比売許曽神社

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比売許曽神社
所在地 大阪府大阪市東成区東小橋3-8-14
主祭神 下照比売命
社格 式内社(名神大)・村社
創建 垂仁天皇2年
本殿の様式 流造
例祭 10月15日
  
鳥居と境内

比売許曽神社(ひめこそじんじゃ)は、大阪市東成区にある神社である。旧社格村社式内名神大社摂津国東生郡 比売許曽神社(下照比売社)」の論社の一社である(もう一社は高津宮摂社・比売古曽神社)。

[編集] 祭神

下照比売命を主祭神とし、速素盞嗚命味耜高彦根命・大小橋命・大鷦鷯命・橘豊日命を配祀する。ただし、江戸時代の天明年間までは、牛頭天王を主祭神とする牛頭天王社であった。

古事記には、新羅から来た阿加流比売神が難波の比売碁曽の社に坐すと記されており、日本書紀にも同様の記述がある。ただし、延喜式神名帳では下照比売社が比売許曽神社であると記し、阿加流比売命を祀る赤留比売神社は住吉郡に記している。

[編集] 歴史

垂仁天皇2年7月、愛来目山(現在の天王寺区小橋町一帯の高台)に下照比売命を祀り、「高津天神」と称したことに始まると伝えられる。顯宗天皇の時代に社殿が造営された。延喜式神名帳では名神大社に列し、新嘗・相嘗の奉幣に預ると記載されている。当社の境外末社・産湯稲荷神社がある地が旧鎮座地と推定されている。

天正年間、織田信長石山本願寺攻めの兵火に遭って社殿を焼失した。社伝では、神体は焼失を免れ、摂社であった現在地の牛頭天王社内に遷座したと伝えているが、事実かどうかは不詳である。

天正以後は荒廃し、所在が不明となっていたが、天明8年(1788年)、ある者が比売許曽神社の旧記神宝を発見したと唱え、それに基づいて比売許曽神社の縁起が編纂され、牛頭天王社を式内・比売許曽神社に当て、下照比売命を祀ってこれを主祭神とした。『大阪府神社史資料』では、その縁起は「信ずべきものにあらず」と記している。

明治5年に村社に列した。

最終更新 2009年5月25日 (月) 23:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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