残飯
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残飯(ざんぱん)は、食事の食べ残しである。そのままでは生ごみになるものだが、家畜の餌、肥料、人間の食事など、様々に利用される。
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[編集] 戦前の残飯食
明治時代の日本では、軍隊から出る残飯を安く買い、都市の貧民に販売する業者が存在した[1]。醤油や汁がしみこんだ米飯を水で洗い、笊にあげて水を切り、味噌漉し一杯分を単位にして売った[2]。味噌汁(残汁)、香の物や肴(残菜)もそれぞれ値を付けて売った。他に量的に少ないが工場、料理屋からの残飯、監獄のまずい麦飯の残りも売られた[3]。価格は米価に応じて変動したが、1895年、1896年頃の東京で、上等の残飯が1銭で4椀、焦飯が1銭で5椀買えた[4]。購買者は都市の貧民だが、彼らにとっても下等の食事である。安価であったが需要を満たすには量が足りず[5]、たちまち売り切れるのを常とした。以上は東京の例だが、他都市にも残飯業者があった[6]。
[編集] 現代の残飯利用
一般家庭では、ペットなどを飼っているところでは、ペットの犬や猫に食べさせたり、あるいはガーデンニングのための生ごみ堆肥(コンポスト)を作るのに利用されることもある。さもなければ、ただの生ごみとして捨てられる。
学校、病院などの大規模事業所から出る大量の生ごみは、養豚、養鶏などの畜産業者が引き取って、家畜の飼料にしているところもある。またカリフォルニア大学デービス校では、生物農業工学部のルイホン・ツァン教授が残飯や廃棄物を利用した発電プロジェクトを研究している[7][8]。
[編集] 註
- ^ 以下この節の解説は、『明治東京下層生活誌』所収の諸記事・論文、横山源之助『日本の下層社会』による。
- ^ 「府下貧民の真況」、『明治東京下層生活誌』27-28頁。
- ^ 「下谷区万年町貧民窟の真況」、『明治東京下層生活誌』238-239頁。横山<源之助『日本の下層社会』53頁。
- ^ 横山源之助『日本の下層社会』53頁。
- ^ 横山源之助『日本の下層社会』53頁。
- ^ 仙台については『仙台市史』通史編6(近代1)295頁(仙台市、2009年)、金沢については『日本の下層社会』74頁。
- ^ UC Davis News & Information :: New Technology Turns Food Leftovers Into Electricity, Vehicle Fuels
- ^ ITmedia News:米大学、残飯や廃棄物を使った発電プロジェクトを開始
[編集] 参考文献
- 中川清・編『明治東京下層生活誌』(岩波文庫)、岩波書店、1994年、ISBN 4-00-331951-6。
- 『朝野新聞』1886年(明治19年)連載記事「府下貧民の真況」。中川清・編『明治東京下層生活誌』所収。
- 『報知新聞』1897年(明治30年)連載記事「昨今の貧民窟」。中川清・編『明治東京下層生活誌』所収。
- 斎藤兼次郎「下谷区万年町貧民窟の真況」、『直言』1905年(明治38年)連載。中川清・編『明治東京下層生活誌』所収。
- 横山源之助『日本の下層社会』、1899年(明治32年)。岩波書店、1949年、ISBN 4-00-331091-8。
[編集] 関連項目
- 食品廃材 - 食品の加工過程で発生する廃棄物。
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