死刑囚

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死刑囚(しけいしゅう)とは死刑判決が確定した囚人の称。刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律(平成17年5月25日法律第50号)等法令では死刑確定者と称する。

目次

[編集] 日本における死刑囚

日本の死刑制度の概要については、日本における死刑も参照のこと。

[編集] 死刑執行手続き

日本における死刑囚に対する刑の執行は法務大臣命令によらなければならない(刑事訴訟法第475条第1項)。法律上、特別な理由のない限り、死刑判決が確定してから6ヶ月以内に死刑が執行される(同法同条第2項)。この規定は日本国憲法制定後の1948年に現行刑事訴訟法を制定した際に、従来のように死刑執行まで時間がかかりすぎるのは、死刑執行を待つ恐怖が長く続くことになって残酷であり、新憲法の趣旨にも反するという理由で作られたものである。すなわち、旧刑事訴訟法下ではかなりの時間を要していたということであり、一種の努力目標であった。これは後に示された判例で6か月以内の執行は法的拘束力のない訓示規定とされているためである(これについては現状説明のための後付けではないかとの意見もある)。

[編集] 死刑執行までの期間

刑事訴訟法は「確定から6カ月以内に法務大臣が死刑の執行を命令し(475条)、当該命令から5日以内に執行する(476条)」と規定している。しかし、6ヶ月以内に死刑が執行される規定があるにもかかわらず、実際には確定から執行まで平均で7年7ヶ月を要しており、1961年以降に確定後6ヶ月以内に執行された例はない。死刑存置派からは主な理由としては法務大臣が死刑執行の承認を出したがらないことや、執行に至っていない確定死刑囚が多数に及んでいることが挙げられる。法務大臣が死刑の執行に積極的にならない理由としては、個人の信条、死刑廃止を訴える人権団体国会議員等からの抗議などの圧力があるとの指摘がある。

ただし475条2項但し書に「上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。」という規定があり、共犯者(逃亡中の場合もあり)の刑が確定していない場合や、冤罪もしくは事実認定の誤りを訴えて再審請求している場合には、この6ヶ月の期間は進行しないとされている。そのため死刑執行までの期間は自動的に進行するものではなく、個々の死刑囚の事情が関与しているといえる。

また、死刑執行のための法手続きは死刑確定者に関する上申書を作成し最終的には法務大臣に提出するが、この上申書は法務省刑事局に回され、同時に検察庁から刑事局に裁判の確定記録が運ばれる。刑事局総務課では判決謄本と公判記録は当該死刑確定者の死刑を求刑した資料が全て揃っている事を確認し、刑事局担当の検事が記録を審査しなければならない。このように裁判所が言い渡した死刑判決を再度法務官僚が最初から確認する為「第4審」とも揶揄される。そのうえ通常は死刑適用事件の裁判資料は膨大なものであるから審査には時間がかかる。この段階で死刑執行に障害があると判断されれば、後回しになる。そのため、現実問題として半年以内に法務大臣に提出できるまでに、その全てを完了することは難しいため、前述のような規定は事実上「死文化」している一因とされている。

[編集] 死刑執行までの最短記録

戦後、最も死刑確定から死刑執行までの期間が短かったのは4ヶ月という事例がある。これは1953年3月に発生した栃木雑貨商一家殺害事件の死刑囚であるが、彼は最高裁への上告中の1955年5月11日に東京拘置所(旧)から脱獄し、11日後に実家近くで逮捕されるまで逃走していた。彼の脱獄の動機は母親に会いたいというものであったが、その望みだけは叶えられた。しかし、脱獄したのが原因であったかもしれないが法務省当局は「迅速な処刑」を行った。1955年6月28日に最高裁は上告を棄却し死刑が確定、同年11月21日には宮城刑務所へ押送(当時の東京拘置所には死刑執行設備がなかったための措置)し、その翌日には死刑が執行された。

[編集] 死刑執行が猶予される場合

闘病中や精神障害、妊娠中など刑の執行を停止しなければならない場合や、非常上告の有無、再審請求中、恩赦に相当するかどうかの件は慎重に確認されなければならないとされる。そのうち妊娠中を理由に死刑執行が猶予された者は現行法上存在しない(1872年に処刑された夜嵐おきぬは、江戸時代の法であったが、出産まで執行が猶予された話がある)。そのため、死刑判決確定から20年以上経過して執行されていない場合には、これらの条件のうちいくつかが該当しているといえる。また組織犯罪の死刑囚では共犯が逃亡していたり公判が終了していないため、死刑執行が行われていない例がある(例として連合赤軍事件の死刑囚や三菱重工爆破事件の死刑囚など)。

また財田川事件(後に再審無罪)の元死刑囚のように故意もしくは過失で裁判記録の一部が破棄されたために上申書作成が不可能になり死刑執行が出来なかったケースや、樺太で戦中発生した強盗殺人事件の死刑囚が同様に、ソ連軍の侵攻で裁判記録を運び出せず消滅したために、恩赦で無期懲役に減刑されたケースもあるという。

[編集] 死刑囚の扱い

死刑の判決を受けた者の刑は、死刑そのものであることから、死刑執行に至るまでの期間の身柄拘束は刑の執行ではないとして、執行までの間の身柄は、通常、刑務所ではなく拘置所に置かれる。

マスコミでは、死刑確定者を「死刑囚」と呼んでいるが、既に執行された場合や、獄中で死亡した場合、もしくは再審による無罪確定等で死刑が取消になった場合は「元死刑囚」と呼んでいる。

戦後、恩赦による減刑は政令恩赦は15名、個別恩赦は11名いる。政令恩赦はサンフランシスコ平和条約締結を機に行われ、個別恩赦は諸般の事情を考慮して行われたが、1975年に福岡事件の殺人の実行者に対する事例を最後に行われていない。そのため、日本において現在では死刑囚がどんなに改悛したとしても恩赦減刑される道は事実上閉ざされている。そのほか、再審で無罪になった元死刑囚は4名いたが、いずれも1980年代の事例である。また死刑が執行されず獄死したものも少なくない。1946年から2007年3月までの死刑確定者は自殺・獄死・恩赦減刑を除くと728人であった。この時点までに死刑執行者は627人、この時点での未執行者は101人であった。なお戦後女性死刑囚は12人(恩赦減刑1人、執行3人、獄死1人)である。そのため、日本において死刑が適用される凶悪犯は圧倒的多数は男性であるといえる。

2009年9月3日時点での、日本における死刑確定囚は102名(うち女性7名)であり、確定後の拘置期間は2005年9月時点[1](この時点での確定者は68名)で、平均して8年3ヶ月である。

[編集] 死刑囚の処遇

日本における死刑囚の処遇は、他の懲役刑とそれと大きく異なる。まず自らの死をもって罪を償うのが死刑であるため、国家の収入の一部となる刑務作業を科されない為、「死」の直前まで原則として拘置所に収監されることになる。死刑囚の中には被害者への償いのために軽作業を行ったり、書籍の点字翻訳のボランティアをしていた[2]ものもいる。

また、たとえば東京拘置所には特別に死刑囚房といった設備がないため、死刑囚と同じフロアに刑事被告人が収監されている場合[3]があるという。実際に元外交官で文筆家の佐藤優は、東京拘置所に収監中、両隣が死刑囚(袴田事件袴田巖死刑囚と連合赤軍事件坂口弘死刑囚)がいたと証言[4]している。また、死刑囚の処遇には次のようなもの[5]があるという。おもに自らの罪を悔い改めさせる事を目的としている。

  • 請願作業 本人が希望する場合、軽作業(内職等)を7時間程度行わす事ができ、それによって収入を得ることもできる
  • 教誨 死刑囚に単独の宗教教誨を受けさせる
  • 礼拝用具等の使用 宗教的用具を所持使用させる
  • 教科指導 俳句や書道などを学習させる
  • 情操教育物の使用 書道の道具などを所持使用させる
  • ビデオ視聴 映画等のビデオ鑑賞を独房内で行う

[編集] 死刑囚の時効

刑法第32条に「時効は、刑の言渡しが確定した後、次の期間その執行を受けないことによって完成する」とあり、死刑については30年と規定されており、30年執行されなければ時効が成立するかのような誤解があるが、刑法第34条に「死刑、懲役、禁錮及び拘留の時効は、刑の言渡しを受けた者をその執行のために拘束することによって中断する」と時効が中断することが定められているため、拘置所等に身柄が拘束されている場合は刑が時効消滅しない。

帝銀事件の元死刑囚が死刑判決確定後30年経過した際に「時効の成立」を主張したが、身柄が拘束されて時効が中断していたために認められなかった。なお、拘置所から脱獄して30年以上、日本国内で逃亡生活を送れば時効が成立する。ただし、死刑囚の脱獄は実際に何件か起きている(明治時代にあった若干の例外)が、30年後の時効完成まで逃亡出来た者は現在まで1人もいない。

[編集] 死刑囚の収容状況

下記の表は2009年9月3日現在の、各刑事施設に収容されている死刑囚の表である。あわせて102人(うち女性7人)収監されている。死刑囚は矯正局管区別に収容されることになっている為、たとえば東京都内の事件で死刑が確定した場合、東京矯正管区東京拘置所に収容されることになっている。なお、東京拘置所に収容されている死刑囚だけで日本国内のおよそ半分に相当する。また四国高松矯正管区)に死刑設備がある行刑施設がないため、四国域内の事件で死刑が確定した場合には大阪拘置所で収容されることになっている[6]

管区 死刑囚収容施設名 収容者総数
札幌矯正管区 札幌刑務所(拘置は札幌拘置支所) 1
仙台矯正管区 宮城刑務所(拘置は仙台拘置支所) 7
東京矯正管区 東京拘置所 54
名古屋矯正管区 名古屋拘置所 12
大阪矯正管区 大阪拘置所 16
広島矯正管区 広島拘置所 2
福岡矯正管区 福岡拘置所  10
全国合計 102

