこれほど楽なことはない」という趣旨の言葉を述べている[10]人間が他の生物と異なる一つの特徴は、人間は全て(そして自分自身も)やがて死ぬということを「知っている」ことだともいう。[11]

自己が死ぬことを知っているがゆえに、人間の哲学的営みは始まるのだともされる。

死を知ることは哲学への契機でもあり、また宗教への契機でもある。

一般に人は、生の意味を問いかけるのと同様に、死の意味をどのように受け止めるか受け入れるか、一生をかけて問いかけ続けているともいえる。

[編集] 人称による分類

哲学者ジャンケレヴィッチは、人称による死の分類を提唱した。[12]

  1. 一人称の死:英語での人称「I」にあたる。自分の死。
  2. 二人称の死:英語での人称「you」にあたる。親しい者の死。自らの大きな人生経験として受け止められ、愛着があるために悲哀などの感情が起こる。この死に接し、次は自分の死であると自覚させられる、のだという。
  3. 三人称の死:英語での人称「it」「he」「she」などにあたる。いわばアカの他人の死。二人称の死が取り替えのきかない存在なのに対し、他の他人の死でも置き換えられる点に特徴がある。

[編集] 死の受容についての研究

突発的事故などで襲ってくる死の場合は、人は死について考える余裕さえない。しかし、回復の見込みのないにかかり、医師などから余命が数ヶ月と宣告されるような場合、人は、自分が死なねばならない、じきに死ぬ、という事実に向き合うことになる。死の定めをどう受け入れるか、さまざまな試みを行う。

人が死をどのように受容するかについては、近年になってようやく真摯に研究されるようになってきた。

かつては、例えば、ラ・ロシュフコー(1613年-1680年)は「箴言集」で「死を理解する者はまれだ。多くは覚悟でなく愚鈍と慣れでこれに耐える。人は死なざるを得ないから死ぬわけだ。」などと述べた。

死を自覚した人は、一体どのように自己の死の事実と向き合い、どのようにその事実を拒否したり受け入れたりするのか? キューブラー=ロスは多数の「死に行く人」と言葉を交わし心理治療に従事してきた人物であるが、彼女は、多くの人が辿る「死の受容への過程」を、次のような段階的モデルで示してみせた(参考文献1)。

第一段階:「否認と孤立」
病などの理由で、自分の余命があと半年であるとか三か月であるなどと知り、それが事実であると分かっているが、あえて、死の運命の事実を拒否し否定する段階。それは冗談でしょうとか、何かの間違いだという風に反論し、死の事実を否定するが、否定しきれない事実であることが分かっているがゆえに、事実を拒否し否定し、事実を肯定している周囲から距離を置くことになる。
第二段階:「怒り」
拒否し否定しようとして、否定しきれない事実、宿命だと自覚できたとき、「なぜ私が死なねばならないのか」という「死の根拠」を問いかける。このとき、当然、そのような形而上学的な根拠は見つからない。それゆえ、誰々のような社会の役に立たない人が死ぬのは納得できる、しかし、なぜ自分が死なねばならないのか、その問いの答えの不在に対し、怒りを感じ表明する。
第三段階:「取り引き」
しかし、死の事実性・既定性は拒否もできないし、根拠を尋ねて答えがないことに対し怒っても、結局、「死に行く定め」は変化させることができない。死の宿命はどうしようもない、と認識するが、なお何かの救いがないかと模索する。この時、自分は強欲であったから、財産を慈善事業に寄付するので、死を解除してほしいとか、長年会っていない娘がいる、彼女に会えたなら死ねるなど、条件を付けて死を回避の可能性を探ったり、死の受容を考え、取引を試みる。
第四段階:「抑鬱」
条件を提示してそれが満たされても、なお死の定めが消えないことが分かると、どのようにしても自分はやがて死ぬのであるという事実が感情的にも理解され、閉塞感が訪れる。何の希望もなく、何をすることもできない、何を試みても死の事実性は消えない。このようにして深い憂鬱抑鬱状態に落ち込む。
第五段階:「受容」
抑鬱のなかで、死の事実を反芻している時、死は「」であり「暗黒の虚無」だという今までの考えは、もしかして違っているのかもしれないという考えに出会うことがある。あるいはそのような明確な考えでなくとも、死を恐怖し、拒否し、回避しようと必死であったが、しかし、死は何か別のことかも知れないという心境が訪れる。人によって表現は異なるが、死んで行くことは自然なことなのだという認識に達するとき、心にある平安が訪れ「死の受容」へと人は至る。

