民間人閣僚
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民間人閣僚(みんかんじんかくりょう)とは、現職国会議員以外の国務大臣を指す。理論上、大日本帝国憲法下でも存在しえたが、一般的には日本国憲法施行後に成立した内閣におけるものを指す。
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[編集] 概要
日本国憲法第68条において、「その(国務大臣の)過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない」とされている。逆に言えば半数未満であればその人数には制約がない事になる。これについて「民間人閣僚は議院内閣制に反する」という考えもあるが、逆に国会議員による猟官の動き(大臣病の項目も参照)を批判する立場からは、民間人閣僚を肯定的に見る意見もある。
1950年代までの一時期を除いて、民間人閣僚はいわゆる伴食大臣に任命されることが多く、政治の実務上の中枢たる国務大臣に任命されることはほとんどない。どちらかといえば「人気取り」という面で任命される例が多い。
例外的に主要閣僚に任命される場合、岸内閣の藤山愛一郎や小泉内閣の竹中平蔵など、著名人を起用していわゆる「目玉人事」とする場合が多い。藤山・竹中や川口順子などのちに国会議員に進出した者もいるが、議員として業績を挙げた例は少ない。
どれにもあてはまらないのが竹下内閣の高辻正己法務大臣で、直前に発生したリクルート事件で違法性のない政治献金でも大臣辞任に追い込まれるようになったため国会議員が危なくて起用できず、高辻法相の誕生となった。
[編集] 民間人閣僚の一覧
- ここでは任命時に国会議員経験がない閣僚について記載する。
- 「※」は大臣在任中に国会議員となったことを示し、国会議員となった時点で民間人閣僚の期間を終了としている。
- 前職などに関しては、任命直前についていた職を除き、「前」は職を辞してから大臣任命まで短期間であり、その間主要な職についていない場合、「元」は職を辞してから大臣任命まである程度期間があり、その間他の職についている場合を示す。
| 氏名 | 役職 | 内閣 | 期間 | 前職など |
|---|---|---|---|---|
| 殖田俊吉 | 行政管理庁長官 | 吉田内閣 | 1948年10月15日 - 1948年11月10日 | 大蔵官僚 |
| 法務総裁 | 吉田内閣 | 1948年11月1日 - 1950年6月28日 | ||
| 天野貞祐 | 文部大臣 | 吉田内閣 | 1950年5月6日 - 1952年8月27日 | 元第一高等学校校長 |
| 木村篤太郎※ | 法務大臣 | 吉田内閣 | 1951年12月26日 - 1952年10月30日 | 元検事総長、元司法大臣、東京弁護士会会長 |
| 保安庁長官 | 吉田内閣 | 1952年10月30日 - 1953年5月21日 | ||
| 向井忠晴 | 大蔵大臣 | 吉田内閣 | 1952年10月30日 - 1953年5月21日 | 元三井物産会長、元三井総元方理事長 |
| 一萬田尚登※ | 大蔵大臣 | 鳩山一郎内閣 | 1954年12月10日 - 1955年2月27日 | 日本銀行総裁 |
| 高碕達之助※ | 経済審議庁長官 | 鳩山一郎内閣 | 1954年12月10日 - 1955年3月19日 | 元東洋製紙会長、前電源開発総裁 |
| 藤山愛一郎※ | 外務大臣 | 岸内閣 | 1957年7月10日 - 1958年5月22日 | 日本商工会議所会頭、日本航空初代会長 |
| 永井道雄 | 文部大臣 | 三木内閣 | 1974年12月9日 - 1976年12月24日 | 元東京工業大学教授 |
| 牛場信彦 | 対外経済担当大臣 | 福田赳夫内閣 | 1977年11月28日 - 1978年12月7日 | 元外務官僚 |
| 大来佐武郎 | 外務大臣 | 大平内閣 | 1979年11月9日 - 1980年7月17日 | 元外務官僚、元経済企画庁官僚、前海外経済協力基金総裁 |
| 高辻正己 | 法務大臣 | 竹下内閣 | 1988年12月30日 - 1989年6月3日 | 元内務官僚、元内閣法制局長官、元最高裁判事 |
| 高原須美子 | 経済企画庁長官 | 海部内閣 | 1989年8月10日 - 1990年2月28日 | 経済評論家 |
| 三ヶ月章 | 法務大臣 | 細川内閣 | 1993年8月9日 - 1994年4月28日 | 東京大学名誉教授、弁護士 |
