比叡山中学校・高等学校
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| 過去の名称 | 別掲 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人延暦寺学園 |
| 校訓 | 別掲 |
| 設立年月日 | 1873年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 中高一貫教育 | 中高一貫教育を実施 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 25502F |
| 所在地 | 〒520-0113 |
| 電話番号 | 077-578-0091(高等学校) 077-578-0132(中学校) |
| FAX番号 | 077-579-3413(高等学校) 077-579-4490(中学校) |
| 外部リンク | 公式サイト |
比叡山中学校・高等学校(ひえいざんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、滋賀県大津市にある私立の中学校・高等学校である。1873年(明治6年)に創立した。「天台宗総黌」を母体とする学校法人延暦寺学園が設置している。
目次 |
[編集] 校訓
- 一隅を照らす(いちぐうをてらす)
- 能く行い能く言う(よくおこないよくいう)
- 己を忘れて他を利す(おのれをわすれてたをりす)
伝教大師(最澄)の言葉とされる「一隅を照らす者,これ即ち国宝であり而して能く行い能く言う者も亦(また)国宝にして己を忘れて他を利する物は慈悲の極みなり」にちなむ。
[編集] 特色
- 宗教系学校であることから、毎朝始業時に般若心経を全員で唱えることを行っている。
- 高等学校に設置されているのは3類5コースである。
- I類
- I類コース:私立大学文系学部を目標としている。
- II類
- II類コース:難関私立大学を目標としている。
- II類S一般コース:国公立大学を目標としている。
- II類S一貫コース(比叡山中学校生のみ):国公立大学を目標としている。
- III類
- III類コース:難関国公立大学を目標としている。
- I類
[編集] 沿革
- 校名[1]
- 天台宗総黌(てんだいしゅうそうこう) 1873-1879年
- 天台宗第一号中学校 1879-1885年
- 天台宗西部大学校・本校付属中学校 1885-1890年
- 天台宗西部中学校 1890-1905年
- 私立天台宗尋常中学校 1905-1916年
- 天台宗比叡山中学 1919-1934年
- 比叡山中学校 1934-1947年
- 比叡山中学校(新制) 1947年
- 比叡山高等学校 1948年-
事項[1]
- 1873年 - 天台宗総黌として比叡山山上に設けられる。
- 1879年 - 中学校となり、比叡山と東京とに分設される。第一号中学校として比叡山恵日院内に設けられる。
- 1888年 - 比叡山山上に校舎が初めてつくられる。
- 1906年 - 坂本本町1798の1番地に移り、校舎が新築される。
- 1915年 - 寄宿舎が建築される。
- 1933年 - 寄宿舎が坂本本町1778に移される。
- 1934年 - 3年制中学となる。宗内徒弟のみを対象として、小学校高等科卒業者または中学2年修了者のみ入学を許した。
- 1943年 - 5年制中学に復活。門戸(入学資格)を一般(非宗内生)にも開放される。
- 1947年 - 学制改革により新制中学が設けられる。
- 1948年 - 高等学校(旧制時代の中学校に概ね該当する)が設けられる。女子部を設けられ、旧寄宿舎を女子部教室にあてる。
- 1949年 - 生徒の増加に伴い、日吉馬場山家寮(ひよし・ばんば・さんげりょう)を校舎に改築し、女子部校舎として開設。これまでの女子部教室は、再び寄宿舎に復活する。
- 1951年 - 日吉東照宮の裏(比叡山山手寄り)に第二グラウンドを設置する[2]。
- 1952年 - 第二グラウンド第二期拡張工事が終わる。
- 1953年 - 比叡山幼稚園を(比叡山高校の)第三校舎に開設。生徒増加に伴い、中学校を第一校舎(現在の高校)に、高校を第二校舎(現在の中学)に移す。
