池江泰郎

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池江泰郎(いけえ やすお、1941年3月1日 - )はJRA調教師2005年三冠馬ディープインパクト顕彰馬にも選ばれたメジロマックイーンなどの調教を手がけたことで知られる。

騎手時代には「逃げの池江」の異名を取り、代表的騎乗馬には名牝ヤマピットがいる。調教師に転身してからは、メジロデュレンでの菊花賞を始めとした国内GI制覇のほか、2001年にはステイゴールド香港ヴァーズを勝ち、海外GIをも制覇。2005年にはディープインパクトで三冠を制すなど、数多くの名馬を世に送り出した。子の池江泰寿も調教師で、新聞等では池江郎と表記される。また、稀代のアイドルホース・オグリキャップの中央競馬在籍時代の厩務員池江敏郎は兄。甥には同厩舎所属の調教助手である池江敏行阪神タイガースファンとしても知られている。

目次

[編集] データ

  • 出生地:宮崎県北諸県郡高城町(現・都城市
  • 出身地:宮崎県北諸県郡高城町(現・都城市)
  • 所属場:栗東トレーニングセンター
  • 初出走:1979年10月7日 3回中京2日目 第4競走、ブュークイン(16着)
  • 初勝利:1980年2月9日 1回中京5日目 第3競走、メジロカペラ(のべ38頭目)
  • 騎手時代成績:3275戦368勝

[編集] 略歴

  • 1957年:相羽仙一厩舎(京都)所属で騎手見習となる(同期には増沢末夫武邦彦らがいる)
  • 1959年:騎手となる
  • 1963年:橋本正晴厩舎(京都)へ所属変更
  • 1964年:浅見国一厩舎(京都、のち栗東)へ所属変更
  • 1978年:調教師免許を取得
  • 1986年:菊花賞で調教師として初GI制覇
  • 2006年:2月26日から4月10日まで当時JRAタイ記録だった10週連続勝利を達成

[編集] 所属場歴

  • 1978年~:栗東トレーニングセンター

[編集] 表彰歴

  • 1986年:優秀調教師賞(関西)
  • 1994年:優秀調教師賞(関西)
  • 1996年:優秀調教師賞(関西)
  • 1998年:優秀調教師賞(関西)
  • 2002年:優秀調教師賞(関西)
  • 2004年:優秀調教師賞(関西)

[編集] 代表管理馬

[編集] 主な騎乗依頼騎手

[編集] 厩舎スタッフ

優秀厩舎スタッフ賞を2001年度4位、2002年度4位、2004年度3位で表彰されている。

[編集] エピソード

  • 数々の名馬を送りだし、誰もが認める名調教師だが、開業当初は全く勝てなかったという。そのためか現在では新人調教師が中々勝てない時には、「あの池江さんですら開業当時は中々勝てなかったんだから」という言葉が栗東トレセンの慰め言葉になっているという。
  • 2006年にディープインパクトと共に凱旋門賞に挑戦。3着に敗れるが、3強と言われたレースでライバルのハリケーンランシロッコには先着する健闘を見せた。しかしその後の理化学検査において現地での禁止薬物であるイプラトロピウムが検出され、同馬は失格、同師にも日本円換算で約227万円という最高金額の制裁金が課された。こういったことから、帰国初戦となったジャパンカップに圧勝した同馬を検量室前で出迎えに降りてきたとき、感極まって涙を浮かべていたという。
  • 2007年10月現在、メジロマックイーン(10億1465万7700円)・ステイゴールド(7億6299万3000円+120万USドル+800万香港ドル)・ディープインパクト(14億5455万1000円)と3頭の生涯獲得賞金10億円超の競走馬を作り上げており、複数の10億円ホースを管理した唯一の調教師である。(ステイゴールドについてはドバイシーマクラシックおよび香港ヴァーズ(ともに2001年)の獲得賞金をそれぞれレース当日の為替レートで日本円に換算すると合計が約10億3000万円となり10億円を超える)。なお、この3頭はすべて降着若しくは失格処分を受けた経験を持つ。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年7月27日 (月) 16:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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