江古田

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江古田(えごた)とは、東京都中野区の地名。中野区内の地域や町名を表わし、町名としては江古田一丁目から江古田四丁目まである。町域の人口は 11,854人(2006年7月1日現在、住民基本台帳による。中野区調べ)。

目次

[編集] 概要

中野区の北部に位置する。地域の東部は新宿区西落合に接する。北部・北東部は江古田川を境に中野区江原町練馬区豊玉北豊玉中に接する。北部は道路を境に豊玉南にも接する。西部は中野区丸山に接する。南部は新青梅街道を境に中野区松が丘沼袋に接する。

江古田は室町時代に文献への初出が確認されているが、地名の由来および当時の読み方については諸説あり、はっきりしていない。1477年には太田道灌と豊島一族がこの地で戦い、江古田原沼袋の戦いと呼ばれている。

江古田は多摩郡東端のであったが、明治維新後の1889年(明治22年)、近隣の6村と合併し野方村となった(この間、所属郡は東多摩郡豊多摩郡と変遷)。その大字となる。

現在の地名としての江古田の範囲は、1963年住居表示法施行で決まったものである。この直前では、現在の松が丘、江原町、丸山、沼袋二丁目および四丁目を加えた範囲が江古田であり、江古田一丁目から四丁目まで存在した。なお、現在中野区では江古田地域の範囲を江古田一丁目から三丁目・江原町全域・松が丘全域とし、江古田四丁目は沼袋地域に組み入れられている。

地域内の多くは閑静な住宅街からなる。

江古田三丁目の北西部一帯は、かつての国立療養所中野病院であり、結核を罹った患者の隔離病棟を備えた施設であった。当病院は1993年に新宿区の国立国際医療センターへ統合、移転し、現在跡地は江古田の森公園といった公園や福祉保健施設・公務員宿舎になっている。

当地域にははないが、都営大江戸線落合南長崎駅新江古田駅)、西武池袋線東長崎駅江古田駅)および西武新宿線新井薬師前駅沼袋駅)の各駅が徒歩10~15分の範囲にある。乗合バスの系統および運行本数も充実しており、これを利用する者も多い。

[編集] 西武池袋線江古田駅と「江古田」の読み

西武池袋線には江古田駅が存在し、駅周辺一帯も江古田と呼ばれることが多い。現在、江古田駅は練馬区栄町にあり、中野区の江古田からは離れている。

これは、練馬区栄町および旭丘が、1960年の住居表示法施行まで「江古田(町)」であったことに由来する。もともと、江戸時代に多摩郡江古田村の新田として開発されたものである。 区が異なるのは、新田は豊島郡に所属していたためで、明治維新以降のそれぞれの郡内で合併が進められたことによる。

駅名は「えこだ」と読み、練馬区内の施設・店名等でも「えこだ」と読む場合が多いが、これは中野区側の正式名称である「えごた」と異なる。その理由については諸説あるが、不明である。[1]

なお、東京都交通局都営地下鉄大江戸線新江古田駅はしん「えごた」である。こちらは中野区の地名に合わせたものである。

[編集] 主な施設

  • 学校
  • 公園
  • 公共施設
    • 中野区立江古田地域センター
    • 中野区立北部保健福祉センター
    • 中野区立江古田図書館
    • 中野区立歴史民俗資料館
    • 東京消防庁野方消防署江古田出張所(特別消火中隊・救急隊無)
    • 野方配水塔(水道タンク)
  • 病院
    • 慈生会慈生会病院
    • 中野江古田病院
  • そのほか

[編集] 補足

  1. ^ そもそも一つの地名に対し、濁点の有無により複数の読みがある例(元々清音・濁音の正式な区別がなかった)は全国に多数ある。

[編集] 関連項目

[編集] 外部サイト

最終更新 2009年5月28日 (木) 03:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【江古田】変更履歴

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