ただしこれは、キューブラ=ロスが多数の「死に行く人」の事例を観察して得たひとつの範型であって、人が全員、以上のような段階を経て、死の受容に至るわけではない。色々な自己の死との向かい合いがあることを、ロス自身も認めている。

いずれにせよ、人が死を受け入れて尊厳を持って死に臨めるようにするためには、周囲の理解と協力が必要不可欠である、ともされる。

[編集] 文化・宗教による相違

前述のごとく、死を悲しいものだとする文化・宗教がある一方で、死は喜ばしいものだ、とする文化・宗教もある。

死は悲しいものだとする文化圏・宗教では、自分の親しい人間の死が訪れたときなどは涙している。だが、死は新たなる世界への旅立ち、としている文化圏では、笑顔で送り出す。

[編集] 関連項目

[編集] 死についての名言

  • 「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」「朝(あした)に道を聞かば夕べに死すとも可なり」(論語
  • 「死は人生の終末ではない 生涯の完成である」(マルティン・ルター
  • 武士道というは、死ぬことと見付けたり」(葉隠
  • 「死に至る病とは、絶望のことである」(キエルケゴール
  • 「吾死スルトモ自由ハ死セン」[13](「板垣死すとも自由は死せず」)(板垣退助
  • 「人は死ぬ。だが死は敗北ではない。」(ヘミングウェイ
  • 「戦士は死ぬ。だが、思想は死なない。」(フィデル・カストロ

[編集] 文学・芸術における死

文学に関わる死の概念は、作品において描かれる死と、作品自体の"死" に大分類することも可能である。

[編集] 作品で描かれる死

文学作品の多くは、死とその風景をモチーフとし、あるいは利用してきた。

モチーフとしての用い方としては以下のようなタイプがある[要出典]という。

死の風景は時代と場所によってその描かれ方に類型が見られる。ギリシャ叙事詩においては、戦士達の誇り高き死が頻繁に現われる。近代フランス文学では、例えば、『ゴリオ爺さん』や『ボヴァリー夫人』に見られるようなベッドの上の死の情景と、陰で遺産の計算をする看病人逹の冷やかな様子が頻繁に描かれた。 日本の私小説作家達は、自殺心中のモチーフを頻繁に用いた。

文学的な人物の死とは何か、というテーマに関しては、文学理論家のミハイル・バフチン(1895-1975年)は「の条件は空間的な境界と時間的な終りを持つことであり、死は文学作品の人物を美的形象とする契機となる[要出典]」という考え方を提示した。

西洋では20世紀の前半に、ハイデッガーユンガーブランショらが、死すべき存在としての人間を肯定的に捉えようとした。

古井由吉(1937年-)は『仮往生伝試文』をはじめとする作品群の中で、死と自己とのかかわり合いを特異な文体で描き出した。死が、対立事項でもなく、恐怖の対象でもなく、ともかくも生が続く限り常にからめとられざるを得ないもの[要出典]として、描かれている。

[編集] 作品自体の死

作品が人の目に触れぬようになったり、作者の意図した事柄が、部分的にすら受け取られなかった場合、その作品は意味をなくし(比喩的な意味で)" 死ぬ " 。

古代ギリシャ古代ローマにおいて人間は死すべきものと呼ばれ、神々、則ち不死なるものの永遠性との対比によって、時間的に限られたものとイメージされ、芸術家や詩人とは、この限界を乗り越え人間と神々を媒介するものと考えられた[要出典][15](現在でも芸術作品は "不死性" と結び付けられて捉えられることが多い。)

ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940)はすでに"死んでしまった"芸術作品の「救済」が歴史家の使命であると考えた。

20世紀後半には、クンデラ大江健三郎らが、「小説の死」、「文学の死」といった言葉を用いた。

[編集] 死のイメージ

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では、死はで表現されることが多い。喪服は一般に黒であり、訃報は俗に黒枠(black letter)とも呼ばれる。しかし、これは欧米において死者が白い服を着ているというイメージから、白が死を連想させる色として忌み嫌われたため[要出典]である。死神の像は、鎌を持った髑髏が、黒いマントを着た姿で表現される。しかし、これも花嫁の衣装が魔物から身を守るために幽霊の着るような白い色をしているというのを鑑みれば、むしろ死神は死者ではなく異界からの殺人者(生者)の象徴であるといえよう[要出典]。 また、のイメージである系統の色が死の表現として用いられる場合もある。しかし、は血の色のイメージから活発、健康といった生のイメージをも指す場合が多い。 中国では白が喪服の色であるため、白い色が死を連想させやすい。また、日本でも西洋の文化が急速に入ってくるまでは喪服も死装束も白であった。

