水野誠一
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みずの せいいち
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| 生年月日 | 1946年7月8日(63歳) |
| 出生地 | 東京都 |
| 出身校 | 慶應義塾大学経済学部卒業 |
| 前職 | 慶應義塾大学 総合政策学部特別招聘教授 |
| 現職 | インスティテュート・オブ・ マーケティング・アーキテクチュア 代表取締役 |
| 所属政党 | (新党さきがけ→) (無所属→) (参議院クラブ→) 無所属の会 |
| 称号 | 経済学士(慶應義塾大学・1970年) |
| 配偶者 | 木内みどり(妻) |
| 公式サイト | MIZUNO'S SCAPE |
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| 選挙区 | 比例代表 |
| 当選回数 | 1 |
| 任期 | 1995年7月23日 - 2001年7月10日 |
水野 誠一(みずの せいいち、1946年7月8日 - )は日本の実業家、政治家。株式会社インスティテュート・オブ・マーケティング・アーキテクチュア代表取締役。
株式会社西武百貨店社長、参議院議員、新党さきがけ政策調査会会長などを歴任した。
目次 |
[編集] 概要
水野成夫の長男として、東京都で出生。23歳で慶應義塾大学経済学部を卒業後、西武百貨店に入社する。1990年に、西武百貨店の社長に就任し、4年務めた後、1994年に退任して、非常勤取締役となる。
1995年の第17回参議院議員通常選挙に、学習院初等科時代の同級生であった鳩山由紀夫が代表幹事を務める新党さきがけから、比例区名簿第1位で初出馬し、初当選する(同年高知県知事として2度目の当選果たした橋本大二郎も小学校の際の同級生)。
1996年に、鳩山がさきがけを離党し、(旧)民主党を結党したが、水野自身は新党さきがけに残留した。衆参合わせ現職国会議員5名の極小政党となった新党さきがけで、政調会長を務める。1998年にさきがけが事実上の解党となった後も、鳩山が初代幹事長代理を務めていた民主党には移籍せずに、堂本暁子らと参議院クラブを結成。1999年には、衆院議員の中田宏、土屋品子も加わって結成された無所属の会に属した。
2001年に、参院議員の任期を僅かに残し、静岡空港建設反対を掲げて静岡県知事選挙に出馬したが、3期目を狙う当時の現職石川嘉延に敗れた。
[編集] 人物
西武百貨店社長を退任してからは、ヴァージンシネマズの日本法人や森ビル、オリコンなど多くの企業の役職に就いた[1]。ネットスケープコミュニケーションズの日本法人で顧問を務めた経験があり、自身のウェブサイト「MIZUNO'S SCAPE」ではNetscapeシリーズのロゴを模したマークをシンボルとしている[2]。
[編集] 家族
父は文化放送、フジテレビジョン、産業経済新聞社で社長を務めた水野成夫。妻は女優の木内みどり。
[編集] 略歴
- 1970年 - 慶應義塾大学経済学部卒業。
- 1970年 - 西武百貨店入社。
- 1990年 - 西武百貨店社長。
- 1994年 - 西武百貨店取締役。
- 1995年 - 日本ネットスケープ・コミュニケーションズ顧問。
- 1995年 - 慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授。
- 1995年 - インスティテュート・オブ・マーケティング・アーキテクチュア代表取締役。
- 1995年 - 第17回参議院議員通常選挙当選。
- 1996年 - 新党さきがけ政策調査会会長。
- 1997年 - 未来編集特別顧問。
- 1998年 - ヴァージンシネマズ・ジャパン顧問。
- 1998年 - 新党さきがけ離党。
- 1998年 - 参議院クラブ入党。
- 1999年 - 無所属の会入党。
- 2000年 - ヴァージンシネマズ・ジャパン監査役。
- 2000年 - バルス取締役。
- 2001年 - 参議院議員辞職。
- 2001年 - 第15回静岡県知事選挙落選。
- 2002年 - リプロジェクト・パートナーズ最高経営責任者。
- 2003年 - 森ビル特別顧問。
- 2006年 - オリコン取締役。
[編集] 脚注
- ^ 「SEIICHI MIZUNO biograpfy」『MIZUNO'S SCAPE』。
- ^ 『MIZUNO'S SCAPE』。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年12月7日 (月) 12:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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