永野護

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永野 護(ながの まもる、1960年1月21日 - )は、メカニックデザイナー漫画家京都府舞鶴市出身。拓殖大学中退後、サンライズ入社。代表作に『ファイブスター物語』(『FSS』)など。

目次

[編集] 来歴

[編集] 概要

サンライズのリアルロボットアニメ制作に参加し、ムーバブルフレーム全天周囲モニター・リニアシートなどといったアイデアを生み出した。『ファイブスター物語』のロボット兵器であるモーターヘッドや、『機動戦士Ζガンダム』に登場するモビルスーツハンブラビキュベレイに代表されるように、精緻で独創性に富んだメカニカルデザインで知られている。

[編集] デザイナーとしての経歴

永野は、『重戦機エルガイム』において、キャラクターデザインとメカデザインを担当する。この『重戦機エルガイム』の特別番組において、永野は初めてテレビ出演することとなった。同番組では、番組放送中に、永野が特大イラストを完成させるというパフォーマンスを披露したが、進行のミスか、描いている途中で放置されたまま番組が終了してしまった。

また『機動戦士Ζガンダム』において、モビルスーツのデザインを担当する。永野は、『機動戦士ガンダム』に登場したモビルスーツのうち、ゲルググザクザクレロ等ジオン側のデザインを好んでいると発言している[1]。実際に、永野が『機動戦士Ζガンダム』においてデザインしたモビルスーツは、Zガンダム[2]を除くと、すべてモノアイを搭載しており、ジオン的な特徴が見られる。また、リック・ディアスに関して、後年「自分は『モビルスーツとはこういう物』と思ってデザインしたのに、皆から『こんなのモビルスーツじゃない』と言われた」と語っている[1]

さらに『機動戦士ガンダムΖΖ』において、監督の富野により、メイン・デザイナーに指名された。しかし、永野のデザインしたロボットが「ガンダムに見えない」というスポンサーからの苦情により、降板した。そのときのデザインは、後に『ファイブスター物語』のワイツ・ミラージュとして再利用された(しかし、更に後、ワイツ・ミラージュそれ自体が採用されないこととなった)。永野は、メイン・デザインには関わらなかったものの、メカデザインに関与し、永野のデザインしたモビルスーツのいくつかが、作中に登場している。

後に『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』においても、メイン・メカデザイナーとしての誘いがあった。しかし、永野が提示したモビルスーツのデザインが独自の進化論で進化したデザインだった事、他のスタッフが要求するものとあまりに食い違っていた事などから、再び降板した[1]。永野は、この時デザインしたモビルスーツを一切公表していないが、Hi-Sガンダム、ナイチンゲールはνガンダムサザビーの原型デザイン元になっている[1]

聖戦士ダンバイン』のシリーズの劇場版でも、デザイナーとしてオファーがあったが、実現していない。その時のメカデザインは、『ファイブスター物語』に登場するロボット(モーターヘッド)の一つである「ファントム」に流用されている。

アニメーション以外のキャラクターデザイン等も手がけており、例えば、NHK教育テレビの番組『天才てれびくん』に登場する、1995年におけるCGキャラクター・玉三郎をデザインしている。番組プロデューサーからのリクエストは、「いままで誰も見たことのないキャラを」であった。また、1998年航空自衛隊戦技競技会の特別塗装として、第204飛行隊のF-15J戦闘機に、永野がデザインしたワルキューレが描かれた。

[編集] 『ファイブスター物語』

ファイブスター物語」も参照

漫画家としても活動しており、その代表作は『ファイブスター物語』(FSS)である。ミリタリーファンであり、兵器に造詣が深い永野は、作中の兵器類も緻密に描いている。

また、ファッションデザインを学んでおり、自身のファッションにもこだわりがあるところ、彼の作品に登場するキャラクターのコスチューム・デザインにもそれが表れている。こうしたファッションへのこだわりについて、永野は、『F.S.S. DESIGNS1』において、実家が呉服関係の仕事をしていたため、幼少時より布地に囲まれて育ったという原体験を語っている。

