比干
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比干(ひかん、紀元前1092年~紀元前1029年))は中国殷代の王子。帝辛(紂王)の叔父に当たる。名は比で、干の国に封じられたので比干と呼ばれる。
紂王が暴政を行い、西の周の西伯昌(後の文王)の勢力が増大していた頃、紂王を諌めたが聞き入れられなかった。周で文王が死んで発(後の武王)が立つと周の勢力はますます増大し、殷の他の者達は逃げ出してしまったが、比干は「臣下たる者は命をかけて諫言しなければならない」と紂王に対して諫言をした。しかし紂王はこれを聞かず、「聖人の心臓には七つの穴が開いているそうだ。」といって比干を殺害した。
その後、紂王は周の武王に討たれ、殷は滅亡した。武王は比干の墓に厚く土盛をして比干に対する哀悼の念を捧げた。武王が比干の忠烈を称え比干の子の堅に「林」という姓を与えたことにより、比干は林姓の始祖とされる。
河南省衛輝市に比干廟(紀元後494年建立)がある。
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