[編集] 日本における死刑囚の確定と執行の推移

[編集] 明治維新以後

年号 執行者数 備考
明治前期
1869年(明治2年) 480以上 江戸時代の法に基づく裁き
1870年(明治3年) 1080以上 暫定刑法である新律綱領の制定。斬首刑が主に執行されていた。
1871年(明治4年) 1246以上 1871年までの数値は、戊辰戦争による刑死は含まれない。
1872年(明治5年) 1128
1873年(明治6年) 970 欧米の近代刑法の影響を受けてた改定律例の制定
1874年(明治7年) 750 旧刑法が制定され、一般刑法犯の死刑執行方法が絞首刑に限定された。
1875年(明治8年) 451
1876年(明治9年) 391
1877年(明治10年) 160
1878年(明治11年) 175
1879年(明治12年) 154
1880年(明治13年) 125
1881年(明治14年) 96
1882年(明治15年) 51
1883年(明治16年) 61
1884年(明治17年) 52
1885年(明治18年) 130
1886年(明治19年) 131
1887年(明治20年) 97
1888年(明治21年) 60
1889年(明治22年) 49
1890年(明治23年) 39
明治後期
1891年(明治24年) 66
1892年(明治25年) 51
1893年(明治26年) 46
1894年(明治27年) 52
1895年(明治28年) 75
1896年(明治29年) 72
1897年(明治30年) 21
1898年(明治31年) 48
1899年(明治32年) 39
1900年(明治33年) 34
1901年(明治34年) 29
1902年(明治35年) 28
1903年(明治36年) 38
1904年(明治37年) 45
1905年(明治38年) 39
1906年(明治39年) 19
1907年(明治40年) 12
1908年(明治41年) 52 現行刑法が制定。刑事事件に対する刑罰が現在の法体系となる。
1909年(明治42年) 17
1910年(明治43年) 39
1911年(明治44年) 59 幸徳事件で、幸徳秋水ら12名に死刑執行される。
大正期
1912年(大正元年) 16
1913年(大正2年) 59
1914年(大正3年) 5 大正天皇即位に伴う恩赦のため大量減刑。大正時代最少執行数
1915年(大正4年) 94 大正時代最多の死刑執行数
1916年(大正5年) 56
1917年(大正6年) 53
1918年(大正7年) 51
1919年(大正8年) 43
1920年(大正9年) 39
1921年(大正10年) 31
1922年(大正11年) 32
1923年(大正12年) 32
1924年(大正13年) 13
1925年(大正14年) 19
1926年(大正15年) 29
昭和前期
1927年(昭和2年) 12
1928年(昭和3年) 21
1929年(昭和4年) 13
1930年(昭和5年) 15
1931年(昭和6年) 19
1932年(昭和7年) 22
1933年(昭和8年) 28
1934年(昭和9年) 35
1935年(昭和10年) 14
1936年(昭和11年) 11
1937年(昭和12年) 23
1938年(昭和13年) 15
1939年(昭和14年) 14
1940年(昭和15年) 20
1941年(昭和16年) 22
1942年(昭和17年) 11
1943年(昭和18年) 15? 戦時法によりに刑事犯に対する裁判は三審制から二審制になった[7]
1944年(昭和19年) 25[8]
1945年(昭和20年) 9? 長崎市への原爆投下により死刑囚4人[9]が爆死。
1946年(昭和21年) 11
1947年(昭和22年) 12 刑法から天皇・皇族に対する大逆罪(未遂も死刑)が削除される。
1948年(昭和23年) 33 1審における死刑判決数が戦後最多の116人であった。死刑の存置を合憲とする死刑制度合憲判決事件判決が出された。‎

[編集] 現行刑事訴訟法施行以後[10]

年号 確定数 執行数 収容数[11] 備考
1949年(昭和24年) 79 33 81 死刑判決確定数が戦後最多であった
1950年(昭和25年) 25 31 73
1951年(昭和26年) 32 24 81
1952年(昭和27年) 41 18 92 サンフランシスコ平和条約締結による政令恩赦で12人が無期懲役に減刑
1953年(昭和28年) 25 24 93
1954年(昭和29年) 21 30 80
1955年(昭和30年) 14 32 62
1956年(昭和31年) 24 11 75
1957年(昭和32年) 27 39 62
1958年(昭和33年) 21 7 76
1959年(昭和34年) 12 30 57
1960年(昭和35年) 33 39 51
1961年(昭和36年) 24 6 69
1962年(昭和37年) 13 26 56
1963年(昭和38年) 17 12 61
1964年(昭和39年) 9 0 70 この年は近世日本で初めて死刑執行が行われなかった。(賀屋興宣法相が元A級戦犯で実際に死刑執行を目撃した為)
1965年(昭和40年) 7 4 72
1966年(昭和41年) 13 4 81
1967年(昭和44年) 14 23 71 田中伊三次法相が新聞記者の前で一度に署名
1968年(昭和43年) 11 0 82 赤間文三法相が署名を拒否したため執行なし。
1969年(昭和44年) 10 18 71
1970年(昭和45年) 14 26 58
1971年(昭和46年) 7 17 48
1972年(昭和47年) 7 7 47
1973年(昭和48年) 5 3 49
1974年(昭和49年) 2 4 46 獄死1人
1975年(昭和50年) 3 17 29 福岡事件の死刑囚2人のうち、1人に恩赦無期減刑、1人に死刑執行。他に自殺2人
1976年(昭和51年) 1 12 18
1977年(昭和52年) 3 4 16 自殺1人
1978年(昭和53年) 4 3 17
1979年(昭和54年) 4 1 20
1980年(昭和55年) 7 1 26
1981年(昭和56年) 3 1 28
1982年(昭和57年) 1 1 28
1983年(昭和58年) 1 1 27 再審無罪1人
1984年(昭和59年) 3 1 27 再審無罪2人
1985年(昭和60年) 2 3 26
1986年(昭和61年) 0 2 24
1987年(昭和62年) 8 2 29 5月に平沢貞通が病死
1988年(昭和63年) 11 2 38
平成期
1989年(平成元年) 5 1 40
1990年(平成2年) 6 0 46 この後、3年に及ぶ死刑執行モラトリアム
1991年(平成3年) 5 0 51
1992年(平成4年) 5 0 56
1993年(平成5年) 7 7 56 法務大臣後藤田正晴により死刑執行が再開される
1994年(平成6年) 3 2 57
1995年(平成7年) 3 6 54
1996年(平成8年) 3 6 52
1997年(平成9年) 4 4 51 刑法がカナ漢字表記の文語体から口語体に改訂される(刑法の抜本的な改訂ではない)
1998年(平成10年) 6 6 52
1999年(平成11年) 4 5 50 自殺1名
2000年(平成12年) 6 3 52
2001年(平成13年) 5 2 56
2002年(平成14年) 3 2 57 2月に死刑囚1人が病死
2003年(平成15年) 2 1 56 12月18日に政府が「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」を策定し、刑罰の厳罰化を推進することになった。獄死2名
2004年(平成16年) 15 2 68 獄死1名
2005年(平成17年) 11 1 78
2006年(平成18年) 20 4 94
2007年(平成19年) 23 9 107 第二次世界大戦以後。最も未執行死刑囚が最多となった。病死1名
2008年(平成20年) 10 15 100 2月と12月に死刑囚各1名が病死
2009年(平成21年) 12 7 102 1月、5月、9月に死刑囚各1名が病死

[編集] 日本における死刑囚の現状

死刑判決確定順による死刑囚の一覧ついては、日本における死刑囚の一覧も参照のこと。

[編集] 著名な死刑囚の執行一覧

下記の表は、1980年以前に発生したの死刑適用事件を時代ごとに示したものである。なお、過去に施行日は『不明』という事例も少なくない。なお、ここでは日本の司法裁判所で死刑が確定した事件のみであり、軍法会議や国際軍事裁判などで確定した死刑囚は一切含まれていない。

[編集] 大日本帝国憲法下の事件

事件名(仮名または氏名) 事件発生日 一審判決 二審(控訴院)判決 大審院判決 執行日 備考
1890年代
山陽鉄道列車強盗殺人事件(岩永元吉、中島多次郎) 1898/12/2 1899/2/27 1899/5/3 なし 1899/10/30 夜行列車内で発生し,軍人が被害者になった事件。2人とも死刑に。
1910年代
幸徳事件幸徳秋水ら12人) 1910 なし なし 1911/1/18 1911/1/24・25 明治天皇に対する大逆罪(暗殺予備)で24人に死刑判決がくだるが、後に12人が恩赦減刑。処刑された者の大半は冤罪であるとの指摘がある。なお大逆罪は大審院(現在の最高裁)による1審制であった。
鈴弁殺し事件(A) 1919/5/31 1919/12/2 1920/5/28 1921/3/10 1921/4/2 金銭目的の農商務省外米管理部の技師が主犯の犯罪。主犯は死刑になり共犯二人も有罪になった。
1920年代
虎ノ門事件難波大助 1923/12/27 なし なし 1923/11/13 1924/11/5 摂政宮裕仁親王(後の昭和天皇)に対する暗殺未遂(大逆罪)で死刑
1930年代
桜田門事件李奉昌 1932/1/8 なし なし 1932/9/30 1932/10/10 昭和天皇に対する暗殺未遂(大逆罪)で死刑
松山城放火事件(A) 1932~1936 1937/11/12 不明 行われず 1939/9/15 放火45件、窃盗8件、列車妨害1件で死刑
1940年代
浜松連続殺人事件(木村幸作) 1941~1942 不明 不明 不明 不明 犯行時18歳。耳が聞こえないため、刑法40条(1997年廃止)適用で減刑される可能性があったが、裁判では難聴者と認定し死刑判決。なお「木村」は犯人の精神鑑定が掲載されている『日本の精神鑑定』(みすず書房刊)によるが、これは仮名である。
ゾルゲ事件リヒャルト・ゾルゲ尾崎秀実 1941~1942 1943/9/29 不明 1944/4/5 1944/11/7

