江の島水族館
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江の島水族館(えのしますいぞくかん)は、かつて神奈川県藤沢市にあった水族館である。
江の島水族館は水族館、マリンランド、海の動物園の3館でひとつの施設である。
尚、一部に「江の島水族館マリンランド」を別施設扱いする見解もあるが、入場チケットも三枚つづりのもので離れた 三館にそれぞれ入場するようになっている。
館の表記や新江ノ島水族館のサイトのえのすいの歴史では江の島水族館であるが、書籍などでは江ノ島水族館となっており表記は混在している。
母体となる株式会社江ノ島水族館は1952年7月19日に日活の社長(当時)の堀久作により設立され、1954年7月1日に「東洋のマイアミ」と歌われ、湘南海岸公園の一角に一番館「江の島水族館」がオープンした。
再整備と施設の老朽化により2002年9月16日に45年の歴史に幕を閉じた。
目次 |
[編集] 江の島水族館
- 1954年7月1日に日本初の近代的な水族館としてオープン。
- 建物は魚類を飼育する1F部分と、標本やクラゲの飼育、エドワード・S・モースの江ノ島臨海実験所 に於ける功績を称える展示があった。
- 吹き抜け部分では魚のショーもやっていたが、1990年に「木陰のマンボウ広場」をオープンした。
- 現在でも建物は1Fはお土産屋、2Fはレストランとして利用されている。1Fの土産店の最初の営業の際には、飼育水槽の一部も熱帯魚の飼育に利用されていた。尚、木陰のマンボウ広場の大水槽は海の動物園から移動してきたミナミゾウアザラシの大吉とお宮の剥製の展示に使われている。
[編集] アートトンネル『アクアパラダイス』
- 水族館前から道を挟んで所在するマリンランドへ直通になっている地下道。元々は実物大のコイワシクジラの絵など海洋生物の知識などが描かれていた。
- 1993年にアートトンネル『アクアパラダイス』へリニューアルされた。旧水族館時代のものは、これのみが現存する。
[編集] 江の島水族館マリンランド
- 江の島水族館に続いて、1957年5月3日にオープンした二番館であり、日本で始めて、イルカを飼育する為に建造された水族館であるとされている。
- 表面積1000平方メートル、水深3~5mの当時東洋一の大プールを有しているが、元々はミンククジラを飼育する為に建造し、建造中の仮称は「鯨大放養池」とされていたが、当時オープンまでにミンククジラ(小さいイワシクジラという案もあった)を確保できずに、代わりにイルカやゴンドウクジラを飼育する事になった経緯がある。
- オープン時にはマスコミに対してミンククジラ飼育を宣伝していたのに対して、確保できたカマイルカ3頭が飼育され、翌月にようやくハナゴンドウを搬入できた。
- 80年代初頭まで、プール周辺の通路に鯨の仲間のイラストが描かれ、飼育した事がある種類に印がついていた、短期間と思われるがかなりの種類を飼育したようである。旧江の島水族館に展示されていた剥製のオサガメもこのプールで飼育された個体である(80年前後まで剥製もマリンランド階段出口付近に展示されていた)。
- ハナゴンドウの火の輪くぐりと犬を乗せたビニールボートを押すショーも行われていたが、80年代後半には行われなくなった。
[編集] マリンランドのプール以外の主な施設
鯨類博物館
スナメリクリスタルプール
[編集] 江の島海の動物園
- 1957年6月16日(株)江ノ島水族館、片瀬西浜で「児童海水プール」営業開始。
- 1963年夏いっぱいで児童海水プールの営業を停止し、跡地を改修して江の島水族館3号館「海獣動物園」建設工事開始。
- 1964年5月25日にオープンした鰭脚類の哺乳類やペンギンを主に飼育する為に建てられた施設で、開園当初は「江の島海獣動物園」と称していた。
- 1967年7月11日「水産庁オットセイ委託飼育場」の表示許可を受け、日本における唯一のオットセイ飼育場となる。
- 1977年12月12日1964年4月20日から13年8ヶ月飼育していたミナミゾウアザラシ「大吉」死亡。日本におけるミナミゾウアザラシの雄個体の中では最長飼育記録を樹立。
- 1982年3月「江の島海の動物園」と改称。
- 1985年3月海の動物園にラッコ専用の飼育展示室 「ラッコの家」開設。
- 1986年3月21日海の動物園に「シートピアステージ」オープン。アシカショーやペンギンのショーを行う。
- チョウザメやラッコの飼育も行なわれていたが、ラッコは改装時に他の水族館に譲渡された。
- 2002年3月31日新水族館建設工事のため、海の動物園を閉鎖。
[編集] 映画「鯨箱根を越ゆ」
1957年の日活映画。江の島水族館マリンランド開園時の様子の記録映画。ハナゴンドウが和歌山県太地から、箱根を越えて輸送される様子が描かれている。また当時の水族館の貴重なカラー映像の記録でもある。
- 各種資料ではタイトルは「鯨箱根を越ゆ」であるが、本編表記では「鯨箱根をこゆ」になっている。
- 江の島水族館閉館時期にビデオでこの映画を流していた。
- 演出、脚本 伊勢長之助
- 製作 小口禎三
- 撮影 富沢昌一
[編集] その他の江の島水族館
江ノ島には、この江の島水族館の前にも、同名の水族館が存在したことが確認されている。ただし、詳細が明確でない部分が多い。
- 江之島水族館
- 初代、1902年開館。当時の媒体などにその存在に言及されるなど、それなりの知名度はあったようであるが、如何なる建物であったのか、何を飼っていたのか、営業時期までも不明。事業目的に水産物の収集販売とあるところから、土産物店の傍らで行なわれた小さな水族館であった可能性が、鈴木克美により指摘されている。
- 二代目、田中鑛一郎により1925年開館。鈴木克美の地元の取材によると、モースの江ノ島臨海実験所があった場所の付近に存在し、建物単体の写真は見つかってないが、当時の江ノ電の地図には描かれており、水族館付近をロープウェーの駅にする案もあった。舞台付きの演芸場が併設されており、地元では「江ノ島娯楽館」の名称の方が知名度が高かったとされる。1928年に田中はこの水族館を大規模な海洋博物館に改装する案を出し翌年設計図面も描かれたが、実現をみる事はなかった。
[編集] 参考資料
- 「クジラはなぜ優雅に大ジャンプするのか」実業之日本社、中島将行、1994年
- 「ものと人間の文化史113・水族館」法政大学出版局、鈴木克美、2003年
[編集] 外部リンク
[編集] 関連項目
- 新江ノ島水族館
- イルカショー
- 江ノ島臨海実験所
- クリスチャン・ラッセン-アクアパラダイスの参考になったとみられる。
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最終更新 2009年12月2日 (水) 12:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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