[編集] 数字

また死と数字については、日本など漢字文化圏の国では数字のの読みが「死」を連想させることから、ホテル、旅館、モーテル、国民宿舎などの宿泊施設の客室番号などで「4」が避けられることがある。(階番号は除く(例:401号室))更に、日本では、数字の 42(四十二)の「し・に」の読みが「死に」に聞こえるとして凶運とされ、客室番号やナンバープレートでは「42」が避けられることが多い。キリスト教圏では13が避けられる。これはキリストが十字架に掛けられ処刑されたきっかけとなったユダに関連づけられていることがある[16]

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タロットカードにおける死のカードは、死そのもののほか、破滅、損失、失敗、災難、危険、愛の終わりなどを象徴する。マルセイユ版タロットカードでの死は「13番」と呼ばれ、明確な名前はない。それは「死」は口に出して呼んではならないもののためである。

ロシアでは、死は一般的に老婆の姿でイメージされる。ロシア語においては「死」という単語(смерть)は女性名詞であるため。

死は「新たな旅立ち」や「再生」を意味することもある。この中には大地への帰還(地より生まれて地に帰る)の思想のほか、再生に絡み胎内回帰的なイメージを持つ場合もある。沖縄亀甲墓女性子宮を意味しており、胎内回帰と再生を祈ったシンボルであるという。

この他、死を「永遠の安らぎ」や「安息」と称することもある。


[要出典]今日の日本を含む先進国では、医療技術の発達にも伴い死は日常より切除され、病気や怪我による死は病院で扱われ、老衰による死は老人ホームで扱われるなど、より曖昧模糊としたイメージしか持たない傾向が見られる、という。[要出典]しかし死が常に日常と隣り合わせにあった時代には、より密接で現実的なイメージを持っていた。ネイティブアメリカンの文化などでは「今日は死ぬのに良い日だ」という言い回しもあるようだが、これは先に挙げたメメント・モリのイメージに似ている。。

現代社会では、死は記号化され、曖昧なイメージしか持たない[17]と述べる人もおり、「終わり」や「開放」[要出典]、更には死のイメージにカタルシスを求める者すら見られる、ともされる。

[編集] 生物学的な死の説明

死に至った場合、生物体は次第に崩壊に至る。これは主として二つの作用による。

  • ひとつは、生物体自身が自らを分解することである。たとえば消化酵素のように、生物体を分解することが可能な酵素は生物体内のあちこちに存在しており、これによって生物体が分解されないのは、生命活動のひとつとして、それらを隔離した状態にする活動があるからである。死によってそれが止まれば、生物体は自ら分解を始める。
  • もう一つは、他の生物に分解されることである。生物の体は、それ以外のさまざまな生物にとって有益な栄養源である。特に微生物は常に空気中などから侵入を試みている。これが成功しないのは、生きた生物には免疫の働きがあるからである。死によってその活動が止まれば、たちまちそれらの侵入と繁殖が始まる。

[編集] 単細胞生物等の死

単細胞生物等は分裂することで幾らでも増加し、他の生物に食べられる、あるいは事故等がない限り幾らでも生命活動を続けられる。この場合は寿命老化)による死という概念が曖昧な場合がある。例えば、現存する全ての生物は生命誕生以来分裂によって進化してきたので、その生命活動は今までに一度も途絶えておらず、したがって一度も死んだ事がないという考え方がそうである。

しかし、よく考えれば多細胞生物の場合にも生殖細胞においては親代々に引き継がれていることに代わりはないのであって、むしろ多細胞生物では生殖細胞以外の栄養体部を構成する細胞の大量死がなぜ起きるか、を考えるべき、との考えもあろう。

他方、実際にはクローニングにも限界が存在するようで、ゾウリムシによる実験では自家生殖や接合を行わせないよう注意深く飼育したところ、350回程度の細胞分裂の後に死を迎えたという。単細胞生物にも寿命は存在するようである。