[編集] 第二次世界大戦後の事件

以下は、事件発生順ではなく、死刑執行順の一覧となっている。原則として昭和時代末期までの一覧である。

事件名(仮名または氏名) 事件発生日 一審判決 二審判決 最高裁判決 執行日 備考
小平事件(小平義雄) 1944~1946 1947/6/18 1948/2/28 1948/11/16 1949/10/5 8人(10人説もあり)の女性を殺害。執行は仙台で行われた
死刑制度合憲判決事件(A) 1946/9/16 不明 不明 1948/3/12 不明 無職男による母妹の殺害事件。父親のみ残された。
1950年代
梅田事件(H) 1950.51 不明 不明 1957/11/17 1960/8/31 事件に関係のない第三者を共犯に巻き込んだ冤罪事件
神戸洋服商殺人事件(S) 1951/1/17 1951/12/19 1955/2/19 1955/12/16 1963/7/17 死刑判決確定後、処刑まで獄中訴訟を連発したことで有名。
藤本事件(F) 1952/7/6 1953/8/26 1954/12/13 1957/8/23 1962/9/14 死刑囚がハンセン病患者であったため、捜査機関及び司法機関が差別的な扱い。後に国の委員会が「憲法の要求を満たした裁判ではなかった」と[12]認定した。
殺人事件の前の殺人未遂事件の公判中に脱獄した前歴がある。
栃木雑貨商一家殺害事件(K) 1953/3/17 1953/11/25 1954/9/29 1955/6/28 1955/11/22 死刑判決の上訴中に脱獄した過去があり、死刑確定後5ヶ月で執行された。
銀座弁護士妻子殺人事件(B) 1956/1/18 1956/11/20 控訴せず - - 死刑廃止論者の妻子が殺害されても、なお死刑廃止論の立場を変えなかった事件。
バー・メッカ殺人事件(正田昭 1953/7/27 1956/12/15 1960/12/21 1963/1/25 1969/12/9 アプレゲール犯罪の代表格のひとつとされている。
文京区小2女児殺害事件(S) 1954/4/19 1955/4/15 不明 1956/10/25 1957/6/22 ヒロポン中毒者による学校内での犯行
品川トランク詰殺人事件(N) 1956/6/28 1957/6/18 1959/9/18 上告せず 不明 犯行後、愛人と逃避行していたことが話題に
昭島・昭和郷アパート放火事件(I) 1957/10/27 1959/7/6 1960/10/26 1961/7/31 不明 一審は無期懲役。火災保険目的で放火し8人死亡。裁判では殺意はなかったとして殺人罪は適用されなかったが、現住建造物等放火罪と詐欺罪で死刑が言い渡された。戦後殺人罪が適用されず死刑が確定した唯一の例。
熊本饅頭屋夫妻殺人事件(M) 1956/1/12 1959/4/7 1959/7/11 1960/12/16 1962/12/21 上告審口頭弁論で被告人側弁護人が「死刑が相当」と主張したことが弁護放棄であると問題に
小松川事件(T) 1958 1959/2/27 1959/12/28 1961/8/17 1962/11/26 犯行時18歳。執行は仙台で行われた
1960年代
雅樹ちゃん誘拐殺人事件(M) 1960/5/16 1961/3/31 1966/8/26 1967/5/25 1971 誘拐直後にガス中毒死させた事件。戦後初の誘拐殺人事件の死刑判決。
吉展ちゃん誘拐殺人事件(小原保) 1963/3/31 1966/3/17 1966/11/29 1967/10/13 1971/12/23 初めて報道協定が結ばれた事件。
少年ライフル魔事件(K) 1965/7/29 1968/6/16 1968 1969/10/2 1972/7/21 銃乱射事件。一審は無期懲役。犯行時18歳、犠牲者は警官1人
横須賀線電車爆破事件(純多摩良樹) 1965/7/29 1969/3/20 1970/8/11 1971/4/22 1975/1/25 時限爆弾による鉄道テロ。犠牲者1人、処刑20年後に純多摩良樹の筆名で俳句集が出版された。
正寿ちゃん誘拐殺人事件(K) 1969/9/10 1972 不明 1978/1 1979/10 身代金目的の誘拐殺人事件。犯行時19歳。
1970年代
大久保事件(大久保清 1971 1973/2/22 控訴せず - 1976/1/22 短期間に8人を殺害
1980年代
古谷惣吉連続殺人事件(古谷惣吉) 1965 1971/4 1975/12 1978/11 1985/5/31 一ヶ月に8人を殺害。1951年にも2人を殺害したが、捜査機関が共犯の「単独犯」として死刑を確定させ処刑したため、処刑後に逮捕された古谷は相手に擦り付けて懲役10年の微罪になった。そのため共犯全員が裁判が可能な状況においては死刑執行は行われなくなった。1982年に同房の死刑囚に対する殺人未遂を起こしたが、相手が死刑囚であったため刑事訴追されなかった[13]
上野消火器商一家殺人事件(A) 1974/2/7 - - 1979/12/25 1986/5/20 消火器商の男性に父親の得意先を横取りされたとの恨みを晴らすために、一家虐殺したと供述。
上野消火器商一家殺人事件(B) 1974/2/7 - - 1979/12/25 1986/5/20 Aの共犯、一家殺害後Aとともに被害者の財産を物色。
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[編集] 近年の死刑執行者一覧

