水野清

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日本の政治家
水野 清
みずの きよし
生年月日 1925年2月2日(84歳)
出身校 東北大学経済学部卒業
前職 日本放送協会職員
現職 在東京マケドニア名誉総領事館
名誉総領事
所属政党 自由民主党
称号 勲一等旭日大綬章
経済学士(東北大学・1951年
世襲の有無
親族 水野賢一養子

内閣 第1次橋本内閣
第2次橋本内閣
第2次橋本改造内閣
任期 1996年11月12日 - 1998年7月30日

内閣 第1次海部内閣
任期 1989年8月10日 - 1990年2月28日

日本の旗 第47代 建設大臣
内閣 第2次中曾根内閣
任期 1983年12月27日 - 1984年11月1日

選挙区 千葉県第2区
当選回数 9回
任期 1967年 - 1996年
  

水野 清(みずの きよし、1925年大正14年)2月2日 ‐ )は、日本政治家勲等勲一等衆議院議員(9期)、建設大臣総務庁長官自由民主党総務会長内閣総理大臣補佐官を歴任。

目次

[編集] 概要

[編集] 生い立ち

父は詩人水野葉舟

東京府立十中などを経て、1951年東北大学経済学部を卒業し、日本放送協会に入局、主に経済記者として活動した。

[編集] 政界

1967年第31回衆議院議員総選挙で衆議院議員に初当選し、以降当選9回。自民党では、川島正次郎椎名悦三郎派を経て、宏池会に所属。衆議院逓信委員長などを務めたため、当初は郵政族議員と見なされていた。

1983年第2次中曽根内閣の建設大臣、1989年宇野内閣で自民党総務会長、同年8月第1次海部内閣の総務庁長官を歴任した。1996年第41回衆議院議員総選挙には養子の賢一に跡を譲った。なお、賢一はこの選挙では次点に終わる。

[編集] 政界引退後

議員引退後の1996年11月、内閣総理大臣橋本龍太郎の下で、行政改革担当の内閣総理大臣補佐官に就任し、同時に行政改革会議事務局長を兼任、橋本首相の掲げた六大改革推進を補佐した。金融ビッグバンの第一歩として、海外への金の流出、ひいては税金の徴収が目減りする事態が想定された外為法改正(1998年4月施行)を、時の財務官であった榊原英資が主導して、共に推し進めたとされている。

また、「日本再建のため行革を推進する700人委員会」の代表世話人を務め、積極的に改革案を提言している。郵政民営化に対しては一層の推進を主張している。また、特殊法人の民営化も主張している。

現在、在東京マケドニア旧ユーゴスラビア共和国名誉総領事

[編集] 親族・家族

[編集] 栄典

[編集] 関連項目

官職
先代:
池田行彦
日本の旗 総務庁長官
第8代:1989年 - 1990年
次代:
塩崎潤
先代:
内海英男
日本の旗 建設大臣
第47代:1983年 - 1984年
次代:
木部佳昭
党職
先代:
伊東正義
自由民主党総務会長
第31代 : 1989年
次代:
唐沢俊二郎

最終更新 2009年10月31日 (土) 15:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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