この限度を越えるためのしくみが有性生殖である、との説もある。上記の例では、分裂の続行が不可能になったゾウリムシが接合の後、再び分裂できるようになったとの観察があるらしい。

[編集] 多細胞生物の死

多細胞生物では細胞組織個体の死は区別される。

[編集] 死の過程

[編集] 細胞死

通常の細胞機能は、不可欠な細胞代謝のために必要なエネルギーと、酵素と構造タンパク質の生産、細胞の化学的および浸透的恒常性の維持、などを含む。 通常に機能している細胞は、酸素、リン酸塩、カルシウム、水素、炭素、窒素、硫黄、栄養的な基質、ATP、などを摂取する必要があり、また無傷の細胞膜と酸素を消費する不変の活動も必要とする。 これらの要素のうちどれがさえぎられても、細胞死は起こりえる。

[編集] 死後の変化

死後、体芯温度は減少する(死体冷)。体温の低下速度は、死亡時の体温や死体の大きさ、環境や着衣など、いくつかの要因によって変化する。

哺乳類では、死体が腐敗するより前に死後硬直が始まる。死体硬直の発現までの時間とその持続期間は、死亡時の筋肉の体温と、気温に影響を受ける。死体硬直は通常、死の2-4時間後に始まり、筋肉はこの過程で、筋原線維内にあるATPと乳酸アシドーシスの有効性が減少するため、徐々にこわばっていく。死後9-12時間経過すると、死体硬直はおわる。また気温が十分に高ければ、死体硬直は起こらない。

もう一つの死後の反応に死斑がある。死後、溶解酵素が漿膜から放出され、フィブリノゲンの溶解性分解を引き起こす。血はこの過程で死後30-60分以内に永久に非凝固性になる。重力による血の貯留は皮膚色の特徴のある変化をもたらす。死斑は死体の体重を支えている位置にある皮膚からでき始める。死斑は死後2時間以内に発現し、8-12時間で最大になる。死斑の色は死因と環境で異なる。死斑の広がりは、死体の表面にかかる圧力によって異なる。

死体の分解は以下の段階の経て推移する。

  1. 自己分解(Autolysis):死体の「自己消化」は体内の酵素の働きによって進む。構造の完全性を失った細胞膜からは溶解酵素が放出され、高分子と残った細胞膜を変性させる。自己分解は、最も代謝が活発な細胞である分泌細胞と大食細胞から始まる。
  2. 腐敗(Putrefaction):嫌気性細菌による残された細胞の消化。自己分解の最終段階では、好気性の環境が死体内で確立される。これは、嫌気性菌の成長に有利に働く。これら嫌気性菌の大部分は内生の腸内細菌であるが、一部は外因性の土壌細菌である。これらのバクテリアは死体内の炭水化物、蛋白質、脂質を分解し、酸とガスを生成して、死体の変色、臭気、膨張、液化を引き起こす。腐敗の進行速度は湿気や気温の影響を受ける。
  3. 腐朽(Decay):好気性バクテリアと真菌による残された細胞の消化。腐敗の最終段階では液状の腐敗物が流出し、軟部組織は縮小する。残った組織は比較的乾燥した状態にある。腐朽の特徴は好気性微生物による蛋白質のゆっくりとした分解であり、これにより硬組織だけが残った死体は白骨化する。
  4. 分解(Diagenisis):硬組織である骨と歯の分解。バクテリア、藻、菌類などの微生物は、生理的経路をたどるか、骨質を透過することによって、骨に侵入する。骨質の透過は、酸性代謝物質と酵素の代謝物質の排出によって達成される。特徴ある非生理的経路を生成することから、「穿孔経路」と呼ばれる。微生物の進入によって有機骨基質は化学分解される。その結果生じた代謝物質は、周囲にある無機物基質を破壊する。また、結晶質のリン酸カルシウムからなる無機物基質の分解は、環境中の化学要因に影響を受ける。酸性の環境は、部分的な骨の鉱物質消失に至る、リン酸カルシウムの溶解をもたらし、また部分的に本来よりもかなり大きく、より水溶性のある分子に再結晶化する。これら微生物と環境の働きによって、微小構造が分解される。