以下の一覧では死刑執行モラトリアムが終わった1993年から現在までに死刑が執行された元死刑囚に関する情報である。死刑執行順になっている。
事件名[14](仮名もしくは本名[15] 年齢 判決年月日 事件発生
年月日
確定後期間 確定裁判所 拘置所 執行日
1993年(7人執行)
福島保険金殺人事件 (K) 55 1980/4/25 1970-1971 12年11ヶ月 最高裁 仙台 3/26
愛媛・松前保険金殺人事件 (T) 62 1981/6/26 1971-1972 11年9ヶ月 最高裁 大阪 3/26
近畿連続強盗殺人事件 (T) 48 1984/9/13 1975 8年6ヶ月 最高裁 大阪 3/26
釧路一家4人殺人事件 (A) 61 1981/3/19 1977/12/3 12年8ヶ月 最高裁 札幌 11/26
世田谷女性殺人事件 (A) 47 1982/9 1977/12/3 11年2ヶ月 東京高裁 東京 11/26
大阪電解殺人事件 (A) 70 1984/4/27 1974 9年7ヶ月 最高裁 大阪 11/26
大阪電解殺人事件 (B) 56 1984/4/27 1974 9年7ヶ月 最高裁 大阪 11/26
1994年(2人執行)
群馬3女性殺人 (A) 44 1985/4/26 1977/4/16 9年8ヶ月 最高裁 東京 12/1
青森市旅館主人通行人殺人事件 (S) 64 1985/6/17 1984/9/9 9年3ヶ月 青森地裁 仙台 12/1
1995年(6人執行)
徳島老人連続殺人事件(F) 40 1983/4/14 1978/11,12 12年1ヶ月 徳島地方裁判所 大阪 5/26
祐士ちゃん誘拐殺人事件(S) 64 1987/1 1986/5/9 8年0ヶ月 控訴取下げ 東京 5/26
東村山暑警察官殺害事件(T) 69 1987/10/23 1977/11/8 7年7ヶ月 最高裁 東京 5/26
名古屋女子大生誘拐殺人事件(木村修治) 45 1987/8/9 1980/12/2 8年4ヶ月 最高裁 名古屋 12/21
女子中学生と老女殺人事件(H) 63 1987/12/18 1979/3/28 8年0ヶ月 最高裁 福岡 12/21
群馬女性農夫連続殺人事件(S) 68 1988/6/20 1981,1982 7年6ヶ月 最高裁 東京 12/21
1996年(6人執行)
福岡病院長殺人事件 (A) 49 1986/4/15 1979/11/4 10年3ヶ月 最高裁 福岡 7/11
福岡病院長殺人事件 (B) 43 1986/4/15 1979/11/4 10年3ヶ月 最高裁 福岡 7/11
神田ビル放火殺人事件 (I) 48 1988/7/1 1981/7/6 8年0ヶ月 最高裁 東京 7/11
元昭和石油重役一家殺害事件(I) 55 1988/12/20 1983/1/29 8年0ヶ月 上告取下 東京 12/20
東京・松山連続強盗殺人事件(A) 60 1988/10/22 1978/5-6 8年2ヶ月 上告取下げ 東京 12/20
東京・松山連続強盗殺人事件(B) 51 1990/2/1 1978/5-6 6年10ヶ月 最高裁 東京 12/20
1997年(4人執行)
夕張保険金殺人事件(夫) 54 1987/3 1984/5/5 9年10ヶ月[16] 控訴取下げ 札幌 8/1
夕張保険金殺人事件(妻) 51 1987/3 1984/5/5 8年2ヶ月 控訴取下げ 札幌 8/1
警察庁広域重要指定108号事件永山則夫 48 1990/4/17 1968/10-11 7年3ヶ月 最高裁 東京 8/1
埼玉父親及び内妻殺害事件 (K) 43 1989/11/20 1985/3/8 7年9ヶ月 最高裁 東京 8/1
1998年(6人執行)
秦州くん誘拐殺人事件 (M) 58 1991/6/11 1984/2/13 7年5ヶ月 最高裁 広島 11/19
名古屋保険金殺人事件 (I) 55 1987/3/31 1979/11~83/12 10年8ヶ月 名古屋高裁 名古屋 11/19
1999年(5人執行)
幼女殺害事件(A) 62 1992/2/18 1979/7/28 7年7ヶ月 最高裁 東京 9/10
女性飲食店経営者殺人事件(A) 62 1992/6/18 1990/5/2 7年3ヶ月 福島地方裁判所 仙台 9/10
熊本母娘殺人事件(A) 69 1992/9/24 1985/7/24 7年0ヶ月 最高裁 福岡 9/10
長崎雨宿り殺人事件 (A) 69 1981/6/16 1977/9/24 18年6ヶ月 最高裁 福岡 12/17
大宮母子殺人事件(A) 48 1991/11/29 1981/4 8年1ヶ月 最高裁 東京 12/17
2000年(3人執行)
勝田清孝事件(勝田清孝) 52 1994/1/17 1972/9~83/10 6年9ヶ月 最高裁 名古屋 10/3
岐阜前妻一家殺人事件 (M) 57 1994/3/18 1989/2/14 6年7ヶ月 上告取下げ 名古屋 10/3
佐賀隣人一家殺人事件 (O) 55 1995/2/21 1982/5/16 5年7ヶ月 最高裁 福岡 10/3
2001年(2人執行)
練馬一家5人殺害事件 (A) 66 1996/11/24 1983/6/28 5年1ヶ月 最高裁 東京 12/27
名古屋保険金殺人事件 (T) 51 1993/9/21 1979/11~83/12 8年2ヶ月 最高裁 名古屋 12/27
2002年(2人執行)
熊本大学生誘拐殺人事件 (H) 36 1998/4/23 1987/9 4年5ヶ月 最高裁 福岡 9/18
坂祝町一家殺害事件 (H) 51 1998/6/3 1994/6 4年3ヶ月 控訴取下げ 名古屋 9/18
2003年(1人執行)
姫路市母子殺害事件 (M) 42 1996/12/17 1985/11/29・12/3 7年9ヶ月 最高裁 大阪 9/12
2004年(2人執行)
附属池田小事件(宅間守) 40 2003/9/26 2001/6/8 1年0ヶ月 大阪地裁 大阪 9/14
熊本保険金殺人事件 (S) 40 1999/3/9 1988/3 5年6ヶ月 最高裁 福岡 9/14
2005年(1人執行)
高知・千葉連続強盗殺人事件 (K) 58 2000/2/4 1983/8・86/2 5年7ヶ月 最高裁 大阪 9/16
2006年(4人執行)
秋山兄弟事件 (A) 77 1987/7/17 1975/8/25 19年2ヶ月 最高裁 東京 12/25
栃木覚醒剤殺人事件 (F) 75 1993/9/9 1981/3/29 13年3ヶ月 最高裁 東京 12/25
広島タクシー運転手連続殺人事件 (H) 40 2000/2/9 1996/4~9 6年10ヶ月 広島地裁 広島 12/25
高知女性3人連続殺人事件 (F) 64 1999/6/26 1978・80・81 7年6ヶ月 最高裁 大阪 12/25
2007年(9人執行)
赤穂同僚妻子殺害事件 (N) 56 1992/9/29 1983/1/19 14年7ヶ月 最高裁 大阪 4/27
福岡連続保険金殺人事件 (M) 59 2000/3/15 1991 7年1ヶ月 福岡地裁 福岡 4/27
神奈川連続4人殺害事件 (M) 42 2000/9/8 1984.88.89.91 6年8ヶ月 最高裁 東京 4/27
栃木連続3人殺害事件 (T) 69 2000/12/11 1990/9.1993/7 6年8ヶ月 東京高裁 東京 8/23
富山夫婦射殺事件 (I) 60 2001/1/30 1991/5/7 6年7ヶ月 最高裁 名古屋 8/23
東京連続殺人事件 (I) 63 2001/2/6 1996/6/10.1999/7/8 6年6ヶ月 控訴取下げ 東京 8/23
徳島3人射殺事件 (I) 74 1996/3/4 1986/6/3 11年9ヶ月 最高裁 大阪 12/7
江戸川母子強盗殺人事件 (F) 42 2003/1/5 1999/4/19 4年11ヶ月 上告取下げ 東京 12/7
藤沢母娘殺人事件藤間静波 47 2004/6/25 1981/10~82/6 3年6ヶ月 最高裁 東京 12/7
2008年(15人執行)
徳島・愛知主婦連続強盗殺人事件 (M) 63 1997/4/28 1988.4~6 10年10ヶ月 最高裁 大阪 2/1
徳之島・実兄一家殺傷事件 (N) 37 2004/6/18 1997/4/18 3年8ヶ月 鹿児島地裁 福岡 2/1
JT女性社員逆恨み殺人事件 (M) 65 2004/10/13 1997/4/18 3年4ヶ月 最高裁 東京 2/1
大阪・宝石商強盗殺人事件 (N) 64 1997/1/28 1982/5/20 11年3ヶ月 最高裁 東京 4/10
滋賀・元同僚強盗殺人事件 (N) 61 2004/9/9 1989/10~12 3年7ヶ月 最高裁 大阪 4/10
群馬女子高生誘拐殺人事件 (S) 41 2004/10/29 2002/7/19 3年6ヶ月 東京高裁 東京 4/10
杉並資産家老女殺害事件 (O) 61 2005/3/3 1989/10 3年1ヶ月 最高裁 東京 4/10
東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件宮崎勤 45 2006/1/17 1988/8~89/7 2年5ヶ月 最高裁 東京 6/17
東京風俗店連続殺人事件 (M) 37 2005/10/17 1995/5 2年8ヶ月 最高裁 東京 6/17
宮城香川連続保険金殺人事件 (Y) 73 2005/1/25 1985/5・90/3 3年5ヶ月 最高裁 大阪 6/17
東灘区夫婦強盗殺人事件 (Y) 68 2006/4/4 2004/7 2年5ヶ月 神戸地裁 大阪 9/11
大阪地下鉄短大生強盗殺人事件 (A) 68 2001/12/6 1988/1/15 6年9ヶ月 最高裁 大阪 9/11
市貝町牧場夫婦強盗殺人放火事件 (H) 61 2006/9/1 1994/12/19 2年0ヶ月 最高裁 東京 9/11
飯塚事件 (K) 70 2006/9/8 1992/2/21 2年1ヶ月 最高裁 福岡 10/28
いわき市母娘強盗殺人事件 (T) 55 2006/12/20 2004/3/18 1年10ヶ月 上告取下げ 仙台 10/28
2009年(7人執行)
ドラム缶女性焼殺事件 (N) 39 2006/6/9 2000/4/4 2年7ヶ月 最高裁 名古屋 1/29
ドラム缶女性焼殺事件 (K) 44 2006/6/9 2000/4/4 2年7ヶ月 最高裁 名古屋 1/29
長野・愛知4連続強盗殺人事件 (N) 32 2007/1/11 2004/1~9 2年0ヶ月 控訴取下げ 東京 1/29
北九州母娘殺傷事件 (M) 58 1993/11/16 1990/3 15年2ヶ月 控訴取下げ 福岡 1/29
大阪姉妹殺害事件(Y) 25 2007/5/31 2005/11/17 2年1ヶ月 控訴取下げ 大阪 7/28
自殺サイト殺人事件(M) 40 2007/7/5 2005/2~6 2年 控訴取下げ 大阪 7/28
川崎中国人6人殺傷事件(C) 41 2006/6/27 1999/5/25 3年1ヶ月 最高裁 東京 7/28

[編集] 日本における未執行死刑囚の一覧

下記の表は、参考文献[17]や、新聞報道などを元に死刑判決確定順に作成したものである。また29位までとそれ以降は便宜上分けている。確定順29位までで20世紀に確定した事件である。事件名は基本的にウィキペディアの項目名にあわせているが、ないものについては犯罪状況から便宜的につけたものであり、実名表記をさけるために一般の報道名と異なる場合もあることを留意されたい。また事件名の後の死刑囚名であるが、同じくウィキペディアの項目に実名記載があるもののみ記載しており、それ以外は全て仮名としている。
下記にある「判決確定日」であるが、最高裁ないし下級審の場合には死刑判決が言い渡された判決公判が開かれた年月日が記入されている。地方裁判所の判決を不服として控訴する場合、判決公判から14日とされている(刑事訴訟法第373条)。そのため一審の死刑判決が控訴せずに実際に確定するのは2週間後である。また控訴取下げの場合は、取り下げにより原判決が確定した日である。
上告審の法的性格は法律審であるとの性格から、原則として証拠調べを行うことはない。ただし二審死刑判決の上告で公判ないし口頭弁論が開かれる慣行があるが、死刑判決の見直しが行われ、死刑が破棄された事例は2009年9月時点で11例(10件・15人)と少ない。最高裁判決の場合、10日以内に判決に誤りがあることを被告人などの当事者が発見した時には、申し出で訂正することができる(刑事訴訟法415条)とあるため、実際に最高裁判決が実際に確定するのは10日後である(刑事訴訟法418条)。ただし現実に最高裁判決が誤りがあるとして死刑判決が訂正されたことはない。

[編集] 長期拘置中の死刑囚(死刑確定上位29位まで記載)

事件名(仮名もしくは本名) 現在の年齢
(2008年現在)
逮捕後拘置期間 死刑確定日 事件発生年月日 判決確定後
拘置期間[18]
拘置先
1970年死刑確定
01 川端町事件(O) 61 41 11/12 1966/12/5 37 福岡
1972年死刑確定
02 名張毒ぶどう酒事件(O) 82 39[19] 6/15 1961/3/28 34 名古屋
1977年死刑確定
03 ピアノ騒音殺人事件(O) 79 34 4/16 1974/8/28 31 東京
1980年死刑確定
04 袴田事件(袴田巖) 71 42 11/19 1966/6/30 27 東京
1987年死刑確定
05 連続企業爆破事件大道寺将司 60 33 3/24 1971/12~1975/5 21 東京
06 連続企業爆破事件(片岡利明 60 33 3/24 1971/12~1975/5 21 東京
1988年死刑確定
07 九州連続保険金事件(H) 81 29 3/8 1978/3~1979/5 20 福岡
08 日立女子中学生誘拐殺人事件(W) 69 30 4/28 1978/10/16 20 東京
09 大阪4人連続殺人事件(W) 60 35 6/2 1967/4~1973/3 20 大阪
1989年死刑確定
10 女性2人殺人事件(I) 86 34 6/13 1973/8~1974/9 19 東京
11 「殺し屋」連続殺人事件(F) 64 35 10/13 1970/2~1973/4 18 東京
12 伊勢崎女子中学生殺人事件(U) 56 32 12/8 1976/4/1 18 東京
1990年死刑確定
13 熊本・主婦殺人事件(K) 58 29 4/3 1979/9/11 18 福岡
1992年死刑確定
14 市原両親殺害事件(S) 54 34 1/30 1974/10/30 16 東京
1993年死刑確定
15 連合赤軍事件坂口弘 61 36 2/19 1971~1972/2 15 東京
16 連合赤軍事件(永田洋子 62 36 2/19 1971~1972/2 15 東京
1994年死刑確定
17 北海道庁爆破事件大森勝久 58 32 7/15 1976/3/2 14 札幌
1995年死刑確定
18 山梨・新潟連続殺人事件(F) 49 22 6/8 1986/3 13 東京
19 山中湖殺人事件(I) 59 23 7/3 1984/10 13 東京
1997年死刑確定
20 大阪不動産会社連続殺人事件(Y) 69 26 2/19 1982/2 11 大阪
21 福岡内妻一家4人殺害事件(O) 66 32 9/11 1976/6/13 11 福岡
22 警察庁広域重要指定115号事件(J) 65 34 12/19 1984/9/4 11 大阪
1998年死刑確定
23 富山・長野連続女性誘拐殺人事件(M) 52 28 9/4 1980/2~3 10 名古屋
24 中村橋派出所警官殺害事件(S) 40 20 9/17 1989/5/16 10 東京
25 宮代事件(M) 52 28 10/8 1980/3/21 10 東京
26 群馬妙義山連続殺害事件(S) 44 27 10/8 1990/12.91/7 10 東京
27 埼玉友人3人殺害事件(T) 74 32 2/25 1972/2.74/2 10 東京
28 安中親子3人殺害事件(M) 60 28 9/13 1980/3/21 10 東京
2000年死刑確定
29 大阪兄弟連続強盗殺人事件(M) 48 18 4/4 1990/9~91/9 10 大阪

