比企氏
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比企氏(ひきし)とは、俵藤太藤原秀郷の末裔を称する関東の豪族。一族は族滅したため、詳細な史料が残らず、系譜も明らかではないが、平安時代末期に武蔵国比企郡(現在の埼玉県比企郡)を領した事から比企を名乗った。一族である比企尼が源頼朝の乳母を務めた関係から、比企氏は早い時期から頼朝を支えた御家人となる。比企氏の家督を継いだ能員が、頼朝の嫡男で鎌倉幕府二代将軍となる頼家の乳母父となった事から、将軍外戚として権勢を強めた。しかし頼家の母方の外戚である北条氏との対立により比企能員の変(比企の乱)が起こり、一族は滅亡した。
[編集] 一族
- 比企掃部允(ひきかもんのじょう)…頼朝の伊豆配流に伴い、武蔵国比企郡の郡司職となって妻と共に都から領地に下向した。系図で実名を遠宗とするものもある。『吾妻鏡』治承4年(1180年)8月9日条に、平家が比企掃部允と北条時政が頼朝を大将に立てて謀反を企てていると警戒していた事が語られるが、掃部允はこの時すでに死去している。
- 比企尼…頼朝乳母。流人となった頼朝を20年間支援し続けた。夫の死後、甥の能員を猶子として比企氏の家督を継がせた。
- 比企能員…比企尼の甥。猶子となって比企氏を継承。比企の乱で死亡。
- 若狭局…能員娘、頼家側室。一幡母。比企の乱で死亡。
- 比企余一兵衛尉…能員嫡男。比企の乱で死亡。
- 比企三郎宗朝…能員三男、頼家近習。比企の乱で死亡。
- 比企弥四郎時員…能員四男、頼家近習。比企の乱で死亡。
- 比企五郎能員五男。比企の乱で死亡。
- 比企能本…能員末子、比企の乱時2歳。出家して妙本寺を建立。
- 讃岐局…能員娘。比企の乱で死亡したと見られ、乱の60年後の文応元年(1260年)10月15日、北条政村の娘が讃岐局の怨霊に取り憑かれ、局が大蛇となってとぐろを巻き、火炎のごとき苦しみを受け続けて、比企谷の土中にあると述べ、これを聞いた人々は身の毛がよだつ思いであったという。
- 河原田次郎…能員猶子。比企の乱で死亡。
- 比企朝宗…能員兄弟。
- 縁戚
- 笠原十郎左衛門尉親景…能員舅。比企の乱で死亡。
- 渋河(渋谷)刑部丞兼忠…能員聟。比企の乱で死亡。
- 中山五郎為重…同上。
- 糟屋有季…同上。
[編集] 関連項目
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