江藤拓
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| 生年月日 | 1960年7月1日(49歳) |
|---|---|
| 出身地 | |
| 出身校 | 成城大学経済学部卒業 |
| 学位・資格 | 経済学士 国会議員政策担当秘書資格 |
| 前職 | 国務大臣総務庁長官政務担当秘書官 |
| 所属委員会 |
決算行政監視委員会委員 |
| 世襲 | 二世 父・江藤隆美(元・衆議院議員) |
| 選出選挙区 | 宮崎2区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 所属党派 | 自由民主党(伊吹派) |
| 会館部屋番号 | 衆・第二議員会館718号室 |
江藤 拓(えとう たく、1960年7月1日 - )は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員。
目次 |
[編集] 経歴等
宮崎県門川町出身。父は、建設大臣、運輸大臣、総務庁長官を歴任した元衆議院議員の江藤隆美。
宮崎県立宮崎西高等学校を経て、1985年に成城大学経済学部を卒業。ハーバード大学国際問題研究所客員研究員、江藤隆美秘書などを経て、2003年の第43回衆議院議員総選挙に、父の地盤を引き継いで宮崎2区から無所属で立候補し、当選する。当選後の追加公認で自民党に入党、亀井派に所属する。
2005年7月5日の郵政民営化法案の衆議院本会議採決では、反対票を投じた。このため、2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙では、自民党の公認を得られず、無所属で宮崎2区から出馬。自民党公認候補の上杉光弘らを破り、当選を果たす。だが、当選後の特別国会に再提出された郵政法案の採決では、一転して賛成票を投じた。その後、2005年10月28日に党紀委員会からの離党勧告を受け、将来の復党を目指し自民党を離党。
本人は自民党復党の意思があり、2006年11月27日に復党届と誓約書を自民党に提出。12月4日に党紀委員会で復党が認められ、自民党に復帰した(郵政造反組復党問題)。復党後は無派閥となっていたが、2007年10月に、かつて所属していた亀井派の流れを汲む伊吹派に再入会した。
慰安婦問題に関して、2007年6月14日に歴史事実委員会の全面広告に賛同者として名を連ね、米下院121号決議の全面撤回を主張するなど、保守派の政治家としても知られている[1]。
2008年8月、福田康夫改造内閣において農林水産大臣政務官に就任。
2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙に自由民主党から出馬し当選。公明党の推薦も受ける。[2] 趣味は釣り。
[編集] 所属議員連盟
- オートバイ議員連盟
- 高速道路建設推進議員連盟
- 北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟
- 真・保守政策研究会
- トラック輸送振興議員連盟
- 捕鯨議員連盟
[編集] 参照
- ^ 歴史事実委員会の全面広告画像
- ^ 比例貢献が基準?公明が自民92候補を推薦(2009年7月30日20時25分 読売新聞)