[編集] 未執行死刑囚一覧(30位以下)

確定順 事件名 判決確定日 確定裁判所 事件発生年月日 拘置場所
2001年死刑確定囚(1人)
30 市川一家4人殺人事件(S) 12/3 最高裁 1992/3/5 東京
2002年死刑確定囚(3人)
31 多摩市パチンコ店強盗殺人事件(B) 6/11 最高裁 1992/5/20 東京
32 多摩市パチンコ店強盗殺人事件(C) 6/11 最高裁 1992/5/20 東京
33 荒川女性バラバラ殺人事件(A) 10/24 上告取下げ 1999/1/9 東京
2004年死刑確定囚(10人)
34 警察庁広域重要指定121号事件(W) 4/19 最高裁 1992/3/5 東京
35 警察庁広域重要指定118号事件(A) 6/25 最高裁 1986-1991 仙台
36 警察庁広域重要指定118号事件(B) 6/25 最高裁 1986-1991 仙台
37 警察庁広域重要指定118号事件(C) 6/25 最高裁 1986-1991 仙台
38 コスモ・リサーチ強盗殺人事件(A) 9/13 最高裁 1988/1/9 大阪
39 コスモ・リサーチ強盗殺人事件(B) 9/13 最高裁 1988/1/9 大阪
40 高知連続保険金殺人事件(H) 11/19 最高裁 1987-1992/8 大阪
41 福岡県連続強盗殺人事件(A) 12/2 最高裁 1995/4/18 福岡
42 フィリピン人女性殺害事件(M) 12/14 最高裁 1998/12/25 名古屋
2005年死刑確定囚(8人)
43 茨城・同級生殺人事件(M) 1/27 最高裁 1989/8-9 東京
44 オウム真理教事件岡崎一明 4/7 最高裁 1989/10他 東京
45 警察庁広域重要指定119号事件(K) 6/7 最高裁 1986-1991 大阪
46 警察庁広域重要指定122号事件(K) 7/8 最高裁 1986-1991 大阪
47 群馬パチンコ店員連続殺人事件(T) 7/13 控訴取下げ 2003/2/23,4/1 東京
48 警察庁広域重要指定121号事件(S) 9/16 最高裁 1993/10.12 東京
49 仙台老夫婦強盗殺人事件(H) 9/26 最高裁 1986/2/20 八王子医療[20] 
50 大阪愛犬家連続殺人事件(U) 12/15 最高裁 1992-1993 大阪
2006年死刑確定囚(12人)
51 大阪右翼幹部殺害事件(K) 2/14 最高裁 1992.1994 大阪
52 三重古物商殺人事件(Y) 2/21 最高裁 1994/3.1995/3 名古屋
53 愛知静岡2女性殺害事件(T) 3/2 最高裁 1996/8.1997/9 名古屋
54 鶴見事件(T) 3/28 最高裁 1988/6/20 東京
55 豊中連続殺人事件(N) 6/13 最高裁 1998/2 大阪
56 堺市夫婦殺害事件(E) 9/7 最高裁 1997/10 大阪
57 オウム真理教事件松本智津夫 3/27 東京高裁
控訴棄却
1995/3/20他 東京
58 宮崎女性強盗殺人事件(I) 9/21 最高裁 1996/8.94/6 福岡
59 奈良女児誘拐殺人事件(K) 10/10 控訴取下げ 2004/11 大阪
60 栃木妻友人殺人事件(N) 10/12 最高裁 1988.89 東京
61 医師ら生き埋め殺人事件(T) 10/26 最高裁 1992/7 東京
2007年死刑確定囚(21人)
62 マニラ保険金連続殺人事件(A) 1/30 最高裁 1994/12-1996/6 名古屋
63 マニラ保険金連続殺人事件(B) 1/30 最高裁 1994/12-1996/6 名古屋
64 マニラ保険金連続殺人事件(C) 1/30 最高裁 1994/12-1996/6 名古屋
65 宮崎連続強盗殺人事件(M) /2/6 最高裁 2001/11-12 福岡
66 宇都宮宝石店放火殺人事件(S) 2/20 最高裁 2000/6/11 東京
67 名古屋スナック店主強盗殺人事件(T) 3/22 最高裁 2002/3/14 名古屋
68 武富士弘前支店強盗殺人・放火事件(K) 3/27 最高裁 2001/5/8 仙台
69 福山市女性強盗殺人事件(N) 4/10 最高裁 1992/3/29 広島
70 池袋通り魔殺人事件(Z) 4/19 最高裁 1999/9/8 東京
71 太州会内部抗争連続殺人事件(N) 6/12 最高裁 1997/10 福岡
72 春日部・中国人夫婦殺人事件(S) 6/19 最高裁 2000/9/22 東京
73 三重連続強盗殺人事件(H) 7/18 最高裁 1994/7~11 名古屋
74 熊谷4人殺傷事件(O) 4/10 控訴取下げ 2003/8/18 東京
75 オウム真理教事件横山真人 7/20 最高裁 1989/11等 東京
76 宇都宮監禁強盗殺人事件(G) 9/28 最高裁 2000/7~8 東京
77 オウム真理教事件(端本悟 10/26 最高裁 1995/3/20等 東京
78 マブチモーター社長宅殺人放火事件(O) 11/1 控訴取下げ 2002/8 東京
79 大和市主婦連続殺害事件(S) 11/6 最高裁 2001/8-9 東京
80 横浜一家殺害事件(F) 11/15 最高裁 2002/7/31 東京
2008年死刑確定囚(10人)
81 長崎・佐賀連続保険金殺人事件(S) 1/31 最高裁 1992/9-1998/10 福岡
82 オウム真理教事件(林泰男 2/15 最高裁 1995/3/20等 東京
83 三島女子短大生焼殺事件(H) 2/29 最高裁 2002/1/22 東京
84 栃木実弟殺人事件(H) 3/17 上告取下げ 2005/5 東京
85 京都・神奈川親族連続殺人事件(M) 4/8 控訴取り下げ 2007/1 大阪
86 入間暴力団組員5人射殺事件(Y) 4/23 最高裁 2003/12/14 東京
87 伊勢原母子殺人事件(K) 6/5 最高裁 2001/8/4 東京
88 下関通り魔殺人事件(U) 7/11 最高裁 1999/9/29 広島
89 本庄保険金殺人事件(Y) 7/17 最高裁 1995/6/3~1999/5/30 東京
90 須賀川女性祈祷師信者殺害事件(E) 9/16 最高裁 1995/1~6 仙台
2009年死刑確定囚(14人)
91 高岡暴力団組長夫婦射殺事件(I) 3/23 最高裁 2000/7/13 名古屋
92 熊本・松橋町強盗殺人事件(M) 4/3 上告取り下げ 2003/10/16 福岡
93 闇サイト殺人事件(B) 4/13 控訴取り下げ 2007/8/24 名古屋
94 和歌山毒物カレー事件(林眞須美) 4/21 最高裁 1998/7/25 大阪
95 埼玉愛犬家連続殺人事件(S) 6/5 最高裁 1993/4/20~1993/8/26 東京
96 埼玉愛犬家連続殺人事件(K) 6/5 最高裁 1993/4/20~1993/8/26 東京
97 群馬パチンコ店員連続殺人事件(O) 6/9 最高裁 2003/2/23,4/1 東京
98 市原ファミレス暴力団組員射殺事件(M) 6/15 最高裁 2005/4/25 東京
99 仙台強盗殺人事件(T) 6/23 最高裁 2001/1/8,2/3 仙台
100 前橋スナック乱射事件(K) 7/10 最高裁 2003/1/25 東京
101 オウム真理教事件早川紀代秀 7/17 最高裁 1989/2,1989/11/4 東京
102 オウム真理教事件(広瀬健一 11/6 最高裁 1989/2,1989/11/4 東京
103 オウム真理教事件(豊田亨 11/6 最高裁 1989/2,1989/11/4 東京

[編集] 再審で無罪になった死刑囚

事件名(仮名もしくは本名[21] 事件発生年月日 逮捕年月日 死刑判決確定日 再審無罪判決日 拘置期間
免田事件(免田栄) 1948/12/29 1949/1/13 1951/12/25 1983/7/15 34年6ヶ月
財田川事件(谷口繁義) 1950/2/28 1950/4/1 1957/1/22 1984/3/12 33年11ヶ月
島田事件(A) 1954/3/10 1954/5/24 1960/12/15 1989/1/31 34年8ヶ月
松山事件(斎藤幸夫) 1955/10/18 1955/12/2 1960/11/1 1984/7/11 28年7ヶ月