- 1957年 - 第二校舎(当時の高校、現在は中学)に木造モルタル6教室を増築する。
- 1958年 - 高校本校舎(鉄筋コンクリート4階建)建築に着手、第一期工事終わる[3]。このため、中学校は第二校舎へ、高校の一部はこの本校舎へ移る。
- 1959年 - 高校本校舎第二期工事が終了し、高校を全て収容する。
- 1960年 - 第二グラウンド第三期拡張工事を行う。旧木造校舎を撤去し、幼稚園を第二校舎に移す。中学校に講堂を新築する。
- 1961年 - 第二グラウンド第三期拡張工事を行う。
- 1962年 - 高校に講堂兼体育館(現役)を新築し、仮講堂を教室に改築する。
- 1964年 - 第二校舎を新改築し、高校女子の一部は新校舎に移る。
- 1967年 - 讃仏堂跡にテニスコートを新設する。
- 1968年 - バレーコートを新設する。本館を水洗トイレに改装する。
- 1969年 - 第二グラウンド第五期拡張工事を行う。普通教室7・商業実践教室・タイプ教室(4階建)を増築する。
- 1970年 - 旧木造校舎を家庭科教室に改築する。会議室(現第二職員室)を新築する。
- 1971年 - 山家寮を新築する。旧山家寮を同心寮と改称する。
- 1973年 - 学園創立100周年記念事業を行う。
- (1)幼稚園(視聴覚・冷暖房完備)を新築し、そこへ移転する。(2)プール(25m・8コース)新築する[4]。(3)普通教室3を増築する。(4)旧幼稚園舎を格技場に改築する。(5)木造校舎(現保健室)を移転する。
- 1981年 - 4階建特別教室校舎(調理・物理・地学・生物・化学・書道・美術・音楽)を新築する。LL教室(視聴覚教室の事)を新設する。
- 1984年 - 会議室を新設する。中学校講堂を撤去する。
- 1985年 - 中学校体育館を新築する。
- 1990年 - 高校校舎(南館)を新築する。同心寮が焼失する。
- 1993年 - セミナーハウス・格技場を新築する。昇降口(本校舎)を増築する。
- 1994年 - 普通科をI類・II類とする(入学生より特進コースを廃止する)。
- 1995年 - 昇降口・特別教室・進路資料室を増築する。
- 1996年 - 冷暖房設備を設置する[5]。
- 2000年 - 普通科を、I類・II類・II類(S)とする。商業科の募集を停止する。
- 2004年 - III類を新設する。JR比叡山坂本駅〜京阪坂本駅〜比叡山高校間のスクールバスの運行を開始する。
[編集] クラブ活動
- 硬式野球部が甲子園に出場したことあるが、全国で2校しかない被完全試合高校である。
- 滋賀県勢の夏の甲子園大会初白星を挙げた高校である(1979年8月11日、第61回全国高等学校野球選手権大会1回戦・比叡山高12-4釧路工)。当時、夏の甲子園大会では、47都道府県の中で滋賀県だけが勝利がなかった。この大会ではさらに2回戦(4-3相可)・3回戦(6-1前橋工)でも勝利をあげてベスト8に進出した。
[編集] 出身者
- 目片信 - 大津市長、元衆議院議員
- 中村敏一 - 大阪大学医学部教授、肝臓再生のカギを握る「肝細胞増殖因子」を発見
- 原田喜美枝 - 中央大学准教授
- 池坊専永 - 池坊第45世家元
- 間柴茂有 - 元日本ハムファイターズ投手
- 森谷昭- 元プロ野球選手
- 順風秀一- 元プロ野球選手
- 本郷宏樹- 元プロ野球選手
- 細見直樹 - 元東京ヤクルトスワローズ捕手
- 村西哲幸 - 元横浜ベイスターズ投手
- 松本徹 - 早稲田大学→NTT東日本所属のバドミントン選手
- 末成由美 - 吉本興業所属タレント、吉本新喜劇女優
- 唐渡亮 - 俳優
- 林遣都 - 俳優
- 土平ドンペイ - 俳優
- 高橋智隆 - ロボットクリエーター、ロボ・ガレージ代表
- 森本のぶ - 俳優
[編集] 脚注・参考文献
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年7月29日 (水) 15:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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