殤帝 (唐)
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| 殤帝 李重茂 | ||
|---|---|---|
| 唐 | ||
| 7代皇帝 | ||
| 王朝 | 唐 | |
| 在位期間 | 710年 | |
| 姓・諱 | 李重茂 | |
| 生年 | 695年 | |
| 没年 | 713年 | |
| 父 | 中宗(末子) | |
| 年号 | 唐隆 : 710年 | |
殤帝(しょうてい)は唐朝の第7代皇帝。
[編集] 生涯
初めは北海王に封じられ、後に温王に転封となった。710年に父の中宗が継母の韋后・安楽公主母娘に毒殺された後に、彼は継母の韋后によって皇位に即けられた。だが、韋后は武則天同様に王朝の簒奪を狙っており(武韋の禍)、李重茂は禅譲のための傀儡として即位させられたに等しかった。だが、1ヶ月後には叔母の太平公主と従兄の李隆基(玄宗)の手により韋后母娘とその一族は殺害された。やがて彼は、従兄の李隆基の手によって、その父親で李重茂の叔父の睿宗に譲位させられた。皇位を廃された李重茂は元の温王に戻されるが、713年に亡くなっている。或いは殺害された可能性もあるが、史書にはその理由を記した記録は残っていない。
[編集] 年号
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最終更新 2009年3月2日 (月) 11:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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