驚異的な遅筆で知られ、『ファイブスター物語』は、本編単行本よりも、イラスト集の冊数の方が遥かに多い。『ファイブスター物語』は、物語の進行が遅い上に、度々(しかもいきなり)休載となる。この遅筆の理由の一つには作画手段へのこだわりがある。カラーイラストでは、主にアクリルガッシュを用いているが、イラストボードに鉛筆で下絵を描いて彩色するという手法もあり、『ファイブスター物語』の単行本の表紙画などは、制作に1ヶ月以上かかると言われている(単行本第12巻の表紙イラストには1ヵ月半を費やしている(『F.S.S. DESIGNS2』p163コメント))。

『F.S.S. DESIGNS2』によれば、アクリルガッシュを使い出したのは1991年頃からで、以前は透明水彩、のちにアクリル水彩を使用していた。アクリル水彩に変えたのは肌の色が確実に出せるのと着色後の安定感から、アクリルガッシュに移行したのは自分の絵に対する理想が固まる中でアクリル水彩の透明感が気に入らなくなったからだという。

一時期、『ファイブスター物語』の執筆には、Macintoshを用いた2次元コンピュータグラフィックスが多用されていた。しかし永野は、「やはり自分の求める表現はデジタルでは無理」と放り出してしまった。もっとも、アニメ製作におけるコンピュータを使った作業については必ずしも否定的ではなく、『F.S.S. DESIGNS2』において「原画のベクタライズにかかるコストさえクリアされれば、2Dセルアニメーションでも高度なコンピュータでの作業が必須となってくる」と述べ、『GOTHICMADE ゴティックメード-花の詩女-』では、ベクター画像を用いた動画の導入を試みている。

[編集] 音楽とのかかわり

永野はロックに通暁し、作品中の固有名詞などには、バンド名(主にプログレッシブ・ロック)や、その作品名、メンバー名を、しばしば借用している。例えば、アモン・デュールアトールアシュ・ラ・テンペルモーターヘッド等が挙げられる。 また、楽器や機材にも精通しておりフォーカスライト、SSL、インタシティ、Neve Electronics等、楽器・機材メーカー名を借用する事もある。

学生時代、バンドを組んでおり、ベースを担当していた。

自身が執筆する漫画『ファイブスター物語』のイメージアルバムを自ら手がけたこともある。

[編集] 作品

永野護が関係した主な作品には、以下のようなものがある(括弧内は関与形態)。

[編集] 漫画

[編集] アニメーション

[編集] ゲーム

[編集] CD

[編集] 小説

  • 小説 『Schell Bullet』 (ビジュアルデザイン)

[編集] 人物

[編集] 体格など

かなりの痩身であり、『FSS』単行本第1巻あとがきに掲載されているプロフィール(1987年時点)によれば、身長175cmに対して体重46kgウエスト60cmとなっている。

[編集] 家族

妻はアニメ『重戦機エルガイム』のガウ・ハ・レッシィ/リリス・ファウ役(二役)や、アニメ版『ファイブスター物語』でラキシス役をつとめた声優・川村万梨阿である。彼女と永野との結婚に際しては、ガンダムの監督である富野由悠季夫妻が仲人を、ガンダムの登場人物であるギレン・ザビ役の声優・銀河万丈が披露宴の司会を務めた。

[編集] 愛称

永野の愛称は「クリス」である。これは、イエスベーシストであるクリス・スクワイアに因んだもので、ベースを演奏するようになったのも、同人の影響である。また、デビュー当時は、イラストの面でも、イエスのアルバムジャケットを手がけたイラストレーターであるロジャー・ディーンの影響が色濃く出ていた。それ以後のイラストにおいても、若干だが、『ファイブスター物語』での煙や光線などを表す伸びやかな描線に、それが伺える。