[編集] 比喩的な用法

組織の滅亡や、本来の機能が失われることを例えて「死」と表現することもある。

例えば、「ローマ帝国の死」、相撲の「死に体」、野球の「死球」、「の死」など。

生物学的な死の概念から派生して、「死」という語はなんらかの組織や活動が停止する場合にも使われる。現在では、機械装置などが破損した場合に「死んだ」などと形容されることもある。とくにコンピュータに対しては、電源が切れた、クラッシュした、あるいはプロセスが停止したなどの状態を比喩的に「死んだ」と表現することがあり、その延長で「プロセスを殺す」(進行中の処理を停止させる)などといった比喩表現も使われる(一例を挙げれば、unix系オペレーティングシステムでは単なる比喩に止まらずプロセス停止コマンドとして'kill'コマンドが存在している)。

ただ生命の不可逆的な死とは異なり、これら比喩的な死では機械装置なら破損した部品を交換するなり修理して、コンピュータの場合はクラッシュしたプログラムに関するメモリを破棄して記憶媒体から読み出しなおすなど復旧させる方法は幾らでもある。特に技術筋にもなると「異常や故障が手に負えなくなり、それを破棄して異常のないものに入れ替えする以外に対処方法がない」場合に「死んだ」と表現する。

ただ生命も一種の分子マシンの集合であり、動物でもその極大な構成物に過ぎないという考え方もある。このためサイエンス・フィクション分野では、そういった「壊れた部品を交換する」などして生命を「修理しよう」というアイデアもしばしば登場する。しかしテセウスの船の問題のように、部品交換で「生き返った」生命が前の生命と同じものなのか(=前の個体は既に死んでいて、目の前で生きているのは別の存在)?という多義的な問題も含んでいる。


[編集] 様々な死 

[編集] 参考文献

  • 『死ぬ瞬間 - 死とその過程について』(エリザベス・ロス 著、中央公論新社、2001年)ISBN: 4-12-203766-2

[編集] 出典・脚注

  1. ^ 広辞苑
  2. ^ 関西医科大学大学院法医学生命倫理学研究室による関西医科大学法医学講座
  3. ^ エドガー・アラン・ポー『早すぎる埋葬』:青空文庫
  4. ^ 中には、死者の全てが成仏すると考える宗派もある。
  5. ^ ビル・グッゲンハイム『生きがいのメッセージ』p.347-348
  6. ^ 近年の若年層の流行表現として、幼くして死ぬことを「天使になる」と表現することがあるが、これはキリスト教における神の使徒である「天使」と、仏教で死ぬことを通俗的に「仏になる」と言い表すことを混合した、いわば和洋折衷の表現で、双方の信者からは嫌がられることがあるので、他の者の不幸に際してはむやみにつかうべき表現ではない。
  7. ^ また無念の死を「果てる」、むなしい死を「朽ちる」、悪人の死は「くたばる」といった。
  8. ^ ただしいずれも、輪廻転生の考え方を採用していない宗派の人から見れば、「仏教本来の教義とは異なった誤用が一般に普遍化したもの」ということになる。
  9. ^パイドン
  10. ^ 樫山欽四郎 『哲学概説』 (初版1964年) 創文社 ISBN 4-423-10004-5ISBN 978-4-423-10004-2)。樫山は、序説部分で、哲学の意義として、人間における実存の諸問題を例示して、このような言葉を述べている。
  11. ^ いいかえると、未来を考えることができる動物は人間だけである[要出典]という。
  12. ^ 養老孟司『死の壁』などにも類似の死体分類がある。
  13. ^ 板垣退助は暴漢に襲われた後、起き上がり、出血しながらこう述べたという。当時、板垣の動向を偵察していた岐阜県御嵩(みたけ)警察署の御用掛の岡本という男が提出した「探偵上申書」[1](『公文別録・板垣退助遭害一件・明治十五年・第一巻・明治十五年』に収められている文書)にそう明記されている。出典:国立公文書館アジア歴史資料センターHP
  14. ^ 評論家小説家笠井潔は、「推理小説は第一次世界大戦が生んだ無意味な死体の山から生まれた[要出典]」と述べたという。
  15. ^ なお、古代ギリシャの悲劇は、作者の死と共に演じられなくなる慣習があったが、唯一アイスキュロスの作品はあまりの人気のために死後も上演された。アリストパネスの喜劇『蛙』に、それについて言及したくだりがある。
  16. ^ 13 (忌み数)
  17. ^ 養老孟司『死の壁』 新潮社

[編集] 関連項目

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最終更新 2009年11月15日 (日) 11:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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