比婆郡

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比婆郡(ひばぐん)は、広島県東部にあった1898年10月1日恵蘇奴可三上各郡が統合されて成立した。2003年現在、人口21,448人、面積932.44km²。

2005年3月30日の時点で以下の5町から構成されていた。

2005年3月31日、全町が庄原市、甲奴郡総領町)と合併し、新たに庄原市となったため消滅した。

[編集] 比婆郡成立(1898年10月1日)当時の町村一覧

※○は恵蘇郡所属の町村、●は奴可郡所属の町村、△は三上郡所属の町村。

  • 西城町(さいじょうまち)
  • 東城町(とうじょうまち)
  • ●小奴可村(おぬかむら)
  • ●久代村(くしろむら)
  • ○口北村(くちきたむら)
  • ○口南村(こうなんむら)
  • △敷信村(しのうむら)
  • △庄原村(しょうばらむら)
  • ●帝釈村(たいしゃくむら)
  • ○高野山村(たかのやまむら)
  • △高村(たかむら)
  • ●田森村(たもりむら)
  • ○比和村(ひわむら)
  • △本村(ほんむら)
  • ●美古登村(みことむら)
  • △峰田村(みねたむら)
  • ●八鉾村(やほこむら)
  • ○山内北村(やまのうちきたむら)
  • ○山内西村(やまのうちにしむら)
  • ○山内東村(やまのうちひがしむら)
  • ●八幡村(やわたむら)

(以上2町19村)

[編集] 沿革

  • 1898年10月1日 恵蘇・奴可・三上各郡が統合され成立する(2町19村)。
  • 1898年10月某日 庄原村が町制施行し、庄原町になる(3町18村)。※正確な日付は不明。
  • 1902年6月20日 高野山村が上高野山村(上湯川・下湯川・新市・南・和南原)・下高野山村(上里原・岡大内・奥門田・高暮・下門田・中門田)に分かれ、消滅する(3町19村)。
  • 1933年4月1日 比和村が町制施行し、比和町になる(4町18村)。
  • 1942年2月11日 西城町と美古登村が合併(新設合併)し、西城町が成立する(4町17村)。
  • 1942年2月11日 本・峰田両村が合併(新設合併)し、本田村が成立する(4町16村)。
  • 1954年3月31日 庄原町及び敷信・高・本田・山内北・山内西・山内東各村が合併(新設合併)して市制施行し、庄原市になる(3町10村)。
  • 1954年3月31日 西城町と八鉾村が合併(新設合併)し、西城町が成立する(3町9村)。
  • 1955年1月1日 上高野山・下高野山両村が合併(新設合併)して町制施行し、高野町が成立する(4町7村)。
  • 1955年4月1日 口北・口南両村が合併(新設合併)し、口和村になる(4町6村)。
  • 1955年4月1日 東城町及び小奴可・久代・帝釈・田森・八幡各村、神石郡新坂村の一部(新免・三坂の各一部)が合併(新設合併)し、東城町が成立する(4町1村)。
  • 1960年4月1日 口和村が町制施行し、口和町になる(5町)。
  • 2005年3月31日 庄原市と甲奴郡総領町、比婆郡の全5町が合併(新設合併)し、庄原市になる。これにより比婆郡消滅。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年3月20日 (金) 11:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【比婆郡】変更履歴

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