水道哲学

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水道哲学(すいどうてつがく)とは、松下幸之助の語録に基づく経営哲学である。水道のように物資を潤沢に供給することにより、物価を低廉にし消費者の手に容易に行き渡るようにしようという思想である。

目次

[編集] 概説

1932年(昭和7年)5月5日、大阪堂島の中央電気倶楽部で開催された松下電器製作所(当時)の第1回創業記念式での社主告示において、松下曰く、

「産業人の使命は貧乏の克服である。その為には、物資の生産に次ぐ生産を以って、富を増大しなければならない。水道の水は価有る物であるが、通行人が之を飲んでも咎められない。それは量が多く、価格が余りにも安いからである。産業人の使命も、水道の水の如く、物資を無尽蔵たらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。それによって、人生に幸福を齎し、この世に楽土を建設する事が出来るのである。松下電器の真使命も亦その点に在る」

とあり、物資を潤沢に供給することにより、物価を低廉にし消費者の手に容易に行き渡るようにしようという思想である。

[編集] 解釈

物資を潤沢に供給し、水道の水のように廉価に、というのは例えに充てる水道が廉価に過ぎて誤解を招きかねない。しかし水道の水とは言わずとも、市井の普通の人々の手の届く価格にすることで普及を図るという考え方自体は妥当である。登場当初は高価で一部の家庭にしかなかった家電製品が、価格の低下とともに普及を見て、遂には家庭に存在しないことのほうが珍しいという程に広まった様子は、正に水道哲学の賜物であるといえる。他にも、自家用車パソコン携帯電話ゲーム機などの普及も、同様の例として挙げることができるし、これらのように比較的高価なものでなくとも、日用品雑貨、衣料なども同様に世の中に廉価なものがあふれる事となっている。

松下の水道哲学は彼の営んだ電機事業に限らず、日本が近代化の過程で物的に豊かになっていく将来動向を見越した卓見であったと言えよう。

[編集] 発想の端緒

昭和7年秋、取引関係者と共に天理教本部を訪れることがあり、信者達の奉仕活動等に大きな感銘を受けたことがきっかけとなり、この経営哲学を発想したと言われている。松下は言及していないが、当時を知る関係者の話が雑誌の取材で明らかになっている。[1]


[編集] 外部リンク

1. ^ 「あれから76年、パナソニックには特別な中央電気倶楽部の意味」(Ascii.jp)

最終更新 2009年9月15日 (火) 16:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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