[編集] 恩赦で減刑になった主な死刑囚

事件名(仮名) 事件発生年月日 死刑判決確定日 恩赦日 備考
樺太・西柵丹強盗殺人事件(A) 1944/10/23 1945/7/17 1949/12/24 ソ連軍の樺太侵攻のため、公判記録が滅失。死刑執行手続が出来ないため、その特殊事情により恩赦減刑。
名古屋愚連隊殺人事件(A) 1947/6/21 1948/3/11 1949/3/23 犯行時17歳であったため、少年法改正により恩赦減刑
志和堀村両親殺害事件(A) 1948/6/12 1950/1 1952/4 広島県で発生した小学校助教員による尊属殺人[22]。他の死刑囚とともにサンフランシスコ講和条約批准恩赦で無期に減刑。
菅野村強盗殺人・放火事件(Y) 1949/6/10 1951/7/10 1969/9/10 戦後女性死刑囚第1号、重度の精神障害などのために減刑。1979年病死。
小田原一家5人殺害事件(A) 1949/9/14 1952/9/13 1952/4/28 犯行時19歳。一審判決時の判事が減刑のための運動をしたことでも知られる。仮釈放中の1984年7月8日に殺人未遂事件を起こした。
福岡事件(B) 1947/5/20 1956/4 1975/6/17 殺害現場にいた実行犯が恩赦減刑。現場にいなかった「主犯」は死刑執行。主犯とされたAについては冤罪と指摘されている

[編集] 執行されず死去した主な死刑囚

事件名(死刑囚名) 事件発生日 確定日 死去日 年齢 備考
三鷹事件(竹内景助) 1949/7/15 1955/6/22 1967/1/18 45 本人は陰謀説による冤罪を主張。拘置所が本人の頭痛の訴えを拘禁症状として無視したところ、脳腫瘍であり重度の痴呆状態に陥り死亡。後に国は竹内の遺族に慰謝料を支払った
新潟デザイナー誘拐殺人事件(Y) 1965/1/13 1971/5/11 1977/5/21 35 東京拘置所の独房の窓ガラスを割り、その破片で首を切り自殺。
福岡現金輸送車職員毒殺事件(T) 1964/12 1970/1/27 1975/10/3 38 死刑執行当日の朝、左手首を剃刀で切り付け自殺。以来、死刑囚に対し死刑執行を前日に通知しなくなったとされる。また当日は2人に死刑が執行されるはずであったが、死刑執行日の自殺は極めて稀である。
帝銀事件平沢貞通 1948/1/26 1955/5/7 1987/5/10 95 現在も冤罪との指摘がある。それゆえか最後まで死刑執行が行われなかった。
牟礼事件佐藤誠 1950/4/13 1958/8/5 1989/10/27 81 実行犯による証言のみ。物的証拠がないため冤罪との指摘がある。
北海道・平取町一家殺害事件(O) 1979/7/18 1993/12/10 1999/11/8 55 札幌拘置所で入浴中、剃刀で首を切りつけて自殺。
名古屋連続強盗殺人事件(U) 1993/2~3 2001/9/20 2003/2/28 33 強盗で2名殺害、1名重傷。他にも窃盗など余罪多数。拘置中に突然死した。
波崎事件(T) 1963/8/26 1976/4/1 2003/9/3 86 物証と自白がないまま死刑が言い渡された為、冤罪との指摘がある。晩年は寝たきりの状態であった。
北海道・空知女性2人殺害事件(H) 1972/5,1974/5 1990/9/13 2004/6/4 70 本人は冤罪を主張。ガンにより病死。
自殺偽装夫殺害事件(H) 1974/8,1978/4 1991/1/31 2007/7/17 75 女性死刑囚としては戦後5人目。急性心筋梗塞で入院し間質性肺炎を併発し病死。
岡山女性殺害事件(U) 2001/8/9 2007/11/30 2008/2/7 68 殺人罪で服役し仮釈放された無期懲役囚による再犯。歴史上初めて、法務大臣自身が死亡の事実を記者発表した。
山中湖殺人事件(S[23] 1984/10/11 1993/7/5 2008/12/16 68 元警視庁警部の死刑囚。2007年に胃がんが判明、手術したが完治できず、延命治療を拒否したため多臓器不全で死亡。獄中で『東京拘置所死刑囚物語』や『なぜ死刑なのですか―元警察官死刑囚の言い分』などの多数の著作を出版
名古屋福岡連続殺人事件(P) 1995/1 2006/11/24 2009/1/4 62 かつて交際していた女性を名古屋で殺害し、逃走先の福岡でタクシー強盗殺人をしたとして死刑が確定した在日韓国人。体調不良と発熱を訴え抗生剤を投与されたが、就寝中に肺炎になり翌日死亡が確認された。
高岡暴力団組長夫婦射殺事件(W) 2000/7/13 2009/1/22 2009/5/2 56 死刑判決確定4ヶ月弱で病死。もう一人の主犯も死刑が、共犯は懲役18年がそれぞれ確定している。
三崎事件(A) 1971/12/21 1990/10/16 2009/9/3 82 冤罪との指摘がある。敗血症で死去。死刑確定の翌年に再審請求し、死亡時も地裁で審理されていた。晩年は糖尿病のため失明。
小田原強盗殺人事件(A) 1988/12~1989/1 2004/4/27 2009/10/27 72 肺炎のため死亡。


[編集] 日本の死刑囚の事例

生き返った死刑囚

詳細は「石鐵県死刑囚蘇生事件」を参照

1872年石鉄県(現在の愛媛県)の久万山騒動に参加し、役所に放火した田中藤作(当時31歳)が絞首刑執行後に蘇生した事例があった。彼は「既に死刑が執行されており、再度執行する法的根拠がない」として、放免と原籍編入を指示された。原因は当時の処刑器具「絞柱」に構造欠陥があったため確実に絶命させられなかったためといわれている。ほかにも同時期に2人がおなじように蘇生したとされるが、こちらについての伝承は明らかではない。
執行されなかった死刑囚
1945年8月9日にアメリカ合衆国が行った長崎市への原子爆弾投下では、爆心地近くに戦時中の規定で九州地区唯一の処刑場に指定されていた長崎刑務所浦上刑務支所があったため、死刑囚2名(4名とする書籍もある)も含む刑務所にいた全員が一瞬にして死亡した。
戦後在日米軍によって処刑された少年死刑囚
上坂冬子著『巣鴨プリズン13号鉄扉』によれば、ほかの戦争犯罪人と同じように当時18歳の少年が死刑になった事実があるという。それによれば1945年12月19日に札幌にあった進駐軍宿舎に盗みに入った少年が、米兵を殺害したために、アメリカ軍の軍事法廷でわずか2日の審理で1946年1月23日に死刑が確定、5月17日に巣鴨プリズンで絞首刑になった。
過去に長期収監されていた死刑囚
平沢貞通‎死刑囚は、1955年4月7日に最高裁で上告棄で死刑確定後、歴代法務大臣が死刑執行命令書へ署名しなかったために執行されないまま、1987年5月10日に獄中で95歳で病死した。確定死刑囚の収監期間37年(逮捕後通算46年)は世界最長[24]であり、ギネス・ワールド・レコーズにも世界記録として認定されている。
福岡事件のうち、実行犯とされた死刑囚は1947年に逮捕され死刑確定後の1975年に恩赦により無期懲役に減刑された。この時点で28年収監されていたが、仮出所したのが1989年の事であり、釈放された元死刑囚の収監期間としては最長の42年7ヶ月の記録を持つ。
現在、長期収監されている死刑囚
冤罪と主張される死刑囚の執行は避けられる傾向にある。これは執行された後で仮に無罪の証拠が発見された場合、もはや回復不能であることが理由である。実際に名張毒ぶどう酒事件では1972年に死刑確定後、冤罪との可能性が指摘されていることから執行は行われていない。同様に川端町事件の死刑囚も1970年確定後執行されていない。
1974年に発生したピアノ騒音殺人事件の死刑囚は1977年に死刑判決が確定したが、2008年現在死刑が執行されていない。これは犯行動機(近隣騒音)に同情した一般人が減刑嘆願運動を繰り広げられたほか、控訴審で行われた精神鑑定で責任能力なしの判断が出され、無期懲役に減刑される可能性があったにもかかわらず、死刑囚が「刑務所内の騒音に耐えられず、死にたい。」との理由で控訴を取り下げた事情がある。現在彼は精神異常が亢進しているといわれており、今後も死刑執行が行われない可能性があり、冤罪が疑われる死刑囚以外としては、前述の平沢の確定死刑囚としての年数が更新される可能性がある。
確定後、最も執行までの収監期間が長かった死刑囚
1975年に発生した秋山兄弟事件は、兄弟2人が犯した事件であったが、裁判では相手が主犯であると擦り合った。裁判所は弟を主犯と認定し死刑に、兄を無期懲役にした。死刑確定したのは1987年であったが死刑が執行されたのは2006年であった。そのため、判決確定後19年2ヶ月で死刑が執行され、その待機期間としては最長であった。また執行時の年齢が77歳であったが、記録が残る中では日本国憲法下では最高齢の記録である。
日本の女性死刑囚

詳細は「女性死刑囚」を参照

現代の日本における死刑囚の大半は男性である。そのため女性死刑囚は多くなく、第二次世界大戦後死刑判決が確定した女性死刑囚は11人である。戦後初めて女性に対し死刑判決が確定したのは1949年に発生した菅野村強盗殺人・放火事件の女性に対するものであったが、彼女は精神異常と結核のため恩赦されている。戦後初めて死刑が執行されたのは1960年に発生したホテル日本閣殺人事件の主犯(確定は3番目)に対するもので1970年に執行された。また同じ年には女性連続毒殺魔事件で確定した68歳の女性(確定は2番目)も執行されている。また1997年に夕張保険金殺人事件の主犯の妻が執行されている。そのため11人のうち3人が執行され、1人が恩赦、2007年に1人が獄死している。2009年5月現在6人が収監中であるが、そのうち2004年11月に確定した女性は当時77歳で現在81歳であり、高齢による衰弱が激しく死刑が執行される可能性は低いといわれている。

[編集] アメリカ合衆国における死刑囚

アメリカの死刑制度の概要については、アメリカ合衆国における死刑も参照のこと。

アメリカ合衆国はいわゆる民主主義国家では世界最大の死刑判決と執行の多い国である。そのため世界最多の未執行死刑囚のいる国である。一時期死刑制度が廃止になっていた時期もあるが、1976年以降復活しており、2009年現在、連邦と軍隊と35州が法律上死刑制度を採用している。1977年から2008年まで全米で1136人に執行されているが、未執行の死刑囚が3308人いる。