| 赤松良子 | 文部大臣 | 細川内閣 | 1993年8月9日 - 1994年4月28日 | 元労働官僚 |
| 文部大臣 | 羽田内閣 | 1994年4月28日 - 1994年6月30日 | ||
| 宮崎勇 | 経済企画庁長官 | 村山内閣 | 1995年8月8日 - 1996年1月11日 | 元経済安定本部官僚、経済評論家 |
| 長尾立子 | 法務大臣 | 橋本内閣 | 1996年1月11日 - 1996年11月7日 | 元厚生官僚 |
| 堺屋太一 | 経済企画庁長官 | 小渕内閣 | 1998年7月30日 - 2000年4月4日 | 元通産官僚、経済評論家 |
| 経済企画庁長官 | 森内閣 | 2000年4月5日 - 2000年12月5日 | ||
| 川口順子 | 環境庁長官 | 森内閣 | 2000年7月5日 - 2001年1月5日 | 元通産官僚、サントリー常務 |
| 環境庁長官 | 森内閣 | 2001年1月6日 - 2001年4月24日 | ||
| 環境庁長官 | 小泉内閣 | 2001年4月24日 - 2002年2月8日 | ||
| 外務大臣 | 小泉内閣 | 2002年2月1日 - 2004年9月27日 | ||
| 遠山敦子 | 文部科学大臣 | 小泉内閣 | 2001年4月26日 - 2003年9月22日 | 元文部官僚 |
| 竹中平蔵※ | 経済財政政策担当大臣 | 小泉内閣 | 2001年4月26日 - 2004年7月26日 | 慶應義塾大学教授 |
| 金融担当大臣 | 小泉内閣 | 2003年11月19日 - 2004年7月26日 | ||
| 大田弘子 | 経済財政政策担当大臣 | 安倍内閣 | 2006年9月26日 - 2007年9月26日 | 政策研究大学院大学教授 |
| 福田康夫内閣 | 2007年9月26日- 2008年8月2日 | |||
| 増田寛也 | 総務大臣 | 安倍内閣 | 2007年8月27日 - 2007年9月26日 | 元建設官僚、前岩手県知事 |
| 福田康夫内閣 | 2007年9月26日 - 2008年9月24日 |
[編集] 備考
- 佐藤栄作は、国会議員初当選前(官僚であった頃)に第2次吉田内閣で、当時国務大臣の充て職ポストではなかった内閣官房長官に任命されたことがある。
- 1965年7月の任期満了まで参議院議員を2期務めた宮沢喜一は、衆議院議員への鞍替え出馬予定のため国会議員でなかった時期の1966年12月3日に経済企画庁長官に就任している。翌1967年2月17日に衆院選当選を果たした。
- 第2次小泉内閣の法務大臣野沢太三(参議院議員)は、2004年7月の第20回参議院議員通常選挙に立候補せず政界を引退することを表明したが、その2か月後に自由民主党総裁選挙が行われ内閣改造が行われることになっていたため、議員任期満了後も当該改造までの間留任し、形式上民間人閣僚となった。
- 第2次小泉改造内閣の農林水産副大臣岩永峯一(衆議院議員)は、2005年8月8日の衆議院解散に伴い議員の地位を失いつつも引き続き同副大臣を務めていたが、当該解散に反対して罷免された農林水産大臣島村宜伸に代わり自ら同大臣を兼任していた内閣総理大臣小泉純一郎の後任として、同月11日農林水産大臣に就任し形式上の民間人閣僚となった。岩永は翌9月11日の衆院選で当選した。
- 歴代の内閣において、民間人閣僚の割合が最多なのは、第1次小泉内閣のうち2002年1月30日-2月7日の期間。首相を含めた閣僚17人に対し、民間人閣僚は3人(川口順子・遠山敦子・竹中平蔵)で17.6%(議員任期満了または衆議院解散により途中から形式的に民間人閣僚となった事例は除く)。
- 「民間人閣僚」とはいっても純然たる民間出身者(民間企業のみでの職歴を持つ者や大学等での研究者など)は少数であり、官僚出身者が目立つことがわかる。福田康夫内閣までに全22名存在する「民間人閣僚」中、中央省庁での官僚経験を持つものは11人と半数になっている(中央官庁官僚経験者は検事経験がある木村篤太郎や日本銀行出身の一萬田尚登を除く。なお左記の2名のほか、研究者出身5名、民間企業出身4名となっている)。
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年10月17日 (土) 12:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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