[編集] 交友関係

  • 親交のあるアニメーター兼漫画家・佐藤元の漫画『おやすみ!わたしのサイボーイ』(1985年)の作画に協力した(この作品は他に安彦良和らも作画している)。

巨神ゴーグ』や『機動戦士Ζガンダム』などで親交のある安彦良和は、雑誌「ガンダムエース」での対談を経て、永野の考え方を、堅実で合理的、「クールなおたく」であると評した。

[編集] 趣味

[編集] 模型製作

モデラーを自認しており、自らデザインしたモビルスーツリック・ディアス」の改造作品「シュツルム・ディアス」の作例が模型専門誌「モデルグラフィックス」に掲載された事がある。後にシュツルム・ディアスは(明貴美加のクリンナップを経て)『機動戦士ガンダムΖΖ』に登場した。また、田宮模型が主催する1/35ミリタリーフィギュアの改造コンテスト「タミヤ人形改造コンテスト」に18歳の時に入賞した経験があり、同社が発行する作品集にも掲載された。ミリタリー模型ファンであり、タミヤがMMタイガーⅠおよびキングタイガーをリリースした際、ファイブスター物語の掲載誌である月刊ニュータイプ誌の模型コーナーに作例を提供したり、連載のトビラで同キットを紹介した事がある。またモーターヘッド造形やWTMの原型で知られる谷明は、ワンダーフェスティバルにて、永野に見いだされ、海洋堂に入社した経緯がある。

[編集] コスプレ

学生時代から、「トミノコ族」の中心的存在として知られ、1981年2月22日に新宿アルタ前で行われた、富野由悠季主催の『機動戦士ガンダム』劇場版公開前のイベント「アニメ新世紀宣言」に、シャア・アズナブルコスプレをして現れた(このとき、後に永野と結婚する川村万梨阿は、ララァ・スンのコスプレをしている)。

2000年7月23日に幕張メッセで行われた、東京キャラクターショー2000・角川書店ブースでの『Schell Bullet』トークショーにおいて、著者である幾原邦彦とともに、「厄落とし」と称して、『セーラームーン』(講談社作品)に登場するキャラクターの女装コスプレを行い(永野はセーラーヴィーナスの、幾原はセーラーマーズにそれぞれ扮した)、観客の度肝を抜いた。この際、妻の川村も、客席でその一部始終を見ている。

[編集] ミリタリー

ミリタリーファンであり、兵器の造形等、デザイン面の様々な分野に造詣が深く、実在のメカの中では第二次世界大戦時のドイツ軍やソ連軍の戦車への愛好が強い。その趣向は、オリジナル戦車デザインや、『ファイブスター物語』における戦車戦の描写に反映しているほか、「バストーニュ」「トブルク」「マエッセン」「ケーニヒ」など、FSSに登場する地名や人物名もその辺りに因んだ物が見られる。

そのためミリタリー色の強いアニメ『装甲騎兵ボトムズ』のファンでもある。また、『ボトムズ』の作画監督の谷口守泰とは、谷口の西陣織の図案デザイナーという異色の経歴と、同じ京都人として、永野との親交が知られている。

[編集] ゲーム

TVゲームに非常に熱中しやすく、スーパーファミコンのソフトが全盛期だった頃は、親交のある佐藤元とよくソフトを交換し合い、それが部屋中に散乱していた。特にオンラインゲーム『ファンタシースターオンライン』には熱中し、最も有名なコアプレイヤーとしても知られている。続編『ファンタシースターユニバース』においてもファンサイト、自身専用ロビーを立ち上げプレイに熱中した。また、彼がデザインした武器が同ゲーム内に登場する。

[編集] 脚注

  1. ^ ガンダムエース増刊 Ζガンダムエースでのインタビューにて
  2. ^ ラフ・デザイン段階のもので後に藤田一己がクリンナップし、百式になっている。ただし、顔のデザインのみΖガンダムの顔に使われている

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月16日 (月) 17:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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