全米ではテキサス州(1976年以降では423人執行、373人未執行)以外では死刑執行は少なく、たとえばカリフォルニア州では1976年以降13人の死刑が執行されたが、現在も全米最多の667人の未執行死刑囚が収監されており、これらの多くの者は事実上の仮釈放のない終身刑受刑者といえる。たとえばチャールズ・マンソン1934年生まれ)ら4人の死刑囚はシャロン・テートら4人(胎児を含めると5人)を殺害したが、死刑制度の一時廃止により実務上終身刑(恩赦減刑されたわけではない)となっている実例がある。なお、彼は仮釈放申請を通算11回行ったが、依然として大量殺人者としての危険性があるとして認められていない。また次に仮釈放の申請できるのは2012年の予定である。

アメリカは日本と同じく死刑制度存置国と主張されるが、州によって司法制度が大きく異なっていることから実際に死刑になる確率も異なる。アメリカの総人口は約3億1400万人であるが、全米の死刑執行の5分の2を占めるテキサス州の人口は約2200万人であり、カリフォルニアに次いで全米で2位の人口を有しているとはいえ死刑になる確率は格段に高い。そのため、死刑制度が廃止もしくは事実上停止されている州も多くあることからアメリカ国内でさえ「死刑の格差」がある現実がある。同じ凶悪犯であってもホノルルボストンニューヨークでは逮捕起訴されても死刑にはならないが、ダラスではほぼ確実に死刑が執行されるわけである。そのうえ死刑制度存置州でも州知事の死刑執行命令を出すペースに大きな違いがあるため、相当危険なシリアルキラーでもなければ、執行されない傾向にある。なお、人口比でもっとも死刑囚が多いのはワイオミング州であるが、同州は全米一人口が少ない(約50万人)ためであり、凶悪犯罪が多いわけではない。

また、アメリカでは凶悪犯を犯罪現場で射殺する場合がどの州でも行われており「裁判によらない死刑」と揶揄される場合もあるが、これは銃火器所持を憲法で保障された銃社会であることから、これらの銃器で武装した犯罪者の攻撃から警察官の身の安全のための正当防衛であり、いたしかたがない面もある[25]

[編集] アメリカ合衆国の死刑囚の実情

[編集] 死刑囚の収容先及び執行場所

アメリカ合衆国における死刑は、連邦政府の管理下で発生した犯罪に対するものは連邦政府、軍隊内で発生した犯罪に対するものは軍刑務所が執り行うことになっている。またアメリカを構成する州は各々適用される刑法が異なる為、死刑制度も大きく異なる。また全米のうち死刑制度を存置する35州以外では死刑制度そのものが廃止されているため、以下のリストは連邦政府と軍隊および存置州のみである。ただし、存置州であってもニューハンプシャー州は1940年代以降死刑囚がいないため、事実上死刑廃止州となっている。またカンザス州やニューヨーク州では死刑制度が事実上廃止状態であるため、リストにある死刑執行場所は有名無実化しているといえる。

州名 男性死刑囚収容先 女性死刑囚収容先 死刑執行施設
連邦政府 Terre Haute, インディアナ (Federal Correctional Complex, Terre Haute) Terre Haute, インディアナ (Federal Correctional Complex, Terre Haute) Terre Haute, インディアナ (Federal Correctional Complex, Terre Haute)
軍隊 レブンワース砦カンザス州レブンワース郡) アメリカ合衆国教化隊 San Diego, カリフォルニア (Naval Consolidated Brig, Miramar-Marine Corps Air Station Miramar) Terre Haute, インディアナ (Federal Correctional Complex, Terre Haute)
カリフォルニア州 サン・クエンティン州立刑務所 Chowchilla (Valley State Prison for Women) サン・クエンティン州立刑務所
テキサス州 Livingstone (Polunsky Unit) Gatesville (Mountain View Unit) Huntsville (Huntsville Unit)
ニューヨーク州 Dannemora (Clinton Correctional Facility) Bedford Hills (Bedford Hills Correctional Facility for Women) Beekman (2008年に廃止)
フロリダ州 Starke (Florida State Prison) Lowell (Lowell Correctional Institution) Starke (Florida State Prison)
ペンシルベニア州 Both State Correctional Institutions in Waynesburg and State Correctional Institution - Graterford Muncy (State Correctional Institution) State Correctional Institution - Rockview
イリノイ州 Pontiac Correctional Center Dwight Tamms Correctional Center
オハイオ州 Youngstown (Ohio State Penitentiary) Marysville (Ohio Reformatory for Women) Lucasville (Southern Ohio Correctional Facility)
ノース・カロナイラ州 Raleigh (Central Prison) Raleigh (Correctional Institution for Women) Raleigh (Central Prison)
ジョージア州 ジャクソン アトランタ ジャクソン (Georgia Diagnostic and Classification State Prison)
バージニア州 Waverly (Sussex I State Prison) (Fluvanna Correctional Center) Greensville Correctional Center
ワシントン州 Walla Walla (Washington State Penitentiary) Gig Harbor (Washington Corrections Center for Women) Walla Walla (Washington State Penitentiary)
インディアナ州 Michigan City (Indiana State Prison) Indianapolis (Indiana Women's Prison) Michigan City (Indiana State Prison)
ミズーリ州 Bonne Terre (Eastern Reception, Diagnostic and Correctional Center) Fulton Bonne Terre (Eastern Reception, Diagnostic and Correctional Center)
テネシー州 Nashville (Riverbend Maximum Security Institution) Nashville (Tennessee Prison for Women) Nashville (Riverbend Maximum Security Institution)
メリーランド州 Baltimore (Maryland Correctional Adjustment Center) Jessup (Maryland Correctional Institution - Women) Baltimore (Metropolitan Transition Center)
アリゾナ州 Arizona State Prison Complex - Florence Arizona State Prison Complex - Perryville Arizona State Prison Complex - Florence
アラバナ州 Atmore (Holman Correctional Facility) Wetumpka (Julia Tutwiler Correctional Center for Women) Atmore (Holman Correctional Facility)
コロラド州 Canon City (Colorado State Penitentiary) Canon City (Colorado Women's Correctional Facility) Canon City (Colorado State Penitentiary)
ルイジアナ州 アンゴラ (Louisiana State Penitentiary) St Gabriel (Louisiana Correctional Institute for Women) アンゴラ (Louisiana State Penitentiary)
サウス・カロライナ州 Ridgeville (Lieber Correctional Institution) コロンビア Columbia (Broad River Correctional Institution)
ケンタッキー州 Eddyville (Kentucky State Penitentiary) Pewee Valley (Kentucky Correctional Institute for Women) Eddyville (Kentucky State Penitentiary)
コネチカット州 Somers (Northern Correctional Institution) New Haven (New Haven Correctional Institution) Somers (Osborn Correctional Institution)
オクラホマ州 McAlester (Oklahoma State Penitentiary) Oklahoma city McAlester (Oklahoma State Penitentiary)
オレゴン州 セーラム (Oregon State Penitentiary) Wilsonville (Coffee Creek Correctional Facility) Salem (Oregon State Penitentiary)
カンザス州 El Dorado (El Dorado Correctional Facility) Topeka (Topeka Correctional Facility) Lansing (Lansing Correctional Facility)
アーカンソン州 Grady (Varner Unit) Pine Bluff (Pine Bluff Unit) Grady (Cummins Unit)
ミシシッピー州 Parchman (Mississippi State Penitentiary) Pearl Parchman (Mississippi State Penitentiary)
ネブラスカ州 Tecumseh (Tecumseh State Correctional Institution) York (Nebraska Correctional Center for Women) Lincoln (Nebraska State Penitentiary)
ネバタ州 Ely (Ely State Prison) Carson City Carson City (ネバタ州立刑務所)
ニューメキシコ州 サンタフェ (Penitentiary of New Mexico) Grants (New Mexico Women's Correctional Facility) サンタフェ (Penitentiary of New Mexico)
ユタ州 Draper (ユタ州立刑務所) Gunnison (Central Utah Correctional Facility) Draper (Utah State Prison)
アイダボ州 Boise (Idaho Maximum Security Institution) Pocatello (Pocatello Womens Correctional Center) Boise (Idaho Maximum Security Institution)
ニューハンプシャー州 Concord Goffstown (New Hampshire State Prison for Women)
サウスダゴタ州 Sioux Falls (South Dakota State Penitentiary) Pierre, South Dakota (South Dakota Women's Prison) Sioux Falls (South Dakota State Penitentiary)
デラウェア州 Smyrna (Delaware Correctional Center) New Castle (Delaware State Women's Prison) Smyrna (Delaware Correctional Center)
モンタナ州 Deer Lodge (Montana State Prison) Warm Springs Deer Lodge (Montana State Prison)
ワイオミング州 Rawlins (Wyoming State Penitentiary) Lusk (Wyoming Women's Center) Rawlins (Wyoming State Penitentiary)

[編集] 死刑執行数及び未執行囚の一覧

アメリカ合衆国最高裁判所は1972年に死刑制度を憲法違反とする判例を出した為、全米で死刑が廃止された。ただし、1976年に条件付で死刑制度は合憲とされたため、全米37州で死刑制度が復活した。しかし、テキサス州のように死刑の言い渡しと執行が多い州もある一方で、死刑の執行が殆ど行われていない州もある。またニュージャージー州のように2008年に廃止した州や、全く死刑の執行のない州もある。なお、州の場合死刑執行命令を出すのは州知事であり、連邦政府の場合には合衆国大統領である。

州名 1972年以前の執行数 1976年以後の執行数 2008年現在の未執行死刑囚 備考
連邦政府 340 3 51 2001年再開
軍隊 1206 0 9 軍法会議による死刑。1961年以来執行無
テキサス州 755 423 373 1983年再開、全米一の死刑執行数である
ヴァージニア州 1277 102 21 1982年再開
オクラホマ州 132 88 84 1990年再開
ミズーリ州 285 66 48 1989年再開
フロリダ州 314 66 397 1979年再開、一方で冤罪で釈放された死刑囚も20人以上いた
ノースカロライナ州 784 43 173 1984年再開、2007年事実上停止
ジョージア州 950 43 107 1983年再開
サウスカロライナ州 641 40 63 1985年再開
アラバマ州 708 38 203 1983年再開
オハイオ州 438 28 188 1999年再開
ルイジアナ州 632 27 88 1983年再開
アーカンソー州 478 27 40 1990年再開
アリゾナ州 104 23 188 1992年再開
インディアナ州 131 19 19 1981年再開
デラウェア州 62 14 19 1992年再開
カリフォルニア州 709 13 667 1992年再開
イリノイ州 348 12 13 1990年再開、2004年に当時の知事が167人の死刑囚を終身刑に減刑
ネバダ州 61 12 77 1979年再開
ミシシッピ州 351 10 64 1983年再開
ユタ州 43 6 9 1977年再開
メリーランド州 309 5 5 1994年再開、ただし近年死刑廃止の動きがある
テネシー州 335 4 102 2000年再開
ワシントン州 105 4 9 1993年再開
ネブラスカ州 34 3 10 1996年再開
ペンシルベニア州 1040 3 228 1995年再開
モンタナ州 71 3 2 1995年再開
ケンタッキー州 424 3 38 1997年再開
オレゴン州 122 2 35 1996年再開
コロラド州 101 1 2 1997年再開
コネチカット州 126 1 10 2005年再開
アイダホ州 26 1 19 1994年再開
ニューメキシコ州 73 1 2 2001年再開、2009年廃止
サウスダコタ州 15 1 3 2007年再開
ワイオミング州 22 1 2 1992年再開
カンザス州 57 0 9 1965年以来執行無
ニューハンプシャー州 24 0 1 1939年以来執行無
ニューヨーク州 1130 0 0 法律上は存置していたが、2004年に州最高裁が死刑制度を州憲法違反としたため事実上廃止。1963年以来執行無
ニュージャージー州 361 0 0 2008年死刑廃止。1963年以来執行無
アラスカ州 12 0 0 1959年死刑廃止
ハワイ州 49 0 0 1959年死刑廃止
アイオワ州 45 0 0 1965年死刑廃止
メーン州 21 0 0 1887年死刑廃止
マサチューセッツ州 345 0 0 1884年死刑廃止
ミシガン州 13 0 0 死刑廃止州
ミネソタ州 66 0 0 死刑廃止州
ノースダコタ州 8 0 0 死刑廃止州
ロードアイランド州 52 0 0 1852年死刑廃止
バーモント州 26 0 0 死刑廃止州
ウエストバージニア州 155 0 0 死刑廃止州
ウィスコンシン州 1 0 0 1853年死刑廃止
コロンビア特別区 118 0 0 ワシントンD.C,1981年死刑廃止
プエルトリコ 23 0 0 死刑廃止
合衆国全体 14,685 1,136 3,308
出典はウィキペディア英語版「アメリカ合衆国における死刑」より

[編集] 1976年以降の年別死刑執行数の一覧

(作成中)

[編集] アメリカ合衆国の死刑囚の事例

助命嘆願の多かった女性死刑囚
近年、その死刑執行に対し中止を求める世論が沸き起こったテキサス州の女性死刑囚にカーラ・フェイ・タッカー(en:Karla Faye Tucker)がいた。彼女は元彼氏とその女友達を殺害したとして1998年2月に死刑執行が決定していた。それに対し彼女がテレビ番組に出演しキリスト教徒として自らの罪を悔い改め、世の中の人々に役立つ行いをしていきたいとい語ったことから、全米から助命嘆願が寄せられた上、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世まで助命嘆願をした。また彼女の死刑執行反対デモが行われた。しかし当時のジョージ・W・ブッシュ知事(アメリカ合衆国第43代大統領)が、恩赦を拒否し執行命令を撤回しなかったため、執行された。その後、アメリカではカーラ役にジェニファー・ジェイソン・リーを起用した"Crossed Over: A Murder/A Memoir"(邦題:クロスオーバー ふたりの女)というテレビドラマが制作された。また現在でも、アメリカでは彼女を偲んだインターネットサイトが存在している。
オリンピックの金メダリストの死刑囚
ジェームス・ハワード・スヌーク(en:James H. Snook)は1920年に開催されたアントワープオリンピック大会で射撃団体で金メダルを獲得した、オハイオ大学の獣医学の教師であった。しかし29歳の不倫相手の女性を殺害したため、1930年に死刑になった。
電気椅子で処刑された日本人死刑囚
アメリカ合衆国で発明された処刑法に電気椅子がある。最初に行われたのは1890年のことであったが、2番目に執り行われたのは1891年ニューヨーク州在住の渋谷重次郎(アメリカの記録ではJUGIGO SUBIHICKとなっている)なる35歳の日本人船員との記録がある。罪名は殺人であるが詳細は不明である。
二回電気椅子に座った死刑囚
ウィリー・フランシス(en:Willie Francis)は、電気椅子に1946年に座ったが、歴史上初めて処刑に失敗した死刑囚として有名である。原因は電気回路の設置に不備があり致死量の電流が流れなかった為である。彼自身は冤罪を主張していたほか、二度も電気椅子にかけるのは残虐で異常な刑罰であると主張したが、いずれも受け入れられず、1947年に再度電気椅子に座らされた。
電気椅子をショートさせた死刑囚
アルバート・フィッシュは正確な数は不明であるが、多数の児童を殺害した連続殺人犯で食人魔として悪名高い。彼は電気椅子に座った際、通電とともに電気回路がショートしてしまった。原因は異常性癖で下腹部に針を29本も差し込んでいたためである。そのため、二度目の通電が必要になった。
執行前夜にパーティーを開いた死刑囚
ゲイリー・ギルモアen:Gary Gilmore)は、長期の刑務所生活を望まなかったため「死刑にされる権利」を州知事に要求し、希望が叶えられ1977年1月17日にユタ州で銃殺刑になった。彼の死刑執行以後アメリカで死刑執行が再開された。だが、彼は死刑執行前日に親戚とマスコミを集めたパーティーを開いた。
執行命令署名によって生誕国から抗議を受けた州知事
2005年にカリフォルニア州のアーノルド・シュワルツェネッガー州知事がスタンリー・ウィリアムズに対し死刑執行命令に署名したが、ウィリアムズに対しアメリカ内外から助命嘆願が寄せられたが、予定通り執行された、これに対しシュワルツネッガーの出身地であるオーストリアのグラーツでは、彼に因んで命名されていたサッカー競技場が抗議のため改名された。これはオーストリアでは1950年に死刑制度を廃止しており死刑執行命令に批判が高まっていたためである。なお同知事は2005年に2人、2006年に1人のあわせて3人に対し死刑執行命令を出しているが、これは前任者2人よりも少ない。


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[編集] 世界の死刑囚の事例(アメリカ以外)

海外で収監されている日本人死刑囚
中華人民共和国では麻薬犯罪について最高刑は死刑を規定しているが、2008年7月1日現在、日本人4人の死刑囚がいる[26]。いずれも、中国から日本に覚醒剤を持ち込むための「運び屋」であったが、中国当局に検挙され、裁判で執行猶予のない死刑が確定している。なお中国では死刑執行命令は最高人民法院(最高裁)が下す規定になっているが、現在のところ執行されていないようである。
同様に1994年にフィリピンでも麻薬密輸を企てたとして日本人が拘束され、死刑判決が出されている[27]。なお、フィリピンでは死刑制度が現在廃止されているため、即座に処刑される可能性はないが、同国の刑務所の収監費用は囚人負担であるほか、本人は麻薬だと知らずに友人から渡されたと冤罪を主張している。
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[編集] 参考文献

[編集] 脚注

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  1. ^ 別冊宝島『死刑囚最後の1時間』より
  2. ^ 佐久間哲、「死刑に処す-現代死刑囚ファイル-」、自由国民社、2005年、102頁
  3. ^ 坂本敏夫『東京拘置所のすべて』日本文芸社
  4. ^ 別冊宝島「死刑囚最後の1時間」宝島社 2007年
  5. ^ 坂本敏夫『東京拘置所のすべて』日本文芸社
  6. ^ 佐久間哲、「死刑に処す-現代死刑囚ファイル-」、自由国民社、2005年より、著名な事例として財田川事件香川県)の元死刑囚がいる
  7. ^ 村野薫「増補・改訂版 戦後死刑囚列伝」宝島社 2002年 11頁
  8. ^ 村野薫「増補・改訂版 戦後死刑囚列伝」宝島社 2002年 11頁
  9. ^ 近藤昭二の『誰も知らない「死刑」の裏側』二見書房 2008年
  10. ^ 別冊宝島『死刑囚最後の1時間』の表より一部引用(2007年以降は新聞報道から加算)
  11. ^ 年末の確定死刑囚の収容者数
  12. ^ ハンセン病問題に関する検証会議 最終報告書・「藤本事件の真相」(PDF)
  13. ^ 被害者の死刑囚にとって、古谷が裁判にかけられて死刑執行が遅れるほうが、自身の余命を短くなるため、刑事告訴を行われなかったという。
  14. ^ 事件名は便宜上のものにしている場合がある
  15. ^ ウィキペディアの項目に実名記載があるもののみ記載
  16. ^ 1988年10月取り下げ。昭和天皇崩御の際に死刑囚の恩赦があることを期待しての行為であったが、死刑囚の恩赦は実施されず。
  17. ^ 別冊宝島1525「日本タブー事件史3」宝島社27頁
  18. ^ 2008年6月現在
  19. ^ 一審は無罪判決であった為釈放されていた時期あり
  20. ^ 病気治療のため、過去に心身喪失状態となり5年間公判停止したこともある。仙台拘置所に収監されていた
  21. ^ ウィキペディアの項目に実名記載があるもののみ記載
  22. ^ 広島県警察史編さん委員会編 『広島県警察史 下巻』広島県警察本部、1972年
  23. ^ 共犯も1995年に死刑が確定
  24. ^ ただし、後述の川端町事件の死刑囚が記録を更新する可能性がある
  25. ^ 日本でも実例は少ないが瀬戸内シージャック事件など、犯人射殺で解決に至った事件もある
  26. ^ 朝日新聞2008年7月1日朝刊
  27. ^ 懲役のない刑務所 ~フィリピンの日本人死刑囚~

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月22日 (日) 02:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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